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見栄えと中身―そうか病―



                  イモ談義(4)

              ☆見栄えと中身―そうか病―

 ジャガイモはそうか(瘡痂)病という病気にかかりやすい。この病気はイモの表面に淡褐色のかさぶた状の病斑をつくるもので、農家にとっての悩みの種、全国的に大きな問題となっている。
 しかし、私はそのことをまったく知らなかった。生家で何度も芋掘りをしたにもかかわらず、植物病理学を学んだにもかかわらずである。気が付かなかったのか、親からあるいは講義で教わらなかったのか、それとも忘れてしまったのか、わからない。研究者になってからも、大産地が東北になくなっていたこともあってジャガイモにあまり関心を持たなかったために気が付かなかったのかもしれない。いずれにせよ私の不勉強のせいである。
 だから、そうか病を知ったのは網走に来てからだった。さすがジャガイモの産地、農大の寒冷地農場でもジャガイモそうか病の研究をしていた。そしてその発生原因に土壌中のアルミニウムイオンが関連しているということを発見したという。その発見者のYMさんやKTさんたちといっしょに研究しているうちに若干詳しくなった。
 それでサハリンに行ったときもそうか病にかかっているイモが大量にあることにすぐに気が付いた。

 外国には行きたがらない私なのだが、農大の用命でやむを得ず2000年から3回にわたってサハリン農業の調査に行った。
 サハリンの農業はジャガイモを中心とする畑作、牧草主体の酪農からなっていた。そういうと北海道と似ているようだが、かなり違っている。まず麦がまったく見られない。戦前の日本統治時代には栽培されていたようだが、旧ソ連のもとでとられた国内分業体制でサハリンは麦をつくらないことにしたのでなくなったとのことである。またビートもない。したがって北海道のようなパッチワーク状の畑など見られず、非常に単純な農村風景となっている。さらにペレストロイカ後の農業経営の厳しさから耕作が放棄された土地や廃屋も地域によって見られ、そこには寒々しい景色が広がっていた。
 ビート、ムギがなければ、どうやって連作障害を回避しているのかだが、イモ(3~4年栽培)―飼料作物(3~4年)―野菜(1年)の輪作体系をとっている。きわめて粗放的な土地利用方式で、土地生産性は低い。
 こうした農業を担っている経営の一形態に個人農場があるが、その代表例としてサハリン農業科学研究所から紹介されたM農場をお訪ねして調査させてもらった。
 ここの経営者は女性、日本で言うと肝っ玉カアチャン、ペレストロイカで分け与えられた耕地10㌶を基礎に10年間でそれを146㌶に増やし、その大半を占める飼料畑を基礎に酪農、肉豚飼育、その加工を営み、それに約10㌶のジャガイモ等の野菜を生産していた。常雇いを8人入れているが、彼女のご主人は機械のオペレーター、彼女に使われる実質的な労働者であり、それを加えると9人となる。この農場、そして女性経営者についてはいろいろ面白い話があるのだが、それは省略する(註1)。
 彼女からいろいろ話を聞きながら、表のジャガイモ畑に行ってみた。畑に石がごろごろころがっている。機械作業には差し支えないだろうと思われるくらいの大きさの石だが、ともかく畑は私たちから見ると何か汚い(彼女の畑だけではない、他でも見られた)。イモの生育をじゃまするのではないかとも思われる。日本人なら一つ一つ拾ってもきれいにしたのではないかと思うのだが、彼女らはとくに感じていないようである。
 イモを見てみると、ほとんどのイモがそうか病にかかっていた。それもけっこうひどい。いっしょに行った作物研究者のYMさんが「この病気をこちらでは何と言っているか」と聞いた。そしたら何と、「これは病気ではない」と彼女は答える。「夏の暑さところがっている石で傷付いただけだ」という。「いや病気なのだ」と言ってもガンとしてそうではないとがんばる。ここでけんかして納得させてもしかたがないので、そのまま笑って話は終わらした。

 翌日、バザール(自由市場)に行ってみた。ありとあらゆる品物が売られており、サハリンの食料品の5割はここで売られているというだけあって活気にあふれていた。
 当然、ジャガイモも大量に販売されていた。のぞいてみた。そうか病にかかっているイモもたくさん並べられている。もちろん病斑が黒くなるほどひどくなっているのは売られていないが、かさぶたのたくさんついたものも平気で売られている。消費者はと見ると、とくに気にすることなくそれを買っていく。
 これならあの肝っ玉カアチャンが気にしないのは当然である。もしも売れないのならなぜ起きるのかを研究してもらい、病気と認識されればその対策を講じるのだろうが、売れるのだから生産者にとってはとくに考える必要はないのである。

 日本ではそうはいかない。そうか病にかかっているイモは食用としても加工用としても買ってくれないからだ。
 実は、そうか病にかかっても、味も栄養分もまったく変わりはない。しかし、消費者は姿形の悪いものは買ってくれない。いっしょに並べておいたら、ちょっとでも表面に何かあると買わないので、売れ残ってしまう。そこで農協もやむを得ずそうか病にかかったものを選別する。農家もそうしたイモを取り除いて出荷することになる。農家は神経質にならざるを得ない。そこでこんな苦労をしなくともいいように、そうか病が起きないようにする研究を強く望んでいる。
 ところがサハリンはそんなことを気にしない。中身がきちんとさえしていれば何も言わない。だからそうか病のことは知らないし、研究もあまりなされていない(註2)。
 そうか病の研究をしているYHさん、サハリンで話を聞きながら、「どちらの国がよいのか考えさせられるな」と苦笑していた。

 日本とサハリン、見栄えと中身、どっちが本来あるべき姿なのだろうか。
 私はこう考える。見栄えは悪いよりはいい方がいい。いい方が食欲をそそる。だから病気にかからないように研究を続けるべきだし、農家も努力すべきだろう。そうか病がひどくなると他の病気まで引き起こして食べられなくなってしまうからなおのことだ。しかし日本のように消費者がここまで神経質になっていいのだろうか。見栄えよりも中身、そう考えるべきではなかろうか。そうでないと私のような見栄えの悪い男は困る。とはいっても、自分の中身はいいと胸をはって言えないのが辛いのだが。

(註)
1.サハリンの農業については、東京農大出版会「サハリン100の素顔―もう一つのガイドブック―」(2003年3月刊行)に写真入りで詳しくまた読みやすく記載してあるので、参考にしていただきたい。
2.もちろん、病気の研究がなされていないわけではない。たとえばジャガイモ疫病(これは世界的に問題となっている)の研究には懸命に取り組んでいる。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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