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北海道の食文化


                 食生活の変化(6)

                 ☆北海道の食文化

 先週末の記事で網走の漬物について触れたが、北海道の(網走のと言った方が正確なのだろうが)食についての感想を独断と偏見で述べてみよう。
 北海道の料理といえば野外での豪快なジンギスカンというイメージがある。実際に北海道の人はよくみんなでジンギスカンをする。驚いたのは花見でのごちそうがジンギスカンだったことである。網走では天都山公園(オホーツク海、知床半島、網走市街などが見渡せる景色のいいところ、流氷館がある)に咲くエゾヤマザクラの木の下に多くの市民が集まり、あちこちでジュージューと焼いている。府県で花見をしてきた私にとっては何となく違和感を感じる。そしてあのくさい煙でいぶされている桜の花がかわいそうになる。こう感じるのは私だけではないようである。たとえば関東出身で今網走に住んでいる女性研究者のWMさんも最初それを見たときは興ざめしたという。しかし、と彼女は続ける。桜が咲いたといってもまだまだ寒い北海道では花見といっても震えながらするような気温なのでどうしても火にあたりたくなるのかもしれない、そんなに寒いのなら花見などしなければ良いのにと思うが、待ちに待った桜を楽しみたい気持ちは捨てきれないのだろうと。なるほど、そうかもしれない。とするなら、これまで通り桜の花に遠慮することなく地域の食の伝統であるジンギスカンを大いにやってもらいたいと思う。
 ただ問題なのは、そのジンギスカンの肉はほとんどが輸入物、加工物だということだ。これが地域の伝統食、北海道の料理と言えるだろうか。こんなのはやめてしまえとさえ言いたくなる。北海道で実際に穫れるものを使って北海道らしい食として売り出すべきなのではなかろうか。
 その点で北海道らしくていいのは同じく野外で火をおこしてやる「ちゃんちゃん焼き」である。生鮭の半身をそのまま鉄板の上におき、その上にキャベツやタマネギなどの野菜を鮭が見えなくなるほどどっさり載せ、さまざまな薬味を入れた味噌をその上にかけて、炭火で焼くのである。きわめて豪勢で、まさに北海道らしい。ついでにいうと、ただ野菜などの具をドサッと突っ込んで焼くだけ、ともかく単純でデリケートさに欠ける(おおらかといえばおおらか、ずさんといえばずさんな)のも北海道らしくていい。仙台に帰ってきて家の庭で家内の友人にこれをやってあげたら、おいしいおいしい、北海道らしいとみんな大喜びだった。
 残念なのは、この料理は鮭の捕れる秋にしかできないことである。有名な三平汁などもそうだ。しかし北海道には鮭鱒以外にもたくさんの料理の素材がある。それを活かして秋以外の北海道の料理と食材を売り出す必要があるのではなかろうか。
 ところがそうした努力がなされているとは思えない。先に述べたように山形内陸などは雑草の果てまで何でも食べ、限られた食材、素材をさまざまに調理して食べた。ところが北海道には料理の工夫がない。豊富に存在する鮭、鱒、昆布はもちろん、イモやタマネギ、麦などの食材の食べ方はきわめて単純である。たとえば昆布の大産地なのに「だし」としてしか使わない家庭が多い。食べ方、料理はきわめて単純で、産地でもない北陸、京阪、沖縄などの方が昆布の料理や使い方ではずっと進んでいる。もちろんまったく工夫がないわけではない。たとえば洋菓子などにおいしいものがたくさんある。これはバター、チーズなどの生産が戦前から盛んだったという伝統からくるものであろう。まさに北海道らしいと言えるかもしれない。しかし、和菓子にはあまりいいものがない。小豆やいんげん豆の大産地であるにもかかわらず都府県に負けている。またそばの大産地でありながらそば屋は少なく、おいしいと思うそば屋さんもあまりない。ラーメン屋は多く、札幌味噌ラーメンはあるが、この小麦も道産ではない。ともかく全体として言えば地元産のものを使っておいしく食べさせる工夫がない。
 もちろん最近になっていろいろな工夫がされるようになってきている。よく地域興しなどの催しでそれが紹介される。しかし、まだ個々人の趣味の段階、観光客などに売るためだけの段階、料理店などが奇をてらってやっている段階といってよく、地域の食文化として家庭料理として根付いていない(註1)。
 なぜなのだろうか。「素材がよすぎるから、そのまま食べておいしいから、工夫しなくなるのだ」という人もいる。たしかに素材では恵まれている。だからそうなるのかもしれない。豊かさが工夫を生み出さないということもあるからだ。
