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農業継承に関する意識変革の必要性



                後継者問題の深刻化(5)

             ☆農業継承に関する意識変革の必要性

 80年代の中頃のことである、福島県浜通りの双葉町の役場職員がこんな話をしてくれた。
 役場の用事で山間部の集落に行く、すると若者はまったくおらずお年寄りしかいない。このまま行けば集落はまた農業はどうなるかと思って、ある集落の農家三十数戸全部をまわって家族の年齢構成を調べて見た。そしたら何と、今家にいて農業に従事しているのはすべて50歳代後半以上、子どもたちのほとんどは他出していて戻ってくる見通しはなし、家に残っている本当にわずかの若い人も他産業に恒常的に就業していて農業はまったくやっておらず、これからやる意志もない。こういうことがわかった。とすると、後10年か20年したらこの集落に一人も農業をやるものがいなくなる。この集落は、また農業は一体どうなるのだろう。家々はそして農地は荒れ果ててしまい、集落はなくなってしまうのだろうか。こうした状況はこの集落ばかりではなさそうだ。農家個々で後継者問題を考える時期ではもはやないのではなかろうか。
 深刻な顔をして彼はこう私に口説いたのだが、そうなのである、後継者問題を個々で解決しようとするとそういう問題が発生するのだ、農業後継者問題は個々の農家の問題だけではなく、地域農業全体の問題なのである。
 そうは言ってもこうした問題は山間地帯の集落だから起きるのであって、平坦部ではそうではない、後継者のいない土地を借りようとする担い手はまだたくさんいるので大丈夫だ、そう言う人もいた。しかし、平坦部もほぼ同じ問題を抱えるようになっていた。

 91年に山形県長井市の平場のある集落の三十何戸全戸を調査したら、農業従事者の7割が60歳以上で40歳以下層は一人も農業をしていなかった。そこで、「高齢化して農業をやめなくてはならなくなる家が何年後に増えてくるか」という質問を全戸にしてみた。そしたらあと5年以内と答えた方が半分で、5年から10年の間と答えた方が4割、つまり9割の方がこの10年以内に高齢化して農業をやめざるを得ない農家が増えるだろうと考えている。では、そうした「離農家の土地を誰が耕作しますか」と聞いたら、集落内に農地を預かってくれるような若者は一人もいない、不安でしかたがないという。
 こうした問題、つまり農地を預けようと思っても預かってくれる若者がいないという問題はすでに東北の各地で起きていた。
 山形県庄内のある専業農家がこんな話をして私に口説いたことがある。これまで集落の稲作を支えてきた兼業農家が高齢化で草刈りや水引きが大変になったので土地を借りてくれとときどき頼みにくる。しかし、すでに借地等で11㌶も経営しているので現在の労働力ではこれ以上引き受けられないと断っている。以前、労力的に無理だということで条件の悪い土地を返したこともあるくらいなのだ。そのことで今もいやな思いをしている、貸し手から返されても困ると恨まれ、それから道であっても挨拶もされなくなった。その田圃はいま荒らし作りされ、野ネズミや野鳥のすみかとなり、手がつけられない状態になっている。それが近隣の田圃に悪影響を及ぼし、また荒れてくる。こうした耕作放棄がこれからさらに増え、大きな問題を引き起こすだろう。どうしたらいいかわからない。こう彼は嘆く。
 実際に耕作放棄は中山間地ばかりでなく平坦部でも始まっていた。宮城の仙北平野の北部や置賜盆地の南部では葦が生えている水田が虫喰い的に現れ、しかもそれが少しづつ増えつつあった。こうした事態はこのままいけばさらに進む危険性がある。そして、「豊葦原の瑞穂の国」から瑞穂がなくなり、豊葦原だけの国になってしまうだろう。
 何でこんなことになってしまったのだろうか。

