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やがて消えゆく農村女性


                輝いてやがて消えゆく農村女性(4)

                  ☆やがて消えゆく農村女性

 80年代末、宮城県北の米どころ迫町(現・登米市)に行ったときのことである。ある青年がこんなことを言った。自分は今28歳だが、自分の後にまともに農業を継いだ者は誰もいない、つまり新規就農者はこの10年間町内に一人もいないと。このままいけば俺は、4Hクラブで一番下で、農協青年部でも一番下で、一生町内で一番下で終わることになるのだろうかとぼやく。こういう若い担い手不足の話がどこへ行っても話題となるものだから、このままいったら農業者数は激減することになるのではないかと心配になり、当時宮農短大に勤務していたKT君(後の北大教授)に頼んでコーホート分析(将来の人口を計算予測する方法)による農業就業人口の予測をやってもらった。
 それによると、まず基幹となる男子の数はそれほど減らない。1980年の1200人が2010年に900人、わずか3割減るだけである。これなら騒ぐほどのことはない。しかし問題はその年齢構成だ。70歳以上が9割を占め、50歳以下はわずか2%の18人、30歳未満は一人もいなくなるのである。やはりあの青年のいう通りで、彼は50歳になっても一番年下の農業者のままで残ることになる。
 それでは女性はどうか。80年には男性の1.5倍の1900人もおり、90年でも男性より200人多い1300人なので、農業を担っているのはまさしく女性である。だから、これからもこの女性が中心となって農業を担っていけばいいのかもしれない。
 ところが、2000年になると女性の農業就業人口は男性より少なくなる。そして2010年には何と500人、80年の4分の1に減り、男性の半分になってしまう。女性の減少は男性などというものではなく、まさに激減するのである。
 そして農業労働力の男女比率は完全に逆転する。しかも女性のほとんどが男性と同じく70歳以上で50歳未満は28人しかいなくなる。これでは迫町の耕地3600㌶を維持することはできない。
 驚いて他の県や町村のコーホート分析もしてもらった。若干の差異はあれ、ほとんど同じ結果だった。90年ころから男女の比率は逆転し始め、女性が激減するのである。今まで男性の後継者不足が問題とされてきたが、農村における女性の農業後継者不足はさらに深刻な問題だったのである。

 考えてみればそうだったのだ。70年以前のいわゆる嫁不足が問題になるまでは村に嫁が来たので女性農業者の不足はあまり問題にならなかった。そして嫁に来た女性は男が日雇いや恒常的兼業に出る留守を守って農業を維持してきた。あるいは自ら誘致企業や土建業などに稼ぎに行って家を支えてきた。ところが80年代に入ると若い女性の数は激減する。そもそも農村に女性の就業機会が少なく、しかも誘致企業が村から撤退するなかで、若い女性はみんな外に出てしまうようになったからである。
 もちろん嫁がくれば増える。しかし男の後継者も流出しており、嫁をもらう若い男の数が急激に減っている。その上、農村部の男性に嫁はなかなか来ない。これでは女性の数が減るのは当たり前である。
 たとえ嫁にきたとしてもその女性が農業をやるとは限らない。たとえば兼業青年の嫁の場合、勤めている夫が毎晩遅くしかも飲んで帰ってくるのに、なぜ女性の自分だけが家にじっと閉じこもって舅姑といっしょに、あるいは一人で重労働の農業をやっていなければならないのかと疑問をもつ。もちろん、夫が土・日に手伝うかもしれない。しかし男性は大型農業機械に乗って楽な作業をしているのに、女性は重いものを持つ補助作業をやらされる、こんなことは馬鹿らしくてやっていられない。農業専業の青年の嫁さんも同じだ。前にも述べたように、若い女性はなぜ農家に嫁に来たら農業をやらなければならないのかと疑問をもっており、農業就業を前提としたら嫁にこない。だから嫁は当然のこととして農業をやらない(やろうとする嫁さんももちろんいるが)。こうした面からも女性の農業従事者は減る。つまり農業を継続しなければ、家を継いでいかなければという意識は女性にはきわめて少なくなっている。
 このことを痛感したのは、90年から91年にかけての経営継承に関する意識調査だった。宮城県中新田町、秋田県湯沢市のある集落で農家全世帯員に「農地は家を継ぐものに渡すべきか」と聞いたら、年齢が高くなるにつれて「そう考える」と答えるが、20~30歳代は「そうは考えない」が多くなる。農地をそっくり家を継ぐものに渡さなければ農業が継続出来なくなるのだが、それでもかまわないという意識になっているのである。男女間で比較すると、女性の方がそういう意識が強い。他の質問に対する答えもそれを示していた。それは当たり前かもしれない。よそから来たものだから家農業の維持に対する思い入れ、愛着は少ないのだろう。あるいは嫁に来て散々いじめられたので、こんな家なんかどうなってもいいと考えているからかもしれない。もしかすると女性の方が子どもは平等の相続権をもっているという民主的な考え方をもっているのかもしれない。このように若い女性が農家の継承を考えなくなっているのだから、当然のことながら女性は農業をやらない。かくして女性の後継者不足となるのである。

 それでもがんばっている女性たちがいる。こうした女性たち、きわめて優秀だと言われている女性の直売グループや農産加工グループなどを訪ねる。みんな元気である。しかしそのほとんどが50歳以上、30歳代以下となるとまったくといっていいほどいない。もう地域にはそうした若い女性はいないという。いてもよそに勤めており、小遣い稼ぎにしかならない直売や加工に加わろうとはしないともいう。このまま行ったら、後10年か20年たったらどうなるのか、後継者不足で潰れてしまうのではないか。そう彼女らに聞きたいのだが、明るくがんばっている彼女らを見るとそこまで聞けなくなってしまう。しかし実際に高齢化で自動消滅したグループも現れるようになってきていた。

 女性は輝き始めたと前回述べた。20世紀末になってようやく女性解放の悲願がかなってきたのである。
 しかし農村については輝くべき女性がいなくなりつつある。輝きはむらから消えつつある。
 もちろん、女性が農業で少なくとも他産業並みの所得を得られるものであれば、生き甲斐をもって女性もやれるものであれば、農村に残り、農業をやろうとするかもしれない。しかしさきにも述べたようにその展望はなくなっている。カアチャン農業などというのは時間の問題で、いつかはなくなってしまうだろう。
 それがわかっていながら女性を農業の担い手として重視し、地域振興を図っていくなどというのは、深刻な担い手問題、その根源としての政治経済問題に対する目をそむけさせるものでしかないのではなかろうか。こんなことを90年代になって考えさせられたものだった。

 若い男性は農業を継承しない、女性もやがて農業の担い手たり得なくなる、このことはこれまで日本の農業を支えてきた「血と地の結合」による農業継承の崩壊を示すものだった。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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