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子どもの遊び(1)

  



               ☆べっきどん、おごんつぁん

 雨蛙をつかまえ、地面に思いっきり投げつける。すると蛙は動かなくなる。子どもたちは死んだと考える。次に子どもたちは、べっきぐさ(おおばこ)の葉っぱを取ってきて、それを蛙の上にかけて、姿を見えなくする。それから、その蛙のまわりに丸く小石を並べて囲う。ただし、一ヶ所だけ開ける。それが入り口である。そしてみんな座ってそれを囲み、次のような唄をうたう。
   「べっきどん べっきどん えづすんだ
    (蛙さん    蛙さん   いつ死んだ)
    ゆんべなの もづくって けさすんだ
    (夕べの  もち食って 今朝死んだ)
     いしゃどんが きたがら とをあげろ
    (医者さんが 来たから  戸を開けろ)
    べっきどん べっきどん がえろがえろどん
    (蛙さん   蛙さん   がえろがえろどん)」(註)
 そうすると、ああら不思議、蛙はもそもそ動きだす。実は気絶しているだけなのだから当然なのだが、子どもは生き返ったのだと考え、その不思議さに驚く。

 もうこんな唄を歌って遊ぶ子どもはいなくなった。前に述べた杉の葉拾いの歌ももちろん歌われていない。こういう遊び唄とも仕事唄ともつかないわらべうたが全国各地にあったのではなかろうか。そしてもうそれは消えているのではなかろうか。私も忘れたものがある。手まり唄、縄跳び唄、子守歌いろいろあったはずなのだが、どうしても思い出せない
 最近NHKの教育テレビに「にほんごであそぼ」という番組ができ、そのなかで各地のわらべうた、あそびうたを取り上げている。子どもたちにも評判がいいとのことだが、ぜひこうしたことを続けてもらいたいものだ。

 みんなでじゃんけんする。最初に負けた子どもが「おごんつぁん」(「おこんさん」のことだろうと思う)役になり、二番目に負けたのがその子のお母さん役になる。
 おごんつぁん役の子どもは道路脇の家の壁の前でみんなに背を向けてしゃがみ、顔をかくす。お母さん役はその前に立っておごんつぁんを保護するように隠す。
 他の子どもたちはみんなで手をつなぎ、次のように歌いながら、おごんつぁんとお母さん役の前まで進む。
   「やーまのやーまの おーごんつぁん
    (山の 山の     おこんさん)
    あそびさ んがねがねえーね
    (遊びに 行かないかねえ、ね)」
 すると、お母さん役の子どもが答える。
   「まだ ねーっだ
    (まだ 寝てる)」
 それに対して他の子どもたちみんなは一斉におどろいたように言う。
   「おそいわねえーね」
 そしてそのまま後ろに下がる。それからまたさきほどの歌を歌って前に進み、遊びに行こうと誘う。お母さん役がまた答える。
   「えま かお あらってだ
   (今  顔   洗ってる)」
 また子どもたちは「おそいわねえーね」と下がる。これを何回も繰り返す。お母さん役の答えは毎回必ず違えなければならない。お母さんがいかに理屈をつけて外に出さないようにするかが、一つの遊びなのである。しかし、とうとう言い訳の言葉につまる。そこでしかたなく言う。
   「えま んーぐ
   (今  行く)」
 おごんつぁん役の子どもがみんなの前に出てくる。みんなは遊んであげるふりをしながらおごんつぁんを取り囲み、みんなでなぐる(もちろんなぐったかっこうをするだけだが)。するとおごんつぁんは泣く(もちろんこれも泣くふりをするだけ)。お母さん役はそれを見て怒ったふりをして「こらぁ」と追いかける。みんなはちりぢりになって逃げる。それをお母さんとおごんつぁんが捕まえる。全部捕まえ終わったら、今度は最初と二番目につかまったものとがおごんつぁんとお母さん役になる。そしてまた今やったのと同じことを繰り返す。
 要するにこれは鬼ごっこなのである。お母さん役が鬼になるだけなのだが、それがつかまえに行くまでなぜこんな儀式をしなければならないのかがわからない。鬼ごっこは「しぇめっこら」(山形言葉で「しぇめる」は「捕まえる」ということなので、これは「つかまえっこ」ということになる)という名前で別にあるのに、なぜか素直にそうしないのである。ただ単純な鬼ごっこだけではなく、たまにはそれにもう一つの別の種類の遊びを付け加えて遊ぼうとしたのかもしれない。

(註)
 すでにどなたかがこのメロディーを採譜しておられるかもしれないが、もしかしてされていない場合を考えて、本稿の最後に採譜して記載し、遺しておくことにしたい。素人の私が採譜したので誤りがあろうかとは思うが、大体このようなものだという雰囲気だけでもわかってもらえればと思う。何かあればご指摘願いたい。なお、音符を書くソフトを使いこなせないために、小節の長さが斉一でなかったり、汚くて見にくくなったりしているが、これもお許し願いたい。



べっき
おごん
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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