Entries

パソコンの進化と普及

 

                情報化社会の到来(5)

                ☆パソコンの進化と普及

 1990年代になるとパソコンも少しずつ安くなってきた。性能はさらによくなり、私の関心事であるワープロの機能についていえば、パソコンがワープロ専用機とほぼ同様の性能ももつようになってきた。
 やがてパソコン購入のための特別の予算がつくようになり、教員は全員パソコンを自分の机におけるようになり、大学院生や学生も自由に利用できるようになってきた。
 さらに価格は低下し、個人で買って家におくこともできるようになった。そればかりでなく、持ち運びのできるノートパソコンまで安く手に入るようになった。これまた驚くべき進歩だった。
 90年代半ばころから、研究室の若手が私にワープロからパソコンに切り替えろと言うようになった。パソコンの性能がよくなり、ワープロ並みにあるいはそれ以上に日本語の入力編集がやりやすくなっており、しかもインターネット利用等々いろんなことがやれ、価格もきわめて安い、購入予算もついていると繰り返し説得されたのである。
 しかし、インターネット等の諸機能が利用できるといっても不器用な私が複雑なパソコンなど使いこなせるわけはない。ワープロの機能だけで十分であり、しかも慣れ親しんだワープロから使い慣れないパソコンなどに替えたら原稿を書くのに時間がかかってしまうかもしれない。そう言って固く断っていた。
 そんなやりとりなどすっかり忘れていた97年春のある日の朝、研究室に入ったら私の机の上のようすが変わっている。今まで使っていたワープロがなくなっていて新しいパソコンがでんと机の上に載っているのである。
 驚いた。私があまり頑固なので、当時助手をしていたIF君が実力行使で取り替えてしまったのだ。こうして渋々パソコンを利用をすることになったのだが、やはり使ってみると便利、今はパソコンが離せなくなっている。

 パソコンはその昔私が考えていたような単なる計算機ではなかった。もちろん、計算や図表作成はパソコンであっという間に出来る。かなり大量、複雑な計算でもだ。しかしそれだけではなかった。
 パソコンは情報通信機器だった。パソコンでインターネットを利用すれば世界中のさまざまな情報が入手でき、さらに情報を発信することができるのである。また、パソコンを印刷機に接続すれば、そうした情報を印刷したり、コピーしたりすることがもできる。それらの機能を活かして、パソコンで品物の売買すらできるようになった。
 学会の報告や講義のさいにスライドやOHPを利用するのが一時期流行ったが、やがてパソコンのパワーポイントに追放されてしまった。スライドなどよりつくるのは簡単、金もかからず、きれいで見やすかったからである。
 学生たちはパソコンでゲームをしている。CDをディスクに入れると音楽を聴くことができ、DVDで映画を見ることができる。
 まさに万能の機器である。
 しかも、あの大きくて軟らかくてすぐにこわれそうな5インチのフロッピーから小さくて丈夫な3.5インチへと変わり、さらにそれはCF、USB等に置き換えられ、信じられないほどの大容量のデータを記録、保存、持ち歩きできるようになった。
 こうしたなかで、パソコンは働く場に、また家庭に導入されるようになってきた。農家にももちろん導入されるようになった(これについては後に述べる)。

 万能の機器なのに、私にとっては導入当初のパソコンはノート、原稿用紙代わりでしかなかった。筆記用具、記録用具、印刷用具、要するにワープロとしてしか利用できなかった。
 しかし、徐々にインターネットの情報を利用できるようになってきた。そして今では、メールを手紙代わり、連絡用に使ったりするようになり、さらにはブログを立ち上げてもらったり(註)するようになった。
 とは言ってもパソコンのさまざまな機能を十分に生かし切っていない。小中学生の孫の方が私よりもパソコンに詳しい。使い方はもちろん使う内容も数段私より上、私が教えてもらわなければならない。しかし、教えられてももうついていけない年齢になっている。
 情報教育などと言って、パソコンを大学が購入し、その利用の仕方を学生に教えていたのがわずか10年前だったのが信じられないくらいのスピードでパソコンは進化し、普及している。3.5インチフロッピーなどというのは遺物になってしまった。ワープロももう販売されていない。これも遺物になってしまった。
 何ともめまぐるしいばかりの進歩、信じられない。3年も経てばその機器はもう古いという。取り換えないと不都合なことも起きてくる。結局買い替える。そして前の機器は廃棄される。何ともったいないことだろう。進歩するのはいいことなのだが、資源エネルギーが浪費され、環境問題も引き起こされる、何とかならないものだろうか。

 ノートパソコン、さらに薄く、軽く、安くなった。会議の時など、筆記用具を使わずに直接ノートパソコンに入力している人もいる。文字通りノートになったなどと感心していたら、それよりもさらに小さい携帯電話がパソコンとほぼ同じ機能をもつようになったという。携帯電話はもはや電話ではない、まさに「ケータイ」としか言いようがなくなった、これも夢にも考えなかったことだった。

(註)この経緯については本稿第一部の末尾(11年4月7日掲載「第一部を終えるにさいして」2段落)で述べている。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

訪問者

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

QRコード

QR