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短期周遊型旅行、団体旅行



                旅と乗り物・雑感(5)

             ☆短期周遊型旅行、団体旅行

 もう20年も前のことになるが、山形県小国町の飯豊山麓にある民宿のご主人がこんなことを言っていた。去年の夏休み、大都市に住む夫婦が小学校の子ども一人を連れて泊まりに来た。一週間滞在するという。客のほとんどは1泊2日、長くても2泊3日、こんな長期滞在客は本当にめずらしいので、大歓待をしようとした。ところが2日目頃から子どもがあきてしまった。どうやってゆっくりしたらいいか、どうやって遊んでいいかわからず、退屈してしまったというのである。親夫婦もどうやって遊ばせたらいいかわからない。とうとう3日目に帰ってしまったと。
 そこで民宿のご主人は考えた。自然が豊かだというだけではだめだ、この自然の楽しみ方、遊び方はいろいろあるのでそれを教える、さらには遊び場をつくる等々して、子どもがあきないようにし、長期滞在できるようにしていく必要があると。
 なるほどそうかもしれないと思ったのだが、ちょっと疑問に思った、親がどうして子どもといっしょに自然を楽しもうとしないのか、遊び方を教えないのか。きっとこの両親は子どもの頃自然のなかで遊んだことがないのではなかろうか。だから教えられず、それどころか自分たちも退屈してしまったのではないか。それで子どもの退屈を理由にして早々に帰ってしまったのではなかろうかと。
 さらにこんな疑問も浮かんだ、そもそも日本人は長期滞在型旅行はできないのではなかろうかと。

 フランスでは、山や海などの観光地に、農家民宿に、長期滞在してゆっくり休暇を過ごすなどという話をよく聞く。
 これに対して、日本は短期周遊型休暇だという。
 「周遊」、つまりあちこち名所旧跡を見てまわる、これは農耕民族の血をひく日本人の旅行好き、何でも見てやろうと言う好奇心の旺盛さからくるもの、「短期」はさきほど見たような四季の農作業に追われてゆっくり旅行する気になれなかった同じく農耕民族の血のなせる技かもしれない。何となく納得できる。
 しかし、「短期」には別の要因が加わるのではなかろうか。それは休暇の短さだ。
 フランスは週35時間制である。しかも連続5週間の休暇がとれるようになっているという。これなら長期滞在休暇もできるわけだ。ところが日本はいまだに週40時間制、有給休暇があっても思うようにとれず、カローシが問題になるほどの休みなしの労働、長期休暇などとれるわけはない。盆や正月、連休は若干長く休めるとしても、帰省するのが精いっぱい、さもなければ家でテレビでも見ながらごろ寝するか、近くの遊園地などに行くかしかない。たまに休暇がちょっぴり長くとれても、ともかくこれを機会に見られるところを見られるだけ見よう、つまり短期周遊で旅行好きの血をなだめよう、こういうことになるのではなかろうか。
 短期周遊ができればまだいい、それすらできないという人も多い。低賃金のところに子育てや住宅ローン返済などがあるとそんな余裕はないし、経済的ゆとりを得ようと女性がパートなどに出れば休むとクビ、今度は時間的ゆとりがなくなり、家族一緒に旅行などできるわけがなくなる。
 これが普通だから長期滞在などに慣れておらず、それで、さきの小国町の例ではないが、たまに長期滞在すると何をしていいかわからないということになるのだろう。
 日本人がゆっくりと長期滞在型旅行を楽しむ、いつこんな時代がくるのだろうか。私の生きている間に来ればいいのだが。

