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なぜ「ジャガイモ―ムギ―ビート」?



                イモ談義(3)

            ☆なぜ「ジャガイモ―ムギ―ビート」?

 農大に赴任した最初の年のことである。ゼミの3年生の研修で網走市内の畑作農家におじゃました。そのときある学生が農家にこういう質問をした。農家が今生産しているジャガイモ、ムギ、ビートの三作のうちもっとも収益性の高いのはどれかと。そうしたらビートという答えが返ってきた。学生はさらに質問を続けた。それならなぜビートだけ栽培しないのか、収益性の低いイモやムギをなぜ生産するのか、経営者としておかしいのではないかと。
 農家の方は親切に説明してくれた。ビートばかりでないのだが、作物を毎年同じ畑に栽培していると収量が落ちてくる、これを連作障害というが、それを避けるためにイモ―ムギ―ビートというように毎年違った作物を植えているのだと(註1)。

 ちょっとショックだった。顔から火が出る思いをした。農大の学生が、しかも3年生にもなったものがこんな質問をするとは、連作障害も知らないとはと、農家の方に恥ずかしかったからである。
 学生に聞いてみた、1~2年の講義で連作障害のことを習わなかったのかと。すると、経営系の学生のカリキュラムには自然科学系の講義がきわめて少なく、関心はあるのだが聞けない、だから知らないことが多いのだという。驚いた。それでその後のカリキュラム改訂のさいには自然科学の講義がもっと聴けるようにし、また農業技術に関する最低限の知識が得られるように農業技術論という講義を新たに設けることにした。

 しかし、このゼミの学生にはカリキュラム改訂まで待っているわけにはいかない。そこで、連作障害について次のように教えた。
 同じ種類の作物を同じ土地で連続して作付するとその作物は次のような障害を受ける。
 ①病害虫発生の激増
 ある種類の病原体(かび、細菌、ウイルス等)や害虫はある種類の作物にしか寄生しないが、そのある種類の作物を連続して作付けすれば、それに寄生する種類の病原体や害虫もしくはその卵が大量に土のなかに残り、それが次の年に植えたものにも寄生してどんどん増え、耕地は病原体や害虫の巣になってしまって、大きな被害を受ける。
 ②土壌成分バランスの崩れ
 同じ種類の作物は同じ成分のみ吸収するので、毎年同じ作物をつくっていたら、その作物に必要な養分がなくなってしまう。こうして養分のバランスが崩れれば当然作物の生育は悪くなる。
 ③作物の出す排泄物の蓄積
 作物は耕地から必要な養分を吸収すると同時に、不要なものを耕地に排泄するが、毎年同じ作物をつくればこの特殊な成分をもつ排泄物が大量に蓄積して悪影響を与える(人間が自分の排泄物の糞尿を片付けないでおいたらどうなるかを考えたらわかろう)。
 その他にもあるが、要するに同じ作物を同じ土地で何年も続けて作っていると「作物を育てる土地の能力」=「地力」が低下して収量が低減し、最悪の場合には収穫皆無にすらなる。これが連作障害(註2)であり、厭地(いやち)(忌地)現象ともいう。
 こうした問題をどう解決するか。そのために考えた一つがいわゆる輪作であった。同じ畑にいくつかの生物学的な性質の違う種類の作物を組み合わせて順次栽培し、それを繰り返すことで連作障害を回避するのである。
 たとえば今述べた網走のジャガイモ―ムギ―ビートの輪作体系を例にしてみてみよう。
 ジャガイモの後に植えるムギはイネ科の穀物であり、ナス科のイモとはまるっきり性質が違う。したがってイモに寄生する病原菌や害虫はムギに害を与えたりしない。ムギの後に植えるビートはアカザ科の植物なので、イモやムギにつく病原菌や害虫はビートを食べたりはしない。そのうち、イモに寄生する病原菌や害虫は自分の食べるものがないので、飢えて死滅するかどこかに逃げていってしまう。そのときにイモを植える。そうすると被害を受けることなく栽培できる。ムギもビートも同じことだ。違った種類の作物を植えている間に自分を好む病原菌や害虫がいなくなるので、また植えることができるようになるのである。
 土壌成分については、それぞれの作物の好む養分が異なるので、輪作すればある成分のみ減って土壌養分のバランスが悪くなるのを防ぐことができる。
 イモの排泄物についていえば、ムギやビートを植えている間に、それが吸収してくれたり雨等で流亡したりしてなくなるので、3年目にはまた栽培することができる。ムギ、ビートについても同様である。
 このように、輪作つまり作目の循環的交替が畑作においては不可欠なのである。したがってもうかる作物があるからといってそれに集中するわけにはいかず、あまりもうからない作物もつくらないわけにはいかないのである。
 しかし、できるならもうかる作物=人間の必要としている作物を多くつくりたい。それで病害虫に強い品種の育成や農薬による防除、肥料の投入などによる土壌成分の改良等々の努力をしてきた。
 たとえばクロルピクリンで土壌消毒をして土壌病原菌や害虫をなくそうとした。それは一定の効果があり、連作を可能にした。しかし、クロルピクリンの毒性はきわめて強いので、連年散布しているうちに土壌の生物性を悪化させ、たとえば必要な土壌微生物まで殺してしまうので堆肥を播いても分解しなくなるなど、畑として利用できなくさせたり、畑の近くの住民、農作物や家畜などに悪影響を与えるなど環境問題を引き起こしたりしている。さきに述べた島原半島でもそうした問題が起きていたが、今はそれをどう解決しているだろうか。
 このように現在の技術水準ですべての作物を連作するのには限界があり、やはり輪作(作目交替)が必要なのである。もちろん他にも輪換(地目交替)も考える必要があるし(註3)、品種や栽培のしかたの改良で連作障害を回避していくことも必要となる。

