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「使い切り」=使い捨ての時代の到来



                 続・今は昔、思いつくまま(9)

              ☆「使い切り」=使い捨ての時代の到来

 大学入試の時期、私たち教職員は試験監督に駆り出される。教室での監督も気を使うので大変だが、会場周辺の見回りの監督も大変だ。何しろ寒い時期、とくに雪が降ったり、季節風が吹いたりすると寒さが身に沁み、身体が完全に冷え切ってしまう。
 いつのころからだったろうか、ホカロンとかホッカイロとか言う「使い切りカイロ」が事務局から配られるようになった。お腹のところに入れ、背中のところに入れると、何とか少々の時間は寒さに耐えられる。本当に助かったものだが、このカイロ=懐炉なるものは昔からあったものだった。ただし、昔の(といっても私の知っているころのということたが)懐炉は、「白金懐炉」と呼ばれていたもので、タバコの箱よりも一回り大きい金属製の箱に詰めてある綿(白金触媒なのだそうだが)にベンジンを沁みこませて火をつけ、それが燃える熱で温まった箱を袋に包み、懐中に入れて身体を温めるというものだった。私の生家にもあり、祖母が時々使っているのを知っている程度、私は使ったことがなかったが、軽いし、一日程度もつので便利だったとのことである。ただし不便なこともあった。使うたびにベンジンを入れ、火をつけなければならず、けっこう危険だったからだ。
 ところが「使い切りカイロ」だとそんなことをする必要はない。ただ手で袋をこすれはいいだけ、一定の時間がたてば冷たくなる。やけどや火事の心配は一切ない。しかも使い捨てなので、後始末まで考えることはない。よくもまあ、こういう便利なものを発見してくれたものだと感心したものだった。
 実はこれで大震災のときに本当に助かったのだが、これについてはまた後に別項で述べることにする。このように役に立つ使い切りカイロだが、気になることが一つある。それは「使い切り」=「使い捨て」ということだ。またこれでごみを増やしてしまうのか、資源を浪費してしまうのかと罪悪感にさいなまれてしまう。
 同じことを感じさせたのが百円ライターだった。

 ライター、これは戦後とくに流行ったのだが、マッチのように湿ったり濡れたりしてつかなくなる心配はないし、かなり長期間使えるので、本当に便利だった。
 ただし、かつてはきわめて高価、さらに点火用の石が擦り切れてなくなったり、油が切れたりしたときの入れ替えも面倒だった。ところが、80年代ではなかったかと思うのだが、わずか百円と安くて軽いガスライターが売り出されるようになった。何でこんなに安くできるようになったのかわからないが、どこの店でも売っているので簡単に手に入る。店のPR用として無料でくれたりもする。これは喫煙者に喜ばれた。みんなマッチからライターに切り替えた。
 ヘビースモーカーだった私もそれを喜んでいいはずである。しかし、私は使わなかった。使い捨てに抵抗感があったからだ。あのプラスチック、まだ使えるように新しい、にもかかわらずガスがなくなったといっては捨てる、何とももったいない、ゴミを増やすもとにもなるし、石油やガスを消費することで資源を減らすことも問題だと思ったからである。そしてマッチにこだわった。マッチの軸木は燃えるのでゴミ処理問題は引き起こさないし、燃えた後に出る二酸化炭素は軸木の原材料の森林が吸収したもので新たに増えたわけではない、間伐材利用にもつながる。また、頭薬の硫黄は火山国の日本にあり余るほどある、しかもそれは噴火するたびに出るので枯渇しない、輸入しなければならない枯渇資源の石油とは違う。こんなことからマッチを使用、百円ライターは登山のとき持ち歩くだけだった(湿って火がつかないというようなことがないので)。
 しかし、みんなが百円ライターに切り替えるなかで、たばこ屋や雑貨屋でマッチを売らなくなってきた。大きい箱のマッチはあるが、あの小さくて薄い箱のマッチは売っていない。さらに、宣伝用の無料のマッチもなくなった。作ってももらってくれる人がいない、宣伝にもサービスにもならないので、作るのをやめるようになったのである。もう一方で、百円ライターを宣伝用として無料でくれる店が増えてきた。マッチが切れたときは、やむを得ない、その百円ライターを利用しないわけにはいかない。かくして21世紀に入ったころは私も百円ライター族になった。マッチを使わないことに対する罪悪感もあったが、考えてみれば軸木は輸入材に変わり、硫黄は輸入石油の精製の過程でつくられるようになっており、資源問題、環境問題の面では百円ライターとあまり変わらなくなっている。こんな言い訳をしながら、百円ライター族になってしまった。しかし、こんな罪悪感は感じなくともよくなった。02年にたばこをやめたからである(註1)。それからライターはほとんど使わなくなった。
 21世紀に入り、私のように禁煙する者が増えるなかで百円ライターの利用は減ってきた。きっとマッチの利用はさらに減っているだろう。でも、火をつけるとなるとやはりライターかマッチを利用する。これしかないからだ。とはいっても、直接的に火を使う機会は減ってきた。暖房に電気を使えば火など使わなくともすむ。たとえ火を使っても、電池等による自動点火装置がついているので、マッチやライターを使う機会は本当に少なくなっている。もしかするとマッチやライターのない家もあるのではなかろうか。オール電化の家などはそうかもしれない。
 火を使うようになって人間は人間になったといわれるが、火を使わなくなった今、人間は人間でなくなっているのだろうか。もちろん、直接点火はしなくとも火を使って煮炊き、風呂焚き等をしているので、やはり人間は人間なのだろうが、たまにはマッチで点火して煮炊きなどしてもらいたい。真夏に線香花火でもして、マッチで火をつけるだけでもいい。

