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トウモロコシ・トウキビ・コーン



                   雑穀談義(6)

               ☆トウモロコシ・トウキビ・コーン

 われわれになじみの深いトウモロコシ、この名前は「トウ=唐」と「モロコシ=蜀黍」の合成語であることは容易に推定できる。しかし、そもそもモロコシは「唐土(もろこし)」を意味したもの、これと「唐(とう)」とくっつけたら中国を意味する言葉を二つ合わせた重複表現ということになる。もちろんそれでも問題はない。トウモロコシが日本に入ってきた17世紀にはモロコシは国の名前と言うより作物名として確立しており、その作物がモロコシに似ていて、しかも外国、その代名詞となっていた唐から入ってきた植物ということでトウモロコシという名前になったもので、そうおかしなものではないからである。しかしそれでもやはりおかしいということでいつのころからか「唐」を「玉」に変えて「玉蜀黍」とするようになったとのことである。
 これもよく知られていることだが、トウモロコシは「トウキビ」ともよばれている。トウモロコシは茎葉がキビと似ており、キビより遅く外国から渡来したので、当時外国を現わす言葉である唐から来た黍ということで唐+黍=トウキビとなったものと容易に推測できる。東北や北海道ではかつてトウキビと呼んでいたと思うのだが、いつごろからトウモロコシが普通になったのだろうか。他の地方ではどうなのだろうか。
 なお、私の生家のある山形ではトウモロコシを「トギミ」と呼んでいたが、これはトウキビからきたものだろう。キビはその昔「キミ」とも呼ばれていたとのこと、それで「トウキミ」となり、そのなかのキが山形風に濁音になり、ちょっとつまって「トギミ」となったのだろうと考えている。なお、前にも述べたが岩手県葛巻ではトウモロコシをチミと呼んでいるという。
 しかし、トウモロコシはモロコシやキビの仲間ではない。もちろん同じイネ科ではあるが、モロコシ、キビと属は異なってトウモロコシ属である。その起源地も違っていて、モロコシはアフリカ、キビはアジア大陸中央部、トウモロコシはジャガイモやトマトと同じ中南米とのことである(註1)。そうしたことからであろう、トウモロコシの花や穂の形、受粉の仕方はモロコシ、キビとはかなり異なっている。また、モロコシ、キビは成熟した種実を食べるのだが、トウモロコシの場合は成熟した種実だけでなく未熟のものも食べられるということでも異なっている。

 1970年代後半からではなかったろうか、大型のリュックサックを背負って長距離列車に乗って旅をするのが若者の間に流行した。彼らはカニ族と呼ばれた。当時のリュックは横長だったために車内を歩くときは横歩き、カニが歩くのと似ていたからである。このカニ族にもっとも人気のあったのが北海道だった。彼らは札幌に着くとまず大通公園に行った。そして「焼きとうもろこし」を食べた。これはうまかったという。それでトウモロコシといえば北海道ということになった。
 たしかに北海道のトウモロコシはおいしい。夏休みが終わって8月末に仙台から網走に帰ると、まず家内は農家がやっている直売所にトウモロコシを買いに行く。さわやかな秋空(北海道は夏休みが終わるともう秋だ)のもとに広がる畑、その向こうに遠くくっきりと浮かぶ知床半島の山々を見ながらほとんど車の通らない道路を走る、何とも気分がいい。そしておいしいトウモロコシをたくさん買って家に帰ってゆでる。早速熱々の一本を食べ、残りはラップして冷蔵庫に入れ、いつでも食べられるようにしておく。これが家内の楽しみの一つだった。
 北海道を訪ねてくる家内の友人はそのおいしいトウモロコシ畑が延々と続くのに驚く。しかしそこで家内は冷や水をかける、あれはトウモロコシの一種ではあるが、青刈りして牛の餌にするデントコーンだと。ちょっとがっかりするが、さすが酪農王国とみんなは納得する。
 そうなのである。トウモロコシと言っても、その品種から用途からいろいろとあるのである。

 トウモロコシというと、黄色くて柔らかい小さい粒粒が整然と並ぶ実が緑の皮に包まれており、その皮をむいてゆでたり焼いたりして食べると非常に甘い果菜であると今のわが国の消費者の多くは考えている。
 しかし今店頭に並ぶこうしたトウモロコシは1970年代ころから普及し始めたスイートコーンであり、その前のトウモロコシの種子の色は黄・白・赤茶・紫・青・濃青、その斑などさまざまだった。粒も大きく、固かった。甘味も少なかった。もちろん甘いものの少なかった頃、甘くは感じたが、実の上の方は粒が小さく柔らかくしかも甘いので、子どものころはそこの部分から食べたものだった(今は上から下まですべて柔らかくて甘いが)。
 このように焼いたりゆでたりして食べるトウモロコシ、これはまだ実の熟していないものである。だから農水省ではこのような食べ方をするトウモロコシは穀物のなかに入れず、野菜の一種として取り扱っている。なお、さきほど述べた青刈りのデントコーン、これは食用作物ではないので、飼料作物として位置付けられることになる。

