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コクゾウムシ、バッタ、セミ




                野生動物と子どもの頃(4)

               ☆コクゾウムシ、バッタ、セミ

 生家の台所に米櫃(こめびつ)があった。米を貯蔵しておく大きなかめで、そこから必要なだけの米を取り出してご飯を炊くのである。当然のことながらふだんはふたをしておく。米を出し入れするとき、たまに細めの蛍のような形をした黒い虫が中に入っていることがある。コクゾウムシである。米に穴をあけて産卵し、孵化したその幼虫は米を食い荒らすとんでもない害虫であり、見つけ次第つかまえて殺す。でも、子どもがいるときは別だ。母や祖母は「ほらコクゾウムシだよ」と子どもたちにくれる。子どもたちは「米つき虫だ」と大喜び、早速それを指で持って裏返し、つまり腹を表にして床の上におき、お尻の方を指で押さえる。すると虫は逃げようとして思いっきりそっくり返り、跳ねようとする。そのときをねらって指を離す、するとコクゾウムシは40~50㌢も高く飛び跳ねる。これがおもしろい。また捕まえて床に裏返しておき、跳ねさせる。そのうちあまり跳ねなくなる。面白くないので後は捨てる。もちろん生き返らないようにしてだが。ところで、ショウリョウバッタのことを「米つきバッタ」と言うが、ショウリョウバッタはその足をもったとき、コクゾウムシは下に落ちるとき、杵で米を搗くのと似ているので、ともに米つきとつけたのだろうと思う。
 このように害虫まで遊びの道具としたのだが、もちろん毛虫のように人間の身体に害を与えるものはその対象とはならない。セミ、トンボ、ホタル、バッタ、アメンボ等がとくに遊びの対象となる。捕まえてとくに何をするわけでもないものも捕まえる。何匹、どれだけの大きさのもの、捕まえるのが難しいものを何匹捕ったか、つまり捕まえること自体が、また捕まえたものをじっくり見ること自体が遊びなのだ。人間の狩猟本能、観察の喜びが子どものころは素直に表に出るのだろう。

 もちろん、役に立てるために捕まえる場合がある。イナゴなどがそうだ。
 秋、稲刈りや脱穀などで田んぼに働きに行くときに幼い子どもを連れて行かなければならないことがある。そのときに親は布でつくった袋を持たせ、それにイナゴを捕まえて入れて遊ぶように言う。子どもたちはうれしい。捕るのが楽しいばかりではない、自分が家の役に立っているのがうれしい。何しろイナゴは食べ物、それを捕って手伝っているのであり、一人前なのだ。喜んで田んぼの中を走り回って捕まえようとする。そのうち、別の面白い遊びを発見する。イナゴ捕りはそっちのけになる。でも大人は怒らない。遊びとしてイナゴ捕りをさせているからだ。
 このように楽しいのだが、学校行事としてイナゴ捕りをさせられるといやになる(註1)。一人何匁と最低限捕まえる量を決められている時などなおさらだ。同じことでもまるっきり違ってしまう。遊びではなく、義務、仕事でしかなくなる。授業が休みになるのがうれしいだけである。
 ところが、役にも立たないバッタ取りなどは楽しい。まさにこれは遊びだ。とくに、よく飛ぶので捕まえるのが難しいトノサマバッタ、これを捕まえるのは自慢の種、それで見つけるとすぐに追いかける。ショウリョウバッタ、これは足を持つとお辞儀をするのがおもしろいと捕まえる。スイッチョ(ウマオイ)は鳴き声がいい。しかも捕まえやすい。捕まえて蚊帳の中に放し、その鳴き声で涼しさと秋の近さを味わう。
 そのほか大小さまざまな名前もよくわからないようなバッタをたくさん捕まえるのだが、なぜかコオロギだけは子どもたちは捕まえようとしなかった。簡単に捕まえられるからなのか、数が多くておもしろくないからなのか、姿形が悪いからなのか、よくわからない。しかし、秋の夜長のコオロギの声、これは好きだった。うるさいくらいなのだが、やがて少しずつ少なくなってくる、もう寒くなるのかと思うとちょっとさびしくなったものだった。