 それはそれとして、火打石を使っていた江戸時代、マッチや付け木しかなかった明治・大正の時代(私の幼児のころもそうだったのだが)の人がタイムスリップして、使い捨てカイロ、百円ライターを見たら、何と便利なものがしかも豊富にあるのかと驚くことだろう。でも、資源環境問題等々、その裏にあるものを聞けば、どう感じるだろうか。

 「使い切り」と言えば、一時かなり気になったのはいわゆるインスタントカメラだった。なお、これは通称で、本来インスタントカメラとはポラロイドカメラのこと、われわれの言うインスタントカメラは「レンズ付きフィルム」と言うのが本当らしい。また「使い切りカメラ」とも言うとのことである。ここではその後者を使わせてもらう。
 この使い切りカメラ、これは80年代末からブームになるのだが、こんなに便利なものはなかった。
 まず、普通のカメラのように、フィルムを入れたり出したりしなくていい。だから装填ミスや露光ミスがない。
 かつてのカメラはフィルムを装填するのがけっこう難しかった。きちんと入れたつもりなのにフイルムの巻取りがうまくいかず、まったく撮れていなかったなどということもあった。もちろんそんなことは私の生来の不器用が原因なのかもしれない。でも私以外にもそういう失敗をした人がかなりいたので、私だけの問題ではないと思うのだが、ともかく使い切りカメラは器用不器用関係なし、装填の失敗はないので安心、手間もかからない。
 さらにいいことは、絞り、ピント、露出時間等まったく考えなくともいいことだ。すべてカメラがやってくれる。さらにフラッシュまで内蔵されているものも出て、夜でも撮れる。
 これまでのカメラは撮影するときがめんどうだった。天候や明暗の程度を見て露出とか絞りとかを変える、距離を合わせるのがなかなかうまくいかず、ピンボケ、暗すぎ、明るすぎ等々失敗作がたくさんできる。きちんと勉強してやればいいのだが、教わってもなぜかすぐ忘れてしまい、なかなかうまくいかない。ところが使い切りカメラはまったくそんな心配はない。芸術写真でも撮ろうとするなら別だが、記念写真、記憶のためなどならこれで十分である。
 だから、カメラなど触ったことのない人、写真を撮りたくともなかなか撮れなかった人、メカに弱いお年寄りや女性(かつてはそうだった)、子どもでも、だれでも写せる。
 しかも値段が安い、軽い、小さい、邪魔にならないとくる。
 そんなことから、使い切りカメラは大ブームになった。どこの店でも、どこに行っても使い切りカメラを売るようになった。そうなると、カメラを忘れたなどと騒がなくともよい。なんと便利だろう。
 何とも喜ばしいことである。しかしやはり「使い切り」要するに「使い捨て」は気になる。あれだけの量のカメラケースが捨てられたら資源・環境問題をさらに激化させることになる。
 さすがにそれは大きな問題となり、やがてカメラケースは再生利用されることになった。後はフィルムの使い切りが問題になるだけ、これは他のカメラでも同じ、まあこれはやむを得ないだろう、「使い切りカメラ」は「使い切り」ではなくなったと言っていいだろう。とすると、このカメラは何と呼べばいいのだろうか。もう一つの呼び名の「レンズ付きフィルム」を用いるしかないが、それではカメラではないような気がして、どうもピンとこない。

 てなことを考えていたら、「使い切りカメラ」を売っている店は数年前からほとんど見られなくなった。あれだけたくさんあったのにである。デジカメ、カメラ機能付携帯電話が普及してきたからである。もう今は使っている人はいない。
 一世を風靡した「使い切りカメラ」、わずか20年の命でしかなかった。もはや過去の遺物となってしまった。これも技術進歩の結果、やむを得ないことなのかもしれないが、何か割り切れない気がする。
(次回は年明けの1月6日・月曜の掲載とする)

(註)
 12年1月13日掲載・本稿第三部「☆たばこをやめた話」参照

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コメント

[C52] 使い捨てといえば

なかなか壊れないので使っています。PC→win2000,TV→CRT,Dijital Camera→smart media,もったいない我家2014
  • 2014-02-10 20:13
  • Shusaku Ito
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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