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森に棲む野生哺乳動物と人間



 
               野生動物と子どもの頃(1)

             ☆森に棲む野生哺乳動物と人間

 山林には獣=野生哺乳動物が棲んでいる。サル、キツネ、タヌキ、ウサギ、リス、シカ、クマ、オオカミ等々、子どももよく知っている。しかし、実際に見てはいない。絵本、テレビ、動物園で見ているだけ、お話で聞くだけだ。
 私もそうだった。山のない地域で育ったからましてやだ。それでも、子どものころ、妹たちが裏のお寺の木の上を走るリスをちらっと見たと騒ぐのを聞いたことがある。当時はまだ田畑がたくさんあったためだと思うのだが、イタチが夜中金網を破って鶏を捕まえて行った後の血と羽根の舞い散っている鶏小屋が印象に残っている。
 私の生まれる以前、つまり生家の近くの開発が始まる前はキツネもいたようである。祖父の語る昔話に近くの光禅寺というお寺の近くでキツネに化かされた話とか、夜中畑の中の道を歩いているとキツネが尻尾を叩いて人間と同じ足音をさせてついてくる話とかがあった。
 戦後はこんな話を聞かなくなった。生家の近くの開発が進んできたからだ。また、山村での人間と獣にかかわる話題もあまり聞かなかった。
 ところが、高度経済成長のころからサルやカモシカ、クマが麓にあらわれて悪さをするということがあちこちで大きな問題となるようになってきた(註1)。私でさえ山村調査などにいくと野生動物に出遭うようになった。
 山形の上山市のサクランボ農家におじゃましたときにはカモシカと出遭った。果樹園のわきの傾斜地の上にチョコンと立ってこちらを見ていた。カモシカは足が速いと聞いていたので、足がすらっとしてかっこがいいのかと思っていたら、ずんぐりむっくり、ちょっとがっかりした。そうした観察が十分にできた。私たちを見て逃げるどころかじっとこちらを見ていたからである。農家の方から聞くと、しょっちゅう来る、人間が捕まえないことを知っているせいなのか全然怖がらない、こちらの動くのを興味深そうに見ているとのことだった。そしたら同行していた県の職員の方がこんな話を教えてくれた。カモシカは好奇心が強く、変わったことに非常に興味をもつ、だからカモシカを見つけたらまず一人が踊る、するとカモシカは動かずにそれを見ている、そこをもう一人が後ろからそっと近づいて捕まえる、これが猟師の狩りの仕方だったと。
 こんなことで笑っていられるならいい。こうした野生哺乳動物の作物への食害がすさまじくなってきた。彼らにやられた野菜や果物の畑はほぼ収穫皆無となる。そこで駆除しようとすると自然保護団体が出てきて反対する。野生動物が悪いのではない、針葉樹への植林が悪い、耕作放棄地が増えたのが悪いと。そうかもしれない。だからといって何もしなかったら、山間地の農家は食えなくなって外に出ていき、ますます害がひどくなる。クマのように人間に直接危害を加えることにすらなる。
 最近はイノシシが出没するようになったという。東北ではほとんど見られなくなっていたのにである。この主因は温暖化による生態系の変化らしい。西日本の山村に行くとイノシシの侵入を防ぐために田んぼと山林の間に人間と動物の国境線のように板や柵をはりめぐらしている光景がよく見られたものだったが(最近はそんなこともしなくなった、いやできなくなったと言った方が正しい、高齢化過疎化のためであることはいうまでもない)、東北でもそんな光景がどこでも見られるようになるのだろうか。
 それをますます痛感するようになったのは北海道に行ってからだった。

