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緑豊かな日本の土地と自然災害



            東北・日本の風土と農林業(2)

           ☆緑豊かな日本の土地と自然災害

 いうまでもないことだが、わが国の地勢(地形の高低・傾斜、谷・川・湖の配置など)はきわめて複雑である。高さは低いが急峻な山々が多く、土地の起伏が非常に激しく、平地はきわめて少ない。日本の国土の約三分の二は山々で占められている。そしてそれらの間を大中小の無数の急流の河川が流れ、谷を湖沼をつくりながらわが国を囲む四方の海へと向かう。
 こうした地形だから、わが国には「水平線はあっても地平線はない」(と言いたくなる)。すなわち、日本は島国であり、海に囲まれているから水平線はあちこちで見ることができる。しかし、平野は少なく、あっても小さく、全体として山と海に挟まれた急峻な地形をしているので、地平線は見えない。日本最大の関東平野でも、関東山地や東北の山々で三方が囲まれ、もう一方の海の方には台地がかなりあり、地平線と認識できるところは少ないのである。
 こうした急峻な地形の土地で耕地を造成するのはきわめて難しい。それでも日本の農家は起伏や傾斜にあわせて耕地を造成してきた。その極限がいわゆる段々畑であり、棚田であった。当然その区画はきわめて零細、不整形となる。とくに水田がそうならざるを得ない。畑でさえ多雨による土壌の流亡を抑えるために段々畑のように傾斜に応じて区画を小さくしなければならないのに、水田の場合はそれに加えて地表の均平化が必要とされるからである。したがって傾斜の強いところほど区画は零細、不整形となった。当然労働は過重になる。前に述べた『裸の島』の映画を見ればそれはよくわかろう(註1)。
 それでも田畑にできればまだいい。耕地にできない急傾斜地がかなり多くある。また北斜面や標高の高いところ、道をつくるのが難しいところなども耕地にしにくい。
 わが国ではそうした土地はすべて森林となる。土壌と気象がそうさせる。わが国で主に分布している褐色森林土・沖積土・黒ボク土は湿潤地帯であることから有機物含有量が高く、植物の生育にきわめて適しており、しかも湿潤温暖気候であるために、放置しておくと容易に森林になるのである。それで、耕地にすることの困難な山間傾斜地は森林として利用するかあるいは放置されることになった。
 その結果が日本の耕地率の少なさ、森林率の高さである。耕地率は12%、森林率66%で、とくに森林率は先進国の中で突出している(註2)。

 飛行機に乗るとそれがよくわかる。よくもまあこれだけ山々があるものだと感心してしまうと同時に、それがほとんど林野の緑に覆われていることにも感心する。夏でも雪に覆われもしくは土や石がむき出しになっている山頂が一部にあることはあるが、何と緑豊かな国だろうとしみじみ感じる。乱開発されたところがあると言ってもまだこれだけ山々があると思うと何かほっとする。
 1970年ころ、スイスに三年間留学した当時若手だった畜産研究者STさんがこんなことを言っていた。帰りの飛行機で上空から日本の田畑や山々を見たとき、これだけ緑豊かな国で何で家畜の飼料を外国から輸入しているのかと不思議に思ったと。彼に言わせるとこんなに緑に恵まれた国などめったにないのだそうのである。
 それを敷衍すれば、なぜこれだけ森林の豊かな国で材木を外国から大量に輸入しているのかということにもなろう。

 この緑豊かな国土も季節によってその様相を一変させる。その変化の仕方は、山と海に挟まれた急峻な地形によって影響を受け、地域によって大きく異なる。
 四季折々、消滅と出現を繰り返しながら容姿を変える多様な山川草木、花鳥風月、そして人間の手も加わった田畑、裏山、里山、奥山等の景観、その移ろいが急峻な地形でさえぎられて地域によって変わり、まさに変化に富んだ多様な景観が全国各地で年間を通じて繰り広げられることになるのである。
 その景観の重要な構成要因である森林はまた豊かな水を貯え、さらに植物に不可欠の腐葉土など栄養分を作り出し、無数の中小河川を通じてそれを田畑に供給して作物を育て、人間に飲み水などの生活用水を豊かに与え、さらにその水は海に入って海藻や魚介類を育てる。

 こうした地勢の基礎をつくった地殻の動きは数多くの温泉を湧出させ、豊かな景観とあいまって、心と身体を癒す。山形の銀山温泉などでは立ち並ぶ木造三層楼の旅館つまり人間のつくった景観がそれに加わってさらに気持ちを穏やかにさせる(註3)。
 東北にはこうした温泉が多い。ちょっと掘れば温泉が出てくる。山形の天童温泉などは、明治期に田んぼの中に湧きだしたことから始まったもの、今は町の中になってしまったが、私の幼いころ(昭和初期)は田んぼの真ん中に数軒の旅館が建っているだけ、駅から遠くそれを見ながらまっすぐの田んぼ道をとことこ歩いて行ったものだった。
 ただし、三陸沿岸には温泉が少ない。リアス式海岸の絶景と海産物、それに温泉が組み合わされたら観光地としてさらに発展するのだが、これは無理というもの、そもそもこの海岸は火山によって形成されたものではなく、地殻変動による隆起や沈降で形成されたものだからだ。ちょっと残念だ。

