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猫の堕落、糞害、ペットフード



                 便利で豊かな社会―その裏表―(5)

                  ☆猫の堕落、糞害、ペットフード

 山形の生家を離れ、仙台に住むようになってからもネズミでは苦しめられた。すさまじい音を立てて天井裏を走り回った。
 やがて、効果があってしかも人間に対する毒性の弱い殺鼠剤が開発されたとのことで、それを使ってみたらいなくなった。しかし、またどこからか引っ越して来る。それでも徐々に少なくなり、やがて見られなくなった。周辺の家の新改築が進んでネズミが住みにくくなったからなのか、殺鼠剤のせいなのかよくわからない。近所の人からもネズミの害の話はあまり聞かなくなった。
 ネズミで困らされてきた長い人間の歴史、これが家ネズミに関してであるが変わってきた。こうした面からも社会はよくなった。
 ただ、飲食街等の盛り場ではネズミが異常発生しているという。これはドブネズミらしいが、何しろ栄養たっぷりの生ごみがたくさんあるのだから、まるまる太って猫以上に大きく、猫も逃げ出すという。
 ドブネズミを捕らないだけではない、今の猫は家ネズミも捕らなくなってしまったという話をよく聞く。
 何とだらしなくなったことか。猫としての堕落、恥ではないか。
 でも、だらしなくさせたのは人間らしい。キャットフードという猫にとってのごちそうを与えるものだから、ネズミなど捕らなくてすむようになったのである。
 かつては人間の食事の残りもの、残飯を猫に食べさせていた。残ったご飯におつゆをかけ、魚の骨など余ったおかずをその上に載せる、もしも動物質の残りものがなければ(ないのが普通だったが)かつお節を上にかけてやる。
 だから猫はかつお節が好きだった。「猫にかつお節」ということわざが生まれるのはだれでも理解できた。しかしそれだけでは満足できない、それでよく食卓にある魚などのおかずを盗んで食べて怒られたりしたものだったが、ネズミでも食べなければ栄養を取れなかった。
 ところが、今は毎食栄養たっぷりのおいしいキャットフードが与えられる。あんなまずいネズミなどを探し回り走り回って捕まえる必要はなくなった。そしてかつお節など見向きもしなくなった。
 削りかつお節が安く手に入るようになった80年ころ(だったと思う)の学生の間で「ニャンニャンまんま」という言葉が使われたことがある。お金がなくておかずが買えない時、かつお節をどんぶりごはんにふりかけ、醤油をかけて食べるのだが、それは猫の食べるご飯と基本は同じ、だから「ニャンニャンまんま」と称したのである。
 しかし、今の子どもたちはその意味がわからないだろう。ネコとかつお節の関係がわからなくなっているだろうから。
 かつお節を食べなくなった猫、日本猫族の伝統を忘れ、日本の食の誇りを忘れた非国民いや非国猫になってしまったらしい。
 このように猫はネズミは捕らなくなったが、小鳥とかリスは襲うようだ。

 網走の借家の裏の崖にたくさんの木が生えていた。その木々の間からオホーツク海が見えるのだが、そこに一本の大きなクルミの木があった。その実を狙ってなのかどうか、一匹のエゾリスが毎朝早く必ずあらわれる。実がなくなっても日課のように来るのだからそこはリスの散歩コースになっているようだ。そこに来るまでの通り道、登ったり渡ったりする木・枝はほとんど決まっている。野生のリスなど見たことのない家内と私、その時間のころになると窓から外を見て楽しんだ。あらわれないとどうしたのかちょっと心配になる。ましてや近くの山から国道を横切って走ってくることがわかった後などは交通事故に遭ったのではないかと心配したものだった。
 隣りに引っ越してきた家の女の子がそのリスに気がついた。彼女のお父さんはもっと近くに見えるようにとリスのエサ台を庭につくってあげた。それでリスが寄り道をしていくようになったが、小鳥もそこにたくさん来て餌を食べるようになった。
 ある日、家内が私を窓のところに呼んだ。何と、猫がそのエサ台の下にジーッと座っている。リスと小鳥を狙っているのだ。それからリスは見かけなくなってしまった。猫に襲われたのだろうか。お隣さんは餌をおくのをやめてしまった。
 半年くらいしたらまたリスがあらわれはじめた。襲われたのではなかった。一安心した。

