Entries

サクランボのつぶやき―四半世紀も前のこと―



               ★サクランボのつぶやき―四半世紀も前のこと―

 予定では今回から水田と水稲に関する補論を述べることにしていたのだが、ちょっとここで寄り道をさせていただきたい。サクランボの産地山形の出身者としてどうしても早く言っておきたいことが出てきたからである。

 先日の日本農業新聞にこんな記事が載っていた。TPP推進派の会議で、ある国会議員が「山形のサクランボは、アメリカンチェリーが入って来るということで、品種改良に品種改良を重ねて今の『佐藤錦』につながっている」と発言したと(註1)。だからTPPに加入した方が農業にはいいのだと彼はきっと言ったのだろうが、農業新聞の記事はそれに続けて佐藤錦が開発されたのは大正時代で1928(昭和3)年に命名されたものだと指摘し、それを50年も間違えている(もしかすると意図的?)ような人にTPP推進など言われたくないとばかりに皮肉っていた。
 実は、この国会議員の言ったような自由化されてもがんばれば大丈夫、サクランボが証明しているというようなことは、今から四半世紀前にアメリカンチェリーの輸入が自由化された後にも言われたものだった。性懲りもなくまた同じようなことを(しかもウソを交えて)言っているわけだが、こんなことで一般の方に誤解されては困る。それではサクランボもかわいそうだ。何か反論したい。
 と考えたとき、ふと思い出した。ちょうどそのころ、そうした見解についての私の考えを『農林統計調査』という雑誌に執筆していたのである(註2)。1990年のことなのでちょっと古いが、読み返してみたら、今も通用するようである。それで、ここにそれを改めて紹介させていただき、山形出身者、サクランボ愛好者としての責務を果たさせてもらいたい。

          ***********

 六月の中旬は、サクランボが美しい季節である。濃緑色の葉のなかに、鈴なりの桜桃(おうとう)色(こうしか表現のしようがない)の宝石のような実が、ひっそりと顔をのぞかせる。まだ見たことのない方は、ぜひ山形に見にきていただきたい。そして季節の味、初恋を思い起こさせる甘酸っぱい味を満喫してもらいたい。
 同時に、サクランボの次のようなつぶやきを聞いていただきたい。

 「最近、私どもサクランボにことよせて、農産物輸入自由化反対ナンセンスをとなえる人がいるので困っています。
 この人たちは次のようにいいます。
 『数年前サクランボの自由化反対運動が激しく展開された。しかし、その後輸入が拡大しても、たいして影響を受けていない。それどころか、自由化の声に刺激されて販売を伸ばしている。このことは、農産物が自由化されても、農業はそれほど打撃は受けず、それどころかかえってよくなることを示している。したがって自由化反対運動などナンセンスだ』と。
 たしかに輸入拡大で私は大きな打撃を受けませんでした。
 しかし、それにはそれなりの理由がありました。私とアメリカのサクランボは名前が同じでも質の違ったものだったんです。また、季節感や可愛さを味わうという日本人がいだく私のイメージにアメリカものは合いませんでした。だから私に対する需要は減らなかったんです。
 こうした特殊事情を他の農産物にすべて当てはめ、自由化しても大丈夫などとはいえないのではないでしょうか。
 そういうと、自由化が刺激になって農家が努力するようになったのだから、刺激を与えるためにも自由化はいいのではないかと反論されるかもしれません。
 たしかに、近年農家や農協の方が、従来の加工から生食への転換、全国に向けての販売の努力を展開し、私の生産と販売を伸ばしております。
 しかしそれは、自由化がなくとも、いずれはやらなければならなかったことでした。旧態依然としていれば、私は売れなくなり、じり貧になる時期が近づいていたからです。そこから脱却しようとする努力の時期が、たまたま自由化問題の時期と一致しただけなんです。
 そういうとまた、次のように反論されるかもしれません。
 アメリカものと競合せず、打撃を受けなかったのなら、何も自由化反対運動などしなくともよかったではないかと。
 しかし、たとえ私どもサクランボに打撃を直接与えなかったとしても、消費者がアメリカサクランボを買った分だけ、他の国内産の果実を買わなくなったわけですから、日本農業に悪影響を与えていることは疑いありません。また、アメリカは日本の世論を見ながら輸入自由化を迫ろうとしていることからして、何の反対もしなかったら、他の農産物の自由化を一挙に進めることになったでしょう。日本農業をまもるためには、やはり反対運動を展開する必要があったんです。
 また、次のことも考える必要があります。農家と農協の激しい自由化反対運動が、消費者に私どもサクランボをアピールさせ、そのよさを再確認させ、これが販売の伸びを可能にする一因となったことです。もし反対運動を展開しなかったらこうはならなかったでしょう。
 さらに、何とかしてアメリカサクランボに勝とう、追い出そうという意識が形成され、そのために農家と農協の方が一致協力し、品質の向上のための雨よけ栽培の導入を始めとする新技術の導入、輸送方法の改善、全国に向けての販売戦略の展開に取り組み、こうしたなかで消費を拡大したことも、反対運動の成果でした。
 そして、放置しておけばアメリカのサクランボを食べたかもしれない人々に、私を食べさせ、その分だけアメリカサクランボを追い出しました。
 反対運動はけっしてむだではなかったのであり、絶対に必要なものだったと思うのです。
 そうなれば、私どもサクランボの生産者と農協の方には、これからもアメリカサクランボに対するきちんとした検疫や関税等の国境措置をとらせていく運動を積極的に展開していってもらわなければならないことになるでしょう。
 同時に、予定されている本格的自由化に対して生産、販売両面での努力をさらに強力に展開し、アメリカサクランボを追い出していってもらわなければなりません。そのために、私の高給品イメージを維持すると同時に、大衆化も図っていくという矛盾した難しい課題に取り組んでいただきたいものです。

