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「世界で一番企業が活動しやすい国」へ

  

                    この国はいずこへ(3)

               ☆「世界で一番企業が活動しやすい国」へ

 戦前こんなざれ歌が日本の軍隊のなかにあり、私たち子どもも聞き知っているほどに世の中に流布していた。
  「輜重輸卒が 兵隊ならば
   ちょうちょとんぼも 鳥のうち」
 輜重輸卒(しちようゆそつ)とは軍隊の必要とする食糧・水・被服・武器・弾薬等々のさまざまな物資を最前線の戦場などに輸送する兵士のことを言う。こうした輜重輸卒は兵隊つまり軍人とは言えない、前線で闘う任務をもつ兵士こそ本当の軍人なのだと、この歌は言うのである。
 こんな歌が平気でうたわれたことからわかるように、日本の軍隊は軍需物資の調達、補給、輸送、そのルート(兵站線)の確保を軽視した。太平洋戦争のときなどはその典型だった。それを考えずに兵站線を延ばすだけ延ばしたのである。
 一方、太平洋戦争で戦った米軍はこれを徹底して重視した。だから、戦闘にさいしては日本軍の兵站線をいかに断ち切るかにも力を注いだ。そのために戦争末期に日本軍の武器弾薬は不足し、食糧も不足して飢えに苦しむことになり、さらには現地住民から略奪して食糧を確保しようとしたためにその恨みを買って敵にまわし、自滅することにもなったのである。
 そこで若い頃はこんな風に考えていた、日本人とは最前線で戦うこと、表面的に目立つこと、直接役立つことばかりを評価する、サムライだけを評価し、町人百姓は一段下に見る、何とだめな国民だろうと。
 しかし、そうではなかった。日本人のなかにもきちんと考えた人もいた。
 秀吉がその典型だ。彼はよく兵糧攻めをした。これはまさに兵站を断ち切るという戦術である。また、賤ヶ岳の合戦なども兵站を非常に重要視していることを示している。兵士が合戦地にすばやく移動しなけれならないとき、何人かの騎馬武者が賤ヶ岳に向かう道路に沿う集落に対し、「松明と炊き出しの握り飯、水などを用意し、それをこれからここを通る兵士に提供せよ、そうすれば後で褒美を与える」と触れて回った。それに応えて住民たちが点けた松明の火を頼りに、また住民の準備した水を飲み、お握りを食べながら、軽装で兵士たちが走ることができたために、柴田軍の予想した以上の速さで目的地に到着し、勝利の基礎をつくったという。
 このことは何をするにしても食糧などの資材がいかに重要であるかを示している。戦時ばかりではない。日常の生産と生活においても同じだ。
 企業だってそうだ。企業の兵士である労働者が食糧不足で飢えていたら仕事をすることはできず、負けてしまう。このことを戦中戦後痛感したから、戦後の財界は食糧増産を当然のこととして受け止め、農業保護政策にそれほどの異をとなえなかった。
 ところが今の政財界、マスコミは、食糧・兵站の確保の重要性をまったく考えない。自動車産業は国を支えているが、農業はそうではないかのごとく言う。第一線の兵隊=輸出産業だけを戦っているものとして讃え、それを支える食糧の生産者を戦っているものと考えず、差別する。そして超大国に食糧を依存し、途上国から食糧を飢餓輸出させようとする。
 これでは世界で天下をとれるわけはない。基本はやはり食糧自給なのである。
 と言うと、政財界、マスコミ等はそんなことを言うのは時代遅れだ、もっと自由化しなければ世界の流れに取り残される、関税撤廃を原則とする経済連携協定(TPP)を農産物輸出国との間で締結する必要があるという。そして協定交渉に参加し、アメリカの言うままに関税自主権を実質的に放棄しようとしている。
 しかし、政府も認めているように「日本は世界に先駆けて関税を引き下げ」ており、「鉱工業製品についてはもっとも低い水準」にあり、農産物の関税率は世界で二番目に低い。すでに開くだけ開いている。
 ところがそうしたことは言わない。そして日本は閉鎖的な国だと宣伝し、もっと開くべきだ、それに反対するのは江戸末期の頑迷固陋な攘夷派と同じだ、攘夷派を押し切って「安政の開国」をやったように、守旧派=自由化反対派を切って「平成の開国」をやろうという。
 しかしここで考えなければならないことは、「安政の開国」はアメリカの武力を背景とした圧力のもとで治外法権を認め、関税自主権を放棄させられた開国だったということだ。そしてこの屈辱的な不平等条約を改定するのに半世紀もかかった。
 今回の「平成の開国」、TPPもアメリカに対する関税自主権の実質的な放棄でしかない。治外法権はすでに米軍基地についてだけではあるけれども安保条約で放棄(註1)、今回はTPPで関税自主権の放棄、これでは150年前の安政の不平等条約の時代への逆戻り、歴史の逆行ではないか。
 歴史は二度繰り返す、一度目は悲劇で、二度目は喜劇でとよく言われる。今回もしもTPPが通ったら喜劇ではなくさらに大きな悲劇の再来となろう。何としても阻止し、この騒ぎを政財界・マスコミの演じた喜劇で終わらせたいものだ。
 しかし政財界は強硬だ。さまざまな人々の反対を押し切ってTPPを推進し、日本を企業が世界で一番活動しやすい国にしようとしている。

