Entries

かまぼこ、スルメ、塩辛、切りいか



                 その昔の食べ物・追記(5)

              ☆かまぼこ、スルメ、塩辛、切りいか

 食べることは子どもたちの楽しみだった。外で遊びまわり、走り回っていたからともかくお腹がすいた。しかも戦前、戦中、戦後は食糧不足、もの不足のときだからなおのことだった。食べ物には意地汚かった。おいしいおいしくないは別だった。おいしくないのが当たり前だったからなおのことだ。だから、たまにおいしいもの、珍しいものがあるとうれしくてたまらなかった。
 とくに餓えていたのは、脂肪分、動物蛋白、甘いものだった。油脂は少なく、肉はもちろん魚も少なく、砂糖は貴重品だったからである。
 だから、油揚げは私たち子どもにはご馳走だった。もちろん、野菜の天ぷらも好きだった。めったに食べられなかったが。
 たまに出るかまぼこ、さつま揚げもご馳走だった。煮たり揚げたりしているので保存が可能だったから私の故郷の内陸部でも食べられたのだろう。
 といっても量は少ないので、野菜等といっしょに煮付けたり炒めたりして食べる。だからそのなかに入っている細く切られたかまぼこ、さつま揚げ、油揚げだけを選んで食べ、野菜を残して怒られたものだった。
 かまぼこで思い出した、私たちが普通かまぼこというのは竹輪のことだったが、たまに父や祖父が結婚式の引き出物に鯛や松竹梅等々を形どった色鮮やかなかまぼこの折詰をもらってきた。それをちょっとつまむのはうまかったが、あの毒々しい色があまり気持ちのいいものではなく、煮付けなどにしてもあまりおいしいとは思わなかった。戦後この折詰がかなり豪勢になったが、今はあまり見なくなった。
 もう一つ、かまぼこといえば鳴門巻きがある。お正月と「しなそば」を食べるときにお目にかかるものだった。しなそばの上に薄く切った焼き豚と数本のシナチク(メンマ)、それにここまで薄くできるかと思うくらい薄く切られた鳴門巻きが載っていたのだが、ラーメンと言うようになった頃からではなかろうか、鳴門巻きは消えてしまった。なぜ消えてしまったのかよくわからない、農村部の店で食べるとたまにのっかっていることはあったが。
 なお、私の今住む仙台と言えば笹かまぼこだが、山形では食べたことがなかった。前に述べたように、かつての笹かまは町々の小さな魚屋さんがつくって焼いてその日のうちに近くのお得意さんに売るものだったからなのだろう(註1)。今は魚屋さんが焼いて売るなどということはなくなってしまった。それどころか魚屋さんもなくなってしまった。そして笹かまは専門の業者の製造販売するところとなった。おかげさまで山形でも買えるようになったが、何かさびしい。

 今海産物の練り製品について述べたが、その乾物も内陸では食べた(註2)。昆布、わかめ、ひじき等の海藻類は比較的よく食べた。
 それから冬はスルメも食べた。たまに祖母から命じられる、スルメと昆布を長さ4~5㌢、幅はできるだけ細くはさみで切るようにと。ときどき刻んだスルメをしゃぶり、それにあきると昆布をしゃぶる。けっこうおいしい。それに細かく刻んだニンジンを加え、いわゆる松前漬け(別の名前で呼んでいたような気がするのだが、さだかではない)を漬けるのである。
 なお、正月の何日だかに神棚にスルメを上げたような気がするのだが、それもさだかではない。
 スルメといえば、冬によくあぶって食べたものだった。火鉢の炭火の上に網を載せ、足と胴体と二つに切ったスルメをその上にあげる、くるくるっと丸まってくる、それをひっくり返す、片面だけ焼けては困るからだ。しかし丸まったのはなかなかもとに戻らない、それで火箸で丸まらないように抑えながら引き延ばしてあぶる。そのうち薄青い煙があがり、部屋中に臭いが立ち込めてくる、ある程度焼けたら火箸で新聞紙の上にあげる、すぐにそれを手で幅1~2㌢に横に割く。簡単に割けるが何しろ熱い、手がやけどしそう、アチアチと言いながら、ときどき休みながら、といってもゆっくり休むと固くなって割けなくなるし、固くなるとおいしくないので、すぐにまた割き方に戻る。熱々のスルメをかじる、これはおいしい、噛めば噛むほど味が出てくる。こうやって子どもの頃冬のおやつに食べたが、大人になってからは酒のつまみにした。安いし、料理などしなくてすむし、しかも日本酒によく合うからだ。
 今はどうなのだろう、スルメをあぶって食べるなどということを子どもや若者はしているのだろうか。考えて見たら、スーパーでは裂きイカやイカの燻製等、たくさんおやつやつまみになるものがあるので、もうこんなことはなくなったのだろうか。
 あぶるといえば、海苔をあぶることもあんまりなくなった。「焼き海苔」が普及しているからだろう。
 何でもおいしいものがある生活になったことが「火に当てて軽く焼く」という意味での「あぶる」という言葉を日常生活からなくしているようだ。
 ところで、前々節で囲炉裏の火で「手をあぶる」と言ったが、今の若い人たちはこの用法での「あぶる」という言葉を実生活のなかで使っているのだろうか。その昔の暖房は火鉢、囲炉裏、ストーブだったので、外から帰ってきて手袋が雪で濡れていたりすると、手袋を脱いで手を火の上にかざし、湿気を取りながら暖めたものだった。これを私たちは「手をあぶる」と言った。このように「火の上にかざして暖めたり、乾かしたりする」という意味でも「あぶる」という言葉を使ったのだが、火と直接的に向き合う機会が少なくなるなかで、やがてこれも死語となるのだろうか。