 これまでは、後継者が農業を継がないという悩みをかかえつつも、中高年層ががんばって何とか農業を維持し、土地をまもってきた。もちろん将来が心配なことはいうまでもない。しかし考えると憂鬱になる。考えたくない。ともかく今は生きていけるからいいではないか。自分が働けなくなったらそのときはそのときで何とかなるだろう、こうして真剣に考えようとしないできた。そして将来経営をどうするかと質問すると「現状維持」と答える。どの調査でもどの地域でも農家の7~8割がそう答えた。そのうち悩みは諦めにかわり、「農業はおれ一代で終わり」だ、まあなるようにしかならないと将来のことを考えようとしなくなる。
 その気持ちはよくわかる。もちろんそれは思考の喪失であり、その日暮らしの成り行き任せの精神的退廃でしかないのだが。
 しかしもう限界にきた。高齢化して働けなくなってきた。ところが借り手がいなくなりつつある。ここで愕然となる。後継者問題は個々の農家の問題であるとみんなが考え、個々で悩むだけで地域のみんなで解決していこうとせず、ずるずると放置してきているうちにこうなってしまったのである。
 このことは「家の後継者は個々の農家の問題」だが、「農業の後継者は地域全体の問題」であることを示しているのではなかろうか。
 もちろん農業の後継者が残るかどうか、つまり経営継承がうまくいくかどうかは、個々の経営のあり方、つまり継承者をつくりだすべき経営者の能力にかかわる問題であり、また家族経営の場合には経営と生活が一体となって経済行為をなしているので、家族の生活、家族の人間関係にもかかわる問題でもある。
 ところが、近年ほとんどの経営の継承がなされなくなってきた。つまり、農家の若者のほとんどが農外に流出し、後継者と呼ばれていた長男、かつては当たり前のこととして特権として農業を継いできた長男が継承しなくなっている。
 そうなるとこれは単に個々の農家の問題だけではないということになる。このことは、農政のあり方に、また地域のあり方に、さらにはこれまでのわが国の農業経営のあり方全体に問題があることを示すものではなかろうか。
 いうまでもなく、これだけ後継者問題を深刻にした根本原因は農産物の輸入を進めてきた農政にある。したがって、農業後継者問題を解決するためにまず必要となるのは、農業の展望を失わせ、大都市一極集中で人口を偏在させてきた政治を大きく変革することである。
 しかしそれだけで若者が農業をやろう、地域に帰ろうとするわけではない。政治を変えれば農業の継承問題がすべて解決するというような単純なものではない。地域のあり方、経営のあり方が若者の意識変化を始めとする時代の変化に対応できなくなっていることにも問題があると考えられるからである。

 本来からいえば、親から子へという経営継承がなされなくても、そして現存する経営のすべてが継承されなくとも、地域農業の維持に特に問題は生じない。経営継承がうまくいかなかった経営が、その経営を継承者のいる他の経営もしくは新しく経営を始めたいというものに委譲すればいいからである。そうすれば地域農業は維持される。つまり、個々の農家とりわけその親にとっては、経営が継承されないことは非常に深刻な問題であるが、その経営が別の経営に委譲されれば地域農業は維持される。
 ところが、他への経営委譲がなかなかうまく進まない。もちろん、農地を貸すものもいる。しかし、多くは経営をそっくり委譲しようとはしない。後継者がいなければ、働けるうちは働き、労働能力の低下の程度に応じて少しずつ経営面積を減らしていく。つまり土地を細切れ的に他人に委譲していく。したがって、誰も大きく規模を拡大できない。みんなどんぐりの背比べになる。しかも機械施設はすべて個人でそろえる。これでは機械施設の能力に合う規模とならないので、家族の労力は過剰となり、さらにいわゆる過剰投資となる。
 当然、これでは地域のすべての経営が近年の生産力の発展に対応できず、農業で他産業並みの所得を得ることはできない。そのため、農業を継承してもいいと考える子弟も農外に流出することになってしまう。
 そうなれば、自分の経営だけをみんなが個々ばらばらに考えているわけにはいかない。地域の農業を新しい生産力段階に対応してこれからどうしていくのか、そして農地を始めとする生産手段を、また地域に蓄積されてきた技術や技能をいかに担い手たるべき後継者に引き継いでいくのか等々を地域ぐるみで考え、若者が地域に残りたくなるような、農業をやりたくなるような地域をつくっていくことが必要となる。そしてこれまでの農業の「血族内世代間継承」を「地域内世代間継承」にしていくのである(このことについてはまた後に述べる)。

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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