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農業と土地、地力



               水田と水稲・補論(1)

               ☆農業と土地、地力

 前に述べたように、畑作物の栽培にさいしては連作障害の回避をまず考えなければならない(註1)。そしてジャガイモ―ムギ―ビートとかヒエ―ムギ―ダイズ(註2)とかの作目交替=輪作や焼畑式のような地目交替=輪換(註3)などを行うことが必要となる。
 ところが、わが国の主作物たる水稲は、水田に一年一作で連作されてきた。熱帯地方では一年二作、三作で連作されている。
 このように、同一主穀を毎年連作するとなれば、当然「地力」=「作物を育てる土地の能力」の消耗が激しくなり、連作障害が引き起こされるはずである。ところが、水田で栽培される水稲の場合はそれが起きない。それは水稲という作物の性格と水の機能によるものである、と簡単に前に述べたが(註1)、それは具体的にどういうことなのか聞きたいという方がおられた。そこで、少し理屈っぽくなるかもしれないが、ここでちょっとだけ説明させていただきたい。
 その前提として、「地力」についてまず説明させていただく。

 いうまでもなく、農業は土地を不可欠の生産手段としている。もちろん土地はあらゆる生産の基礎をなすものであるが、農業においては特殊的に重要である。農業の対象とする農作物は土地の上で、つまり土地の表面積を年々反復利用して生育させられるものだからである。
 そしてこの土地は、農業生産において次のような機能を果たしている。
 まず第一に労働を投下する場、作業の場として機能している。そしてこの善し悪しはとりわけ農業の労働生産性を強く左右する。
 第二に、土地は作物を成育させるための装置として機能している。つまり、作物を支え、作物が根を張って水分や養分を吸収させるための装置、また水分や養分を入れ、保持しておく容器としての能力をもっている。そしてこの能力は農業の土地生産性、つまり土地単位面積当たり生産量を大きく左右する。
 第三に、土地は植物の成長、生産物の形成にとって必要不可欠な養分を与える能力をもっている。土地は、基本的には化学的性質をもった土の粒子からなるが、それに付随して切り離せず存在している水、空気、無機物、有機物、微生物等からも構成されており、それ等は養分として植物の形成に寄与するのである。この能力も農業の土地生産性を大きく規定する。
 土地は、以上述べたような機能を果たす能力をもっており、それを利用して農業がいとなまれるのだが、ここに農業における土地の独特の重要性がある。
 こうした土地のそもそも持っている能力=本源的な能力を発揮させるために、人間は自然の土地に働きかけて、たとえば生産にじゃまな草や木、石を除去したり、地表面を平らにしたりして農地にする。つまり、農作物の栽培を目的として人間の手の加えられた土地=「農地」を造成する。そして人間は、この農地に作物を栽培し、土地のもつ能力を発揮させて、食糧を始めとする人間の基礎的な生活・生産資材を供給しようとした。
 しかし、そのときに人間は大きな問題にぶつかった。生産を続けているうちに、つまり土地を使用し続けているうちに作物を育てる土地の能力は劣化し、生産量は激減してしまうのである。

 この土地の能力=地力の劣化には、まず土地に含まれている栄養分の消耗がある。
 自然の状態であればそのようなことはない。植物が吸収した養分は、植物がその生えた土地で枯れることによってまたもとの土に戻されるからである。それどころか養分が増える。何年も植物の再生産が繰り返されているうち、土壌中から得た養分に太陽から得たエネルギーにより生産された養分の加わった植物が土の中に腐植として少しずつ蓄積していくので、養分が増えていくのである。つまり有機物は単純再生産ではなく、拡大再生産されるのである。
 ところが、栽培した植物は育った土地以外の場所に人間が持っていって食べたり、衣服にしたりして消費される。これでは土から吸収された栄養素はもとの土地に戻らない。つまり人間が栄養分を自然から略奪したことになる。その結果、何年も作物を栽培していると栄養分がなくなってしまう。
 この土壌中の栄養分の減少は農地が裸地状態にあることによつてももたらされる。植物は土壌のうちの表土(註4)でもって成育するのであるが、その自然の表土が裸地状態の農耕地に、つまり草木や落ち葉などで覆われないむきだしの状態の土地にされることで、直接太陽と大気にさらされるようになる。その結果、森林や草原にある表土と違って有機物の分解が急速に進み、養分が減少してしまうのである。なお、雨量に比して蒸発散量が多い地帯いわゆる乾燥地帯では、裸地化した耕地に塩類が集積して農作物はもちろん野生植物も生えなくなり、不毛化、砂漠化することすらある。
 そればかりではない。裸地化した結果直接雨にさらされるので、雨滴の衝撃作用を直接受け、土地の表面に目詰まりが生じて雨水の浸透が妨げられ、表面を流れる水の量を増やすために表土が川や海に流出するようになる。また裸地状態であることから風で表土が飛ばされてしまう。こうした表土流亡ともに養分が流出するのである。
 次に、何年も作物を栽培していると、土地が膨軟さを失って、つまり土地の物理性が悪くなって植物の根の張り具合が悪くなり、十分に栄養分が吸えなくなって収量が落ちたり、播種等の作業がしにくくなったりする。
 それから、耕地(裸地となった畑地や水田)に適する雑草、つまり耕地雑草が繁茂するようになってくる。自然生態系のもとではそんなことはあり得ない。自然の土地には耕地雑草ばかりでなく、それと異なる性質をもつ他の多様な草が存在しており、それによってその蔓延が抑えられるからである。つまり耕地雑草蔓延の抑制メカニズムが働くのである。しかし耕地にはそれがない。それで一斉に耕地雑草が生える。しかもその種子が毎年毎年耕地にばらまかれ、それが増えてくるから、その繁茂はさらに激しくなる。その結果、繁茂した雑草で耕地の養分が奪われたり、日光が入るのが妨げられたりして収量が落ちる。また雑草によって収穫がしにくくなるとか、生産物に雑草の種子が入ってしまって利用しにくいとかの問題も引き起こされる。
 さらに大きな問題は、病原菌や害虫が大発生することである。一定面積の中に同じ作物が集団的にまとまって生育しているのだから、その作物を好む病害虫や菌が大量に発生するのは当然のことである。自然の野原のようにいろいろな植物や動物があれば病原菌や虫の蔓延が抑えられるので大量発生することは少ないが、耕地にはじゃまするものがない。しかもその菌や卵が土の中に大量に残存する。その結果大きな被害を受け、収穫皆無にすらなる。
 こうした作物を育てる土地の能力の低下つまり地力の低下は、とくに連続して同じ作物を栽培すると、つまり連作するとさらに激しくなる。それどころか不毛の地にすらなってしまう。その原因については前に述べた(註1)ので省略するが、この連作障害をどう回避するかが農業の大きな問題となった。

