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水稲連作―稲・田・水・人の共同作品―




                  水田と水稲・補論(2)

              ☆水稲連作―稲・田・水・人の共同作品―

 水稲は湿生植物であり、その生育のためには大量の水とその湛水状態での利用が必要とされる。そのために、水稲は水田という特殊な耕地で栽培されている。
 すなわち、水稲の栽培のためには豊富な水が必要であり、しかもその水を湛えておかなければならない。この湛水のためには水が流出しないように土手・堤をつくらなければならないが、水田はその堤の役割を「畦畔」(「あぜ」、「くろ」とも呼ばれている)に果たさせる。つまり、田のまわりに30~40㌢の高さに土を盛り上げた畦畔をつくり、それに土手・堤の役割を果たさせ、同時に作業用、管理用の道路並びに境界としての役割を果たさせるのである。なお、この畦畔の幅は、あまり広いと稲を植える土地が狭まるので、人が通れるほどにしている。
 この畦畔で水田を囲って水が流れ出ないようにするのだが、それだけではだめで、漏水しないようにもしなければならない。水が表土を通って地下に漏れ、どんどん浸透していったら水を貯めることはできないからである。そこで耕土の下の土を固めて「耕盤」をつくり、水が簡単に地下に漏れないようにする。
 さらに水田の中のある場所は凹んでいて水が深くたまり、ある所は高くなっていて水がたまらないというのでは困るので、地表面を均平にする。
 こうした畦畔・耕盤・均平な地表面という「湛水装置」をそなえているのが水田なのである。

 ところで、このように湛水するためにはどこからか水を引いてこなければならない。つまり灌漑が必要となる。天水つまり自然の雨を待つだけでは必要な水が得られないからである。それで河川や湖沼から、あるいは人為的につくったため池や堰などから、用水路を通じるなどして水を田のところまで引いてくる。そしてそれを畦畔の一部を切ってつくった水口(みなぐち)つまり水の出し入れ口から田圃に入れて湛水することが必要となる。つまり水田に用水路、水口等の「灌水装置」を備えるのである。
 もう一つ、水田が備えていなければならないものに「排水装置」がある。水が多すぎたら稲が冠水して腐ったりするからである。また湛水状態では作業しにくいこともある。収穫時期などはとくにそうである。そこで、もう一つ余分な水を落とす水口とその水をよそに流してくれる水路、つまり排水路が必要となる。そして排水したいときは用水の水口をふさいで水が流入しないようにして、排水の水口を開ける。水を貯めたいときはその逆にするのである。

 わかりやすくするためにこの水田を模式図にして下に書いてみたので参考にしていただきたい。なお、この平面図では畦畔を四角にめぐらし、水田の区画を四角形にし、また用水路と排水路を別にしている。これはわかりやすくするためにしたもので現実は異なり、とくにかつては地形に合わせて畦畔や水路をつくったので、複雑多岐にわたる形をしており、用排水路が分離していなかった。このことについては次回また改めて述べる。

 このように水田は、水を湛えるための畦畔と耕盤、表面を均平にした耕土を備え、さらに灌水するための用水路と水の取り入れ口、排水するための水の排出口と排水路とを備えている。
 この水田、つまり「水稲栽培を目的としてつくられた、灌水・湛水・排水装置をそなえた特殊な耕地」(註1)でもって、水稲は栽培される。
 そしてこの特殊な土地で水の能力、水の独自の機能が発揮されてはじめて稲作生産が可能となるのである。

 それでは水の独自の機能とは何か。
 そもそも水は植物体に吸収されて植物の不可欠の一部をなすという機能をもっており、また植物の養分を溶解して可給性養分に変えて植物体内に運搬する機能をもっている。
 しかし、水稲に対してはこうした一般的機能の他に次のような特別の機能を果たしており、それが連作障害を回避させるのである。

