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産地直売の推奨




                世紀末の東北農業をめぐる動き(6)

                 ☆産地直売の推奨と限界

 戦前から戦後にかけて山形の駅前に小さな野菜市場があった。私の生家では、農協に出荷したり、いつも仕入れにくる八百屋に売ったりした後に残るわずかの野菜をそこに出荷していた。前にもちょっと触れた(註)が、私が中学校のころ、よくそこに野菜を持って行かされた。朝早く起こされ、自転車の後ろにつけた大きな四角の竹籠に野菜を入れて持っていき、市場の事務所で手続きをして競り場においてくるのである。市場が通学路にあるので、学校帰りに売り上げ金を市場からもらってこいと言われることもある。学校の休みの日、競り場に野菜をおいてから、競りとはどういうことをするのかを見た。おもしろかった。同じ品物でも値段がかなり違う。よく見てみるとやはり質が違う。こんなことを観察しながら競り人の後ろをついて歩く。やがて私の持っていった野菜のところに競りがくる。心臓がどきどきした。いくらで売れるかはらはらして見ていた。
 そのとき疑問に感じたのは、値段を決めるのは買参人の八百屋などの商人、なぜ生産者である農家が値段を決められないのかということだった。しかも商人は消費者にも自分で値段を決めて売る。そのさいには、需給を考えつつ、必ず二割とか三割のマージンを手に入れることを前提にして買値を決め、売値を決める。つまり経費+利益を償うことができる。ところが農家は商人のいいなりだ。生産費を償うことのできない価格でも売らないわけにはいかない。農家は赤字でも商人は必ずもうける、だから農家は絶えず貧乏だが、商人はどんどん店を立派にする。こんなバカな話があるか。もちろん、商人もそれなりの苦労をかかえているのだが、ともかく不合理を感じたものだった。

 宮城仙南でとれた野菜が東京の市場に行き、そこから宮城仙北の市場に転送されてくる。当然のことながら、その過程で排気ガスはまきちらす、鮮度は下がる、運賃や手数料などの中間経費は高くなる。その結果消費者は高く買わされ、生産者の手取りは少なくなる。
 1970年代にこんな転送問題が大きく取り上げられたことがあった。都市の巨大化、指定産地制度等に対応して成立した大量・広域流通、集散市場体系はこうした問題を引き起こしたのである。
 これに対するアンチテーゼとして出てきたのが80年代からの産地直送、産地直結、産地直売などのいわゆる産直であり、さらにそれを食糧自給、環境問題とからんで発展させたのが90年代の地産地消だった。

 話は最近のことになるが、06年の夏、山形駅の構内でだだちゃ豆の生産者団体が直売をしていた。買おうと思って見ると、一袋500円、300円、200円と3種類ある。同じ重さで同じ網袋に入っているのにである。なぜか聞いてみた。すると、一番高いのは今日収穫したもの、次が昨日穫ったもの、もっとも安いのは一昨日穫ったものだという。感激した。これこそが販売のあり方だと。
 枝豆は穫り立てをゆでて食べるのがもっともうまく、日時をおくにしたがってうまさが減ってくる。つまり質が悪くなってくる。質の悪いものを安く売るのは当然なのである。
 昔の八百屋はそうしていた。市場から仕入れた日はもちろん高く売る。しかし売れ残ることがある。ところが当時は冷蔵施設がない。生鮮野菜だから時間がたつと鮮度を失い、それも見ただけでわかる。そうすると安く売らざるを得なくなる。さらに鮮度が下がると、漬け物にできる野菜は漬け物にして売る。こういうことをしていたのである。
 ところがスーパーではこんなことはしない。冷蔵棚においておき、ときどき水をかけておくとみずみずしく見えるし、収穫日時も書いていないので、鮮度はわからない。また、仕入れた日時の早いものを棚の前面に出し、当日仕入れたものは後ろにおいて、古いものが早く売れるようにする。たまによほど悪くなったのを「理由(わけ)あり商品」として安く売ることがあるが、基本的には同じ品物は収穫したのがいつであってもすべて同じ価格である。ここにきめの細かいことのできない最近の大量・広域流通の一つの問題があるといえよう。
 だだちゃ豆の例のようにつくった人たちが誇りを持って自ら値段に格差をつける。これは本当にいいことだし、これが本来のあり方なのかもしれない。