 これを解決するためにまず考え出されたのが施肥であった。家畜や人間の糞尿、林野から採集した生草、落ち葉等を腐熟させて土地に投入し、人間が収奪した土地の肥沃性、土壌構造を回復するのである。
 次に耕起である。耕すことで土壌の物理的・化学的構造の悪化を回復し、根の張り具合、水や空気の浸透をよくする。またより下層の土の養分の利用を可能にして自然的地力を有効利用し、あるいは堆肥を土のなかにすきこむことでそれを効率よく利用する。さらに掘り起こすことで雑草の除去を図る。
 また、条播・中耕がある。乾燥地帯ではこれで土中の水の表面への移動を抑えて地面からの蒸発を防ぎ、保水機能を回復させると同時に塩類の地表への上昇、集積を防ぐ。また湿潤地帯では作物を畝につくってその成育期間中に畝間を耕し、雑草を地中に埋め込む。
 さらに輪換体系=地目交替がある。何年間か耕地として利用して収量が落ちてきたら、作物の栽培をやめて耕地を林地とか草地とかにし、何年間かして自然循環のなかで地力が回復してきたら、また耕地に戻して作物を栽培するのである。前に述べた焼畑式(註3)などはその典型例であるが、また何年間かして収量が落ちてきたら林野に戻すというように、地目を交替して地力の回復を図るのである(註5)。
 それから、前に述べた輪作体系=作目交替の採用がある(註1)。同じ土地に性質の異なるいろいろな作物を組み合わせて栽培することにより、いわゆる連作障害を回避し、土地の能力を維持するのである。畑作にはこれが不可欠であった。なお、中世の西欧では大麦―小麦―休閑という三圃式農法が長い間とられてきた。「休閑」、つまり畑に一年間何も作付せず、その間畜力で何回か耕起・除草し、また家畜の糞尿を散布することで土地の能力の回復を図り、連作障害を回避してきたのである。
 こうしたいろいろな方法を組み合わせることで人間は人為的に地力を回復してきたのであるが、水稲については連作がなされてきた。それは、水稲の生物学的性質と水のもつ独自の機能、それを発揮させる水田での栽培によるものだった。
 (次回は4月5日掲載とする)

(註)
1.このことについては下記の記事で述べたが、それを参照しながら今回の記事をお読みいただければ幸いである。
  13.年1月21日掲載・本稿第五部「☆なぜ『ジャガイモ―ムギ―ビート』?」
2.12年10月29日掲載・本稿第五部「☆東北の山村の農用地利用方式」(2段落目)参照
3.11年3月25日掲載・本稿第一部「☆残っていた焼畑農業」参照

4.土壌層のうち最上層部にある土壌のこと。地表の岩石が何億年あるいは何百万年かけて風化され、それに動植物がつくりあげてきた有機物が付加されてつくられた土壌である。この「表土」なしでは植物は育たない。このような表土は地球上の表面に本当にわずかしかない。地球からすると人間の表皮の厚さにもならないくらい薄いもので、体積をもたない面積と同じといってもいいくらいである。だから、農業は「土地の表面積」を利用すると言われるのである。なお、表土のうち実際に耕作に供される土地、つまり耕起や施肥等の管理がなされていて、作物に根を張らせ、養分や水分を吸収させる役割を果たす土壌の層のことを、「耕土」もしくは「作土」と言う。また、この下にある土壌の層のことを「下層土」もしくは「心土」と呼んでいる。
5.草地と畑地の輪換の一例について下記記事で触れているので参照されたい。
  11年7月27日掲載・本稿第二部「☆露地野菜・花卉産地の形成」(3段落目)
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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