 子どもたちにとって楽しかったのはセミ捕りだった。夏休みといっしょだからなおのことだった。
 もちろん休み前にもセミは鳴く。最初にあらわれるのがニイニイゼミだ。ちょうど麦刈りの頃、畑に行くと近くの寺の林や果樹園から聞こえてくる。小さなセミで声も小さいので、見つけるのも捕まえるのも難しい。この声を聴くと、もうすぐ夏、またセミ取りなどの夏の遊びができる季節になったと胸がときめく。しかし、いったんセミの声はまったく聞こえなくなる。
 やがてアブラゼミが鳴き始める。本格的な夏だ。夏休みだ。うれしくなる。この声を聞くと外に飛び出して捕まえたくなる。虫取り網の準備だ。
 そのうちミンミンゼミの鳴き声がアブラゼミの声の中に混じるようになる。そのころは暑さ真っ盛り、そのうるさい合唱で暑さがさらに身に沁みるようになり、憂鬱にもなる。しかし、ミンミンゼミは透明の羽、身体は緑と黒の縞々できれいだし、鳴き声もアブラゼミのように単純ではなく、しかもアブラゼミより数が少ない(今は逆になっているところもあるようだが)。何としても捕まえたくて外に飛び出す。しかしなかなか見つけられない。何とか見つけても止まっているところが高くて網が届かない場合もある。口惜しいので木の幹をどんと叩いて脅かして飛ばしてやる。うまく網が届くところにいる。そっとそっと近づき、網をかぶせる。捕まえた、と思ったとたん、おしっこを私たちの頭にかけながらジジジと声を出して逃げて行ってしまう。こんな口惜しい思いを何度したことか。ようやく捕まえ、意気揚々と虫取り籠に入れる。といって何をするわけでもない。一日くらい何度も見に行くが、そのうち別の遊びで忘れてしまい、放っておくので死んでしまう。それなら捕らなければいいのに、捕ってもすぐ放してやればいいのにと今は思うのだが。
 お盆近くの夕方になると、カナカナ(ヒグラシ)が鳴き始める。あの澄んだカナカナという鳴き声、聞いただけで涼しくなる。ミンミンゼミと似ているがちょっと小型、これも捕まえたいがなにしろ夕方、見つけるのがむずかしい。そろそろセミ捕りにも飽きているので何とか我慢ができる。
 こうしたセミの声が聞こえなくなって夏が終わるのだが、そのころになるとツクツクボウシというセミが鳴くというのを絵本で見た。しかし山形では聞いたことがなかった。変な名前である、しかもツクツクボウシと鳴くという、何とおかしなセミだろう、もしかするとこれは南国にいるものなのかもしれない。そう思っていたのだが、仙台に来た年の夏の終わりに初めて聞いた。最初聞いたとき、何の声だかわからなかった。何日かして、これがツクツクボウシではなかろうかと思うようになった。ツクツクボウシと言っているようにも聞こえるからである。鳴いている木に近づいて見たら、ミンミンゼミより一回り小さなセミが鳴いていた。やはり間違いはなかった。このごろは慣れ、これを聞くともう夏も終わりだなと感じるようになっている。
 なお、ツクツクボウシは冬の寒さに弱いのだそうで、それで山形にはいなかったのだろう。ただ、最近は北国でも鳴くようになったと言う(私は山形で聞いていないが)。逆に北国ではアブラゼミが減っているそうだ。これも地球温暖化の影響とか、何とかしたいものだ。

 北国のセミの話が出たので、ちょっと網走の話をさせてもらう。6月末、大学に行くと裏の林からシャーシャーと雨の降るような音が聞こえてきた。空は青く晴れているのにである。何だろうと不思議だったが、何日かしてこれはセミの声ではないか、何百いや何千の蝉の鳴き声が集まってこのように聞こえるのではなかろうか、しかも細く甲高い声が集まっているようなので、小さいセミなのではなかろうか。そんな風に考えて聞いてみたら、その通り、「エゾハルゼミ」だという。それでわかったが、捕まえて見たことがなく、その声も合唱でしか聞いたことがないので、一匹だとどんな鳴き声なのかわからないのが残念である。
 なお、網走ではこのエゾハルゼミ以外のセミの鳴き声を聞いたことがない。8月初旬からお盆まで仙台に帰っているせいなのか、聞きそびれただけなのかわからないが。エゾゼミなどかなり大型のセミが北海道にいると聞いていたのだが、残念である。
 さて話を戻そう。