 産地直売はこうしたことができる。しかも消費者はそれで新鮮なものを安く購入できる。また、生産者は消費者と接するなかで消費者の要求を直接聞くことができ、それにきめ細かく応えていくこともできる。逆に生産者側の意向を消費者に伝えることもできる。産地直送、産地直結もいいが、産地直売が地元にとっても消費者にとってももっとも望ましいものである。そして都市と農村の交流の促進にもなり、地域農業の発展につながる。
 こうした期待の声が高まった。マスコミもとくに女性や高齢者が直売所を利用して生き生きと農業をやっている姿を報道したりした。それで各地の農協や自治体等が直売場をつくろうとするようになってきた。政府も地域農業振興の今後の方向としてそれを積極的に援助するようになってきた。
 たしかに産地直売は一定の意義をもっている。しかし、あまりもてはやされるとついつい水をかけたくなる。

 立派な直売所が広い駐車場付きで田畑の真ん中につくられる。周辺の町場からみんな車で買いにくる。土日などになると、若干遠い大都市などからもくる。とくにイベントが開催されたりすると駐車場は満杯だ。農家のご婦人やお年寄りが朝早くから野菜などの生産物をもってきて棚に並べたりして、早朝から賑やかだ。消費者は野菜などをがっぱり買い込んで車に詰め込んで帰っていく。
 これだけを見るときわめていい。しかし、と考えてしまう。
 ここで買う分だけ八百屋さんなど町の商店からの買い物が減ることになる。そうでなくてさえ町では空き店舗、シャッター通りが問題となっているのに、直売所はそれに拍車をかけることにならないか。
 町には空き店舗、シャッター通りがいくらでもあるのに優良な田畑を潰して直売場と駐車場をつくる。ここに来る自家用車は排気ガスを振りまいていく。何かおかしくないか。郊外の田畑を潰して大型のショッピングセンターをつくり、一方で町のなかにシャッター通りをつくり、他方で排気ガスを撒き散らさせて環境問題を引き起こしている大手スーパーと同じことを直売所がやっていることにならないか。
 それでもこれには都市と農村との交流の意義がある、ここに大手スーパーとの違いがある、といっても現実にはイベントなどのとき以外生産者と消費者が直接接触することはめったにない。
 もう一つの問題は、直売所での販売量はどうしても限られることだ。そこに大量に出荷したら売れ残ってしまう。そうなると生産量の多い作物、多い農家は直売所以外の販売を考えざるを得ない。したがって結局は直売所での一戸当たりの販売額はしれたものにしかならず、お年寄りやご婦人の小遣い稼ぎ程度にしかならない。実際に多くの直売所がそうなっている。もちろんこれも重要だ。直売所への販売で生き生きとしているお年寄りやご婦人を見るのはうれしい。新しいアイディアを出し合いながら、切磋琢磨しあいながら、仲良くやっている姿を見るのは楽しい。しかしこの直売所への生産と販売で若者が他産業並みの所得を得ることは難しい。若者が地域に残り、農業をまともにやっていくことはできない。ここに限界がある。
 さらに問題なのは、車社会に対応していけないお年寄りだ。車がないあるいは運転できなくなっているので直売所に買いに行く訳にいかない。年寄りばかりでなく、車を持っていない人はたくさんいる。私も仙台にいるときはそうだった。公共交通機関を利用していけばいいといっても、バスも列車も本数は少なくなっており、しかも駅や停留所から遠いとなったらどうしようもない。また直売所などに買い物に行く暇のない人もいる。現実にはこうした人たちが多いのだが、これをどうするか、産地直売のメリットを享受させなくともいいのかという問題が残る。
 もちろん、産地直売の意義を認めない訳ではない。これも含めていわゆる地産地消、地域で生産したものは地域で食べるという地産地消をもっと盛んにすべきだと考えている。だから、農協と地域の生協が手を結んで地産地消の運動を展開するようになってきたときは非常にうれしかった。また最近は、大手スーパーまで地元産の野菜等を目玉商品として店頭に出し、地産地消を大きく宣伝するようになった。これは他のスーパーとの差別戦略、生協との競争ということから出てきたものだが、それはそれとしていいことである。
 それでも私には地産地消に若干の抵抗感があった。

(註)11年3月10日掲載・本稿第一部「☆商業的農業の発展と農協」(2段落)参照


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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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