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輝き始めた農村女性




               輝いてやがて消えゆく農村女性(3)

                 ☆輝き始めた農村女性

 今から十数年前の東北農業経済学会のシンポジウムで、ある女性研究者が農村における男女共同参画を課題にして報告した。そのなかで彼女はいかに農村の女性がひどい状況におかれているかを延々と話した。
 そしたら、ちょうどパネラーになっていた福島のある農協の組合長が発言した。
 「私はそうは思わない、うちの地域のカカアたちはもっと元気だ」
 私は心の中で拍手をした。そうなのである。農村の女性はかつてとは大きく変わっている。この女性研究者はそれを見ていないのではないか。そしていまだにその昔の農村女性を夢見て、というよりは農村の女性はそういうものだという思いこみ、偏見でもって見て、昔のタイプの研究者と同じように、いかに農家の女性の地位は低いか、虐げられているかということばかりをヒステリックに叫ぶ。そんなことばかり言うから農村に嫁が来なくなるのだと言いたくなる。
 もちろん女性問題が農村にないわけではない(都市にももちろんあるが)。農協の理事や自治体の議員のほとんどが男性であることからもそれはわかる。女性が外に出るのにいまだに夫や親の顔色をうかがわなければならないという家もないわけではない。また、夫は外に働きに行き、自分が農作業の中心をなしているのに、夫の指示を仰ぎ、そのいうままに働く女性もいる。
 「この日に農協婦人部の集まりに出ようとカレンダーに記入すると、夫がわざとその日にぶつけて用事をつくり、私が出て行けないようにする」
 ある女性がこう言って笑っていたが、夫がじゃまをする家もある。
 こんなことをいう女性もいた。
 「女性の敵は女性だ」
 女性の足引っ張りは男以上だ、やきもち、かげ口、うわさ話、いやがらせ等々、昔ほどではないがまだ残っていると言うのである。
 しかし、変わってきた。昔を考えれば信じられないくらい変わった。
 まず、女性は経営面でも技術面でも男性と対等になってきた。80年代、稲作技術講習会に行くと、出席者の半数以上が女性だった。男どもの多くは兼業に出ており、日常の肥培管理の中心は女性となってきたからである。こうしたなかで農業技術に関する知識、最新知識を夫や両親よりもっていて、外に対しては夫が中心であるような顔をしながら、実質は自分が農作業や技術の決定をしている女性も出てきた。
 奥さんが家で農業に従事している農協職員のある男性が言っていた。
 「休日になると大変だ。カアチャンがしめたとばかり農作業で自分をこき使う。だから一週間休みはないことになる。自分はカアチャンに雇われた労働者のようなものだ」
 専業農家の女性も強くなった。技術の研修会や市場視察などとなると、男性といっしょに参加するようにもなっていた。
 岩手県山形村(現・久慈市)に行ったとき、農協の職員の方が言っていた、牛の飼育農家のカアチャンたちを市場視察に連れて行くと他の産地の牛を見てまわったり話を聞いたりして一生懸命だ、勉強熱心なカアチャンがいろいろ頭を使いながら自発的にやっている、カアチャンが一生懸命かどうかで牛は決まると。その昔とは大きな違いである。
 同じような話をあるトマト産地(どこだったか思い出せない)で聞いた。出荷組合で神田に市場視察に行った。ご婦人方は市場内をあちこち歩いて他産地から出荷されてくるトマトを熱心に見てその品質や規格などを比較し、その評価などを市場関係者から一生懸命聞いている。競りが始まると、目をらんらんと輝かせてどの産地のものがどれだけで売れたかを見ている。ところが男どもはどうか。黙って動かない。前夜の酒の飲み過ぎで二日酔いの頭をかかえて座り込んでいる。ご婦人は男よりもずっとまじめだ、これからは女性中心に技術指導していく、同行した営農指導員はこう言って苦笑していた。
 こうしたなかで女性の発言権は強まってきた。男の従属物のように牛のように黙々として働くなどいうことはなく、はっきりものを言うようになってきた。また価格等の面でもさまざまな知識をもつようになっていることから、かつてのように経営についてはまったく知らないなどということはなくなってきた。経営についても発言するようになり、経理も知っているので堂々と小遣いも要求するようになってきた。自分が中心になっている野菜などの部門についてはその収入をすべて自分のものとする女性も出てきた。農協のなかには女性に自分の通帳を持たせる運動を展開してそれを推奨したところもある。男はそれを止めることができない。それならその部門を止めるなどと女性から言われたら困るからである。女性はただ働きの労働者ではなくなってきた。
 さらに経営をリードする女性も出てきた。山形県小国町の3人の女性などはその典型である。彼女らはそれまでこの町にまったくなかった花き栽培を始めた。夫はそれを止めることができない。それどころかハウスづくりなどを手伝わされた。そのうち花き栽培が軌道にのる。こうしたなかで、これまで経営の柱としてきた繁殖牛飼育を夫はやめ、花に集中するものも出てきた。まさに女性は経営の主体となってきつつある。とくに園芸部門では女性が大きな役割を果たすようになってきた。
 また、農産物の直売所や農産加工施設を女性が主体となって起ち上げ、運営し、大きな成果をあげている事例も各地で見られるようになった。そして「女性起業」が行政やマスコミでもてはやされるようになってきた。
 女性が、技術者・経営者・労働者として、生き生きと輝き始めるようになってきたのである。そして男性と対等になってきた。
 もちろん力仕事とか危険な作業についてはやはり男性が主体となってやらなければならない。しかし逆に、肥培管理などのきめ細かい作業などは女性が中心となる。花き農家の男性がこんなことを言っていた、男は芽かきなどの細かくしかも単調な作業を長時間やっていられない、それから女性は細かいことによく気がつく、ともかく花の栽培では女性が必要不可欠だと。畜産農家も管理では女性にかなわないという人もいる。また金の出し入れの管理や経理も女性の方がいいという人もいる。個人差はもちろんあるが、男女の差はやはり否定できないのである。
 そうなると男女お互いに補完しあいながらまさに対等平等の立場で協力していくべきだということになる。そして、経営の構成員間での分業のさいに女性が経営主となることも当然考えていい。しかし現実には経営主は圧倒的に男性であり、家の資産は男性の所有である等々、いまだ対等になっていないという問題は残っている。でも、ともかく女性が主体となって経営しても奇妙に思わない時代になってきた。
 こうしたなかで、今むらの女性は元気だ、農業従事者数も女性が多い、これからは女性を農業従事者として重視し、担い手不足を解消しようと言う人たちもでてきた。92年に政府が打ち出した新政策(「新しい食糧・農業・農村政策の方向」)でも女性の重視を打ち出した。
 カアチャン農業、女性の重視、これも結構である。そもそも原始時代は男性は狩猟、女性は農業をやっていたのだ。しかもいまむらの女は輝き始めている。だから農業は女性にまかせていいのかもしれない。そして「元始、女性は太陽であった」ころに戻ってもいいのかもしれない。
 しかしそれは難しいだろう。輝き始めた女性たちの後継者が農村にいなくなりつつあったからである。

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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