 しかし、いくらおいしいからといって毎日同じ料理を食べるわけにいかない。北海道はその気象条件からして素材の数が少ないのだからましてや飽きてしまう。当然道産のものだけではがまんできなくなる。そこで所得水準が高まると、他府県産のものを買うことになる。それは地元産のものを食べる量を少なくする。それでも国産であればまだいい。ところが外国産のものを買う。そして地域にある食材を生かさなくなる。
 ワラビがその一例だ。近くの林や道路脇などに取り尽くせないほどたくさん生えているのに中国産のワラビがいつもスーパーなどの棚においてある。そしてそれを消費者が買う。これまたわからない。山に慣れていなければ採ることの難しい府県だったらまだわかるが、網走には野生のワラビが平地に余るほどある。私のような素人でさえたくさん採ることができる。コゴミ、ゼンマイ、タラの芽等々もある。こうした山菜採りを網走にきて生まれて初めて堪能させてもらった。ところが網走の人の多くは中国産のワラビを買って食べている。国産は高いからなのか、産地などに関心がないからなのか、食の安全などに関心をもたないからなのだろうか。
 どうも食への無関心からきているような感じがする。
 たとえばスーパーや生協ストアに行くと「山梨・福島産」という名札のついた桃を売っている。一つの桃が二つの産地でとれることはあり得ないのだからどっちかなのだろうが、いったいどっちなのかわからない。山梨と福島が隣り合った県であればまあどっちでも同じようなものだからいいだろうと目をつぶってもいいが、かなり離れている。それを奇妙に思わないのだろうか。日本地図では山梨と福島はすぐ近い、同じ北海道の網走と函館の距離よりもずっと近い、このように都府県はみんな近いのだからどこの産地と書いても、また書いてあっても問題はないはずだと網走の人は思っているのだろうか。
 カキ貝の入っているサロマ湖産という模様の入ったパックのなかに三陸産の小さいシールが貼ってあるものがいくつかあったりもする。いったいどこが産地なのかわからない。知らないところならまだしもサロマ湖は地元である。ところがそのパックに東北の三陸産のものを入れ(たのだろうと思う)、同じところにおいて平気なのである。
 イチゴの棚の看板は宮城・愛知産となっており、その棚においてあるパックには福島産の名前が書いてあり、それについているバーコードには茨城産と打ってある。いったいどこのイチゴなのか。
 ところがこれで売る方も買う方も不思議に思わない。一度店の人に文句を言ったことがある。すると「すみません、気をつけます」で終わりで、その後もまったく変わりない。きっと他の消費者からは文句が出ないのだろう。この鈍感さには感心する。北海道の人はおおらかだと言われているが、鈍感なだけなのだろうか。
 最近こんなメールが網走のWMさんからきた。パプリカを買おうと思ったら、「茨城・韓国産」という表示がされていた、あきれ果ててもう何も言えなかったと。
 北海道人はともかく食えばいいだけなのだろうか。その昔カボチャとイモだけで生きてきたので食べ物に鈍感になってしまったのか。とにかく食わなければと産地や食の安全などに関心をもたなかったからそうなってしまったのだろうか。こう言いたくなるほどだ。
 もちろん、これは網走だけのことかもしれないし、北海道全体に敷衍するのはまちがっているかもしれない。しかしいずれにせよ、改めて北海道の食材を見直す必要があるのではなかろうか。そして地産地消をより高い段階で構築していく必要があるのではなかろうか。
 もちろんさきにも言ったように素材の数は府県よりも少ない。たとえば里芋がない。柿がない。しかしその少なさは素材の良さを生かすことで補えばいい。また全国各地から人が移住してきたのだから、さまざまな地域の食文化が、全国各地の食の知恵が、北海道に移入されているはずであり、それとこの北海道ならではの素材が結びつき、融合したならば、もっとすばらしい食文化ができるはずである。
 家内が網走でお世話になった友だちにときどき言われたという、あなたは仙台から新しい風をもってきたと。みんなの知らない山形や東北の料理、菓子、話題等々を提供したかららしい。そうなのである、そもそもはみんな新しい風を各地から北海道にもってきたのだ。何代か前のことだからあるいは忘れてしまったかもしれない。近年の農産物の輸入や食の荒廃のなかで忘れさせられているのかもしれない。あるいは謙虚だから自分がもってきた風を吹かさないのかもしれない。しかし、改めて新しい風をみんなで吹かせ、それを網走など道内の各地で束ねて大きな風とし、北海道はもちろん全国を動かすような風にしていくことを考えて良いのではなかろうか。