 このような未熟トウモロコシを食べる日本、これは世界的に言うと少数派である。世界的には完熟した固い実をつぶして粉にし、それを練って煮たり焼いたりして食べるのが普通で、トウモロコシは世界の三大穀物の中の一つ、その起源地である中南米などではそれを主食にしている人々も多い。
 日本でもかつては穀実用としてもトウモロコシを栽培しており、戦後も5万㌶くらい栽培していた。完熟したトウモロコシが皮を下までむかれ、その乾燥した皮で農家の軒先や納屋の中に吊り下げている(註2)風景がよく見られたものだが、煮て粥にしたり、石臼で粉にして団子などにして食べたという。しかし、私の生家でそうやって食べた記憶はない。トウモロコシを小屋の軒先に吊るして干してはあったが、あれは来年の栽培のための種子用として乾燥・保存するためではなかったかと思う。
 なお、バクダン(爆弾あられ・ポン菓子)の行商の人(註3)が春先に回ってくるとトウモロコシの殻から取った実をざるに入れて持って行き、バクダンにしてもらったことは覚えている。種子用にするより多かったものを子どもたちのおやつにと祖母がバクダンに回してくれたのだろう。
 それから一銭店屋(子供向けの駄菓子屋)でもトウモロコシのバクダンを売っていた。今のポップコーンと違って大きく、不恰好だったが、何か甘味料をちょっと入れているらしく、甘くておいしかった。
 こうした穀実用のトウモロコシ栽培は1960年代から急減し、今はほとんど見られなくなった。

 ちょうどそのころの60年代、コーンフレークなるもののテレビコマーシャルが流れた。私などは初めて見たものだが、そのころの若者のなかには戦後の学校給食で経験しているものもいた。トウモロコシからつくったものでアメリカでよく食べるものらしい、それに牛乳をかけて食べる、ああいう食事をするからアメリカ人は背が高くスタイルがいいのだろう、こういう戦後日本人の劣等感もあったせいか、パンと牛乳と並んでこれが朝飯として一時期大流行した。
 コーンスープ、こんなものも家庭で食べるようになり、ポップコーンがかつてのバクダンに代わって売られるようになってきた。大体コーンと名のつくものは原料にしても加工品にしてもすべてアメリカからの輸入だった。
 やはり同じ1960年代、コーンスターチという名前がサツマイモ栽培農家の間で飛び交った。コーンスターチとはトウモロコシの澱粉のことで製菓、料理、食品工業で用いられるもの、前にもちょっとだけ触れたが(註4)、これがアメリカから輸入されるようになって澱粉原料としてのサツマイモの生産は壊滅的な打撃を受けた。
 もう一つ、これも同じころから、家畜の飼料として粉砕したトウモロコシの穀粒が配合飼料の主原料として大量に輸入され、とくにそれは豚、鶏の飼育で多く使用されるようになり、もしも輸入が途絶したら日本の中小家畜はほとんど餓死すると言われるくらいに輸入に依存するようになった。

 いうまでもなく、コーンはトウモロコシのことである。それはみんな知っている。しかし、多くの人にとってはトウモロコシは焼いてあるいはゆでて食べるものであり、コーンと名がつくものはトウモロコシの粒粒が見えないのでやはりそれはコーン、何か別物のように考えてしまう。飼料として輸入されるトウモロコシも家畜の胃の腑におさまってしまうので見えない。
 したがって多くの人は現在日本は世界最大のトウモロコシ輸入国であること、その輸入量の9割がアメリカからであることを認識していない。何の疑問も持たずに食べている。
 そして言う。スーパーなどに行けばあれだけ国産の生鮮野菜や果実、畜産物が並んでいるではないか、輸入物など少ないではないか、だから少々外国から輸入しても日本の農業は大丈夫ではないかと。しかし、コーンと名のつくものを始めとする農産加工品もしくはその原料、畜産物の中身となっている餌、これはほとんど輸入なのである。
 ただ救いは、未熟で食べるトウモロコシの自給率はほぼ100%だということだ。
 それにしても穀粒としてのトウモロコシの輸入がこんなに多くて果たしていいのか、畜産のあり方や食生活のあり方がこれでいいのか、改めて考える必要があろう。
 もう一つ考えなければならないことがある。それは、巨大アグリビジネスが種子の販売を通じて世界のトウモロコシ輸出国の生産を支配し、さらに遺伝子組み換えトウモロコシを栽培させていることだ。こうしたトウモロコシが加工食品で使用され、食卓に上ったり、おやつになったりしている。表示しなくともよいので、それをわれわれは判断できない。それでいいのかも考えてみる必要があろう。

(註)
1.サトウキビの起源地はニューギニアとのことである。
2.湿気で悪くならないようにするため、またネズミなどに食べられないようにと吊り下げたものである。
3.11年1月26日掲載・本稿第一部「☆季節の行事、祭り」(2段落目)参照
4.13年1月31日掲載・本稿第五部「☆サツマイモ、食糧難、蔓」(6段落目)参照

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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