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地域気質は先天的?後天的?



               東北人の気質と地域性(8)

           ☆地域気質は先天的?後天的?―働かなくなるミツバチ―

 秋田県若美町(現・男鹿市)は琴浜メロンのブランドで有名なメロン産地である(註)。90年ころのことだが、その農協の営農部長が私にこう言った。
「関東のある県のメロン産地の視察に行ったが、若美の方が技術的にはずっと優れている、きちんとやるべきことをやっており、いい品質のものがよりたくさんとれている」
 まったくその通りである。といっても私は技術の専門家でもないし、比較してみたわけでもない。しかし私は即座に同意した。ついでに言えば、若美の農家の方がずっと働き者である。
 これは雪国だからである。

 いうまでもなく、農業では一瞬の立ち後れや失敗も許されない。それで農作物を全部だめにすることすらあるからである。したがってそのクリティカルポイントを見つけ、それに的確に対応していくことがきわめて重要となる。季節性の厳しい東北の農民にはましてやそれが大切であり、とりわけあることを始める、やめるという決断力、作業の時期や場所、質量などの判断力を他の地域の農民よりももっていなければならない。この判断力と決断力、これは技術の基本であるが、それを東北農民はもっている。もっているからこそ今まで生き延びてきたし、若美の場合は産地を維持してきたのである。
 また雪国では技術的にやらなければならないことが多々ある。暖地では見逃している、というよりも見逃してもそう深刻な影響を与えないのでとくにやらなくともすむ作業を東北ではやらなければならない。東北は暖地よりも一仕事多いのである。そしてこの一仕事が収量や品質に微妙な差をもたらす。このような技術を東北はもっている。
 さらに東北は適期が短く、短期間で作業を終わらさなければならない。そのためには段取りのよさ、てきぱきとした動きが必要となる。いくら技術を知っていても段取りが悪くてはそれがうまく実践されないことはいうまでもない。ところが東北の農民はこの段取り、手際の良さという技術・技能をもっている。
 なお、短い適期の間に作業を終わらさなければならないので、東北の農民は働き者にならざるを得ない。のんびりとやっているわけにはいかないのである。
 このように、雪国では季節に追われて働かなければならないし、いろいろ神経を使わなければならない。時期的には過重労働になる場合すらある。ここに辛さがあるし、雪国の不利もある。しかし、のんべんだらりといつまでも同じことをやっているわけではないから、めりはりがあるから、技術的に優れるということにもなるのではないだろうか。
 ここに雪国の農民は自信をもっていいだろう。
 雪国の人間、東北人はのろまだとか鈍感だとかの印象をもって語られることがある。しかし決してそうではない。その逆で、機敏である。また勇気もある。勇気をもって決断し、行動しなければならないからである。
 「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉があるが、雪国では「機を見てせざるは勇なきなり」なのである。「機」を、ここだというポイントを見逃してはならないのである。「気を見てせざるは勇なきなり」とも言えるかもしれない。気象を見て、空気を読んで機敏に行動しなければならないのだ。KYではだめなのである。

 沖縄に調査に行ったときのことである。
 北大を卒業して沖縄の大学で研究している仲間といっしょに泡盛を飲んだ。そのとき、彼らをこう言って冷やかした。
 「暖かい国に来たらのんびりしてしまい、研究をおろそかにしているんじゃないの」
 そしてみんなで大笑いをした。
 次の日、マンゴーを栽培している農家に調査に行った。そのとき農家の方がこんな話をしてくれた。
 「受粉のために本土からミツバチをもってきて、畑に放した。最初はものすごく働き、受粉はうまくいった。喜んでいたが、そのうち働かなくなり、翌年にはほとんど役に立たなくなった。マンゴー以外にも周辺に花はいつでもあり、急いでマンゴーの蜜などを集める必要はなく、のんびりしていてもいいからのようだ」
 あの働き者のミツバチが沖縄、南国に来ると働かなくなる。驚いた。性格が変わるのだ。
 同時に、みんなでまた爆笑した。
 「やはり昨日言ったことは本当のことだった。暖かい国にくるとミツバチと同じように学者も仕事をしなくなるんだ」
 このとき「働かないミツバチ」になったと冷やかしの対象にしていっしょに笑い合った沖縄の研究者HMさんから最近次のようなメールが届いた。
 「このごろ沖縄のマンゴーはハエで受粉させているようです。ロマンのない話です。が、『働かないハエ』となると、私にとって問題はもっと深刻です(笑い)」
 この後半の言葉をどう解釈するかは別にして、やはり人間の地域性は後天的なものと言えるのかもしれない。

 結局次のように言うことができるだろう。
 日本列島は南北に長く、寒帯から亜熱帯までの気象条件を持っている。また四方海に囲まれていることから、海洋性、大陸性等の気象条件も存在する。それからわが国の地形には起伏が多い。一部の平野や高原を除いてこの起伏がしわのように日本中を細かに刻んでいる。しかもその起伏はなだらかではない。急峻である。標高の低い山でもそうである。こうした起伏で四方三方囲まれた地域の気象はそれぞれ微妙に異なる。土地条件もかなり異なる。
こうした地域的な差異は当然のことながら人間の生産と生活の様式に差異を生じさせる。それはさらに人間の考え方、気質にも地域的な差異をもたらす。そして地域独特の社会、文化がつくられる。言葉もそうで、通称方言なるものが形成される。かつてそれらは比較的純粋な形で存続した。交通手段の発達していない時代、国が藩等で分割されて移動が自由でない時代が長く続き、さらにそれに地理的条件が加わって、地域間の交流が少なくさせられていたからである。そしてその気質が同じ地域内で何代も遺伝的に蓄積されるなかで先天的な資質に転化する。当然それは地域性をもつ。
 これを別の言葉でいえば次のようになろう。何百年間か大きな人口移動なしに一定地域内で生活しているうち、その地域内の人々の遺伝的な資質が相対的に類似してくる。この先天的な資質に、地域の自然や産業、文化等に影響を受けて形成される後天的な形質が加わって気質が生まれ、その後天的な形質が地域内で何代かにわたって蓄積するなかで先天的な資質に転化し、それがまた気質となって引き継がれる。そしてそれが一定地域に住む人々のもって生まれた気質となる。地域が異なれば当然この気質は異なる。かくして気質の地域性が生じることになる。
 こうして形成された気質の地域性は、他の地域に移住しても変わらない。先天的な資質はもちろん、生まれ育った地域で後天的に得た考え方や気質も、そのまま残る。しかし移住先の自然的社会的条件のなかで後天的な形質は徐々に変わってくる。二代、三代と続くなかで、先天的なものを残しながらも、移住先の考え方、気質が身に備わり、ましてや混血するとかつての出身地のそれは薄くなってくる。そして移住地の気質に新たな刺激を与えながら自らもその地域の気質に染まり、さらにその子孫は徐々にその地域の気質を備えるようになってくる。
 こう考えると何となくつじつまが合うような気がする。もちろんつじつまが合うようにしただけのことで、決して学問的な裏付けがあるわけではない。そもそもこれまで述べてきた各地域の人間の気質なるものも独断と偏見によるものでしかないのだから、ましてやである。

(註)
若美町については下記の記事でも触れている。
11年7月29日掲載・本稿第二部「☆施設園芸の展開」(1段落)、
11年10月14日掲載・本稿第三部「☆農薬問題に関する消費者の誤解」(6段落)

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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