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補助融資とその抑制



               世紀末の東北農業をめぐる動き(1)

                 ☆補助融資とその抑制

 農業生産基盤の整備や農村居住空間の整備などに対するさまざまな補助事業がある。そのなかにこういう仕組みの事業がある。
 市町村から事業の申請があると、農水省の外郭団体や民間の大企業系列のコンサルタント会社などが現地に入って調査し、その地域の農業振興はいかにあるべきか、その振興にとってそれらの事業が必要なものか等について、農水省と事業主体の市町村に報告する。事業主体はその報告を参考にして必要があれば計画を修正し、農水省もまたそれを参考にして事業を認可するかどうかを決める。その調査報告つまりコンサルタントの費用は事業主体の負担である。
 外郭団体の場合はこのコンサルタントを学者などの学識経験者に依頼して、民間の場合にはその職員が直接執筆するなどして、報告書を作成する。その報告書を見ると頭にくることがある。報告書の半分くらいが町政要覧等からとってきたような地域の自然条件や経済条件の説明で占められ、これからの地域振興などというのはどこにでも通用するような一般論しか書いておらず、事業の必要性は事業主体のいうままを簡単に書いてあるだけ(たまにちょっと注文らしきものをつける場合もあるが)というような報告書があるからである。こんなことを書く大学の先生なるものには頭にくるし、どこでも同じパターンでほぼ同じことを延々と書く民間コンサルタント会社にも腹がたつ。
 なぜこんなコンサルタントを頼むのか、その必要性はあるのかと思うが、それをしないと予算は通らないからやむを得ないのだと事業主体の自治体や農協がいう。
 たしかに学識経験者が客観的に判断し、また助言してよりよい事業にするということは必要かもしれない。しかし、それだけなら市町村や農協が学識経験者のところに直接来て調査分析・提言を頼めばいい。
 ところが、必ずと言っていいほど東京にある農水省の外郭団体や民間コンサル会社に頼む。そしてそこを通じて学識経験者が頼まれる。それもあっていいだろう。そうした機関に学識経験者と現地、行政をつなぐ役割をはたしてもらうことも必要な場合があるからだ。しかし、と宮城県のある町の課長が言う、先生方に直接頼むと、調査旅費と原稿料、印刷費だけだから、外郭団体やコンサル会社に支払う金の3分の1以下ですむのにと。ということは、3分の2は外郭団体などが使う金ということになる。それは、そこの職員が農政局との打合せや現地調査に同行するのに使われる。しかしそれはたいしたことがない。一人くらいしか来ないからだ。すると、それ以外の金は外郭団体や民間コンサル会社の維持費とそこへの天下り官僚の給与に使われるということになる。そう考えると、コンサルタントはだれのためにやるのか疑問になる。
 だから私は外郭団体に依頼されてもコンサルタントは引き受けないことにしていた。しかもその事業が必要だという結論を出さないわけにはいかない、もう結論は決まっている、なおのこといやである。
 しかし、まったく引き受けないというわけにはいかなかった。研究教育面でいろいろお世話になっている自治体や農協の職員の方から頼まれるといやとは言えないし、まだ行ったことのない地域に行けたりしていろいろと学ばせてもらえることもあるからだ。それで一年に一つだけは依頼を受けることにした。
 宮城県北のある町にコンサルを頼まれて行ったときのことである。報告書に次のようなことを書いた。
 地域農業はこうあるべきなのに、役場と農協が対立状態にあってそれにまともに取り組んでいるとはいえない、こんな状態のなかで補助事業で施設をつくってもその施設の利用率は低く、無駄になるだけであると。さすがに農政局も驚いたらしい。これまでこんな報告書はなかったからである。県の職員の人はあわててあの先生は歯に衣(きぬ)着せずいう人なのでこうなったが、地元もがんばるので何とか予算を通してくれと折衝し、事業は採択されたという。もう一方でこれを見て驚いたのは事業主体の農協だった。農協は理事会を召集し、みんなで私の書いた報告書を読み合ったという。そして役場と相談し、これからの町の農業の方向をいっしょに考えていこうということになった。そのためにもと私を呼んで講演会を開くことにした。私はもちろん喜んでお引き受けしたが、これをきっかけに町と農協が一体となって農業振興に取り組むことになった。こういう話を聞くとうれしい。だけど多くの場合、市町村や農協は報告書など読まないようだ。ともかく補助事業が通ればいいだけだった。当然こうしたところでは事業の成果があまりあがらなかった。
 さらに補助事業にはさまざまな規制があり、また地域や経営にあわないことまで押し付けられることがあったりすることから、成果があがらないという問題もあった。
 そこから補助事業に対する批判、たとえば補助事業が農業をだめにした、もっと農林予算を減らせというような意見が農村内外から出されるようになってきた。