 網走に住んでまず出会ったのはエゾリスだった。家の裏庭に毎朝あらわれるのを見る、こんな体験をしたことのなかった私にはうれしかった(註2)。山に行ったときにはシマリスに出会った。このシマリスは小さくて本当にかわいい。
 それからキタキツネである。大学の門を出たら、道路のわきにちょこんと座り、じっとこちらを見ていた。何ともかわいい。その話をしたら、「『エキノコックス』に気をつけてくださいよ」と同僚のMTさんに注意された。糞尿に入っている寄生虫エキノコックスが人間にも悪さをするので、触ったり、生水を飲んだりしてはだめらしい。「でもうちの子どもたちは、冬遊んでいてのどが渇くと、キタキツネがおしっこをしたかもしれない雪を食べていますけどね」と笑う。かわいいし、人間にとくに悪さをしないからいいのだが、それがキタキツネの難点だ。
 もっと困るのはエゾシカである。夜、大学からの帰り道、突然車の前を何か大きなものが横切った。家内があわててブレーキをかけたが、何とそれは親子のエゾシカ、危うくぶつかるところだった。その話を当時研究室の助手をしていたWMさんにしたら、実際にぶつかってしまい、エゾシカは怪我もなしに逃げて行ったが、彼女の車は大破、大損害を受けたとのことである。なるほどと思う、ともかくエゾシカはでかい、ぶつかったら間違いなく車の被害の方が大きい。エゾシカを起因とするこうした交通事故は増える一方という。
 さらに問題なのは食害だ。牧草、トウモロコシ、ビート、小麦等々、群れをなして食べに来るのだからどうしようもない。そこで畑の周りに侵入防止柵を築く。いうまでもなく北海道の耕地面積は広い、だから延々と続く。北見から阿寒湖に向かうとき行けども行けども続く柵を初めて見た人は驚き、どれくらい金がかかるだろうとまた驚く。それでも柵が破られたりして被害を受けるという。
 農作物ばかりではない。自然の草本性植物の採食や踏みつけ、広葉樹に対する樹皮剥ぎなどで自然植生の破壊も進んでいるという。自然保護区の知床半島でもエゾシカが増えすぎて自然を保護できなくなっているとの話も聞く。
 私たちの若いころは、エゾシカは絶滅の危機にある、だから禁猟しているという話を聞いていたものだが、1990年ころから急激に増えたらしい。暖冬傾向が続いて自然死亡率が低くなったからではないかと言われているが、その昔はそうやって増えると天敵のエゾオオカミが食べてくれたという。ところがそれは絶滅しているので、止めるものがいない。
 そこで、アメリカか中国から近縁のハイイロオオカミを導入してオオカミを復活させようという意見が出ているという話を聞いた。私もエゾオオカミは、ニホンオオカミとともに、復活して欲しいと思う。しかし、いくら近縁種とはいえ、ハイイロオオカミはエゾオオカミとは違う。それを導入してエゾオオカミの復活といえるのだろうか。実は私は中国からの輸入トキの増殖、放鳥にも首をかしげている。ましてやオオカミ、しかも人間や家畜とのかかわりでいろいろ考えなければならない問題もある。簡単に導入を図るべきではないと思うのだが。
 もう一種、エゾシカの大天敵がいる、それは人間だ。人間をもっと使えばいい。狩りをして肉として食べるようにすればいいのだ。