 幸いなことに、私はかなり旅をし、旅行好きの血を満足させてきた。私の仕事の一つが農村・農家調査であり、さらに全国各地で開催される学会への出席等々があったからである。東北はもちろん全国各地を旅させてもらった。
 しかし、それはすべて仕事、勤めている間はゆっくり家族で名所旧跡等の観光旅行をすることなどめったにできなかった。講義、会議、原稿締切、調査等々手帳に予定がびっしり、手帳がなくなったらどうしようもなくなるというような忙しさ(てきぱきと仕事をこなせない私の能力不足からもくるのだが)、それに加えて、これまた前に述べたことだが、落ち着いて旅行のできない農耕民族の宿命的心理もある。
 それで家内と二人で考えていた、私が定年になったらゆっくり旅行をしようと。
 農家でも、息子に経営権を譲った(つまり定年になった)お年寄りは、農閑期になると温泉に行ってのんびり湯治をした(つまり長期滞在型旅行をした)、それに見習おう、とはいっても時代は違うし、登山の趣味もある、まずスイスのアルプスに行こう(これはとくに家内の希望だったが)、そんなことを家内と二人で夢想していた。

 しかし実際に私が勤めを終えたときは二人とも70歳、身体の面からもうアルプス行きなどは無理になっていた。そればかりではない、あまりの年金の低さ(家内は何でこんなに低いのか、社会保険庁が計算間違いをしたのではないかと疑ったと言う)、退職金は家の改築のために使っており、わずかの貯金は病気等々何かあった時のためにとっておかなければならず、旅行などに大金を使うわけにはいかないとわが家の財布持ち=経営主の家内は言う。
 そこで、国内旅行にしよう、それなら何とかいけるだろう、国内で行っていないところ、いいところは多々あるではないかということになった(註1)。
 まず考えたのは、熊野古道への旅である。うっそうとした森林に覆われた山々の間を縫って走る古道を歩いて那智の滝を見、さらに比叡山と並んで日本仏教の聖地と言われている高野山に行って見たいと、前々から二人で話していたからである。
 そこで、仙台に帰ってきて2年目、何とか落ち着いたので、熊野等に行く飛行機・列車・バス等の乗物の時間、観光の所要時間、宿泊地等々を調べ、計画をたててみた。驚いた、交通機関の乗り換え等々ですさまじく時間がかかる。ともかく不便である。それに対応して宿泊日数が増える。タクシーなどで移動すればいいかもしれないが、そんな余裕はない。いずれにせよ旅費はかなりかかる。年金暮らしには辛い。
 どうしようか迷っていたら、家内が新聞に載っているある旅行会社のツァーの広告を見つけて、これで行こうかと言う。見て見たら、私たちの行きたいと思っていた熊野古道・那智の滝・高野山はもちろんのこと瀞峡、潮岬、白浜にも行くというプランが載っている。しかも、それで2泊3日しかかからず、値段はと言えば私の計算した旅費の半額以下である。驚いた。当然かもしれない、飛行機からすぐに貸切バスに乗り、乗換えや待ち合わせなしに目的地に直接最短ルートで行き、また直接空港に帰るのだから、時間の無駄はさっぱりなし、旅行日数は少なくて済む。それに団体割引があるから、交通費・宿泊費等はきわめて安くなるわけである。
 これなら行ける、まさに短期周遊型になってしまうがこれもしかたがない、よしそれにしよう、とも思ったが、私にはこうしたツァー=団体旅行にかなり強い抵抗感があった。