 私も補助事業のあり方にさまざま批判してきた。
 だからといって補助事業は不必要だとか、それが農業をだめにしてきたなどとはまったく考えない。
 そもそも高等生物を対象とする農業は、人類の生存の最低限の基盤をなす公共的性格をもつ産業であるにもかかわらず、技術的にも経済的にも他産業に遅れる傾向をもっている。したがって、公的な支援がどうしても必要となる。そしてそれはどこの国でもなされてきた。とくに先進国と言われる国では農業に対してさまざまな保護、援助を行い、農業の維持・発展に力を入れてきた。もちろん政策的保護・援助は農業に対してばかりではなく、商工業に対してもなされており(最近の例でいえばバブル崩壊後の金融機関に対する補助、大企業に対する減税等々がある)その援助もあって商工業とりわけ独占的な大企業は強大な力をもつようになっている。そして農業、中小企業等との格差がますます大きくなってきている。それは放置しておけばさらに拡大し、農業が衰退する恐れもある。だから、バランスのとれた国民経済の発展のために補助事業を始めとする援助が今後とも農業や中小企業に対してなされなければならない、これは当然のことなのである。

 もちろん補助融資だけに頼れなどというつもりもない。しかも補助事業にはこれまでも述べてきたようなさまざま問題がある。
 農家だってできれば自己資金で自由にやりたい。利潤を蓄積した自己資金で、それで不足するようなら利潤のなかから利子を支払うことを前提に資金を借り入れて、新しいことを始めたり、生産を拡大したりする、これは当然のことだからである。しかし、それだけの自己資金が農家にはない。利潤も出ないような農産物価格では拡大再生産のための資本蓄積などできるわけはないからである。また利潤が出ないのだから利子の出所がない。
 農協だって同じだ。農家の所得が伸び悩むなかでたとえば集出荷施設のような農家の必要とする施設を農協の自己資金だけで建設するなどというのは容易ではない。自治体にしても地域からの税収入だけで歳出をまかなうことはできない状況にある。どうしても国の補助事業が必要である。国は当然のことながらこうした要求に応えて補助事業を展開しなければならない。農業・農村を発展させ、国民の食を、環境を維持していこうとするならこれは当然のことである。つまり補助融資は政府の義務であり、農家にはまた農村にはそれを受ける権利がある。
 ところが一部の論者は、たまたま自己資金でやってうまくいった農家の例をあげ、補助融資は農民の自主性創意性を阻害し、他人依存の考え方をもたらすものだという。マスメディアはそれを大きく取り上げ、また補助事業で失敗した事例を紹介して、補助融資に依存してきた農民に農協に農村の疲弊の原因がある、これからは政府に頼らず自主的にやれなどと煽る。しかしこの論調は、農業・農村への補助融資を減らし、つまり農林予算を減らして、軍事費や大型公共事業、大企業優遇税制などにそれをまわそうとしている政財界の思うつぼであり、彼らを喜ばせることにしかならない。
 もちろん主体性をもたずに安易に補助に依存して失敗したりする事例がないわけではない。しかしそれを言うなら主体的に補助事業を活用し、成果を収めている事例があることもあげなければならない。
 実際に東北地方でも、こうした事業を利用して何とか地域農業を発展させていこうと主体的に取り組み、すばらしい成果をあげてている事例も生まれていた。 一方ではおれ一代で農業は終わりと諦めつつも、他方では何とか若者が地域に残れるようにできないかと、人々は努力してきた。
 しかし、農産物輸入の激増、米価をはじめとする農産物価格の低落はそうした努力を無にし、農業の衰退は進む一方だった。しかも政府は農林予算を減らし、補助融資を削減させるだけだった。
 ところが94年、この補助融資が突然激増した。


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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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