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牛・鶏の暮らしと私たちの理解



                  家畜の飼育と私たちの暮らし(5)

                 ☆牛・鶏の暮らしと私たちの理解

 ちょっとここで脱線させてもらう。
 さきほど居酒屋の亭主Aさんが雄のヒヨコのなかに雌が混じっていることがあったと言ったが、これはこういうことである。
 いうまでもなく採卵鶏飼育者にとって必要なのは卵を産める雌だけ、したがって種鶏業者はヒヨコのなかから雌だけを選び、それを採卵鶏飼育者に供給することが任務となる。
 そこで雌雄を選別して雌を販売するのだが、そうすると雄が残る。ところが、種鶏業者にとっても雄は不用物である。それで種鶏とするものを除いてほとんどがそのまま殺処分されることになる。
 そういう無価値のヒヨコだから子どもたちにはこべ=餌とのかわりにつまりただ同然でくれたわけだが、その雄の中にたまに雌のヒヨコが混じっているのは種鶏業者が雌雄の判別を間違ってしまったからである。
 なぜこんな間違いをするのか、専門家なのに何事かと思われる方もおられると思うが、実はひよこ=初生雛の雌雄鑑別は非常に難しく、外見では判断できないものらしい。 それでも日本の研究者は昭和初期にその鑑別法を発見した。肛門が雌雄によってちょっと異なることを発見し、それで鑑別する方法を開発したのである。といっても雛の小さな肛門を見てその差異を見つけるのには技術と経験が必要、それを習得した人が「初生雛鑑別師」として認定され、鑑別するようになった(註1)。これでほぼ正確に鑑別できるようになったのだがやはり人間、たまに間違うこともあり、それが前回述べた居酒屋の亭主の話となるのである。

 私の生家でも間違われたことがあった。
 私が中学に入ったばかりの頃、鶏への餌やりが弟妹の役割になったころだったと思うのだが、10羽ばかり購入したひよこのなかに雄が1羽紛れ込んでいた。どうもおかしいと気が付いたのは一ヶ月も過ぎてからではなかったろうか、1羽だけとさかが大きく伸び、身体も少々大きい、どうもこれは雄ではないかということになった。間違いなく雄鶏だった。
 そのことで雛を購入した業者と折衝があったのかどうかわからない。どうしてそうすることにしたのかもわからない、面倒だからかもしれないが、祖母はそのまま飼い始めた。真っ赤なとさかがどんどん大きくなり、身体も雌の1.5倍くらい、鶏小屋の支配者のようになってきた。困ったのは朝の鳴き声だ。近所中に響き渡る。大半が農家で朝早く起きるので苦情はでないが、何とも肩身が狭かった。
 そのうち1羽の雌鶏が産卵場所(米俵の下の方4分の1を切って、その底にわらを敷いてあるもので、鶏はそこに座って卵を産んだ)にじっとうずくまったまま動かなくなった。いつもは産み終わるとすぐにそこから出て動き回るのにである。どうも卵を抱き始めたらしい。こんなことはこれまで見たことがなかった。要するに雄鶏がいるので有精卵を産んだのである(もちろんそのころの私は有精卵だとか無精卵だとかをまだ知らなかったが)。だから本能的に卵を抱き始めたのだ。
 そうすると二つ困ることが起きる。一つは他の鶏の産卵場所が奪われ、あちこちに産み落とされて汚れたり、潰れたりすることだ。もう一つは卵を抱いている鶏は抱いている期間卵を産まなくなることである。
 実は記憶はここまで、その後どうしたのか全然思い出せない。ひよこが生まれた記憶がないからたしかうまく孵化しなかったのではなかったかと思う。それから雄鶏をいつごろどう処分したのか、生体で業者に売ったのか、私たちのお腹に入ったのか、これも記憶がない。でもこの経験のおかげで後で学校で習った無精卵とか有精卵とかが実感としてわかった。