 もう一つ、アイヌ民族の知識、知恵に学ぶことも考える必要があろう。そうすれば、さらに新たな素材や料理法が加わる。
 しかし残念ながら私は北海道でアイヌ民族から伝わったという料理を食べたことはない。なぜなのだろうか。もしかするとアイヌ民族に学んでいないのではなかろうか。
 私はよく考える、アイヌ民族に尊敬をもって接し、その知識、知恵を徹底して学んでいたなら北海道開拓のしかたも若干変わったかもしれない、もっと別の方法があったかもしれないと。しかるにアイヌは未開である、遅れていると軽蔑してきた。しかしアイヌの人たちは北海道という地域に対してはもっとも知識が豊富であり、そこでの生き方の知恵をもっていた。だからこそ何百年も北海道に住んで生き延びてきたのである。もう今になってはおそいかもしれないが、自然との接触のしかた、地域にあった食材と料理法等を改めて学び、それを現代の食に生かしていく必要があるのではなかろうか。もちろんもうやっているかもしれない。私が知らないだけなのかもしれないのだが。
 「アイヌねぎ」、北海道ではたくさん自生している。府県ではこれを「行者ニンニク」と呼んでいる。高山でしか採れない貴重な山菜で、その昔修験者が栄養剤として食べたものだということで、かなり以前、ある人からごちそうになったことがあった。食べるのは葉なのだが、まさにニンニクに似た味である。名前と味からして何となく身体に良さそうな感じがしたものだった。この行者ニンニク、つまりアイヌねぎを北海道の人は春によく食べる。店でも売っている。このアイヌねぎが最近都府県でも「行者ニンニク」という名で、本当にたまにであるが、スーパーなどで売られている。栽培されるようになったからとのことである。ただしその産地は府県の山間部である。北海道の努力でアイヌねぎが普及したのではないようだ。せっかく自生しているのに、自分たちは食べているのに、また料理のしかたは道内に多々あるし、工夫すればもっと出てくるだろうに、北海道が全国に向けての販売に力を入れているとは聞いていない。観光地のホテルに行ってもアイヌねぎの料理を出すところはほとんどない。この一つをとってもまだまだ北海道の努力がたりないのではなかろうか。

 こんな話を北海道の農経研究者のKIさんにしたら、彼は次のように言った。
 「基本的に道民には『開拓の はじめは豚と ひとつ鍋』の心根があるので、食についてあまり考えていないと言われても、『そうなんだよね』と思って終わりなんです」
 そうかもしれない。十勝開拓の先駆者と言われた依田勉三が詠んだこの句のような暮らし、鍋釜もろくに買えず、豚の餌まで含めてすべての煮炊きを一つの鍋でしなければならない、一つの鍋で間に合うほどしか食べるものがない、こんなぎりぎりの暮らしの中では、料理のしかたなど考える余裕はなかった。それが今に引き継がれているのかもしれない。
 KIさんはまた続ける。
 「農業といっても最初から原料作物が中心の北海道では、とりあえず収穫して中央に送る動作の繰り返しで、地場(自家)で加工する余裕がなかったともいえます」
 これもその通りなのだろう。

 しかしこれからは、先住民族のまた出身地である都府県からもってきたさまざまな知恵と科学技術の発展を北海道という場で総合し、さらにすぐれた北海道の食文化をつくりあげていくことに改めて取り組む必要があるのではなかろうか。そうすれば地産地消はもっと進む。また観光客にも喜ばれる。さらにその全国的な普及で道の産物が全国でもっと売れるようになる。そしてそれはわが国の食糧自給率を高めることにつながるであろう(註2)。
 こうした努力は北海道だけでなく、東北でも、また全国各地でなされるべきなのだが。

(註)
1.いうまでもないが、まったくないというのではない。たとえばジャガイモ産地の北海道らしいジャガイモバター、家庭でつくって食べるイモ餅等がある。これについて詳しくは後に述べるが、ここでは北海道農業への叱咤激励のために極端に言っているだけである。
2.次回の掲載は10月12日(水)とする。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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