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地域に誇りをもたない風潮



               地方と中央、日本人と国際化(2)

                ☆地域に誇りをもたない風潮

 今から20年くらい前のことだったと思うが、ある夜研究室のメンバーで飲み、二次会で行きつけのスナックに行った。扉を開けてすぐに私が言った。
 「おたくのウイスキーはサントリーじゃなかったよな」
 そしたらママが笑いながら言った。
 「同じことを昨日から何人のお客さんに聞かれたことやら、うちはニッカだよ」
 「そうか、みんながそう聞いたか、やっぱりな、それじゃ気分良く飲もう」
 前日の新聞に、サントリーの社長がこう発言したと出ていたからである。
 「東北は熊襲の産地、文化程度も極めて低い」
 当時の政府が名古屋か仙台に首都を遷すことを検討していることに対して、仙台に遷都するなどとはアホなことだと言った後に続けた言葉だという。
 しかし、そもそも『熊襲』は九州であり、東北・北海道は『蝦夷』である。こんな単純なまちがいをするような人間から文化程度が低いなどとは言われたくない。
 この差別意識に怒った私はサントリーは絶対に飲むまいと決心した。私ばかりではなかった、その夜飲んでいたお客さんのほとんどが怒っていた。というより、東北中が怒った。そして不買運動が自然発生的に起きた。後に社長が陳謝したので収まったが、今でも東北でのサントリーの売り上げは低いらしい。
 なお、熊襲は文化程度が低いというのだからそもそもの熊襲の産地の九州、その子孫である九州人も低いということになる。東北だけではなく、九州も差別されている。九州人も怒ってよかったはずである。

 中央の地方に対する差別意識は都市の農村に対する差別意識とあいまって、中央集権と商工業を基礎とする資本主義が成立する明治以降、非常に強いものとなった。
 とくに東北地方の場合は、蝦夷といわれて中央による征伐、収奪の対象とされて以来、とりわけ明治維新の賊軍となって以来、差別されてきた。そしてそれは、農業・農村が中心であったことで拍車をかけられた。さらに、蝦夷とかみちのく(道の奥)とか言われて辺境の地とみられ、文化の面でも遅れている地域として、その言葉まで馬鹿にされてきた。こうしたなかで、東北人は中央に劣等感を抱かされてきた。これは東北ばかりでなく他の地方も多かれ少なかれ同じであった。
 しかし劣等感をもたなければならないほど地方は、農村は遅れているのだろうか。
 カルチュアcultureは「文化」という意味と同時に「耕作・栽培」という意味ももつが、このことは昔のラテン系民族が農業と文化とは密接に関連していると考えていたことを示すものである。ところがいまの日本はそうは考えていない。文化は都市にあり、農業、農村は文化と無縁のものと考えている。それに対して私はいつも芋煮会を例にして反論する。

