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サトイモと芋煮



                 イモ談義(9)

               ☆サトイモと芋煮

 山に自生しているイモ、だからヤマイモと名付けられた、これはよくわかる。それではサトイモはどうか。ヤマイモの名称と対比すれば、里で栽培されるからそうつけられたのだということになる。
 そうかもしれない。でもちょっと疑問になる、それではなぜサトイモは里で栽培されたのか。山の近くで栽培してもよかったではないかと。
 山形にある私の生家の地域の例でいうと、サトイモ畑はだいたい場所が決まっていた。田んぼに接しているところの畑である。そこの畑は耕すと下が湿っている。サトイモは湿気のある土地でしか育たないのでそこに植えるのである(サトイモを水イモ、田イモと呼ぶ地域があるように、湿地や田んぼで栽培している地域もある)。そのすぐ近くには前に述べたどっこん水(泉)の湧く地域がある(註1)。そしてそこには集落つまり里が形成されている。つまりサトイモはこの集落=里の近くで栽培されている。こうしたことからこんな風に私は考えてきた。
 人間は水のあるところに住む、したがって里のまわりには湿地があるいは水の便のいいところがある、一方サトイモは湿地、水を好む、それでこのイモは里でつくられるということにもなる、かくしてサトで栽培されるイモ、サトイモと名付けられたのだと。

 このサトイモとヤマイモはかなり古くから日本にあった。このことはサトとヤマという言葉からわかる。そもそも里とか山とかいう言葉は、人間が言葉を使うようになった最初のころにできた言葉なのだそうである。そしてこうした言葉はなかなか変わらず、後代までそのまま使われる、したがってサトとかヤマとかがついた言葉は非常に古い時代にできた言葉なのだと聞いたことがある。となると、サトイモ、ヤマイモはかなり古くからあったものだということになる。考古学的にはともに縄文時代から食されていたといわれているらしいから、こんなことはあえていうまでもないことなのだが。

 ところで、サトイモというと私はすぐに「芋煮」を思い浮かべる。芋煮については前にも述べたが(註2、3)、もう少し話させていただきたい。
 東京農大では秋になると収穫祭(他大学でいう大学祭)が開かれ、学生たちが自主的にさまざまな催しを開いて、市民との交流を深める。私が99年から7年間勤めたオホーツクキャンパスでも同様に開かれるが、世田谷などの他のキャンパスとは時期が違う。一般に大学祭は11月に開かれるのだが、そのころになると網走では寒くなっているので、10月の第2週の金土日に開く。大学の研究の紹介をしたり、農場の収穫物を市民に無料で配布したり、学生がそれぞれ趣向をこらした催しや模擬店を開いたりするので、市民は毎年その日の来るのを楽しみにしている。
 私が行って3年目のときである。ゼミの学生に芋煮から見た文化の違い、牛耕・馬耕と牛肉文化・豚肉文化について話したら(註3)、それは面白い、そのことを企画展で展示すると同時に牛肉・醤油を用いる山形風と豚肉・味噌を使う宮城風の芋煮をつくって模擬店で販売し、市民の皆さんに実感してもらおうではないかという話になつた。早速学生諸君は一方で各県別の一人当たり牛肉・豚肉消費量や牛耕・馬耕のことを調べたりして展示のパネルなどをつくり、他方で芋煮の作り方を家内に教えてもらうなどの準備に取りかかった。教えてもらうためにはまずサトイモを買わなければならない。そこで学生はスーパーにサトイモを買いに行った。ところが売っていない。隣のゼミの北海道出身の院生にどこかでイモを売っていないかと聞いたら、ジャガイモと間違う始末、よくよく聞いてみると、北海道ではほとんどサトイモは食べないという。そういわれてみてなるほどと思った、北海道では寒くてサトイモができないのである。だからスーパーでもめったに売っていない。
 そのとき、かなり以前に当時山形農試にいたIHさんが私に言ったことをふと思い出した。サトイモは寒さに弱く、外ではもちろん小屋においても一冬越せないほどだ、それなら食べられなくなる前に全部食べきってしまおう、ということで晩秋つまり雪が降る前に村のみんながサトイモを全部持ち寄って一杯飲みながら仕事納めの芋煮をした、これが芋煮会のそもそもの始まりなのではなかったのかと。そうすると話がつながってくる。それが前に述べた最上川沿いでの晩秋の芋煮振る舞い(註2)につながったのである(と思う)。こうしたことから考えれば北海道でサトイモが育たない、食べないということは当然あり得る。
 考えてみれば、サトイモはそもそも熱帯で栽培もしくは自生しているタロイモ類の仲間であり、そのなかでもっとも北方で生育することのできるサトイモ科の植物なのであり、その栽培は東北が限界なのである。