 もう一つ、産卵とのかかわりで雑談をしておきたい。
 雌鶏は、1羽でも、何もしないでおいても、大きくなると卵を産む。それと同じことで乳牛も大きくなると何もしなくともひとりでに牛乳を出す、乳牛はそういう性質をもっている、そう思っている人がいる。私の家内もそうだった。生まれが馬耕地帯で牛の飼育をまともに見たことのなかった家内は高校のころまでそう思っていたと言うのである。
 それを聞いたときは思わず笑ってしまったが、今の子どもたちのほとんどがそんな風に思っているのではないだろうか。 また、乳牛も産卵鶏と同じように雌が大事にされるということ、人間が牛や鶏の男女いや雌雄差別をしていることなども知らないだろう。
 家畜のことなどほとんど知らないだろうからだ(註2)。人間が人間となって以来家畜とかかわりあってきたのに今はほぼ完全にその関係が断ち切られているのである。そんなことでいいのだろうかと疑問を感じてしまう。

 一昨年、秋田の研究者NK君が学生数人を連れて酪農を経営している岩手・葛巻の実家に行くというので、私もごいっしょさせてもらった。そのときのことである。
 たまたま到着した日が1頭の牛の出産日と重なり、NK君のご両親がその世話をしているところに学生諸君は立ち会うことになった。それで彼ら彼女ら牛の出産を生まれて初めて見ることができたわけだが、みんな感激していた。
 子牛は生まれるとすぐにNK君のお母さんから身体をきれいに拭いてもらい、その後親牛から離され、抱っこされて別棟の子牛の飼育室に連れて行かれる。そこで子牛は一生懸命立ち上がろうとする。それを見て学生諸君はまた喜ぶ。がんばれと声をかけ、ようやく立ち上がった牛をなでてやり、その可愛さに目を細める。
 そのときどんな感想をもったか具体的には聞かなかったが、感じることがいろいろあったのではなかろうか。

 ご存じかもしれないが、今は親の乳を直接子牛に飲ませない。人間が親牛から絞った初乳を人間の手で飲ませる。また昔は生まれたばかりの子牛の身体を親牛が舐めてやり、それできれいにしてやったものだが、それも今は人間がやってやる。そして親と切り離して別棟もしくは別室で育てるのである。その方が育てやすいし、親牛の搾乳も早く再開できるからである。
 しかし、親牛は子牛の身体を舐めてやりたくて、自分で乳を与えたくてもうもう鳴く。これは本能的なものだろう。しかし、子牛と別れる悲しさはそのときの一瞬で終わる。育てることをしなかったので特別な愛情が生まれないからだろう、翌日は日常にもどっている。
 一方子牛は、産まれるとすぐに離されてしまったから親牛がわからない、だから別れの悲しさを訴えて鳴くなどということはない。
 それを見て思った、どっちがいいのだろうか。昔のように最初はいっしょに育て、つまり親子の愛を発揮できるようにしてやり、やがて別れさせるというようにした方がいいのだろうか。そのかわりに別れは辛い。前に述べたが(註3)、その嘆き悲しみを見ている人間も辛い。
 いずれにせよ別れさせられるさだめ、それなら悲しみを少なくしてやった方が、そのために早く別れさせた方がいいのだろうか。その方が人間にも楽だし、育てやすい。
 どっちがいいのか私にはわからない。
 学生諸君は昔のことはわからないので私のような疑問、感想はもたなかったろう。でも、あのときこの話をして意見を聞きたかったと後で思ったものだった。
 もしも会う機会があったら聞いてみたいと思う。
 こんなことも彼らに聞いてみたい。親鶏の後をついて歩くひよこの姿を見たことがあるかと。さきほど述べたようにその昔は雌鶏が卵を抱いて孵化させていた。だからひよこは親がすぐわかり、親の後をちょこちょことついて歩いた(註4)。それはそれは可愛かった。親子の情愛もわかった。ところが今は卵は親から取り上げられ、孵卵器のなかで孵化させられる。だから親などはさっぱりわからない。親どころか成鶏を見ることもなしに大きくなる。雄などは二~三日しか陽の目も見ない。もちろん孵卵器でほぼ確実に雛に孵る。この点ではいいのだが、どちらがひよこにとって親鶏にとっていいのだろうか。よくわからない。学生諸君はどう考えるか、聞いてみたい。
 ついでに鶏と牛の居住環境についても聞いてみたい。