 政権を握ったものは一般に国民の暮らしを豊かにすると公約する。本音は別にして、実際そうするかどうかは別にしてだが。
 ところがそうは言わない政権担当者もいる。今の日本がそうだ。現政権担当者は「世界で一番国民が暮らしやすい国」にするとは言わない。口先だけでも言わない。
 そして「世界で一番企業が活動しやすい国」にすると言う。つまり「世界で一番企業がもうけやすい国」にするというわけだ。そのために法人税を引き下げ、労働法制の有名無実化など企業優遇政策を展開するという。
 いうまでもなくその反面は消費税など大衆課税の強化、労働者の権利侵害、社会福祉など国民生活の切り捨て政策の展開となるわけだが、いったい国民はどうなるのだろうか。年金が切り下げられているところに消費税の増税、私たち高齢者はどう暮らして行けばいいのか。
 そういう疑問に対して政府は「トリクルダウン」理論を振り回す。企業がもうかればそのおこぼれが必ず国民にも回ってくる、国民も豊かになる、だから心配はないと。しかし、こんな理論の破たんは歴史が証明している。政治的に何もしないで放置しておけば、自由にさせておけば「富めるものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなる」だけ、格差がさらにますます拡大するだけなのである。現にいま日本はそうなりつつある。ところが現政権は平然と企業優遇政策をとり、さらにそれを推進する。そして国民の暮らしを豊かにする政策をとろうとしない。
 さらに問題なのは「外国の企業・人がもっとも仕事をしやすい国に変えていく」とまで言っていることだ(註2)。
 これが日本の政府のトップが言うべき言葉なのだろうか。まず自分の国の企業、人が仕事をしやすくし、経済を発展させるべきなのに、外国の企業を優遇すると言うのである。一体どこの国の首相なのかわからない。愛国心を強制する人がもっとも愛国心をもっていない、こうしか言いようがない。
 そして彼は言う、そのためにこれまでの「岩盤規制を打ち破るドリルに自分がなる」、「いかなる規制も私のドリルから無傷ではいられない」と。
 岩盤規制、とくに政界の一部や財界がいう農業・雇用・医療・教育などの分野にかかわる規制、この多くは国民生活を守る上での最低限の規制であり、だからこそ簡単に緩和や撤廃ができないように、まさに容易に切り崩せない岩盤のようになっているわけだが、それを何とドリルでつまり強権で打ち破っていくと言うのだ。
 そして雇用に関して言うと不正規労働の一層の拡大、残業の自由化、首切りの自由化を図ると言う。さらには低賃金の外国人労働者をどんどん入れようと言う。
 農業に関しては農産物輸入の全面自由化、内外の資本による農業・農地支配の自由化、農産物需給均衡政策の全面廃止(註3)をすると言う。そして国内の大企業はもちろんのこと外国の大企業も日本の農地を手に入れて農業ができるようにし、輸入農産物と合わせて国内農産物の流通加工を支配できるようにし、さらにはその農地の転用や売買で大儲けができるようにするというのである。
 こうして現政権は財界とともに農山漁村を、日本人の故郷を、働く人たちの権利を、私たちの暮らしをドリルを打ち込んで傷つけ、破壊していこうとしている。そして「国民はどうあれ内外の企業が世界でもっとも豊かになれる国」にしようとしている。
 「美しい国」とはこういう国のことをいうのだろうか。何かおかしくないか。どこか狂ってはいないか。

