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重要だったネズミ退治



                  便利で豊かな社会―その裏表―(4)

                    ☆重要だったネズミ退治

 私の生家に「籾戸(もみど)」と呼ばれる建物がある。木造でかなりがっちりしており、籾米と家財(たとえば宴会用のお膳、茶碗など、いつもは使わないが必要なもの、大事なもの)を保管するのを目的として造られたものである。かなり前にその天井に上がった時、明治期(20年代だったと記憶している)に建てたという木の札が柱についていたので、100年以上も前の建物ということになる。
 天井近くに空気抜きと思われる本当に小さい金網を張った窓があるだけ、だから中は暗い。入り口は一つだけで、その大きな入り口の戸は二重になっていて中は引き戸、外は開き戸、そのそれぞれに錠前(鍵)がついている。表の戸にはいわゆる南京錠、中は戸に鍵穴がついていて、それぞれに違った鍵を差し込んで開ける。ともに鍵は非常に大きかった。
 ときどき籾戸から何かを取ってこいと大人から命じられる。そのときにきつく言われるのは、戸を閉めるのを忘れるな、開けっ放しにして戸口から離れたりするなということである。ネズミが中に入ったら大変だからだと言う。といっても、今の子どもたちには何のことなのかわからないかもしれない。ネズミなんてものは図鑑かテレビでしか見たことがないだろうからだ。

 孫が就学前によく見ていたアニメ「トムとジェリー」では、ネズミのジェリーはいたずらものだが、可愛くて弱い立場にあるもの、猫のトムは強くてジェリーをいじめる悪いやつとして位置付けられている。そして、弱いジェリーが知恵を発揮して強いトムをやっつけるということで毎回終わる。
 面白いのだが、そういうことが繰り返されるのを見ていると私などはトムがかわいそうになってくる。そして言いたくなる、そもそもネズミなんてかわいくも何ともない、憎たらしい存在なのだと。
 もちろん知識の上では子どもたちも知っている。そして猫はネズミを捕えるものだというのも話としては知っている。
 しかし、ネズミというものはとんでもない害獣であり、猫はそれを退治する益獣なのだということは実感としてはわかないようだ。

 ネズミは貯蔵してある米や麦を食べる、いもや人参はかじるなど、人間の大事な食料を食べる。柱をかじり、壁に穴をあけ、家中、天井から床下まで自由に歩けるようにする。本やノートをかじって、衣類をちぎって巣をつくる。夜になると天井裏でガタガタ騒ぎ、睡眠を妨げる。あちこちに黒い糞をまき散らす。動けない病人や乳児を齧ってけがをさせることすらある。病原菌をまき散らすこともある。とんでもない害獣なのである。
 これは家ネズミの話だが、田畑にいる野ネズミは農作物に被害を与える。とくにリンゴなど果樹には大敵、根をかじり、樹皮を食べるなどして大きな被害を及ぼす。畑にはトンネルを掘って作物の根に傷をつけ、またサツマイモ・ニンジン等を食べる。稲を食べるうえに、田んぼの畔に穴を開け、水漏れをもたらす。この畔の補修が大変だ。
 モグラも田畑に穴を開けたり悪さをするが、数はネズミよりもずっと少なく、ネズミほどの被害を与えないし、それどころか土の中にいる害虫の幼虫を食べてくれるのでかえっていい面もある。だから害獣ではあるが、それほど憎まれない。

 畑を耕しているときたまたま野ネズミの巣穴を見つける。祖父などはネズミを手づかみにし、思いっきり土に叩き付けて殺す。しかし、めったに見つからない。ふくろうなど鳥が食べてくれるといっても、その程度でネズミの数など減るわけはない。
 家の中での駆除などましてや難しい。何しろ天井裏の隅っこ、なかなか探せないところに巣はあるし、見つけても逃げ足は速く、小さいので隠れるところはたくさんあり、しかも「ネズミ算」で増える、たまったものではない。

 そこで飼うのが猫である。猫はネズミを捕まえて食べてくれる。その捕まえ方は見事、まさに上手な猟師である。普通は人の見えないところで食べるのだが、たまに誇らしげに家の中に咥えてきて食べようとする。汚い、外で食べろと怒ると、まだぴくぴく動いているネズミを口にくわえてすごすごと外に出る。
 子猫がいると、自分は食べないで、子猫の前にネズミをおく。弱ってはいるが、まだ生きている。逃げようとする。子猫は走っていって捕まえる。また放す。逃げる。追いかけて捕まえる。これを繰り返しているうちに弱ってもう逃げなくなる。子猫はまだ遊びたそうにちょいちょいと前足で鼠を動かす。また逃げようともがく、それを押さえつけてはまた放し、動くのを待つ。やがてネズミはまったく動かなくなる。猫は残酷なものだと子ども心に思ったものだった。でもこれは子猫のネズミ捕りの訓練、生きていくうえで必要なもので、放っておくより他ない。
 なお、猫を飼うだけで、その鳴き声が聞こえるだけで、ネズミはその家に住まなくなると言われたものだが、本当にそうなのかよくわからない。でも、一定の効果はあるらしい。

 私の生家で猫を飼ったのは戦後のことで、それ以前は「ネズミ捕り」と呼んだ金属製の捕獲器で捕まえていた。金網でできた長四角の檻の中に餌をおいておびきよせ、それを食べようとしてネズミが中に入り、餌に食いつくと、入り口の戸がガタンと閉まって出られなくなる、こうして捕まえるのである。いつも出入りする穴や通り道と思われるところに仕掛けておくと、うまく捕まる。
 捕まえたネズミをどうするかだが、ネズミの入っている「ネズミ捕り」をそのまま家の前にある池に入れ、溺れさせて殺す。ネズミを取り出して処理しようとして逃げられたら大変だからだ。それにしても、いくら悪い奴でも、何ともかわいそうで、それを見ないように、忘れるようにと、よそに遊びに行ったものだった。
 ネズミもさるものである。そのうちかからなくなる。
 そこで最後の武器として使うのが、「石見銀山」、「猫いらず」という殺鼠剤である。石見銀山は亜ヒ酸、猫いらずは燐で殺すのだそうだが、いずれも猛毒、こわいものだった。
 石見銀山は島根県にある、そこ以外から産出した亜ヒ酸も石見銀山と呼ばれたなどというのは大きくなってからわかったことだったが、四谷怪談のお岩さんと石見銀山が結びついて、石見銀山という名前は怖かった(お岩さんが飲まされたのは別の毒薬らしいが)。なお、これらは現在使用が禁止されているとのことである。
 こうしてネズミ退治をしても、なにしろネズミ算で増えるネズミ、どうしようもなかった。


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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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