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新たな経営継承への意識変革の必要性



               「血と地の結合」による農業継承の崩壊(3)

                ☆新たな経営継承への意識変革の必要性

 これまで述べてきたように、すべての農家の長子が農業を継承する必要性はなくなっているし、現に継承しなくなっている。
 そうなれば、農業をやりたいと意欲をもつ青年、「宿命」としてではなく職業として「選択」しようとする青年が農業に従事すればいいことになる。そして他産業に労働力を流出させている農家はそうした青年に基幹作業や農地を委託する。もしも将来その子弟が農業をやりたいということになり、他方現在農業に専従している青年の子弟が職業選択の自由から他産業に従事するということになれば、これまでと逆の受委託関係を結べばいい。もしもそうした青年が地域にいなければ都市などから新規参入者を迎えればいい。
 このように、農業の継承を「家単位」でなく「地域単位」で考え、地域ぐるみで農業を維持・発展させることが必要となっているのではなかろうか。
 もちろん、「親から子へ」という農業の継承があっていいし、今後もそのための努力を続ける必要はある。しかしそれだけでは発展はあり得ない。家の継続と農業の継承を分離させるべき時代、家単位でなく地域全体として農業の継承を考える時代にきているのではなかろうか。
 ところが現在は農業が好きだから職業として農業を選択しようとする青年はなかなか現れない。専業農家の子弟ですら農外に流出している状況にある。村外流出したこうした子弟の多くはもはや生まれ育った地域にすら戻る見込みがない。同居後継ぎがいても、他出後継ぎがうまく地域に戻ってきて家は相続しても、農業が継承されない農家もある。こうした後継ぎ不在農家の農地の多くはいまのところ家族内の高齢者によって維持されている。しかしいずれにせよ時期がくれば経営は維持できなくなる。その経営を誰に継承させるのか、農地をどう処分するのか、他人に譲るのかそれとも放置するのかにより、耕作放棄が進むか地域農業が発展するのかが左右される。
 やがて後継ぎ不在農家、高齢者の多くは、その労働能力の低下に応じてまず基幹作業を集落内外の親戚や知人等に委託して日常の軽労働にのみ従事するようになり、それも難しくなれば条件の悪い土地から徐々に他人に貸し付け、やがては全面積貸し付けるという形で経営を廃止することになるであろう。現にそうした過程が進行している。そうすれば農業で生きていきたいと思う農家の規模拡大が可能になり、若者も農業を継承するようになる。
 しかし、現実にはなかなか作業委託や貸借に移行しようとはしない。荒らしづくりをしながらも農業を続ける。経済的に引き合わない機械・施設も兼業所得で手に入れて耕作を続ける。
 これは、長年つちかわれてきた自分の農地は自分で経営しなければという意識、働けるうちは働きたいという勤勉性からくる。これがこれまでの農業を維持してきたものとして高く評価はできるが、それが逆に地域農業の衰退を引き起こす。規模を拡大して農業をやりたいとする担い手の意欲を阻害し、農外に流出させ、地域農業を継承するものをいなくさせるからである。その結果、作業を頼みたい、土地を借りてもらいたいと後で思っても担い手はおらず、耕作を放棄するより他なくなる。
 つまり、高齢者を含むむらの全員が、平等にしかも個別で、自分一代だけでもというその日暮らしの考え方で生き延びていこうとするからみんなが生きていけなくなり、「とも倒れ」になってしまうのである。こうした過程が現に進行しつつある。
 それどころか、なかには農業は自分一代かぎりとしてその継承をまともに考えないものもいる。これは、農業は直系家族が継ぐものであり、継ぐものがいなければ後はどうなってもいいという世襲的意識からくる。また土地貸付に対する警戒心もある。もちろんそれはかなり薄らいではいるが、地縁、血縁者に対してすらまだ強く残っている。当然これでは農業を継承すべき担い手は現れず、耕作放棄が進み、地域農業は衰退することになる。
 しかし、こうした農家にしても、農地を荒らすのは隣近所の手前恥ずかしい、何百年と農地をまもってきたご先祖さまに申し訳ないという気持ちは、薄れつつはあっても、持っている。「おれ一代限りで農業は終わり、後は野となれ山となれ」でいいなどとも心の奥底では思ってはいない。
 こうした潜在意識に働きかけ、このままいったら地域はどうなるのか、それでいいのか、いかに地域を担う若者に農業を継承させていくかを徹底して地域で話し合うことが必要となる。そして地域に住む人のそれぞれの能力、機能分担を考えながら、また将来を見据えながら、みんなの土地をゆだねることのできる担い手づくり、組織づくりを地域で考え、農業をやりたいと考える若者がその就業機会を農業で得られるような経営規模がもてるように地域ぐるみで支援していく。
 このことは高齢者や小規模農家が地域農業の担い手たりえないことを示すものではない。たとえば高齢者のエネルギー、アイディアを地域農業振興の戦力として活用していくことは不可欠である。
 しかし、若い農業者を中軸とするバランスのとれた年齢構成をもつ農業者がいて初めて地域の農地が豊かに維持され、生産量が伸び、農業所得が高まり、地域の社会生活が豊かにいとなまれるのである。したがって、多様な担い手が役割を分担してそれぞれの機能を果たし、相互に補完しあい、共生できる仕組みをつくっていかなければならない。そのためにはいま地域で欠如しつつある若者を地域農業の継承者として育成していくことが緊急の課題となっている。このことを地域ぐるみで認識することが必要となる。
 つまり、みんなが頑なに自分の力だけで自分の城(農業)をまもろうとするからそれぞれが孤立してしまい、自分の城も内外圧に攻め滅ぼされてしまうのである。自分の城に味方から入ってもらって、能力に応じてその一角を自分が守る(たとえば他の経営に基幹作業や経営を委託し、自分はやれる範囲の日常管理作業に従事する)ことにより、もしくは新しく小さな砦を別につくってそこを守る(たとえば経営は委譲し、生き甲斐として一部の耕地で自給菜園をいとなむ)ことによって、つまり能力に応じて協力して内外圧に対抗することにより城をまもることができることもあるのである。
 こう考えると、経営の世襲意識から、自己完結意識からいかに脱却するか、つまりこれまでの経営継承=「血族内世代間継承」から「地域内世代間継承」へと意識をいかに変革していくかが、地域農業の発展にとっての重要な課題となっているといえよう。
 こんな考えから当時次のようなことを提言したものだった。