 もちろん、団体旅行の経験はあり、それはそれで楽しかった。
 まず修学旅行があった。小学6年のときには日本海側の湯野浜・酒田に一泊旅行(註2)、中学1年の時は新潟・瀬波に2泊3日、3年のときは東京・鎌倉・江の島に車中(汽車)2泊+江の島1泊の計3泊3日の旅行があった(高校のときはなかった、家内は関西旅行をしたとのことだが)。
 これは楽しかった。当時の交通事情や経済的事情等で遠いところなどに行くことができず本を読んで想像するしかなかったところに行ける、新しい経験ができる、いつもよりたくさんの小遣いがつかえる等々本当にうれしかったが、さらに楽しいのは同級生といっしょの旅だということだ。いっしょに汽車に乗り、買い物をしたり、探検をしてみたり、みんないっしょに枕を並べて寝たりすることができるのである。
 中学3年の修学旅行では、生まれて初めて山形より南に行ける、本や新聞、ラジオで何度も聞いた東京を初めて見られる、デパート(三越)に行って買い物し、エレベーターに乗るなど初めての体験もできる(何度もエレベーターの往復をした同級生もいた)等々、みんな胸をわくわくさせたものだった。
 このときの乗物は列車(東京都内だけは観光バス)、しかも全車両私たちだけ貸切りの臨時列車だった。一学年の生徒が何しろ約700人(註3)なので、半分に分け、日にちを別にしての出発だった。
 生徒全員、幅30㌢・長さ1㍍(だったと思う)の板を持って来るように先生から言われた。向かい合った腰掛の上に渡して、みんなで横になって寝られるようにするというのである。しかし、実際にやってみると、そこに四人横になるのはやはり狭くて寝苦しい。たまらなくなって友だちの何人かは廊下に新聞紙を敷いて寝た。私を始め何人かは荷物をおく上の棚(当時は網棚だった)からみんなのリュックサックをおろして座席の下に入れ、空いた網棚に登り、それをハンモックのようにして寝た。やはり狭くて寝苦しく、落ちたら危険ということはあったけれども、こんなことも楽しかった。

 団体旅行は、農大に行ってからも経験した。ゼミ単位の学生の研修旅行があり、それを引率して団体旅行をしたのである。団体と言っても、いっしょに行くのはゼミの学生、しかもみんなもう大人、それほど気をつかうことなく、沖縄本島・宮古島あるいは鹿児島、淡路島・小豆島等々、毎年研修かたがた楽しく旅をした。
 それでも、学生の中には、時間に遅れたり、勝手な行動をしたりするものもいて、ときどき怒らなければならないこともある。また事故が起きないように気をつかう。やはり引率は大変である。
 たまたま那覇空港にいたとき、中学生の修学旅行の一団とあった。並ばせたり、点呼をとったり、大声で何かを伝えたりと、大人が何人かかけずりまわっている。あの引率の先生方、大変だろうな、その点ではこちらは相手が学生=大人、楽なもんだと同情しながら見ていた。私たちといっしょに行ってくれた添乗員さんにそう話したら、こう言われた。
 「あそこで走り回って生徒に列をつくらせ、点呼をとったり、座らせて注意事項を伝えたりしている人たちは先生ではなく、添乗員さんなんです、生徒の後ろに立ってたばこを吸っているのが先生方なんですよ。行程等すべて旅行会社に頼んだのだからと完全に添乗員に任せっ放しで先生方は付き添いのような感じというような学校が増えているんです。農大の先生方のように学生といっしょに見よう、聞こう、学ぼうとする、学生をリードして動く、規律を乱す学生を怒って注意する、こんな先生は少ないですよ」
 驚いてしまった。もちろん、小中高すべてそんな風になっているわけではなく、オーバーに言ったのだろう。また、私たちも夜は学生といっしょに地元の名物料理を食べながら大酒を喰らい、次の日は二日酔いなどということもあるので、あまり威張れたものではないのだが。
 まあ、それはそれとして、こんなことから団体旅行は慣れていないわけではない。
 しかし、ツァーとなるとこうした仲間内だけの団体旅行とは違う。躊躇せざるを得なかった。

(註)
1.前に述べたように私はそもそも海外旅行はきらい、アルプスだけは別、それ以外は国内を旅行しようと決めていたのだが。
2.11年1月12日掲載・本稿第一部「☆閉ざされた社会」(1段落目)、
  11年6月22日掲載・本稿第二部「☆水田の基盤整備の進展」(2段落目)参照
3.11年2月23日掲載・本稿第一部「☆新制中学への通学と叩き売り」(1段落目)参照
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コメント

[C35]

懐かしいですね。いろいろな顔が浮かんできました。
今は添乗員さんに任せるのが当たり前みたいですよ。
  • 2013-07-23 11:24
  • mayu
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[C36] 悲しき休暇

欧州では、休暇第一。学校が9月始業になったら日本もそうなるかも。
  • 2013-07-25 20:15
  • Shusaku Ito
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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