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バイオ燃料をめぐる諸問題


               日本は「資源小国」?(5)

             ☆バイオ燃料をめぐる諸問題

 わが国のエネルギー資源としてもう一つ考えなければならないのは、生物とその廃棄物いわゆるバイオマス(「生物に起源を有する有機体」)の利用によるエネルギーの開発だ。多様な植物を繁茂させ、微生物を繁殖させる日本の風土はそうしたバイオエネルギーの宝庫であり、積極的にその開発に取り組む必要があろう。
 しかし、近年アメリカやブラジルなどで推進しているその生産とその自動車用燃料としての利用には首をかしげる。また日本ではバイオ燃料用米への転作を進めようと政府や何人かの論者が一時期声高に叫んだが、これにも疑問を感じる。そのことについてこれから3回にわたって述べさせてもらいたい(註1)。

 バイオ燃料は「バイオマスのもつ性質を利用して作られるアルコール等の燃料」と一般に定義されている。これは地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量を増やさないということから注目されている。植物は大気中の二酸化炭素を吸収して成長するため、植物からつくられるバイオ燃料を燃やしても発生する二酸化炭素はふたたび植物に吸収されるので、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量は増えないのである。しかもバイオ燃料は再生産可能なエネルギーなので理論的には無尽蔵である。
 そこで二酸化炭素排出量の削減に悩む世界各国はバイオ燃料に着目した。とりわけアメリカは21世紀に入ってバイオエタノールの生産を積極的に推奨し、その生産量は世界第1位を誇るにいたっている。アメリカに次ぐのはブラジルで、輸出量に関してはブラジルがトップで世界の半分をしめており、それをさらに増やそうとしている。
 こうした動きに引きずられるように、日本の政府も環境に優しいバイオ燃料で石油に代替させるとする「バイオマス・ニッポン総合戦略」を2003年に策定した。さらに07年には、2030年をめどにガソリン消費量の一割に当たる600万㌔㍑を国産でまかなうという構想を打ち出した。
 こうしたバイオ燃料の構想と取り組みは多くの人から歓迎された。バイオ燃料は温室効果ガス削減の実効性を高めるし、燃料の自給率向上と安全保障にもなると考えられるからである。
 また農業関係者からも歓迎された。バイオ燃料はその原料としての農産物の需要を喚起し、農業振興、農村の活性化につながる可能性をもっているとも考えられるからである。
 しかし、バイオ燃料は本当に地球環境対策となるのだろうか。また、日本の農業を発展させることになるのだろうか。

 まず問題となるのは、政財界は国内農産物を原料とするバイオ燃料などは考えていないといってよいことである。コストの観点からして日本国内での生産は無理であるとして輸入によってその普及促進を狙うとしているのである。
 そういうと、それは違うのではないか、政府は600万㌔㍑を国産でまかなうと言っているではないかと反論されるかもしれない。しかし、国内の農産物でバイオ燃料を生産するということだけが国産ではない。アメリカやブラジルからトウモロコシ、サトウキビなどの原料を輸入して国内でバイオエタノールを製造すれば、それは国産ということになる。したがって、農産物の内外価格差のもとでは結局600万㌔㍑のほとんどが原料輸入国内加工型の国産となる可能性がある。このような国産では日本農業の振興には一切役にたたないことはいうまでもない。
 もちろん、それで二酸化炭素の排出が大幅に削減されるならばそれでもけっこうである。しかしその削減効果はきわめて限定的である。たとえば、トウモロコシを原料として使った場合、その生産に必要とされる農薬や化石燃料も考慮すると、産出されるエネルギーは処理に要するエネルギーの1.4倍にしかならないと言われている。またバイオエタノールも、その原料のトウモロコシも、輸入であるかぎり日本に運んでくるのに石油を使うので二酸化炭素の排出量を増やす。しかもそれをガソリンに数%混ぜるだけでやはり車はガソリンを使うのだから、二酸化炭素の削減といってもきわめてわずかでしかない。
 ここに原料輸入依存のバイオ燃料国産の限界がある。