 まず湛水状態下の水、つまり田んぼに湛えられている水は、田んぼの土地と水稲の生育に対して次のような機能を果たす。
①土壌有機物分解抑制機能
 湛水により土壌中への酸素の補給が少なくなるので微生物の活動が弱まり、有機物の分解が抑制されるので、畑地のように直接日光や空気にさらされて有機物が分解されることが少なく、水稲に必要な養分が消耗してしまうことが少ない。
②稲に必要な養分の保存、溶解、供給機能
 この水の機能は他の植物に対しても同様に作用するのであるが、稲に対しては湛水によりその機能がとりわけ強く作用する。とくに、稲の必須元素であるリンを溶解して吸収され易くし、稲に必要なケイ酸を分解して供給する。また、水中に生じる藻類による窒素固定で養分のむだな流出を抑える。
③土壌酸性化抑制機能
 湛水のために土壌中の酸素は少なくなるが、その少ない酸素が土壌生物により消費されるため土壌は還元状態となり、鉄化合物を安定させ、土壌酸性を中和する。また過剰な塩類を溶かして土のなかに浸透させたり流出させたりする。したがって水田には畑のような酸性害、塩害がほとんどない。
④病害虫防除機能
 水中微生物の活動により有害物質を分解し、連作障害の主役である線虫やかびの成育を困難にする。
⑤雑草防除機能
 湛水状態では陸生雑草が生えず、水生雑草は生えるがその量はたいしたことなく、雑草の乾物量は水田の場合畑状態にくらべて約6分の1といわれている。つまり水は雑草を防除する道具の役割を果たす(註2)。

 次に、灌漑・排水される水、つまり流水としての水であるが、それは土地と水稲に対して次のような役割を果たす。
 ①養分の運搬機能
 流水は他地域の雨水や地下水を集めながら林野等の他の地目の土地を通過してくる。その過程で他の地目の養分を水自身のなかに溶解し、運搬してくる。つまり流水は他の土地の地力を移転させる力、肥料の天然供給力をもつ。
 ②植物の不要分の排出機能
 流水とともに塩類、病原菌を排出させ、厭地現象、連作障害を回避させる。
 ③砕土効果機能
 流水により土壌が粉砕される。

 このように、湛水・流水状態下の水は連作障害を回避させる役割を果たしており、水田はこうした「水のもつ地力維持機能を発揮させる装置」として機能することにより、水稲の連作障害を回避させるのである。
 さらにもう一つ、水田は「土壌流亡を防ぐ装置」としての機能ももっており、その面からも水稲の連作障害を回避させる。これは流水としての水の能力に関連しているのであるが、それについてかつてのエジプトの農業と対比させながらちょっとだけ説明しておく。

 古代エジプトのナイル川流域農業における地力維持は、今述べた流水としての水の能力を利用することによってなされていた。
 いうまでもなくエジプトは熱帯、乾燥地帯に位置しており、雨量に比して蒸発散量が多い地帯である。そのために農耕を続けていると土地に塩類が集積し(註3)、その結果植物を育てる装置としての土地の能力が失われ、やがては農作物はもちろん野生植物も生えない土地となる。ところが、ナイル川の流水は氾濫を通じてこの問題を解決してくれる。つまり雨期に降った上流の大雨が約一ヶ月かけてナイル河口に到達し、大洪水を引き起こす。その氾濫した川の水が土に集積した塩類を運んで行ってくれる。さらに上流部から新しい土、有害物質のない養分を含んだ土を運んできてくれる。かくして地力が回復する。その後また何年間か作物をつくってその養分がなくなり、塩分が集積したころまた氾濫が起きて新しい土を運んできてくれる。そのかわりに農地は何ヶ月間か水に浸かるし、自分の土地がどこにあるのかもわからなくなる(註4)。それでも氾濫を防ぐための堤防やダムはつくらない。氾濫しなければ地力は回復せず、農業ができなくなるからである。ここに矛盾はあるけれども、当時の技術的水準のもとではまさに地域に適した知恵であり、地域の条件を生かして流水としての水の能力を活用する地力維持方式だったのである。
 わが国の水田もこうした流水としての水の能力を活用して地力を維持している。ただしそれは氾濫を通じてではない。わが国では氾濫は農業を壊滅させるものだからである。
 すなわち、モンスーン的風土からくる多くの雨が急傾斜地から流れてくるためにわが国の川はすさまじい急流となっている(註5)。そのために、氾濫などすれば川が上流から運んでくる土よりも田畑の土が流亡することが問題となる。そもそも田畑の土には熱帯と違ってそれほど塩類が集積していないし、有機物も多く含まれている。そしてその土を何年にもわたって耕して柔らかくし、肥料を撒いて肥やしてもきた。したがってこうした田畑の土が流されてしまう方が問題なのである。それどころか上流から大小の石や木々まで運んできて農耕を困難にする。そして農地として使えなくさえする。農地の性能を破壊することすらあるのである。さらにわが国の氾濫時期の7月と9月は耕作の適期であり、この時期を逃すと冬になって作物は栽培できなくなる。つまり氾濫は生産を不可能にさえするのである。
 したがってわが国では堤防や堰をつくって洪水を防ぎ、また水路をつくって潅漑排水してきた。ここに熱帯乾燥地帯と違うところがある。
 もちろん、わが国の農地も氾濫で一種の「客土」(註6)がなされることにより地力が回復することがなかったわけではない。しかしそれに期待するよりも氾濫によって農地が農地でなくなる危険性の方が大きかった。したがって客土効果などに期待せずに防止しようとするが、防止しきれずに何十年に一度とか氾濫が起きる場合がある。そのときに実質的な客土として無意識のうちに利用するだけで、とくにそれに期待しているわけではなかった。やはり氾濫はじゃまだったのである。
 そして潅漑排水で人工的につくったゆるやかな流水の生産手段としての能力を利用し、自然のうちにしかもゆるやかに地力を回復してきたのである。
 とくに水田の場合、大雨が降っても、川上から大量の水がやってきても、それが防げるように用排水路をつくり、また耕土の表面を均平にし、畦畔をつくることで耕土が流水とともに流亡しないようにしてきた。高い畦畔のない畑、傾斜のある畑ではちょっとした雨でもせっかく肥沃にした土壌が流亡することが問題になるが、水田はそうならない。まさに水田は土壌流亡を防ぐ能力も持っており、それを発揮して地力を維持し、こうした面からも連作障害を防いでもいるのである。