 セミ捕りよりもっとおもしろいのは、セミの幼虫の穴を見つけて捕まえることだ。幼虫が「もしょげる」(「羽化=脱皮する」ことを私たちはこう言った)のを見るためだ(註2)。
 夕方、セミがよく鳴く神社やお寺の林に行く。ここにいるだろうと思うような木の下の土をじっと見る。ポツッと黒く小さな穴が空いているを見つける。これだ、胸がときめく。小さな棒切れでその穴を少しずつ広げながら掘っていく。5㌢くらい掘り下げたころ、穴のなかに茶色いものがのぞく。足だ、いた、そっとまわりを掘り、ぐっと手でつかまえる。
 しかし、こんなことはめったにない。まず穴を見つけるのが難しい。あっても一定の大きさでないとだめだ。脱皮のために出てくるくらいの大きさに穴がなっていないと深く中に入っているので捕まえられない。逆に大きすぎるともうすでに外に出てしまった穴、掘っても出てくるわけはない。こんなことで苦労しながら見つけるのだから、見つかった時は飛び上がるほどうれしい。
 足をばたばたさせている茶色の幼虫(羽が伸びていないこと以外成虫のセミとほぼ同じ形と大きさである)を大事に持ち帰る。そして最初は虫かごに入れておき、寝るときになったら蚊帳の中に入れる。幼虫はそろそろと蚊帳の上の方に移動する。それを見ながら、次の朝を楽しみにして、眠りにつく。
 朝起きてすぐにセミを見ると、茶色の表皮の下、つまり中身が白くなってすけて見え、もう背中が割れ始めている。あわてて外に持っていき、頭を上にして家の庭のスモモの木の幹にくっつける。セミはがっちりと足で幹にしがみつく。割れた背中から白いものがのぞいている。割れ目が少しずつ少しずつ大きくなっていく。やがて頭が出てくる。大きな黒い目玉をつけた白い頭が外に出る。そのうち、その頭を下にしてそっくり返る。落ちないかと思うくらいだが、しっぽの方だけは殻にがっちりとくっついている。これでセミのお腹の方が見えるようになるわけだが、まだその色は白い。いや、青白いと言った方がいいだろう。そのうち小さく両脇についていた羽が少しずつ伸び始める。まだ透き通っていないしわしわの羽が少しずつまっすぐになり、羽の脈も少しずつはっきりしてくるころ、突然セミは起き上がり、元の姿勢に戻り、しばらくじっとしている。やがて羽は茶色になってしっかりと大きく固くなり、背中や腹の色は茶や黒色になる。もう立派なアブラゼミだ。そしてやがて飛び立っていく。そのときは黙って逃がしてやる。鳥などに捕まって食べられたりしないようにと祈りながら。
 このセミの変態はきれいだし、おもしろい。これを飽きずに見ている。また捕まえて「もしょげる」のを見たくなる。しかしなかなか捕まえられない。次の朝、抜け殻を見つけてがっかりすることが多かった。

 こんな羽化を東京育ちの孫に見せてやりたかった。しかし、仙台ではなかなか幼虫を捕まえられず、山形に行ったときに抜け殻を発見して残念がるだけ、網走ではさきほど言った事情でできず、結局は見せないで子ども時代を過ごさせてしまった。
 羽化は、生命の活動というものを、その神秘を教えてくれる。ぜひ多くの子どもたちに見せてやりたいものだ。

(註)
1.10年12月16日掲載・本稿第一部「農家の子どもたち(4) ☆遊びから始まる田畑の手伝い」(1段落目)参照
2.        同   上  (4段落目)参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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