 私の生まれ育った山形では秋になると川原で芋煮会を開く。この芋煮の歴史については前に「食の変化」の章で述べた(註1)ので省略するが、私たちは川原に落ちている石を積んでかまどをつくり、まわりの山から枯れ木を拾って来て燃やし、それに持ってきた鍋をかける。鍋には川から汲んできた水とサトイモを入れ、サトイモが柔らかくなったら、牛肉と(味が染みるように手でちぎった)コンニャクを入れ、醤油で味をつけて煮る。最後にネギを入れる。そしてみんなで川原の石か持ってきた敷物に座りながらお椀に盛って食べる。大人は酒を飲みながらということになる。
 この風習はどこにでもあるのだろうと思って、私の学生時代に、芋煮会をやるからイモを買ってこいと後輩に言ったら何とサツマイモを買ってきた。仙台には芋煮の風習がなかったのである。
 その後、仙台が大きくなり、山形県人が多数流入してくるなかで芋煮会の風習が定着するようになった。そして秋になるとあちこちの川原から煙が立ち上る。
 しかし、この仙台の芋煮は芋煮ではない、と私は言う。牛肉ではなく豚肉を使うし、ニンジンからダイコン、白菜まで入れ、味噌で味をつける。これでは豚汁(とんじる)でしかない。しかし仙台ではそれが芋煮として通用している。
 考えて見れば、仙台では普通の時でも牛肉はあまり食べず、豚肉を食べる。かなり前のことになるが、近所に引っ越してきた大阪出身の奥さんから、肉屋には豚肉が多くて牛肉がきわめて少ない、牛肉の値段も高い、「そもそも豚肉ってどうやって食べたらいいの」と家内が聞かれたと言う。たしかにその通りで、スーパーで肉の並ぶ棚を見ると、6~7割が豚、2~3割がニワトリ、1~2割が牛肉というように当時なっていた。最近は少し牛肉が増えているが、基本的な傾向は前とほぼ同じである。
 これは仙台ばかりではない。東北はほとんどがそうだ。山形県内でも庄内地方は豚肉が中心で、芋煮の肉も牛ではなくて豚である。東北ばかりではない。東日本は一人当たり豚肉消費量が多い。これに対して西日本は牛肉消費量の方が多い。
 だから東日本は豚肉文化、西日本は牛肉文化であるなどとよく言われる。
 ところが山形の内陸だけは牛肉をよく食べる。実際に山形県の一人当たり牛肉消費量は東日本でもっとも高く、西日本の府県並みである。豚肉中心の庄内も入って平均されているにもかかわらずである。東日本のなかでは山形だけが特殊で牛肉が中心の西日本と似ているのである。
 なぜ山形内陸と西日本は牛肉文化なのだろうか。いろいろ考えてみたが、それは田畑の耕し方に関連しているのではなかろうか。
 山形内陸と西日本はともに一戸当たりの経営面積が小さく、段々の田畑が多くて区画は小さかった。こうしたところでは小回りがきき、ゆっくり歩く牛で耕した方がいい。西日本の場合は昔からの二毛作地帯だからなおのことである。しかも牛は餌が少なくてすむ。かくして牛耕となる。
 一方、庄内を始めとする東日本は相対的に経営面積が大きい。しかるに冬の長さから春の作業適期が短い。馬力のある馬で速く耕さなければ困る。平坦で区画も大きいからそれはできる。それで馬耕になる(註2)。
 この耕起の違いが肉の消費のしかたに関係することになる。牛耕地帯では廃牛になった牛の肉が肉屋に出回る。ここから牛肉を食べる慣習が定着する。一方、馬耕地帯であるが、廃馬となった馬の肉も食べるけれども、あまりうまくない。だからといって牛肉を食べるわけにはいかない。交通機関、冷凍輸送も発達していない段階で牛耕地帯から牛肉をもってくるわけにはいかないからである。食用としてだけ牛を肥育するには時間と金がかかる。これに対して豚なら残飯や野菜屑等で簡単にしかも安価に飼育できる。それで豚が飼育され、その肉を食べるようになる。
 こうして牛肉文化と豚肉文化の違いが生まれてくる。
 このことは耕すことと食文化は密接に関連していることを端的に示すものである。そしてこの食の文化が基礎になって(註3)さまざまな文化が形成される。つまり農業、農村は文化の根源なのである。

 ところが、文化は都市から生まれると一般に考えられている。たとえば京都との交流があったからこの地方の文化は優れているのだなどと言い、小京都などと自称するところもある。
 たしかに京都にはすばらしい文化がある。しかし考えなければならないのは、なぜそのような文化が京都に生まれたのかということである。京都に政権があった時代、支配階級が権力、金力、武力にまかせて、全国各地のすばらしい文化や技術を、またその担い手を京都に集中したからである。そしてそれらが融合され、引き継がれていくなかで洗練されたすばらしい文化、技術が京都に形成されたのである。地方は文化や技術のそもそもの発信者なのである。
 さらにその京都の文化は地方からの公租で維持されたものでもある。
 江戸時代の場合はそれに加えて公家の娘を全国各地の諸大名に身売りすることで、また位階を売ることで、京文化を維持した。すなわち、単なる成り上がりの諸大名ではいつ下から引きずりおろされるかわからない。支配の円滑な維持のために、下の者とはそもそも身分が違う、血統が違うということであきらめさせることも必要となる。しかし、おれは源氏の流れだ、平氏の末裔だなどとインチキ血統書をつくるだけでは納得させられない。「高貴」な血を入れなければならない。そこで諸大名はかつての支配層、高貴なものとして認められてきた公家の娘を嫁にもらう。そのかわりに大量の贈り物、毎年の食い扶持の援助をする。また位階をもらうことで権威付けをし、それには相応の貢物をする。このようにして地方の農民の年貢の一部が京にいき、貧乏公家の文化を、また京文化を支えた。まさに地方は京文化の維持者なのである。
 それが各地に逆輸入されてきただけなのであり、小京都などと卑屈になる必要はない。そもそもの発祥の地は地方に、農村部に、農林漁業にあるのである。こうした誇りを地方が、農業が忘れているところに問題がある。