 こう学生に説明したのだが、実を言うとここで学生から反論が来るかと思った。
 そんなことを言っても田んぼでは毎年連続して稲をつくっているではないか、つまり連作しているではないか、それを見ているから畑でももうかる作物を連作できるものと思っていたのだと。しかし残念ながら反論はなかった。今の学生は素直なのかもしれないが。
 たしかに稲は連作されている。しかし、畑に植えられる稲は連作できない。水田で栽培される水稲だけが連作されている。ということは、水田の機能、そしてそこで使用される水の能力が連作を可能にしていることを示す。詳しくは省略するが、このように主食で連作できる作物は水稲しかない。水稲はきわめて貴重な作物だということができるのである。

 この学生の研修でもう一つ考えたことがあった。
 農業に関心をもって入学してきた学生ですら連作障害を知らないのだから、都会の消費者のほとんどはこういうことを知らないのではないだろうか。商工業だったらもうかるものだけ対象にすればいいかもしれないが、農業はそういうわけにはいかないのである。それ以外にも農業独特のさまざまな特殊性がある。しかしそうした農業の特殊性をほとんど知らない政財界人、マスコミ関係者、消費者が増えてきた。そして商工業の経営でやっていることがそのまま農業に通用するものと考え、農業の生産性が低く、所得が低いのはアメリカ農業のように規模拡大しないからだ、早急に規模拡大せよとか、農家には商工業のような利益を追求する企業的精神がないから農業が発展しないのだ、企業を農業に参入させろなどというものすらいる。こうした農業技術に対する無理解が、農業の常識に対する無知が日本の農業をだめにしているのではなかろうか。

 イモ―ムギ―ビート、このうちのどれか一つが栽培できなくれば、つまり輪作ができなくなれば、他の二つも栽培できなくなってしまう。たとえば、もしも完全自由化でビートの関税がゼロになったら、ビートはもちろんのことムギもジャガイモもつくれなくなってしまう。北海道の畑作地帯は壊滅だ。そしてそれは先に述べたように他の産業にも打撃を与える。
 農業というものはあらゆるものが密接に関連して成り立っているものなのである。こうしたことを理解してもらいたいものだ。

(註)
1.北海道全体でいえば、イモ―ムギ―ビート―マメの四年輪作体系が一般的であるが、網走の場合気象条件からして大豆作が難しいことからイモ―ムギ―ビートの三年輪作となっているとのことである。
2.この具体例のいくつかについては次の記事に記載している。
  11年9月5日掲載・本稿第二部「☆経営の専門化・単一化のもたらした諸問題」
3.目的とする作物の栽培を何年間か休み、その間畑地を草地にしたり林野にしたりすることにより連作障害を回避するやり方のことで、その代表的なものが焼畑式である。この一例を次の記事に記載している。
  11年3月25日掲載・本稿第一部「☆残っていた焼畑農業」

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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