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生協の姿勢の変貌



               食をめぐる消費者と生産者の諸問題(8)

                   ☆生協の姿勢の変貌

 今から30年くらい前のことである。休日に自宅で試験の答案の採点をしていた。宮城県の農協職員の資格認定試験で担当していた初級職の協同組合論の答案である。問題は、協同組合原則に関する文章のなかにつくった空白の長方形の中に下に書いてある言葉の中から選択して入れるというものである。さすがに農協職員、ほとんどの人がいい点数をとっていた。たまたまそれをのぞいていた家内が、その問題なら私も解けるという。冗談だろうと思ったもののとりあえずやらせてみた。そしたら何と95点である。びっくりした。特別勉強しているわけでもないのになぜ知っているのか。聞いてみたらこんなことだった。
 その数年前のこと、あまりの物価上昇に頭に来た近所の奥さんたちと生協に入ろうということになった。当時は今と違って店舗もなく、共同購入をやっているだけの小さな生協だったが、事務所に行ったら、加入したい人を最低5人集めてくれ、そしたらこちらから説明に行くという。集めたところ組織部の人が来た。まず最初に話をしたのが生協の歴史と協同組合原則についてだった。それから「よりよき生活と平和のために」今こういうことをやっていると具体的な活動を説明し、こういう組織なのでいっしょにやりませんかと話した。その後に、出資金等加入のしかた、5人以上で家庭班をつくる必要があること等を説明したという。それでみんな生協に入り、牛乳と卵の共同購入を中心に活動を始めた。それを聞いた近所の人や家内たちの知人が自分たちも入りたいと言ってくる。そこでそうした人たちを集めて説明会を開いた。人数が多く、地域も広かったのであちこちで開催した。その何ヶ所かに生協の組織部の人を案内し、みんなといっしょにその人の話を何回も聞いた家内は、そのうち協同組合原則を覚えてしまったのだと言うのである。
 ショックだった。さすがは生協である。農協の組合員で協同組合原則を知っている人は何人いるだろうか。原則なんて聞いたこともないのではなかろうか。役員だって知らないかもしれない。上からつくられた側面の強かった農協組織と自主的につくった生協との違いがここにある。そしてこれが生協の強さなのだろう。農協組合員にもきちんとこういう協同組合教育をする必要があるのではなかろうか。もっと生協から学ぼう。こう思って当時すばらしい活動をしていた山形の鶴岡市民生協に調査に行っていろいろ学ぶと同時に農協役職員にも生協に学ぼうと訴えてきた。
 しかしそのうちそう言うのはやめることにした。生協が少しおかしくなっていると感じるようになったからである。

 80年代の終わり頃だろうか、近くの生協の店舗に買い物に行ったら、2千円(だったと思う)出せばすぐ組合員になれます、加入して下さいと繰り返しアナウンスをしていた(最近は加入すると景品をサービスするとも宣伝している)。これにはびっくりした。かつてやっていた協同組合員への教育などどこかに吹っ飛んでいる。生協に関する理解なしで加入させようとしている。これではデパートの「友の会」などとどこに違いがあるのだろうか。会費を出して会員になると何%か割引するというのと変わりがない。それでも、ともかくまず加入させ、その後に教育するというのであればまだわかる。しかしそういうことをしているという話は聞いたことがない。
 そのうち、「よりよき生活と平和のために」というスローガンが店舗から完全に姿を消していることに気がついた。このスローガンは捨ててしまったのだろうか。かわりに何を目標とするようになったのか。目的意識がなくて何の生協だろうか。
 最近店舗に行くと、目玉商品や共済保険加入勧誘の宣伝はあっても組合員としての意識を向上させるようなチラシやポスターなど一切見あたらない。
 また、「組合員の皆さん」ではなくて「メンバーの皆さん」にアナウンスの呼びかけ方が変わっている。組合員という言葉は、使うのをやめなければならないほど悪い言葉なのだろうか。単なるメンバーでは、生協は協同組合である、その主人公は組合員であるという意識を薄れさせてしまうことになるのではなかろうか。これでは職員と組合員との関係はお客さんと店員との関係でしかなくなってくる。連帯感も当然なくなる。そもそも生協は組合員と役職員がともにつくりあげている組織体、運動体だったはずである。それがどこにいったのか。これで協同組合といえるだろうか。
 野菜などに農家との産直商品がある、これは生協らしいではないかという人もいる。しかし産直商品は今や単なる目玉商品でしかなくなっている。他のスーパーとは少し違うよということを見せるためにおいておくだけでしかない。生協の取扱品の中のごくごく一部でしかなく、あんまりもうかるものではないので、それほど重視していない。しかもかつてやっていた生産者と消費者との交流もやらなくなっている。これではスーパーでも始めている産直と特別な違いはない。
 職員の人はほとんどがパート職員だ。ワーキングプア的待遇で経営を成り立たせようとしている点では生協も一般のスーパーと変わりない。当然のことながらこの人たちには接客と仕事のやり方を教えるだけで協同組合教育などはやっていないだろう。

 激化するスーパーとの競争のためにはやむを得ない、きれいごとなど言っていられないのだというかもしれない。そして多くの利用者を獲得するためには面倒くさいことは言わないことにしよう、平和とか組合員とかいうとアカと思われて加入者が増えなくなると困るからそうした言葉は使わないようにしようということになったのかもしれない。
 また、経営状況が厳しいので組合員はもちろん役職員の協同組合教育などやっているひまも人手もないと弁解するかもしれない。
 しかしこれでは、協同組合は利益を上げることを目標とするのではなく、組合員に奉仕することを目的とするものだという役職員の意識が薄れてしまう。そして専従役員や職員(現在のパートも含む)は協同組合運動の先導的実践者であり、運動家であり、組織者であり、教育者であり、そして事業の執行者・実務担当者であるという認識が欠如してしまう。
 もちろん、生協も協同組合企業であり、資本主義経済のなかで生きていく限り、資本主義的企業と同じ経営手法をとらなければならない場合がある。また一般企業の経営技術には学ぶべきことも多々ある。問題はその手法、技術を何の目的で使うのかである。経営体としての生協を維持、拡大していくために、それに必要な利益の確保のために使うのか、それとも組合員の利益の増大のために利用するのか、このいずれの立場にたつかによって大きく異なってくる。
 今から40年も前になるが、そのことを鶴岡市民生協でたずねたら、当時の常務がこんなことを言っていた。たとえば経営の効率性を示す資本の回転率があるが、これが低いと言うことは組合員の欲しくないものがいつまでも棚においてあることを示すものである、組合員の暮らしに必要なものをおけば品物はどんどんはけ、回転率は高まるはずである、したがって回転率の高さは組合員の要求に応えているかどうかを示す指標と理解すべきであり、その結果が収益の上昇となる。こう考えて回転率を高めることに努力しているのだと。なるほどと思った。組合員の生活という視点から経営技術を考える、これこそ生協なのではなかろうか。
 ところが近年の生協は、スーパーに対抗するためということで経営体の側面だけを考え、売り上げをあげることに集中し、組合員の利益をまもる運動体であることを忘れているような気がする。それが中国ギョーザ問題の背景となっているのではなかろうか。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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