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水田農業の確立



                水田と水稲・補論(4)

                ☆水田農業の確立

 水田、これは今まで述べてきたようにきめて特殊な耕地なのだが、そこでいとなまれる農業が水田農業である。この水田農業を確立するという政策を1987年から政府が展開したことがある。要するにこれは転作作物の定着と米の計画的生産(減反)を円滑に進めるために望ましい水田利用形態に誘導していくというものだった。この水田農業確立対策についてはこれまでとくに触れて来なかったが、当時私は水田農業確立の必要性を政府とは違った意味で論じていた。そのことについては本稿第二部でちょっと述べている(註1)が、ここで改めて論じておきたい。これからの水田利用のあり方を考えるうえでの参考にしていただければと思うからである。

 いうまでもないことなのだが、水田農業に対置される言葉には、畑地農業、草地農業等がある。これは地目(土地の種類)によって農業の形態を分類したものである。
 他方で、稲作農業、畑作農業、麦作農業等の言葉もある。これは農業を作目(作物の種類)でもって分類したものである。
 この両者はその性質をまったく異にするものであり、厳密に区別されなければならない。ところが、わが国では長い間「水田農業」と「稲作農業」は同じものとしてとらえられてきた。これは、水田がそもそも水稲栽培を目的としてつくられたものであること、土地条件や当時の技術水準から水稲だけしか栽培できない水田が多かったこと、さらに1960年以降の農産物輸入の本格的展開のもとで二毛作が激減し、水田が水稲によって専作的に利用されるようになったこと等からもたらされたものである。
 しかし、水田は水稲だけしか栽培できない土地ではない。現に水田裏作・二毛作で畑作物が栽培されてきた。ということは、稲作農業は水田農業の一部(もちろん主要な一部ではあるが)でしかないということになる。
 そして、裏作がなされるようになると、水田を冬期間畑地状態にしなければならなくなってくる。
 他方で、稲作それ自体についても、湛水するだけでは収量があがらないということが技術進歩のなかでわかってくる。そして、たとえば春先の乾田化や夏季の中干しのように、ある時期には水を落として畑地に近い状態にするようになる。
 それに対応して、潅排水にかかわる土地改良技術の発展に力を入れ、容易に畑地状態になし得る水田を形成するようになってきた。
 まず前に述べたような用排分離がなされ、次いで暗渠排水がなされ、やがて暗渠の排水口が開閉できるようにするようになる。そして水を落とす必要があるときは排水口を開け、水をためる必要があるときは閉める。こうすれば水管理はさらに自由にできるようになる。
 こうした土地改良は、明治以降の耕地整理事業から始まり、戦後の食糧増産政策の展開のなかでさらに進展した。また農業基本法農政の展開以降は機械化に対応するための区画整理を中心とする土地基盤整備事業が展開されるようになった。さらに1970年以降の米の生産調整にともない、とくに水田転作を容易にするための湿田の改良に力が注がれるようになった。こうしたことが可能になった背景には、機械化を始めとする土地改良技術の発展があったことはいうまでもない。
 こうした土地改良の進展によって、稲作生産力が非常に高まると同時に水田を容易に畑地状態にすることができるようになり、また水の管理が円滑にできるようになって、水稲の単収が高まるばかりではなく、畑作物も栽培できるようになった。こうした水田のことを汎用化水田(いろいろな用途に対応できる水田)という。もちろんこうするにはかなりの資金がかかるのですべての水田でそうした土地改良がなされているわけではない。しかし、かなりの水田が水稲ではもちろん畑作物によっても利用できるようになってきている。このことは水田が畑地に接近してきたことを示している。
 つまり、灌水・湛水・排水機能を持っている水田を利用した田畑輪換や二毛作ないし三毛作で土地の効率的利用をはかり、水稲と畑作物の安定多収につなげる農業ができるようになったのである。もう少し言い方を換えれば、「水田のもつ機能を生かして水田に水稲を始めとする多様な作物を栽培し、それらを合理的な輪作体系で結び付けて水田利用率を高め、水田から多くの生産をあげる農業を確立する」こと、つまり「水田農業確立」が可能となったのである。そして水田生産力を総合的に発展させ、地域農業の複合化を図り、水田の機能を維持、向上させながら、米が不足しているときは水稲を主に栽培し、米が余ったら畑作物を主体に栽培して国民に安定して豊富な食糧を供給し、さらに水田の公益的機能の保全で自然環境を良好に維持していくのである。
 ところがわが国は、長い間米が不足していたために、「稲作生産力」の発展に多くの力を注ぎ、「水田生産力」の発展ということをあまり考えなかった。稲作農業はあっても水田農業はなかったのである。
 しかしいま米は過剰となっている。このことは水田を米だけでなく他の作物の栽培にも利用できる可能性、水田農業の確立に取り組める条件が出てきたことを意味する。
 もちろん、米過剰の主因は農産物輸入に起因する食生活の変化にある。したがって、輸入政策を変換させつつ国内自給に基礎をおく日本型食生活に変化させ、米の消費を拡大させていくことが必要となる。