 少子化、高齢化のなかで農業を含めて経済活動をいとなむ中核となる人の数が減ると予測されている。このことは、限られた担い手でいかに効率的に地域農業を支えていくかを考えなければならない時代、農家単位ではなく地域単位で農業者を作り出していかなければならない時代にきていることを示している。
 農業の継承が「親から子へ」というだけではすまなくなっており、家の相続と経営の継承とを分離して、経営は他人に一括譲渡すること、そして土地は預ける、つまり土地は所有しているが利用は他人にまかせること、いわゆる土地の所有と利用の分離も考えなければならなくなっているのである(註1)。
 こうしたことを地域内で徹底して話し合い、土地の所有と利用にかかわる合意を形成し、担い手の育成、確保と合理的な土地利用を図っていく必要があろう。
 しかし、現実には地域内の話し合いだけで合意を形成することは容易ではない。とくに土地に関しては大変だ。土地利用調整の話し合いを集落内で、農家間だけでぎりぎりまで詰めようとするとかえって話がこわれる場合すらある。土地問題はきわめて複雑な問題だからである。
 町場だってそうだ。隣との境界争いが何年も続いているなどという話をよく聞くが、ましてや土地を貸す、借りるなどでの話し合いは当事者だけではもちろんのこと、町内の人がなかに入ってもあの人はあっちの味方ばかりしているとか、あの人はきらいだとかで話がこじれる場合もある。
 農村の場合だとなおのことだ。農地の所有と利用はかつては生死にかかわることだったからだ。しかも農村には古い歴史がある。何百年と同じ地域で、同じ農家として生きてきたものだからなおのこと複雑になる。たとえば、昔々隣りの家との間に何か争いごとがあり、そのときの恨み辛みが毎日顔を合わせるものだから忘れられず、それが先祖代々言い伝えられ、あの家にだけは絶対に土地を売ったり貸したりしたくないという感情が残っていたりする場合もある。
 もちろん表面的には何のこともない。だからわれわれが調査に行ってもそんな家同士の対立があるなどというのはわからない。しかしその集落に泊まり込んでいろいろ調査しているうち、また農家の方と仲良くなってくると、いろいろな情報が入ってくる。どこの家とどこの家が昔こうしたことがあり、それから仲が悪くなったとか、こうした派閥ができているとかの話が伝わってくるのである。これでは土地問題で話し合うなどというのは容易ではないと感じさせられる。
 さらに、「隣に倉建ちゃ腹が立つ」で隣近所に喜ばれるのはいやだからそこには売りたくない、貸したくないという気持ちもある。
 こうした昔々からの意識はかなり薄れてはいるが、まだ残っている。ここに合意づくりの難しさがある。こうした集落の人間関係の難しさのもとでへたに集落が介入すればかえってこじれ、まとまる話もまとまらなくなってしまう危険性すらある。技術や経営のノウハウの地域内継承は比較的容易だが、土地の所有と利用の継承問題となると簡単にいかないのである。
 そこで必要となるのが、集落から独立した客観的公共的性格をもつ第三者である自治体や農業委員会、農協等がなかに入り、いっしょに話し合いを進めてこれまでの意識の変革を図ると同時に、集落と一体となって農地流動化を推進し、人と土地の新しい結合を図り、さらには人と機械・施設等の新たな結合を図っていくことである。
 そのさいには、いうまでもないが、農業で生きていこうとするもの、とくに若い担い手の育成確保を重視しなければならない。もちろん、新規参入、高齢者や女性の生きがい農業、非農家のふれあい自分は農業などもきちんと位置づける。これもいうまでもないが、生産の組織化、経営の複合化、農地の集団化を進めるという視点をもつことが必要となる。
 こうして「人と土地、機械の新たな結合」を構築するのである(註2)。

 実際にそうした取り組みを始めようとする地域も各地に出てきた。
 しかし、いくらそうした取り組みをしても、たとえば農産物価格が生産費を割り込むようでは若者が農業を職業として選択するわけはなく、農地の借り手は見つからない。
 これまでもそうだった。農産物輸入を基礎にした農業政策が若い担い手を流出させ、貸し手はいても借り手はいないという状況をもたらしてきた。農政が「血と地の結合」を解体させ、しかも新しい土地と人との結合の成立を妨げる最大の原因だったのである。
 しかし政府はそうした輸入政策をやめようとはしなかった。そして輸入自由化に対応できる「新しい経営体」を育成するとし、ガットウルグァイラウンドで米の部分自由化をはじめとしてさらに輸入自由化を進めることとなった。

(註)
1.土地の利用と所有の分離は、経営耕地の分散を避け、機械の効率的利用を図ることからも必要とされ
  ているが、ここでは省略する。
2.この具体的方策の考え方については長くなるので省略するが、もし必要があれば、酒井惇一・柳村俊
  介・伊藤房雄・斉藤和佐著『農業の継承と参入』(農文協、1998年刊)を参考にしていただきたい。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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