 こうした豊かな風土に恵まれて日本人は生きてきたわけだが、それを形成したモンスーン気象と複雑なプレート運動はまたさまざまな自然災害を引き起こすものでもあった。
 豊かな気象条件は一定不変ではなくて年次的に変動するものであり、年により異常低温、異常高温、日照不足、少雨、長雨、豪雨、豪雪、強風、竜巻等々を引き起こすことがあり、それは厳しい季節性とあいまって、人間の生産、生活にさまざまな被害を与えるのである。さきに述べた冷害、干害はその典型であるが、豪雨、台風等は洪水等で作物に被害を与えるばかりでなく土壌侵食や地すべり、がけ崩れを引き起こして田畑や家屋などにも被害を与え、生産・生活諸条件を喪失させることもある。
 また、日本の基本的な地形を形作った複雑な地殻変動は、地震、噴火、津波等を多発させ、人間に大きな被害を与えるものでもあった。
 しかし、こうした自然の変動はしかたのないものであり、あきらめるより他ない。そもそもそれがあって日本列島が、山川草木が形成され、人間の生存が可能にさせられてきたのであり、恨む筋合いはない。
 しかも、それらの自然変動が災害になるかどうかは人間の問題なのである。たとえば夏の異常低温は品種改良等の栽培技術の発展で冷害になることを防ぐことができる。豪雨による洪水は河川改修で回避することができる。つまり自然変動の法則性を知り、それに対処していくことが必要となるのである。
 しかし、自然法則のすべてを想定内にして災害を回避するなどというのは容易なことではない。想定外のことが絶えず起き、災害が引き起こされる。
 だから日本人は、自然の恵みに対する感謝、敬虔の情をもつと同時に、自然の脅威、神秘に対しては畏怖し、自然との共生を祈ってきた。そして想定外のことを想定内のものにすべく自然法則の探求に力を注ぎ、技術を発展させ、さまざまな対策を講じて災害を回避する努力を続けてきた。それはこれからも必要となる。

 もう一つ注目しなければならないことは、日本列島は北から南に長く連なり、さらに東から西にも長く、つまり亜熱帯から亜寒帯まであることである。しかも、太平洋、日本海、オホーツク海、東シナ海に囲まれている。さらに標高差・起伏も激しい。、
 したがって、気象は当然日本全国一様ではなく、地理的位置によって、とくに緯度により、また標高によって大きく異なり、きわめて複雑多様となる。また、土地条件も地域によって異なっている。つまり日本は多様な風土をもつ地域で構成されているのである。当然それに対応して植物相は地域により大きく異なり、地域農業のあり方も大きく異なることになる。
 だから、日本全体としてみるとリンゴもミカンもつくれるし、ビートもサトウキビもつくれる。つまり日本は多様な作物、亜熱帯から寒帯までの作物の生産ができる。多様な農産物を国民に供給できる豊かな風土に恵まれているのである。
 しかし、地域それぞれで考えると、地域の地理的位置によって生産が限られることがある。たとえば北日本はミカンがつくれないし、南日本はリンゴがあまりとれない。そうなると地域的分業で行くことが必要となる。こうしたことができることも日本の豊かさであるといえよう。
 もちろん、水稲や麦のように国土の大半で生産できるものもある。これもまた利点である。気象は地域により年により一様ではないので、ある地域が凶作に遭ってもある地域は豊作になるということもあり得るので、国全体としてそれを平均化することができ、安定して食糧を供給することができることにもなるからである。
 ところが1960年以降、適地適産、主産地形成ということで、もっともよく穫れる地域、コストの低い地域だけで生産させようとしてきた。つまりコストの高い地域は生産をやめろ、それは経済的効率性からして当然のことだというのである。さらに進んで、日本の食料はコストの低い外国にすべてまかせよう、その方が効率的だなどとという論者もでてきた。
 しかし、気象は年によって大きく変動し、同じ年でも地域によって異なる。したがって、ある作物の適地とされている地域の気象がある年非常に悪くて不作となり、逆にそれほど適していないとされている地域が好天に恵まれて豊作になるということも起こり得る。また、ある地域が地震・津波等で作物が大きな被害を受けてもほかの地域では被害を受けないので、一定の生産量が確保できたということも起こり得る。
 そうなると、危険分散という点からして多様な地域で生産しておくことが必要だということになる。しかも日本はそれができる風土なのである。
 もちろん、だからといってあらゆる地域ですべて同じ作物をつくるべきだなどというわけではない。やはり地域の風土というものを考えなければならない。しかし、効率性だけを考えるわけにはいかないのであり、日本の多様な風土の有利性を生かしていくことこそが必要なのである。

(註)
1.11年6月24日掲載・本稿第二部「☆耕して天に至れなかった東北」参照
2.ヨーロッパの緑被率(山や森林で被われている割合)20~30%、イギリスは10%以下、アメリカも33%程度とのことだから、いかに日本の山林の占める割合が高いかがわかろう。
3.銀山温泉については下記の掲載記事で触れているので参照していただきたい。
  11年1月25日掲載・本稿第一部「☆湯治・里帰り」(1~4段落)

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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