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景観と農業―北海道を事例に―



               農村景観と自然保護をめぐる諸問題(2)

                 ☆景観と農業―北海道を事例に―

 網走に行ってからのことだが、北海道の景観と農業について次のようなことをよく話をしたものだった。

 北海道のある新聞に著名人がこのようなことを書いていた、北海道は石炭がだめになり、農業も漁業もだめになっている、これからの北海道は観光しかない、観光王国でいくべきであると。
 たしかに北海道の景観はすばらしい。それにあこがれて現に多くの人が北海道に観光に来ている。だから観光王国にするのは賛成である。
 しかし、ここで考えなければならないことがある。観光客が北海道に魅力を感じるのは農業があるからだということである。
 府県にはない広大な畑地に小麦、大麦、ジャガイモ、ビート、大豆等々の畑作物が、またキカラシ、ヒマワリ等の緑肥作物がモザイク状に広がり、さらに牧草地に牛が放牧され、落葉松(からまつ)やトドマツ等の防風林や雑木林がそれにアクセントを加える。空からまた車中からそれを見る観光客はまずそれに歓声をあげる。
 7月、札幌以外北海道に来たことがないという客を女満別空港に迎えにいく。空港から車で網走に向かって約10分ぐらいのところの緩やかな傾斜地に白と紫のジャガイモの花、淡く柔らかい緑の大麦、濃緑の小麦、硬い緑のビートの畑が広がる。その傾斜畑のてっぺんに5本の落葉松が点々と青空のなかに立つ。これを見て客は涙を流すほど感激する。ここは「メルヘンの丘」と呼ばれており、ここから広い広い畑の中を通って原生花園のある釧網線の北浜駅(映画『幸福の黄色いハンカチ』や『網走番外地』に出てくる駅で、海にもっとも近い駅とも言われている)まで行く道路は「感動の道」と名付けられているが、まさにぴったりである。
 こうした雄大な畑地があるからこそエゾマツ、トドマツ、シラカバ、ダケカンバ等の寒帯の林相をもった山々、それに囲まれた摩周、阿寒、屈斜路等の数多くの湖沼がさらに強く印象に刻まれる。まさに北海道の観光は農業があってこそ成り立つものである。もしも農業がなくて延々と森林だけが続いていたら、たとえば網走から摩周湖に行くまでに観光客は飽きてしまう。また、あの雄大な農地がなければ北海道まで来る必要性は半減してしまう。湖と山だけなら十和田湖、田沢湖等々、東北にもたくさんあるからだ。
 こう考えてくると、農業が衰退したなら北海道の観光は成り立たないことがわかるであろう。もちろん農業は観光のために存在しているわけではない。食糧を生産するために存在しているものである。しかしその生産の過程それ自体が景観を生み出す。また、その生産の成果の一部が旅館や飲食店の食卓を飾り、またお土産となる。
 農業生産があってこその観光なのである。北海道にある豊富な農業資源を活かして生産をいとなんでいるから観光が成り立ち、農業それ自体が観光資源となる。
 そうなれば、農業がだめだから観光だではなくて、農業とともに観光を発展させることが必要だということになる。観光を発展させるためにも農業を発展させる、また農業を発展させるためにも観光を発展させる。このように考えるべきではなかろうか。
 ところが、その基幹となるべき農業はいま深刻な危機的状況に陥れられている。農業の担い手がいなくなり、耕作放棄地がどんどん増えている。それは都府県から始まり、いまや北海道に及びつつある。現に離農家の廃屋があちこち見られるようになっており、このままいけば雄大な畑地や草地の景観がなくなってしまう。
 それでもいいではないか、廃屋も景観の一つとなるといわれるかもしれない。たしかにそれもありだろう。そしてかつての文部省唱歌の『故郷の廃家』で売り出せばいい。
 「幾年ふるさと 来てみれば
  咲く花鳴く鳥 そよぐ風
  慣れにし昔に 変わらねど
  荒れたる我が家よ 住む人絶えてなく」
 しかし、廃屋もありすぎたら、荒れはてた土地が広がりすぎたら、見る人の心を寒々とさせてしまう。そしてここは人が来るところではないとして二度と誰も来なくなる。やがてそうした場所は産業廃棄物か都府県住民のゴミ捨て場、さらには核のゴミの捨て場所となり、ましてや誰もこなくなる。
 こう考えれば、農業を維持し、発展させていくことが、そしてそれを通じて景観を維持していくことが必要だということになるのではなかろうか。

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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