 スルメといえばイカだが、その塩辛があった。私たちはキリゴミ=切り込みと呼んだのだが、いつも冬になると函館の親戚がどっさり送ってくれ、毎日の食卓に出た。まさに文字通りの塩辛、それはそれは塩っぱかった。だから幼いころは食べられなかった。ご飯が終わると、その塩辛を父が空になった茶碗に少し入れ、熱湯を注ぐ。見ていると、あの間延びしたような塩辛がちりちりと縮んで小さくなり、さらには消えてしまう。そしてお湯は少し茶色に濁る。それをおいしそうに飲む。その縮むのがおもしろくて、自分もやってみた。そしてそれを飲んでみた。熱い、そしてうまい。かなり塩っぱいが、かすかな甘みがある。身体は温まる。それがわかってから塩辛がある間、毎日のようにそうやって飲むようになった。そのうち、塩辛それ自体もそのままご飯のおかずとして食べられるようになった。好きになったのである。
 それにしても塩っぱかった。まさに塩辛だった。前節で述べたように、その昔は塩辛ばかりでなく何でもそうであり、それにはそれなりの理由があったのだが。
 しかし、今売られている塩辛は塩味が少なくなった。さまざまな塩辛が売られているが、そのほとんどは味醂などの調味料や添加物が入っていて変に甘く、どうしても私の口には合わない。だから店からは買わない。新鮮なイカが売られていたらそれを買って自分の家でつくることにしている。3匹くらい買い、そのうちの2匹は焼いたり、煮たり、1匹だけ塩辛にする。そのときは3匹全部の腑を使い、味付けは塩だけとする。これはうまい。
 たっぷりの腑と塩だけでつくるとうまいことを知ったのは1970年ころ、大学から大学院にかけてまた勤めてからも本当にお世話になり、当時札幌の隣町江別の大学に勤めていた大先輩のWmさんのお宅でだった。調査のために仙台から列車と連絡船を乗継ぎ、早朝札幌にたどりついてお宅におじゃまし、奥さんのつくった塩辛をごちそうになった。あまりのうまさに何度もお替りした。同時にどうしてこんなにおいしくつくれるのか聞いた。するとイカの腑をたっぷり入れることだという。それではその腑をどこから手に入れるのか、魚屋さんからもらうのだと言う。さすが北海道、みんな新鮮なイカをたくさん食べるが、刺身などをつくって売ると魚屋さんに腑がたくさん残り、ゴミとして捨てるしかないので、魚屋さんが喜んでたくさんくれるというのである。それを仙台で真似しようと思ったが、なかなかうまく行かなかった。北海道ほどイカをたべないし、新鮮でもない(もちろん当時の話)ので、魚屋さんからもらおうと思ってもない。買ったイカに入っている腑を使うより他ない。だからどうしてもWmさんのお宅のような味は出なかった。なお、北海道では腑と言わずにゴロということを網走にきて初めて知った。さすが網走、新鮮なイカがたくさんスーパーに並ぶ。たっぷりゴロ=腑を入れて塩辛をつくった。やっぱり味が違った。
 このイカの腑の大半はごみとして捨てられているようだが、本当にもったいない。たとえば、この腑を銀紙で包んで焼いて食べると酒のつまみとして最高である。これは知り合いの植木屋さんに聞いたのだが、お勧めである。また、秋にサトイモとダイコン、イカの輪切りを醤油とイカの腑で煮つけて食べるとこれまたおいしい。寒いときなどは身体が本当に温まる。ゴミの減量のためにも試していただきたい。

 スルメと言えばもう一つ、前々節で述べた切りいかの佃煮があった。どうやってやるのか鉋屑のように薄くして1~2㍉の細さに切ってあるスルメ=切りいか(買ったのか函館の親戚からの恒例の冬の贈りものの一つだったのか覚えていない)を祖母が甘く味付けして煮込んだものである。甘さに餓えていた時代だから好きになっていいはずなのだが、何しろ毎日食卓に出る。それだけならまだいい、中学時代はほぼ毎日の弁当のおかずだった。甘いもの不足、魚不足の時にいいではないかといっても毎日毎日ではあきてしまう。おかげさまで切りいかの佃煮はきらいな食べ物になってしまった。また、この切りいか以外の小魚の佃煮、これもよく弁当に入れてくれたので、きらいな食べ物の一つになってしまった。
 この切りいかやその佃煮は今どうなっているのだろうか、店で売っているのを見たことがないのだが。

(註)
1.笹かまぼこについては下記の記事で述べているので詳しくは省略する。
  11年10月12日掲載・本稿第三部「☆食べたいときにいつでも食べられる幸せ」(2、3段落目)
2.海産物の干物については下記記事でも述べているので参照されたい。
  11年3月31日掲載・本稿第一部「☆塩・干魚から生魚へ」(3段落目)
  11年9月28日掲載・本稿第三部「☆食の格差の変化」(2段落目)
スポンサーサイト

コメント

[C45]

イカ腑は味も活用法も奥深さがありますね。スーパーで3つで100円で売っているときがあります。解凍なので生なら何かやってみようっと。
  • 2013-08-27 20:16
  • Shusaku Ito
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

訪問者

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

QRコード

QR