 昔話の『かちかち山』は畑を荒らすタヌキを捕まえて狸汁にしようとしたことから始まる。このように、そもそも人間は田畑にあるいは人間に悪さをする動物、シカはもちろんイノシシ、ウサギ、クマ等々を捕まえて、それを食べあるいは衣類としてきた。害獣も人間には必要だったのである。
 といいながら、私は食べたことはなかった。戦時中、国策でウサギ(もちろんイエウサギだが)を飼わされており、その毛皮を家で乾していたのを覚えているのだが、その肉を食べたかどうか記憶にない。あまりおいしくないという話は友人から聞いている。
 それに対してクマの肉はおいしいという話は何度も聞かされ、また本で読んだりもしたが、食べる機会はなく、おそらく食べないで一生を終わるだろうと思っていた。それでも80年代末、山形県小国町の調査に行ったとき、マタギで有名なある集落でクマ鍋をごちそうになった。うまかった。さらにその3年後、山形県主催の農業青年の塾で仲良くなった最上町の青年が、冬になると仲間といっしょにクマ撃ちに行くと言う話をしてくれた。その話はおもしろかった。猟のしかたもそうだが、肉や毛皮の配分のしかたもきわめて公平、なるほどとうなづけるものだった。彼の家におじゃましたら、クマの毛皮がたくさんあり、猟銃もあった。あるとき、彼がおみやげだとクマの肉を私にくれた。今年は雪が少なくて不猟だった(註3)けれども、先生に食べさせたくて仲間に頼んでいいところを分けてもらってきたというのである。申し訳なかったけれども遠慮なくいただいた。家に帰って早速教えられたとおりに鍋にして食べた。これも本当においしかった、ちょっと硬かったけれども(酒の入れ方が足りなかったらしい)。とくに脂身は最高だった。
 このように、動物によってうまいまずいはあるが、シカの肉もけっこうおいしい。
 網走の近くの清里町から通っている大学院生がエゾシカの肉を持ってきてくれた。どうやって食べればいいのかわからない。そこで家内が料理のしかたを彼のお母さんから電話で聞き、つくってみた。たまたま家に遊びにきた研究室の学生にごちそうしたところ、うまいうまいと評価が高かった。そうなのである、考えてみたらヨーロッパでは野生のシカの肉は高級レストランで特別に食べられる「最上」の肉の一つなのである。しかも健康にもいいとのことだ。
 ところが、ハンターが高齢化で減少しているという。農山村の過疎化・高齢化が原因なのだが、これも最近のエゾシカの激増の一因となり、肉の普及を妨げる一因ともなっているらしい。
 もう一つ、射殺した後の処置が大変だということだ。何しろ山の中での解体、しかも運搬が大変なので肉質が落ちてしまう。これもシカ肉の普及を妨げているという。これをどう解決していくかも課題らしい。
 何かエゾシカ悪者論になったようだが、言うまでもなく一定頭数は生態系の維持の面からしてもどうしてもいてもらわなければならない。しかもエゾシカはかわいい。野生動物に触れたことのない都会の子どもになどはぜひ見てもらいたいし(知床に行けば目の前でいくらでも見ることができる)、やはり保護はしてもらいたい。
 いずれにせよ人間と野生哺乳動物といかに共生していくか、これからも重要な課題となろう。

 北海道でいろいろ野生動物を見たが、ヒグマにだけは遭ったことがない。生々しい足跡を見たことはあるが。これは喜ぶべきことだろう。東北に帰ってきても、ツキノワグマには出遭いたくない。
 やはりクマはこわい。子どもたちももちろん怖さを知っている。しかし、嫌われてはいない。獣全体についてそうなのではなかろうか。絵本で読んだ時の印象、キツネはずるい、オオカミはこわい、ウサギはかわいいとかのイメージはもっているが、どちらかと言うと好かれていると言った方がいいだろう。
 ところが、爬虫類・両生類はあまり好かれない。虫もそうだ。
 (次回は5月9日掲載)

(註)
1.11年6月1日掲載・本稿第二部「変わり行く生産と生活のしくみ(7) ☆開発の進展」(6段落目)参照
2.12年8月1日掲載・本稿第四部「便利で豊かな社会、その裏表(5) ☆猫の堕落、糞害、ペットフード」(2段落目)参照
3.雪が少ないと熊の足跡がなかなか見つけられず、不猟になるのだそうである。



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コメント

[C37] エゾシカの料理法

ジンギスカン風なんでしょうか
  • 2013-07-25 20:21
  • Shusaku Ito
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[C38] Re: エゾシカの料理法

☆ロースト、ステーキ、シチューなどにして食べるようです。
☆ジンギスカン風にして食べるのは聞いたことがありません。できるのかもしれませんが。
☆わが家ではワイン、オリーブオイル、胡椒、ニンニク等で味をつけ、オーブンで焼いたのではなかったかと記憶しています。

  • 2013-07-26 06:31
  • 酒井惇一
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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