 しかし、水稲単収の向上=土地節約技術の発展も過剰の一因となっていることを見落としてはならない。つまり、単収の向上によりこれまでよりも少ない水田で国民の需要を満たすことができるようになった。ということは米生産に用いる土地が節約できるようになったこと、土地を節約させる技術が進展したことを示している。そしてこれは、その節約された水田を利用して、米以外の国内で不足している農畜産物を生産することが可能となったことを示す。それはまたいま必要ともなっている。不足している農産物はたくさんあるし、国民の農産物需要も多様化しているからである。それに対応して多様な作物で水田を利用すること、すなわち稲作生産力の発展のみでなく、水田生産力の全面的発展、水田農業の確立に取り組むことがいまこそ可能となり、また必要となっているのである。とりわけ水田を麦、大豆、飼料穀物などの土地利用型作物で利用して食糧自給率を高めることが緊急の課題となっている。
 もう一つ、水田農業の確立は、稲作の機械化・省力化=労働節約技術の急速な進展からも可能となり、必要となっている。すなわち、かつての低い労働生産性のもとでは、米以外の作物をつくろうと思っても家族労力の限界からできない農家があった。しかしいまは稲作の機械化・省力化によって他作物の導入、経営の複合化が可能となっている。それはまた必要にもなっている。機械化・省力化はこれまで稲作に向けてきた労働力を過剰とするが、それを解決して農業の就業機会を確保するためには、どうしても水田への米以外の農畜産物の導入、つまり水田転作(水田の作付作物を稲作以外の作物に転換すること)による経営の複合化を進めなければならないからである。そうしなければ過剰となった労働力は農外に流出せざるを得なくなり、担い手がいなくなってしまう。
 さらに、地目交替のメリットを得るということからも田畑輪換の導入で水田農業を確立することが必要となっている。地目交替はそれぞれの地目に適合する雑草や病害虫の相互防除、厭地現象の回避に寄与するものであるが、田畑輪換でも同様なのである。そして除草剤や薬剤、肥料の投入量を減らすことができる。畑作物にとっては水田の水を利用できることでとくに大きなメリットがあるが、稲作にとってもいい。
 せっかくある日本の風土を利用し、利用し得る水の機能を徹底利用して日本の風土、歴史に適合した新たな輪換体系として確立し、地力の維持を図るとともに稲作、畑作双方の発展を図るのである。
 このように、水田農業の確立は経営の発展、地域農業の発展からしても重要な課題となっている。
 もちろん、その実現は容易ではない。田畑輪換ができるような土地条件への整備が十分に進んでいないからである。1980年前後の一時期汎用化水田への整備が進んだが、そのためにはかなりの資金が必要になるので、低米価のもとでその負担に耐えられないということから農家が消極的であることと、政府が財政難を理由にして予算を縮小させたことから、近年そうした整備が進んでいない。しかし、食糧自給率向上のためにもこうした汎用化水田への基盤整備を推進していく必要があろう。
 また、田畑輪換の技術がまだ確立していないことも問題となる。稲作・畑作ともに連作したとき以上の周到綿密な肥培管理が必要になるし、耕盤の破砕と再度の構築をどうするか(註2)の課題もある。これを解決する新たな技術の開発がいま必要となっている。
 この田畑輪換と並んで、水田二毛作・三毛作の復活と新たな段階での構築に取り組むことも当然必要となる。機械化、化学化、栽培技術の進展は、麦・菜種・野菜等の裏作の一層の拡大,裏作飼料作と畜産の結合などの新たなしかも多様な形態の二毛作の展開を展望させているからである。現に淡路島のように水田三毛作をやっているところもある。それに学び、地域に適した二毛作技術を開発していくことがきわめて重要となる。
 この二毛作と田畑輪換が組み合わされて始めて水田農業の確立となるのである。
 ただし二毛作の普及にさいしては水稲直播栽培の見直しが必要となる。いま稲作の省力化・コスト低下を図るという面から直播が推奨されているが、現段階ではこれは他作物を水田から排除するモノカルチュア技術、つまり水稲の立毛期間の長期化によって土地利用率を低下させる技術となっているからである。その上移植栽培より土地生産性が低い。改めて田植えの意義を見直す必要があろう。また労働生産性のみを追求する技術の転換も考えるべきであろう。
 もちろん直播技術をまったく否定するものではない。秋落ち地帯では直播が水稲単収の低下を防ぐという効果をもっており、また移植栽培と組み合わせることで危険分散や労力分散を図ることができるからである。したがってこの技術を一層発展させ、水稲単収の向上と土地利用率の向上に寄与する方法を開発することも考えるべきであろう。そして労働生産性と土地生産性の併進を図っていくのである。
 なお、この水田農業の確立のためには農産物輸入政策の見直しや地域ぐるみでの分散錯圃制の解決への取り組みが重要な課題となることはいうまでもない。

(註)
1.下記の記事で時代的な背景をもとに別の視点からも述べているので、ぜひ参照していただきたい。
  11年6月10日掲載・本稿第二部「☆日本農業の岐路だった七〇年代」(4、5段落目)
2.水稲の栽培には耕盤が不可欠であるが、湛水を嫌う畑作物には不必要であり、したがってそれぞれの栽培にさいして耕盤をどうするかが課題となる。




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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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