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血族内世代間継承の崩壊



               「血と地の結合」による農業継承の崩壊(2)

                  ☆血族内世代間継承の崩壊

 これまでわが国の農家は、直系家族が家(家名、家産)と農業経営を同時に受け継ぐことで維持されてきた。一般的には長男が継承し、男子がいなければ長女に婿をとり、子どもがいなければ血族から養子を迎えて家と経営を引き継がせてきた。
 ただし土地所有は耕作者たる農家の長子が必ず受け継ぐわけではなかった。たとえば戦前は大地主が多くの土地を所有しており、その子孫がそれを受け継いだ。しかし、土地の利用権=耕作権は耕作する農家の長子が継承した。庄内などでは、農家が土地の所有権を手放してもそれまでそこを耕作してきた農家に耕作を継続させる、つまり耕作権を認めるということが、地主と地域との暗黙の合意になっていたという。もしもその慣行が地主の力で阻害されれば激しく抵抗し、地域ぐるみで闘った例もあった。こうした耕作者の土地利用権をまもる運動が戦後の民主化のなかで実を結び、土地の所有と耕作は農地改革で一体化され、それに対応して土地所有の相続も長子に対してなされるようになった。もちろん法的には相続権者のすべてが土地をはじめとする家産を相続する権利をもっている。しかし実際には長子が家産と経営のすべてを受け継いできた。
 長子は、この相続特権があるかわりに職業選択の自由は抑制され、農業の継承を運命づけられた。逆にこの特権をもたない子弟は分家させてもらう等の特別なことがなければ自ら農業をいとなむことができなかった(註1)。もちろん離農者=特権放棄者がいればその土地を購入して農業をいとなむことができる。しかしそれは容易ではなかった。そうした土地は親族や近隣の既存農家が購入もしくは借り入れるのが普通だったからである。したがって、開拓入植政策等で土地が与えられる場合以外農業への新規参入は抑制されてきた。これは非農家の子弟も同様だった(そもそも農業を職業として選択しようとするものはほとんどいなかったが)。
 かくして血縁と土地(それ以外の家産も含めて)とが不可分に結びついた農業経営が連綿として、強固に続いてきた。つまり同じ「家」が何代にもわたって農業をいとなみ、受け継いでいた。それで我が国の農家戸数はほとんど変わることなく推移してきた。まさに「血と地の結合」によって日本農業は維持されてきたのである。
 こうした家族経営の維持はまた国策ともされてきた。1960年以降展開された農業基本法農政も、経営近代化政策、農民層分解政策、農業労働力流出政策を展開しながらも、自立経営、中核農家というような名称をつけた家族経営の存続と育成を基本としてきた。つまり、旧来の経営継承のあり方がこれからもずっと存続するものとして政策を展開してきたのである。

 ところがこの半世紀、農村の若者は都会にまた他産業に流出し続けた。1960年に全国で8万人近くいた新規学卒就農者は90年にはわずか1800人に減少してしまった。東北もほぼ同様で、急減する時期が若干後ろにずれただけだった。そして、家の後継者はいても農業の後継者がいないという農家が数多くみられるようになってきた。つまり家の継続と農業経営の継承の分離が進行してきたのである。さらには家の後継者も村外流出していなくなる事態も進行してきた。つまり農業の継承はもちろん家の継続もなされなくなってきた。「血と地の結合」による農家の継承は崩壊しつつあるのである。
 いうまでもなくこうした事態を放置しておけば耕作放棄が進むことになる。そうしたくなければ農業に専従する青年をいかに育成確保し、経営を継承させていくかが重要なそして緊急の課題ということになる。

 その解決のためには、まず若者の意識変化に対応した農業の構築に取り組むことが必要となる。さきにも述べたように戦後の民主化と経済成長が若者の家や農業に対する意識を大きく変えており、これに対応した農業経営と地域を創り出すことで農家の子弟が喜んで新規就農者となるようにする必要があるのである。(註2)。
 もちろん、現在の農家のいわゆる後継者すべてが農業に専従するようにしなければならないなどというつもりはない。前にも述べたが、農家の子弟にも職業選択の自由があるからだ。
 そもそも「後継者」という言葉がおかしい。銀行員の子弟は銀行員の後継者などと呼ばれない。なぜ農家の子弟だけが後継者と呼ばれなければならないのか。
 そして、現在の生産力段階ではすべての農家の子弟が就農しなくとも地域農業を維持・発展させることができるようになっている。70年代以降急速に進んだ機械化・省力化は農業労働力をこれまでと同じ数だけ必要としなくなっているからである。それどころか今は少子化に対応していかなければならない時期にさえ来ている。
 一方、機械化・省力化の進展は先祖から引き継いできた経営規模や作目での就業機会の確保と生活維持を困難にし、これも若者の農外流出を引き起こす一因となってきた。これは法則的なものでやむを得ないことなのだが、これも一因となって「地と血の結合」による農家の維持というこれまでの慣習が崩れるようになってきたのである。
 こうした事態に対応していかに新しい経営継承の方式をつくりだしていくか。そして土地と労働力をいかに合理的に結び付けていくか。これが新たな課題として地域に提起されるようになってきた。

(註)
1.10年12月24日掲載・本稿第一部「☆男の涙」、
  10年12月25日掲載・本稿第一部「☆いえの相続―宿命と特権―」参照
2.11年12月14、16日掲載・本稿第三部「☆若者が魅力をもつ農業の確立」参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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