 この地方に美人が多いのは京都と交流があってそこから美人がきたからだなどという。しかしそれは逆である。権力、金力、武力にまかせて全国各地から京に美人を連れてきたから多くなり、そしてそれが融合したから京美人が生まれたのである。
 私の生まれ育った山形県内陸からも「おしん」ちゃんのように美人はみんな船で最上川を下り、酒田で北前船などに乗せられ、日本海を通って京都に連れていかれた。それが京美人の先祖となるのだが、そのうちの何人かはたまたま最上川河口で大きな船に乗り換えるときに酒田の金持ちに拾われ、それが庄内美人並びにその先祖になる。京都に行く途中船が難破して流れついたものが新潟美人、加賀美人の、逆に流されたのが秋田美人、津軽美人の祖になった。したがって美人の発祥の地は山形県内陸にある。内陸に美人がいないことがその証拠である。山形内陸出身の女優のWE、AT女史などを見ればよくわかるだろう。美人はその昔みんな連れて行かれてしまったのである。たまに美人もいるが、それは侵略者も人買いも来られなかったかなり奥地の生まれのためにたまたま残ったものである。また日本海の北前船のような航路がなかった太平洋沿岸にあまり美人がいない(家内などを見ればよくわかる)ことも私の説の証明となる。もちろんこの証明力がきわめて弱いことはいうまでもない。

 ところが、文化はすべて外から流入してくるものであり、自分の地域には文化がなく、あってもそれは大したものではないと考え、誇りをもたない地域が多い。
 今から20年ほど前だろうか、酒田市が京都の建築学者に頼んで何十億円もかけて和風建築の屋敷をつくった。全国各地の銘木を集めた贅をこらしたつくりである。しかし、そこには庄内らしさ、酒田らしさがまったくみられない。県内の資材もあまり使わず、地域の文化を反映したものとなっていない。地域にあった新しい建築文化をつくりだしたともいえない(私に美的感覚がないのでわからないのかもしれないが)。お偉い建築の先生に頼めばいい、京都の真似をすればいいと考える。その結果、京都のものだかどこのものだかわからないものができる。和風というだけで、仙台にあっても、新潟にあっても不思議のない無地域籍の建築物ができる。
 このように自分の地域に誇りをもたない風潮がいま日本を支配している。そして都会を崇拝し、地方や田舎を馬鹿にする。それは外国、とくに白人社会の文化を崇拝し、日本はだめという明治以降の考え方につながる。そしてアメリカ等の欧米のいうことは正しく、日本のことを主張するのは時代遅れだという。たとえば米の輸入自由化に反対するのは明治維新の時の攘夷派だなどと嘲笑う。こうした日本的な精神風土を利用して政財界はアメリカのいうことを聞き、農産物輸入を進め、自給率を世界でまれにみるほど低下させ、農業を危機的状況に陥れてきたのである。

 それでも、1960年以降の高度経済成長のなかで、交通・情報技術の進展のなかで、地域差別意識は少なくなってきた。言葉による地方差別もなくなってきた。これはテレビ、ラジオのおかげと言ってよいであろう。たとえばドラマで各地方を取り扱うとき、若干誇張されたり省略されたりはしているが、ともかくその地域の言葉を使うようになったので、方言なるものをかつてよりは違和感なく受け入れるようになった。さらに毎日のようにテレビ、ラジオで共通語を聞かされ、また交通手段の発達などで各地域間の交流が活発になるなかで、なまりは若干あってもともかくみんな共通語を話せるようになった。
 だからかつてのような東京人に対する劣等感は感じる必要がなくなった。そう言う意味では一応格差のない社会となった。
 しかしその反面地域性は失われた。たとえば山形の古い言葉はどんどん消えている。私も思い出せなくなったものもある。全国各地の豊かな言葉が毎日のように忘れ去られ、消え去っている。さきに述べた食と同様に地域性が失われてきているのである。
 これまで学校では共通語で教育してきた。これはこれでいい。しかしこれからは国語の時間と並んで各地域の言葉を勉強する時間をつくるべきなのではなかろうか。そして人間のつくりだしたすばらしい言語文化を、各地域の豊かな言語を子孫に伝えていく必要があるのではなかろうか。

 さて、これまで地域に誇りをもたず、都会を、中央を崇拝する風潮について述べたが、日本には欧米を崇拝するという風潮もある。ついでといっては何だが、それについても触れておこう。

(註)
1.11年9月28日掲載・本稿第三部「☆食の格差の変化―貧乏人と高級料理―」(2段落)参照
2.ただし戦後の一時期、軍馬需要がなくなるなかで牛耕への切り替えが進められた。しかし、動力耕耘機の普及で牛耕の時代はきわめて短期間で終わってしまった。
3.これに衣と住の文化が加わる。つまり地域の風土に対応した衣食住の文化が基礎になって多様な文化が生成発展するのである。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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