 このように水は、水田という特殊な耕地で利用されることによって作物を育てる土地の能力=地力を自然のうちに回復させ、水稲に連作障害を起こさせない。したがって、水田では畑のような深刻な土地の能力低下問題=地力問題が熾きない。畑に栽培される稲は2~3年で連作障害を起こすが、水田で栽培するとそうならず、水利条件さえよければ水田で栽培される稲は無肥料でも一定の収量を確保できることはそれを示している。
 それで水稲連作と言う土地利用方式が成立するのだが、水の機能の利用だけでは収量は高まらない。長期間連作すれば、やはり養分不足が引き起こされるし、土壌構造は悪くなり、草も生え、病害虫も発生したりして、収量が落ちてくる。それをどう解決して収量を確保し、さらには高めていくか、稲作が始まって以来この課題に生産者は取り組んできた。
 そしてまず、人力・畜力による耕起・代掻きにより土壌構造の回復と初期雑草の防除を図ろうとした。
 次に、稲わらを腐熟させて堆肥として投入するなどして、土壌から奪った養分を返した。しかし、それで消費されてしまった養分のすべてを返せるわけではない。ましてや、かつて稲わらは生活・生産資材としてきわめて重要だったのでそのすべてを水田に返すわけにはいかなかった。そこでなされたのが、野生植物の草や葉の肥料としての供給だった。耕地以外の土地たとえば山林原野の雑草、若木、落ち葉等を採集し、それをそのまま水田に散布して踏み込みあるいは腐熟させて堆肥として散布し、養分の回復や増加、土壌構造の改良を図ったのである。
 また、湛水状態にある水は除草効果を持つといっても水生雑草は繁茂するので、人力によって何度も除草をした。
 こうした人間の努力が水田と水の機能、水稲の持つ性格に加わることによって、何千年、何百年と水稲の連作が続けられてきた。まさに水稲連作は稲・田・水・人の共同作品だったのである。

(註)
1.このことについては、簡単にではあるが、下記の記事で触れている。
  11年6月22日掲載・本稿第二部「☆水田の基盤整備の進展」(1段落目)
2.それ以外に湛水状態下の水は「保温機能」を持っている。水は大きく変動する気温の影響を直接水稲に受けさせず、一定の温度に保つのである。ただしこれは連作障害回避とは直接的に関係していないので、ここでは省略した。
3.塩類集積については前回も触れたが、ここで改めて説明しておこう。土壌中に含まれている塩類、たとえば塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウムなどが土壌中の水に溶け、その水とともに毛細管現象で上昇して土壌表面に移動し、そのうちの水分のみが蒸発してしまうことで塩類が地表に集積することを塩類集積と言う。乾燥地帯では集積した塩類が雨水で再び土壌中に浸透したり、よそに流出したりしないのでこうした塩類集積が起きやすい。

4.この氾濫が幾何学を発展させたといわれている。誰のものかわからなくなった土地の境界、区画を明らかにするためである。
5.前にも述べたが、日本の川は明治の初めに来たオランダの水利技術者をして「これは川ではない、滝だ」と言わしめたほどの急流なのである。
6.土壌の物理性・化学性が悪いもしくは悪くなった農地によその場所から適当な土壌を持ってきて耕土に混ぜ、土壌を改善することをいう。


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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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