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土地基盤整備と農村景観



               農村景観と自然保護をめぐる諸問題(3)

                 ☆土地基盤整備と農村景観

 前回の記事で述べた網走地区の景観や「感動の道」は畑地基盤整備事業による畑と農道の整備でつくられたものでもある。農業生産のために実施したこうした整備が、農業の生産性を高めて農家が地域で活きていけるようにしているのと同時に、雄大な畑地や草地の景観をも整備し、また維持しているのである。このことは、農家が地域で生きていけるようにすることが景観保全のために第一になすべきことなのであり、行政はさらに農業生産の振興に力を注ぎ、農村・農業の基盤整備をもっと進めなければならないことを示しているのではなかろうか。
 「人間よりもヒグマの通る数の多い道路」だって、そこに住む人たちが生産・生活面で必要だとしているのなら、つくるべきなのである(註1)。少数の人しか住んでいないから、費用対効果がよくないからといって、無視するなどということはあってはならないだろう。
 だからといってすべての農地の基盤整備をしなければならないものではないことはいうまでもない。地域によっては、また場所によっては整備しない方がいい場合もある。排水のきわめて困難な地域の水田や中山間地域のような整備の困難なところ、景観保全などから整備しない方がいいところなど、いろいろあるのである。

 いまから20年ほど前になろうか、広島から島根に向かうローカル線に乗った。列車は山あいのうねうねと曲がりくねった線路を延々と走る。
 窓から外を見ると、畦畔が石垣でつくられている棚田があちこちにある。大小形状さまざまの石が見事に組まれている。まさにすばらしい技術だ。後で聞いたことだが、かつてはこうした石組みの技術を農家のほとんどがもっていたらしい。そうした技術をもっているお年寄りがいまもいるという。各地に残るお城の壮大な石垣の造成技術はそもそもはこうした農家の技術が基礎となったものなのだろう。
 当然のことながらこうした棚田の生産性は低い。区画が小さくて機械も入らないところもある。それで耕作放棄が進む。現に荒れた棚田が散見された。その解決のためにと土地基盤整備が進められている。
 列車の窓からもこうして整備された水田が見られた。段々になっている小区画の棚田をならして大きな区画の一枚の田んぼにしている。だからその田んぼの畦畔はかなりの高さとなる。しかもそれは土でできている。それで畦畔に傾斜をつけざるを得なくなる。その結果、畦畔の法面(のりめん)はかなり広くなる。
 それを見て思った。広くなったしかも傾斜のある法面の草刈りは大変だろうなと。平坦地の低くて狭い畦畔でさえ大変なのだ。夏の暑いときの草刈りが規模拡大のネックになると農家が口説いているほどなのである。
 ふと気が付いた。整備された水田のいくつかの法面がところどころ青いビニールシートで覆われている。雨などで法面が崩れたからのようである。水の流れた跡がついていてもうすぐ崩れるかもしれないと思われる法面もあちこち見られた。
 それを見たとき、石垣畦畔は傾斜地の農民の知恵だったことに気が付いた。
 石垣であればいくら畦畔が高くとも雨で崩れたり流されたりすることはない(大水害、大地震でもない限り)。また、草も生えないので畦畔除草の手間は省ける。さらに田んぼの地表と直角に畦畔がつくられているので、斜めにした畦畔のように多くの土地がが必要とされず、限られた土地を減らさずに田んぼとして利用できる。
 こうした知恵をそのまま生かした方がいいのではなかろうか。膨大な公的資金をかけて基盤整備をして区画を若干大きくするよりも、またカネをかけてその後の地崩れを修復するよりも、棚田と石垣をそのまま残し、その稲作の維持のために金を出した方がいいという考え方もあるのではなかろうか。
 農家の石垣積みの技術も残しておきたい。これは無形文化財だ。
 棚田と石垣、稲、山、そして散在する住居が織り成す心暖まる景観、人と自然の共同作品も残しておきたいものだ。だから、景観という面から整備をしないということもあっていいのではなかろうか。

 もちろん整然と区画された水田も景観としては見事である。前にも述べたが(註2)、小学6年の修学旅行で鶴岡の湯野浜温泉に行ったとき、先生に「庄内平野に入ったら田んぼを見なさい、内陸と違って四角の田んぼが整然としていてきれいだから」と言われ、みんなで列車の窓から身を乗り出して見たものだった。
 しかし未整備の水田も捨てたものではない。大小さまざま、形状いろいろの田んぼ、曲がりくねったあぜ道と小川、そのところどころに生えている柳などの小さな灌木や草花、それを見ると何ともいえない安らぎを感じる。何百年あるいは何千年かけて自然と調和させながら人間がつくりあげてきたこうした田園風景はまさに歴史的文化財といえよう。そしてそれが水田生態系を新たにつくりだしたのである。
 こうした風景、そして生態系が基盤整備で各地から消えつつある。前にも述べたように(註3)、パイプ潅漑などで文部省唱歌『春の小川』の「岸のすみれやれんげの花」が、そして『メダカの学校』がなくなるというのは何とも寂しい。

 水田の基盤整備はこれからの農業発展にとって不可欠であることはいうまでもなく、それはそれとして推進していかなければならない。しかし、こうした景観や生態系を考えた整備をすすめることも必要となっているのではなかろうか。また、未整備の水田を一定部分残したりすることも考えていいのではなかろうか。
 そのさいの問題は整備された水田よりも手間暇がかかり、機械代などがよけいにかかることだ。しかし、それは人間と自然の共生の成果である文化財としての性格をもつ景観とそれが創り出した生態系の保護費用だと考えるべきではなかろうか。そうなればその費用は国や自治体等が公的に補償すべきだということになる。
 その補償を前提として、整備された水田と未整備水田、畑地や樹園地、植林地、水路や農道等の人間と自然の織りなした「半自然」、山林原野や河川、湖沼、海洋等の「天然自然」、そして家屋敷や公共施設、歴史的建造物等の「人工物」、これらをどこにどのように整備、配置するかを地域ぐるみで話し合い、合意を形成する。つまり、農業と自然、歴史的文化的景観などの調和を考えた高度の土地利用計画を樹立する。こうしたことも考えるべき時代にきているのではなかろうか。

(註)
1.これと同じことを下記の記事でも述べている。
  11年1月18日掲載・本稿第一部「☆線路と歩き」(3段落)
2.11年6月22日掲載・本稿第二部「☆水田の基盤整備の進展」(2段落)参照
3.     同     上                         (4段落)参照

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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