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応援したい『日本ワイン』



          戦後昭和の酒と村・街そして私(24)

             ☆応援したい『日本ワイン』

 シャンペンで乾杯、外国映画でよく見る場面、きっとおいしいのだろ う、一度は飲んでみたい、若いころそんなことを考えていたものだった。今は結婚式の披露宴など、いろんなところで乾杯用として使われるようになった。それと同時に「シャンパン」とも呼ばれるようになってきた。どちらが正しいかはわからないが、私は昔流にシャンペンで行くことにする(注1)。さて、乾杯用にまでするのだから、シャンペンはかなりおいしいものと思っていたが、何のことはないフランスのシャンパーニュ地方特産の発泡性ワインとのこと、私のような味オンチにはとくにうまいとは思えない。
 しかし、若いころの私たちにとってシャンぺン、ワイン、そしてブランデーはフランス・パリ・シャンソンなどと結びついて、あこがれだった。そしてワインはフランスの葡萄酒のこと、山葡萄でつくる葡萄酒とはかなり違うものだと思っていた。

 葡萄酒は葡萄からつくるものということはその名前からしてわかるるし、前に述べたように生家でも山葡萄でたまにつくっていた(注2)ので知っていたが、赤玉ポートワイン(注3)もそのポスターなどに葡萄酒と小さく書いてあったので葡萄からつくるものとこれも幼いころから知っていた。でも、アメリカ占領直後に酒はすべて英語でワインと言うのだとの物知り友だちの情報を得て、中学ころまでそう思っていたのではなかったろうか。しかしそれは間違っていて、葡萄酒のことを英語でwineと言い、本場はフランス、赤玉ポートワインや山葡萄酒とはまるっきり違って甘くなどないのだ、日本の葡萄では本物のワインはつくれないのだなどという情報を得たのは、高校に入ってからだったと思う。
 まともに飲んだのは、これも遅く、70年代だった。そのころは赤、白、ロゼの三種類あること、赤は肉料理、白は魚料理のとき出すものなどという知識は持っていたが、やはり聞いていた通り酸っぱく感じたものだった。その原料の葡萄は特殊なもので日本では生産できないもの、当然値段は高いし、お金持ちや外国かぶれのきざな奴らが飲むものという感じでほとんど飲むことはなかった。
 そして、ワインはフランスをはじめとする外国産であり、あるいは海外から輸入したブドウや濃縮果汁を原料にして国内で製造されたものであり、ウイスキー以上に国産とは無縁のもの、日本産の葡萄ましてや山葡萄でワインをつくることはそもそも無理である、私はそう考えていたし、みんなそうだったのではなかろうか。

 そうした私の認識を変えたのは、エーデルワインだった。60年代、岩手県早池峰山のふもとにある大迫町(現・花巻市)と大迫農協の出資でキャンベル・アーリー種を原料とした赤ワインの醸造・販売を始めたというニュースを新聞で知り、衝撃を受けた。日本産の葡萄でつくれるのである。しかもその名前がまたいい。映画『サウンドオブミュージック』のなかで感動的に歌われた「エーデルワイス」の同じ仲間のハヤチネウスユキソウが早池峰山の高山植物として知られていることにちなんでエーデルワインと名付けたというのである。
 これはうれしかったのだが、当時の日本の食生活にワインはまだ受け入れられていないころ(ましてや農村部、地元では飲むはずはない)、いつまで続くかが心配だった。しかもローカルニュースとして取り上げられている程度、そのうち私は忘れてしまった。それをまた思い出したのは十勝ワインが話題になった時だった。
 60年代後半、北海道池田町の「自治体ワイナリー」、「十勝ワイン」が全国的に話題となった。ヤマブドウをはじめとする地域産のブドウをもとにしたワイン造り、日本一ワインを良く飲んでいる町民、地域おこしと自治体の役割等々で全国的に有名になったのである。70年代後半にお邪魔したことがあるが、その夜研究者仲間といっしょにワインを飲んで翌日みんな二日酔いになったこと(ワインは二日酔いになりやすいと聞いてはいたが本当らしい)、十勝ワインブームに対応して生産量を増やすために一部に外国産の原料を混ぜて使っているらしい、やはり山ぶどうや日本産のぶどうではワインは無理らしいなどという話を聞いたことが忘れられない(注4)。そんなこともあって何となく関心がなくなってしまった。
 その私を大きく変えたのが80年代前半に調査した山形県庄内地方の朝日村(現鶴岡市)農協の「月山ワイン」だった。ヤマブドウ酒密造問題から始まるその導入の経過、品種改良とブドウ園の造成等々、前に詳しく述べた(注5)ので省略するが、これこそ国土に地域に根差したワイン、さきほど言った『地酒』的なワイン・ローカルワインの形成、さらには農林地域複合の一形態であると私を感激させたのである。
 こうした動きは長野や山梨等でも起き、地域産の葡萄を用いたワインの製造販売が各地で見られるようになった。
 その背景には高度経済成長、食生活の洋風化の進展等によるワイン消費の増大があったのだが、さらにバブル景気と日本人の祭り好き・初物好き・洋物好きから来たボジョーレヌーボーブームなどで消費は増大した。それに対応したのは輸入であり、また輸入原料(果汁、ワイン)を使用している大手五社(注6)だった。五社の市場シェアは約8割といわれているとのこと、その牙城はいまだにおびやかされていないようである。