 さきほどTPPは関税自主権の放棄だと言ったが、実はそれだけではない。それ以外の分野においてもアメリカの認めるもの以外日本の主権、日本独自のルールは認められなくなるなど、日本の自主性は放棄させられる。農林水産物の輸入ばかりではなく、食の安全、環境保全、医療、金融・保険、労働法制、中小企業支援制度、公共事業の発注等々あらゆる分野に関するルールもアメリカ並みにしなければならなくなるのである。そうしないとたとえばISD条項などで言うことを聞かされることになる。
 つまり非関税障壁の撤廃の名の下に国民生活のあらゆる分野でアメリカンルールが日本に押しつけられ、アメリカを母国とする多国籍企業が自由に日本で利益をあげていけるようにされるのだ。まさに日本の国の形が変えられるのである(註4)。

 しかし大手マスコミはこうした問題点を報道しない。TPPの問題は農産物の自由化問題だ、日本の農家、農業団体が反対していることに問題があるだけだと矮小化、歪曲し、企業に任せれば、大規模化すれば、輸出すれば農業はやっていけるなどと報道する。
 そして政財界、大手マスコミ、さらには労働団体までも、今はグローバリズムの時代だ、それに反対するのは時代遅れだと冷笑する。
 しかし、そもそもグローバリズムの本質は多国籍企業を中心とする巨大企業が世界中どこでも自由に活動できるようにすることにあり、TPPはその一環であって、太平洋中心にまずそれを実施してアメリカを本籍とする多国籍企業が自由に活動できるようにし、それを世界中に拡げていこうというものなのである。だからTPPが日本に利益をもたらすなどということは基本的にはあり得ない。TPPはそもそも日本人のつくりだした富をアメリカの(多国籍企業を握る)一握りの富裕層にこれまで以上に円滑に移転させる仕組みでしかないからである。
 ところが日本の大企業はTPPに積極的に参加して、つまりアメリカの後ろをついて自分も世界各地に進出できるようにしてアメリカのおこぼれをちょうだいしようとする。国益などはどうでもいいのである。しかも日本の企業のかなりの部分がアメリカの資本に握られつつあり、彼らにとってはましてや日本の国益など関係ない。そもそも資本は、利益を得る機会が国境でもって阻害されては困るので国境をなくしたいのであり、それをアメリカの多国籍企業の主導のもとに全世界で推進しようとするのがグローバリズムなのである。マスコミはそうした本質を明らかにしようとしない。そして世界的な流れには逆らえない、日本の企業が生きていくためには、そして職を失いたくなければTPPに参加するより他ないと宣伝する。
 こうしたなかで国民のなかにもTPPは必要なのではないか、農産物輸入自由化もアメリカに若干譲歩する必要があるのではないかというような意見が増えつつある。しかしもう一方で食糧自給率をもっと引き上げる必要があるという声は根強くある。これは矛盾しているのだが、これをどう解決していくか、TPPをどうするのか、これが今後の日本の将来を決することになろう。
 しかしこのままだとどうも悪い方に行きそうだ。何とも憂鬱な今日この頃である。

(註)
1.治外法権は「基地内だけ」と書いたが、現実はそうではない。2004年8月に起きた沖縄国際大学への米軍ヘリコプター墜落事件からもそれがわかる。墜落直後断わりもなしに米軍兵士が一斉に大学敷地内になだれこみ、大学の教職員学生をすべて退去させ、さらには警察官や消防署員まで校内や周辺地域に入れようとせず、まさに米軍の支配下においたのである。その一ヶ月後に大学を訪れて、このときの悔しさ、悲しさを大学の人たちから聞いたとき、言葉も出なかった。それに対して政府が抗議したと言う話も聞いていない。日本はまだ本当に独立していない、それをしみじみ感じさせられた。

2.スイス・ダボス会議での安倍首相の発言(14年1月24日付日本農業新聞)
3.さまざまな問題を抱えながらも50年近くにわたって実施してきた米の生産調整を廃止するなどというのはその走りである。
4.TPPに関しては下記掲載記事で農業農村とのかかわりでその問題点に触れているので参照されたい。
  12年9月19日掲載・本稿第四部「☆TPPとアジアの富裕層のための農業の勧め」、
  12年9月21日掲載・  同 上  「☆内外の富裕層のための医療の勧めと農山漁村」
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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