 さて、学生の芋煮であるが、あちこち探してようやくサトイモを見つけ、わが家に来て家内から二つの作り方を教わった。そしてサトイモの手配を店にお願いし、また牛肉文化と豚肉文化の比較を教室に展示する準備をした。いよいよ収穫祭当日となり、学生は懸命に芋煮をつくり、模擬店でそれを売り、また展示室で説明した。そのさい、山形風芋煮を宮城風よりも高い値段をつけて売った。国産牛肉を使うから高値は当然である。売れに売れた。評判がよかった。とくに山形風は高値なのに人気が高かった。三日間やって大もうけ、それで盛大な打ち上げコンパをした。それから毎年模擬店を出し、芋煮を楽しみにしてくる市民も出てきた。やがて私が網走を去ることになり、酒井ゼミの学生もいなくなるので、芋煮の模擬店はそれから開かれなくなった。風の便りに聞くと、それを寂しがっている市民もいるとのことである。
 サトイモとジャガイモ、カラガイ・牛肉と豚肉、醤油と味噌等々、地域の風土によってまた年代によって食文化が異なる、このような事例は各地に見られるのではなかろうか。

 いうまでもないが、サトイモにはいまの芋煮以外さまざまな食べ方がある。味噌汁などもうまい。ダイコンの千切りとサトイモの味噌汁などはまさに秋の味覚、私の大好物である。
 なお、味噌汁といえば、ヤツガシラである。サトイモの品種の一つで、親イモと子イモがいっしょになっているのが特徴であり、この上についた茎の三~四㌢をそのまま残しながらイモを薄切りにして味噌汁に入れて食べる、これはまたおいしい。なお、この茎を煮て酢の物にしても食べる。
 茎と言えば、それを干して乾燥させたもの、これをイモガラと私たちは呼んだが(ズイキと一般的には言われている)、この味噌汁もおいしい。なお、このイモガラは納豆汁には不可欠である(註4)。


 このようにおいしいサトイモだが、問題はイモ洗いだ。これはけっこう大変である。ぬるぬるつるつる、しかも手がかゆくなってくる。大家族で量が多いとなおのことである。
 そこで使うのが大きな桶とX状に組み合わせた二枚の板である。まず、桶に少量の水とサトイモを入れる。そして二枚の板の上部をそれぞれ手でもち、下部を桶のなかに入れ、両手を交互に前後に動かしてイモをこする。そうすると表皮が少しずつとれてきて、やがて白くきれいになる。これはきわめて合理的なのだが、時間はかかる、腕は疲れるで大変だった。
 今は家族員数が少ないので、包丁で皮をむくとか、電子レンジでチンとかしているようだが、この皮むきがもっと簡単にできるようになるともっと需要が増えると思うのだが。
 なお、さっき言った収穫祭の芋煮のさいには学生諸君が包丁で皮をむいた。しかし何しろ数が多い。かなり時間がかかる。ある女子学生が言っていた、何時間もじっと座って黙ってイモの皮をむいていると哲学者になると。そうかもしれない、となるとうちのゼミの学生は優秀な成績で卒業できるはずだ、などと冗談を言い合ったものだったが、必ずしも優秀な成績で卒業していないので、哲学者説は誤りかもしれない。
 もう一つの問題は、たまにえぐ味があるのにぶつかることがあることだ。私たちはそれを「ゆごい」といったが、加熱すると大丈夫というけれども、やはりときどきこのゆごいのにぶつかることがある。この解決も考えてもらいたいものだ。

 ヤツガシラは水盤に入れて鑑賞する。これは本当にきれいだ。まさに日本の文化の粋である。
 雨が降ると、水滴が真珠のように丸くサトイモの葉っぱの上に残る。これを子どもたちは珍しく見ながら、葉っぱからころころと転がして遊ぶ。こんな遊びも、伝統的な美的感覚も、子どもたちに伝えていきたいものだ。

(註)
1.12年7月27日掲載・本稿第四部「☆もらい水からペットボトルへ」(1~2段落)参照
2.11年9月28日掲載・本稿第三部「☆食の格差の変化」(2段落)参照
3.12年3月26日掲載・本稿第三部「☆地域に誇りをもたない風潮」(3段落)参照
4.11年9月26日掲載・本稿第三部「☆食の地域性」(1段落)参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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