 さらに大きな問題は、バイオ燃料やその原料となる穀物を輸入すれば世界的な食糧危機を深刻化させかねないことである。
 そもそもバイオ燃料は穀物などの農産物を原料とする限り食糧と競合するものである。もちろん食糧が過剰であれば競合は問題とならない。しかし現実には世界的に見ると食糧は不足している。となると穀物は、食糧とバイオ燃料原料の獲り合いとなる。
 それは当然価格に反映する。現にアメリカのトウモロコシの価格は急上昇した。そればかりでなく大豆などの他の作物の価格も上昇させた。大豆や牧草などの作付をやめてトウモロコシ生産に切り替えているからである。
 なお、このようにトウモロコシ―大豆の輪作体系をやめ、トウモロコシ連作にすれば、トウモロコシの栄養障害、病害虫の増加等の連作障害を引き起こす。それを避けるために農薬や化学肥料を多投すると当然それは環境破壊に拍車をかける。同時に価格はさらに高騰することになる。
 いうまでもなくこうした価格高騰はトウモロコシを主食とする国やアメリカから食糧を輸入している国の人々にとって大きな打撃である。当然、輸入大国のわが国にも大きな影響を与える。
 そして今後バイオ燃料の生産が拡大すれば食糧や飼料が不足し、農畜産物価格、食料品価格は高騰して途上国などではさらに餓死者が増えることになる。国連世界食糧計画では毎年新たに400万人が栄養不足に陥っているとして飢餓克服を呼びかけているが、こうした人たちを放っておいてバイオ燃料に食糧をまわしていいのか疑問になる(註2)。

 そういうと、耕地面積を拡大して食糧も燃料も生産できるようにしたらいいではないかと言われるかもしれない。たしかに世界的にみると耕作可能な土地はまだある。
 たとえばアメリカなど先進国には生産調整で遊休している農地がある。それを復活して増産すればいい。しかし、いくらそうしても既耕地の面積には限りがあり、増産には限界がある。
 それなら未耕地を畑にして増産すればいい。たとえば広大な熱帯雨林がある。そこを開墾すればいい。現にブラジルなどでは開墾が進んでいる。サトウキビを原料とするバイオエタノール生産を推進し、国外とくに日本への輸出を加速しようとしており、こうした増産政策と価格騰貴をひきがねとして近年サトウキビの栽培面積が急激に増えている。そのかわりに減少しているのが牧草地である。それを補うためにいま森林が開墾され、牧草地に転換されている。この開墾の動きを加速すればよい。
 しかし、今なされている焼畑的な開墾はいうまでもなく二酸化炭素を増やす。さらにアマゾンの熱帯雨林の消滅は二酸化炭素を吸収して酸素を生産するという地球の肺の縮小、地球の大気の流れの攪乱をもたらすことになる。
 このように、現在のバイオ燃料の生産は、世界の食糧をおびやかすばかりではなく、温室効果ガスをかえって増やし、自然生態系・地球環境を破壊する危険性をもっている。

 こうした問題点をもっているにもかかわらず、なぜアメリカはバイオエネルギーは次世代のエネルギーであるとしてバイオ燃料の推進に取り組んでいるのか。そもそもアメリカを本籍地とする多国籍企業は環境問題にきわめて消極的だった。それがなぜバイオエタノールの推進に関してだけ積極的なのか。
 考えられるのは、石油価格が長期的な上昇傾向に入ったことへの対応である。バイオエネルギーの生産によって中東などの産油国の発言力を弱め、石油価格の上昇に歯止めをかけること、石油とバイオ燃料の双方を握ってエネルギーの独占的支配を進め、メジャーの利益の確保と拡大を図ること、これがねらいなのである。
 もう一つのねらいは、穀物の新規需要拡大と価格の上昇である。穀物の相対的過剰(絶対的には過剰ではないのだが)による価格低迷をバイオ燃料による需要拡大で解決し、穀物メジャー等の利益の拡大を図ることをねらいとしていると考えられる。それはまた農産物価格上昇による農業危機の解決、輸出補助金を始めとする各種政府助成金の削減にもつながる。
 このようにアメリカは、世界のパン籠としてばかりでなく、世界の燃料タンクとして世界に君臨しよう、そしてアメリカを本籍地とする多国籍企業の利益を確保しようとしているのであり、ここにことの本質があるのであって環境問題の解決のために取り組んでいるわけではない。
 したがって、もしも日本が単純にアメリカにならって自動車バイオ燃料の利用義務化などを進めればそれはまさにアメリカのメジャーの利益に奉仕することにしかならないことになる。
 こう考えてくると、これからはバイオ燃料の時代だなどとはしゃいでいるわけにはいかないのではないだろうか。

(註)
1.07年9月に日本環境共生学会第10回学術大会の基調講演で「日本の農業と環境共生社会―バイオ燃料問題から考える―」と題して報告させてもらったが、これから述べることはそれを若干補足訂正したものである。なお、この報告の全文は公表していないが、その要旨は日本環境共生学会「環境共生」15巻7~8頁(2008年5月)に掲載されている。

2.この原稿を書いている2012年、アメリカの干ばつによるトウモロコシの不作で食用とエタノール利用との摩擦が深刻化しており、現にこうした問題が起きている。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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