 ところで、こうした輸入原料にもとづいて生産されたワインも国内で製造されたものであることから「国産ワイン」として位置づけられてきた。一方、国産の葡萄を用いて生産したワインも「国産ワイン」である。
 これはおかしいということで問題となったらしく、2018年から日本で生産されたぶどうを100%使用して国内で製造されたワインが『日本ワイン』の名称を使用でき、海外から輸入したブドウや濃縮果汁を使用して国内で製造されたワインは『国産ワイン』と呼ぶことになったとのことである。
 これはいい考えだが、この日本ワインをいかに伸ばしていくかがこれからの課題となろう。しかも現在の『日本ワイン』はほとんど地方の中小メーカーが生産しており、地場産品=『地酒』的ワインということができ、そうした視点からもその発展を支援していく必要があろう。
 しかし問題となるのは本年2月からEUと日本との間でEPA(経済連携協定)が発効し、EUから輸入されるワインにかけられてきた関税が撤廃されることだ。

 ここまで草稿の柱立てを考えたところに家内から夕食だとの声がかかった(19年2月下旬のことである)。その声にこたえて階下に降り、居間でいつものように晩酌をしながらテレビを見ていたらこんなニュースが流れてきた。「アサヒビールが北海道余市郡余市でぶどう用の農地を購入して世界に誇る高品質な日本ワインづくりを目指す取り組みを開始すると発表した」というのである。あまりの偶然、ちょっと驚いたが、それより何よりその中身にショックを受けた。大手のメーカーが葡萄の生産からワインの製造までやり、『日本ワイン』の販売に乗り出すというのである。『日本ワイン』が増えるのはうれしいことだが、現在の『日本ワイン』の中小メーカーにとっては競争相手として将来脅威となるだろう。

 この内外の脅威に、地方を拠点とする『日本ワイン』の中小メーカーが、またブドウ生産農家がどう立ち向かっていくのかが課題となるが、私にできることはせめてたまに東北の山葡萄ワインを飲んで応援することくらいしかできないのが歯がゆい。
 いずれにせよ『日本ワイン』にはがんばってもらいたい、そして多くの人に応援してもらいたい。もちろんそれは『日本酒』(とりわけ地酒)、地ビール、乙類焼酎をはじめとする『日本ワイン』的な酒類すべてについて当てはまるのだが。

(注)
1.どちらも正しくないとのこと、正式には「シャンパーニュ」だそうである。
2.16年3月21日掲載・本稿第八部「アケビ、山ぶどう、バライチゴ」(4段落)参照
3.18年11月19日掲載・本稿第十部「未成年者の飲酒と私たち戦後青年世代」(6段落)参照
4.2002年におじゃましたときは品種改良や栽培面積の拡大を進めていた。
5.11年7月22日掲載・本稿第二部「山菜の栽培植物化」、
  16年3月21日掲載・本稿第八部「アケビ、山ぶどう、バライチゴ」(5段落)参照
6.サッポロワイン、サントネージュワイン、サントリーワインインターナショナル、マンズワイン、メルシャンの五社。

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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