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大変だった結婚披露宴

            村の結婚その昔(6)          ☆大変だった結婚披露宴 結婚披露宴(私の生家の地域では「お振舞い」と言ったものだが)、これは結婚式と同様に新郎の自宅で行われた。 農家の屋敷だから敷地は相対的に広いが、私の近隣の家々の場合は何しろ町場にあるため間口は狭く(注)、座敷は押し入れや縁側を除いて8畳が限度、その二間から三間のふすまを外しての宴会は20人から30人の客が限度だった(地主な...

かつての村の結婚式

            村の結婚その昔(5)           ☆かつての村の結婚式 朝ご飯のとき、「今日は○○さんの家で『むがさり』だ」などという話がでる。「むがさり」=「むかさり」とは、結婚式・花嫁を意味する山形語だが、その日は近所のどこの家でも何となくあわただしい。戸主の祖父もしくは父はむかさりの祝いの席に客としてお呼ばれがあるし、母か祖母のいずれかがその家の台所の手伝いを頼まれているので行かな...

かつての仲人と結納

            村の結婚その昔(5)           ☆かつての仲人と結納 その昔は親が子どもの結婚相手を決めたものだという話をこれまでしてきたが、肝心のそのふさわしい相手を自分で探して来るのはいくら親でも容易なことではない。ましてやその昔は交通・通信条件からして交際範囲は狭く、その範囲内に自分の息子もしくは娘に適する年齢、性格、家柄等々の相手がいるとは限らない。範囲をひろげればいいかもし...

長男相続制と結婚をめぐる諸問題

            村の結婚その昔(4)        ☆長男相続制と結婚をめぐる諸問題 農家の長男もしくはその嫁が幼い子どもを残して死んだ場合にその弟妹と再婚させて家を維持する、前回そういう話をしたが、問題となるのは未婚の弟妹がいない場合である。 まず、母を失った幼子をかかえている場合であるが、子どもと血のつながりのない女性を嫁として迎えるしかなかった。と言っても、子連れのところに嫁に行くなどと...

「家」の維持のためだった結婚

            村の結婚その昔(3)        ☆「家」の維持のためだった結婚 町と村の境界にあり、米づくりと野菜づくりを中心に農業のみで生計をいとなんでいた私の生家は、真冬の一時期を除いて、本当に忙しかった。労働もきつかった。それで私の父は高等小学校を卒業するとすぐに農業に従事させられた。否応なしだった(注1)。周辺の農家の長男もみんなそうだった。これは長男の宿命だった。それでも、町場に住...

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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