 網走から仙台に帰ってきた年の初夏、庭のモミジの木にヒヨドリが巣.をつくりはじめた。つがいなのだろう、二羽がせっせとわらや葉っぱを拾ってきて巣作りをしている。
 やがて巣が完成し、家内と二人、雛が生まれるのを楽しみにして待つことにした。
 二日くらいしてからだろうか、庭を見ていた家内が私を呼ぶ。何とモミジの木の下に猫がうずくまって上を見ている。ヒヨドリの巣を狙っているのである。
 私はあわてて追い払った。何か猫を近寄れなくする方法はないか、いろいろ考えたが難しい。とりあえずは注意してみているしかない。
 次の朝、ヒヨドリの声は聞こえなかった。巣はひっかかれて壊されていた。
 その年はもうヒヨドリはあらわれなかった。翌年からまた来るようになってうるさく飛び回るが、巣をつくろうとはしなくなった。
 ネズミよりもうまいからリスや小鳥を捕まえようとするのだろうか。どうもそうではなさそうである。いたずらとしか思えない。これもやむを得ないかもしれない。猫が小動物を捕まえる、これは猫の本能だからだ。これぐらいのことは許そう。
 許せないのは糞を庭に垂れ流して歩くことだ。

 わが家の庭は近所の猫の毎日の散歩コースである。網走でもそうだった。
 それも一匹二匹ではない。黒、白、三毛、シャム猫風等々、主に飼い猫だが、私の家の庭を散歩コースとしている。野良猫もいる。野良に餌をやっている人がおり、その家に行くのにわが家の庭を横切って歩くのである。
 そして毎日のように糞をしていく。なかには土を糞にかぶせてかくそうとしない猫がいる。ネコの本能を忘れている。なにしろすさまじい臭いである。そしてどれも毎日ほぼ同じ臭いである。これはかつてのような粗食、雑食でなく、ほぼ同じようなキャットフードを食べさせているからだろう。たまったものではない。片付けるのも大変だ。
 犬の場合は飼い主が鎖につないでいるので庭には入ってこないし、糞は飼い主が拾って始末する。たまにはビニール袋を持って歩くだけで、拾っていかないやつもいるが。しかし猫は飼い主が連れて歩くわけでないから平気で庭に入ってくる。飼い主は当然糞の始末はしない。
 それで私は、庭に入ってきたのを見つけると追い出そうとする。すると猫はここはおれの縄張り、何でここを通ってだめなのかという顔をして、じろっとこちらをにらむ。頭に来て石をぶつけるかっこうをする。ちょっと緊張したようなかっこうをするが、まだ動かない。それで走って近づいて脅かす、ようやくあわてて逃げる。
 でも次の日はまた平気で現れる。全然懲りない。猫除けの薬とかいろいろ試してみるが、効くのは2~3日、結局もとに戻る。
 飼い主に文句を言いたいが、飼い主がよくわからない。お向かいの奥さんが、飼い主とわかった人に糞のことと自動車のボンネットに上がって爪で傷をつけるので困ると言ったら、猫がそうするのは当たり前という顔をして、あらそうですか、家の猫かしらで終わりだったという。
 頭に来る。ネズミを捕って役に立っているならまだがまんもできる。しかし何の役にもたたない。それどころか「糞害」をもたらす、まさに「憤慨」に堪えない存在だ。「猫いらず」を猫にやりたくなる。

 量販店などに行くと、ペットフードの棚がずらっと並んでいる。よくもまあこんなにと思うくらいだ。テレビコマーシャルもすごい。それだけ売れているのだろう。
 途上国でつくられているらしく、きわめて安い。人間も食べようと思えば食べられる家畜や魚の肉も使われているという話も聞く。そこでまた疑問がわく。
 自分たちの国の人間が豊かな食生活を送れないでいるときに、他国のペットの食べるものをつくっている。片や高価なペットフードを食べ、服まで着せられて冷暖房付きの家の中で暮らしている犬猫があると思えば、片やネット難民のようにろくな食事をとれない、いや住むところさえない人間がいる。人間の間だけでなく、人間とペットの間に格差が生じている。はたしてこんなことでいいのだろうかと。

 ペットの飼育はもちろん否定しない。人間にとって、とくに子どもの教育にとって、必要ですらある。かつてのように子どもが動物と触れ合うことがなくなってきたからなおのことである。動物園と本、テレビ以外に動物を知らない子ども、飼うのはもちろん触ったこともない子ども、これでいいのかとすら思う。また、かつてのように大家族でなくなり、孤独な生活を送らなければならなくなった高齢者(それが増えている、ここにも一つの大きな問題があるのだが)にとっても、その心身の健康の維持のために必要である場合もある。
 しかし、そのさいには糞尿等のしつけはきちんとしてもらいたい。昔から「猫かわいがり」という言葉があるが、異常ともいえる可愛がり方や、他人に迷惑をかけることはかんべんしてもらいたい。嫌いな人、アレルギーになる人もいることを理解してもらいたい。
 できれば、ペットフードでなくて、人間の食事の余ったものを、たまにはかつお節をやってもらいたい。それは生ごみの削減にも役立つ。そして「猫にかつお節」、「ニャンニャンまんま」、この言葉を子どもたちが理解できるようにしてほしい。
 もちろん、たまにはごちそうとしてペットフードをやるのもいいだろう。人間もたまにぜいたくなごちそうを食べることもあるのだから。

 猫の堕落、今こう言ったが、考えて見たら人間も堕落してきたのではなかろうか。

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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