 おそれ多いことですが、私どもの経験を一般化させていただければ、外国農産物を国内に入れず、日本農業をまもっていくためには、次の二つの取り組みが必要となると思います。
 まず第一は、農産物自由化反対運動をこれからも強力に進め、アメリカや財界の圧力をはねかえし、政府に国境措置をきちんととらせていく運動を消費者と手をつないで展開していくことです。
 そのさいには、当然のことですが、近年のまちがった国際化論に反撃していかなければなりません。たとえば、アメリカのいうことが即国際世論であるかのごとく、農業の国際化は時の流れであるかのごとく考えさせる近年のマスコミ等の宣伝にきちんと反論していく。また、いま進められようとしている農業の国際化なるものが一体誰のためのものなのかを消費者に理解してもらう。さらに、真の国際化は、世界各国の食糧自給率の向上と国内での完全雇用の努力の上にたって始めて可能となるものであることを理解してもらう。こうしたことが必要となると思います。
 第二は、農家や農協の方が、消費者の需要を的確に把握し、また需要を創造し、国内で生産したものを買わせることによって、消費者が外国農産物を買わないようにしていく努力を展開することです。つまり、地域農業を発展させて日本のまともな農産物を国民に供給することにより、外国農産物を排除していくのです。
 そのためには、生産面での努力はもちろんのことですが、販売面での努力が一層必要となります。販売努力で消費者を把握していくのです。
 そのさい、農家と農協の方は、最終消費まで責任をもつようにしていただきたい。市場に出してしまったら後は知らん顔では、外国農産物と同じであり、消費者と真に結びつくことはできません。
 そして、農家と農協の方は、おおいに消費者獲得のための競争を展開していただきたい。つまり産地間競争をやってもらいたいのです。
 もちろん、本来からいえば、産地間競争は決して望ましいものではありません。これは他の産地を、農家をつぶしていくものだからです。
 しかし、現時点では、産地間競争は、おたがいに切瑳琢磨しあって消費者を獲得し、外国農産物を排除していくためのものと理解すべきだと思います。競争のなかで協力して消費者を獲得し、国内農産物を多く食べてもらい、それを通じて日本農業をまもり、発展させていくためのものなのです。

 私は、この日本の土地で生きていきたい。自由化で伐られたくありません。そしてもっともっと多くの方に、私どもサクランボの美しさ、うまさを味わっていただきたい。なにとぞよろしくお願いいたします」。

 このサクランボのつぶやきに何とか応えたいものである。

          **************

 こんなことを書いたのだが、今読み返してみると未熟この上なし、また時間も経過しており、書き直したいところが多々ある。しかし、サクランボの輸入問題についての四半世紀前と同じ誤解というかデマというか、そんなものをいまだに信じ、しかもそれを声高に叫んで国民をごまかし、TPPを推進しようとするような人々には、当時書いた程度の反論で十分だろうと思ってここに紹介させていただいたものである。TPPを考えるさいの参考にしていただければ幸いである(註3)。
 ついでと言っては何だが、もう一つだけ、最近のことについて次回書かせていただきたい。

(註)
1.2013年3月2日『日本農業新聞』
2.『農林統計調査』(農林統計協会刊)1990年7月号、2~3頁
3.TPPに関しては下記でも触れているので参照されたい。
  12年9月19日掲載・本稿第四部「☆TPPとアジアの富裕層のための農業の勧め」
  12年9月21日掲載・ 同 上 「☆内外の富裕層のための医療の勧めと農山漁村」

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

訪問者

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

QRコード

QR