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都市近郊農家の長男のかつての悩み



               嫁不足とむらの若者(2)

             ☆都市近郊農家の長男のかつての悩み

 都市近郊農家の長男として農業を継ぐのは当然と考えて1950年代に思春期を過ごした私にとって、嫁問題は深刻だった。
 中学時代はそれほど考えもしなかった。幼いから当然といえば当然だが、同級生に農家出身も多かったので、好きになった女性は働きかけ方いかんでは嫁に来てくれると考えていたからである。
 しかし、高校になると違った。県庁所在地の高校だから非農家出身が多くなった。田舎の都市だからそれほどでないとしても、都会的に一応洗練された同級生がいる。とくに、当時の附属中学出身者がそうであった。そこには町の金持ち層の子弟が入る。彼らはわれわれ百姓とは身分が違う。着ている服もいいし、農家はもちろん当時の一般庶民ももてないピアノをもち、かっこよく弾く。いま考えてみたらたいして上手でもないが、ピアノなどさわったこともないわれわれにはうまく聞こえる。本もたくさんもっており、田舎の中学と違って一種の英才教育を受けているので、成績もいい。われわれがろくにもらえない小遣いをたくさんもっている。強い劣等感をもたざるを得なかった。そして彼らもどん百姓という目でわれわれをみる。当然こうした都会の女性をいくら好きになっても、好きだなどといえるわけはない。また好きになってくれるわけもない。朝早くから夜おそくまで、泥と汗にまみれ、土にはいつくばり、肥(こえ)をくむ、いまでいう3K職業、しかも農家に嫁にくれば必ずそうした仕事をしなければならないという宿命をもつ農家の長男などを好きになるわけはない。たとえお互い好きになったとしても農業を継ぐかぎりは絶対に結婚できない。
 農家の長男ならみんなそう考えていた。都会の高校にいたから私などはそれをとくに痛切に感じたのかもしれないが、私以外のものも農家から嫁をもらう以外のことを考えもしなかったといっていいだろう。

 大学に入って初めて自由に使える小遣いをもらうようになった。それでいままで見たくとも見られなかった映画を二番館で見あさった。二番館とは古い映画を安く見せる映画館で、封切り映画を見せる普通の映画館なら学生料金100円なのに、30円で見られる。こうした映画館がいくつもある仙台に驚き、喜んだものだった。このうちの一つに東北劇場という洋画を見せる二番館があり、一時期ここによく通った。大学2年の終わり頃だったと思うのだが、そこがシネマスコープの映画を見せる封切館に変わった。これまでの真四角のスクリーンとは違い、画面の横幅が非常に長く、全体として画面が大きく、音響も非常にいいということで評判になっていたので、ともかく見てみようと、特別に題名を選ぶこともなく、友人と映画館に入った。その映画がマリリン・モンロー主演の『帰らざる河』だった。
 見終わったとき、頭の中が真空になるような感激を覚えた。ストーリー展開は面白かったし、荒れ狂う河のシーンもこれまでの映画では見られない迫力があった。しかし、それで感激したわけではない。最後に、女主人公のモンローが子持ちの開拓農民のところに嫁にいくというところに感激したのである。彼の馬車に乗ったモンローが大事にしていた赤いハイヒールを脱ぎ捨て、それが道路にころがっている(このハイヒールは都会の虚飾を意味したのかもしれない)ところで終わるラストシーン、そしてその背後に流れるメロディ、口も聞けなかったほどのショックを受けた。まったく偶然にみた映画が生涯忘れられないものとなった。
 農家の長男であり、農業を継ぐべき私のところにもモンローのような都会育ちの美人が嫁にきてくれるかもしれないという夢を与えてくれたのである。
 そしてこのように百姓を差別することのないアメリカの風土にも驚いた。その後で見た『セールスマンの死』の映画のなかで、主人公の息子二人が兄弟で農場をやろうと涙を流しながら夢を語り合うシーンもそれを感じさせた。
 それにひきかえわが国はなんと言うことだろう。百姓差別・家柄差別・地方差別は厳然としてある。この映画が与えた夢や希望ははかないもので終わるかもしれない。そう考えると胸が苦しくなったものだった。

 しかし、世の中は大きく変化した。むらの若者は、都市近郊農家の長男だった私がかつてもったような悩みをもたなくともよくなってきた。

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コメント

[C14] 共感します。

知人の大学教員は、逆にいい服を着ていて疎外感を持ち「農学・農経」に進んだそうです。
  • 2011-09-14 12:16
  • 山間僻地
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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