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農家の嫁(2)

  
                      ☆花嫁の涙

 結婚式をホテルなどでやるようになったのはつい最近のことである。以前は自分の家でやった。式の日には隣近所や親戚が家に集まって嫁が到着するのを待つ。近所の子どもたちも「むがさり(結婚式)だ」などと叫びながらその家の近くに集まる。にぎやかな花嫁行列が長持唄などを歌いながら近づき、盛装した花嫁が家の前に来る。それを家の中から祝いの謡いで迎え、それが終わると花嫁は台所口から家に入る。これが農家の結婚式だった。農村だけではなかった。当時は町場の非農家でも大きな家なら花嫁は玄関口から家に入れなかった。
 町場でも嫁は子どもを生む道具であると同時に家事の労働力でしかなかった。電気、ガス、石油、水道のない時代の家事労働はきわめて大変であり、それに育児が加わったらどうしようもなかったからである。農村部ではそれに農業労働が加わるのだから、さらにすさまじかった。そして、男女の不平等、家に対する女性の従属は、法的にだけではなく実質的にもすさまじいものがあった。
 こんな古い家に喜んで嫁に行くなどという女性はほとんどなかった。親の言うとおりに相手もよく知らないで結婚させられる場合などはなおのことである。しかしいつまでも行かず後家でいて家の厄介者になっているわけにはいかない。女性の働き口などほとんどない時代であり、自立して生きていくことなどはできないからである。町の女性は家事を手伝いながら嫁に行くのを待つしかなかった。村の女性は農作業を朝から晩まで手伝いながら嫁に行くのを待ち、あきらめの気持ちで、親の言うことをきいて嫁にいった。
 それを示しているのが当時の童謡である。童謡に出てくる花嫁には涙がつきものである。たとえば蕗谷虹児作詞の『花嫁人形』は次のようにうたう。
  「金襴緞子の 帯締めながら
   花嫁御寮は なぜ泣くのだろ」
 また『花かげ』(大村主計作詞)の二番の歌詞は
  「花嫁すがたの おねえさま
   お別れ惜しんで 泣きました」
 そのほかの歌でも、花嫁は泣いている。あるいは婚家に閉じこめられるであろう花嫁を思って、遠くへいってしまったとか、お別れを惜しんでとかで、妹が泣く。
 もちろん好きな相手であれば別であったろう。どんな苦労もがまんできただろう。それを表しているようなめずらしい童謡がある。それは『雨降りお月さん』(野口雨情作詞)である。
  「雨降りお月さん 雲のなか
   お嫁に行くときゃ だれと行く
   ひとりでからかさ さして行く
   からかさないときゃ だれと行く
   シャラシャラ シャンシャン 鈴付けた
   お馬に揺られて ぬれて行く」
 この詞は雨が降ろうと何であろうとも、一人ででも断固として嫁にいくということを示している。しかも曲は長調で明るい。花嫁をうたった童謡のなかで、喜んで嫁に行くというちょっと雰囲気の違う曲である。
 しかし、よくよく見てみると必ずしもそうではない。そう思わせる歌詞が二番にある。
  「たづなのしたから ちょいと見たりゃ
   お袖でお顔を かくしてる
   お袖はぬれても ほしゃかわく」
 なぜお袖で顔を隠しているのだろうか。もしかして泣いているのではないだろうか。花嫁のお袖はなぜ濡れているのだろうか。雨のせいなのか。うれし涙であるいは悲しい涙で濡れているのか。作詞者に聞かなければわからない
 それにしても明るい歌である。好きな人のところに喜んで嫁に行くこともあった、それを野口雨情は歌ったのだと私は理解したい。そうでなければ救いがないからだ。
 しかし現実にはほとんどそうではなかった。好き嫌いなど関係なしに、やむを得ず嫁に行かされたのである。お見合いどころか結婚して初めて相手の顔を見たという人さえいた。それは都市部でも農村部でも同じであった。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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