 かつて鶏は放し飼いもしくは平飼いで、限られた範囲内でも鶏は自由に歩くことができた。
 ところが今採卵鶏は狭いケージのなかに1羽ずつ閉じ込められ、歩き回ることもできないでいる(註5)。後に述べるブロイラー(肉用鶏)は密閉された薄暗い鶏舎に閉じこめられ、何千羽もが狭い空間をお互いぶつかりながらしか歩き回れず、成鶏になりきれず、卵を産むこともできずに人間のお腹に入る。
 粗食ではあってもお互いけんかしながらも自由に歩き回れる昔の鶏と、鶏の間でいじめいじめられ関係はなく、餌はたっぷり食べられる、代わりに自由に動けない今の鶏、どっちが鶏にとって幸せなのかよくわからない。
 牛も同じことだ。昔の役牛は人間の指示にしたがってではあるけれども歩くことができた。乳牛には運動場が与えられていた。ところが今の牛は、肉牛にしても乳牛にしても、牛舎のなかのスタンチオンにつながれてまったく動き回ることができないでいる。もちろん雌牛や子牛が放牧されることはあるけれどもそれはほんの一時期でしかない。畜舎にいれば、冬の寒さや夏の暑さに直接あたることもなく、餌を探して歩く心配もなく、病気にかかってもすぐに治してもらえる等々いい点はあるのだが、どっちがいいのだろうか。

 牛や鶏だけではない、豚や馬についても飼育のしかたにときどき疑問を感じることがある。人工授精だって、選抜や交配だって、疑問と言えば疑問だ。
 いずれにせよ私たち人間は家畜の生理生態を人間の都合のいいように利用してきた。そして自分たちの都合を家畜に押し付けてきた。
 こうしたことを今どれだけ人間は知っているだろうか。そもそも今の人たち、とくに若者たち、家畜をまともに見たことがないのではなかろうか。

 私の母方の叔母の婚家は山形の山寺の奥で酪農をいとなんでいる。ときどきそこに遊びに行っていた私の息子が中学のとき(もう30年以上も前になるが)、遠足の場所がたまたまその山寺だった。参拝し終わった後の自由時間、息子が同級生に聞いた、牛を見たことがあるかと。何と十数人が実際に見たことがないという。それじゃ見せてやる、ついて来いと叔母の家に連れて行った。突然ぞろぞろと訪ねてきた息子たちを見て叔母はびっくりしてしまい、ジュースか牛乳をみんなに飲ましてやればよかったのにすっかり忘れてしまった、悪いことをしたと後で笑っていたが、子どもたちはみんな初めて牛を見て喜んでいたという。
 そうなのである、今の子どもたちの多くが家畜を知らなくなっている。
 いや知識としてこういうものがいるとは知っているが、実物に触ったことはもちろん見たこともない。肉や乳、卵は知っているが、そのもとになる家畜を知らないのである。当然どのように飼われているかも知らない。だから人間がどれだけ勝手なことをして、申し訳ないことをして家畜を飼っているかも知らない。これでは家畜に対する、食に対する感謝の気持ちなど生まれるわけはない。

 農家生まれの私やNK君はもちろんのこと、都会っ子だったKT君や飲み屋の亭主のAさんも、何らかの形で家畜とつきあっていた。かつてはほとんどの人がそうだった。だから家畜と食をはじめとする人間の暮らしは頭の中で結びついており、家畜に対するそれなりの思い入れをみんな持っていた。しかし今はそんなことを一切考えないで食べたり飲んだりしているのではなかろうか。
 そもそも人間は人間となって以来、家畜をつくり、家畜とともに生きてきたのだが、今は人間と家畜が完全に切り離された社会になってきた。このことは人間が人間らしくなくなりつつあることを示しているのではなかろうか。
 大都会に住む子どもたちにも家畜と付き合わせる機会を何とかつくってあげたいものだ。学校教育の中にきちんと位置付けることも必要なのではなかろうか。山羊を飼ったり、ウサギを飼ったりして大きな成果をあげている小学校もあるとのことだが、「お受験」「塾通い」のための時間がもったいないと親からクレームがついてその普及は難しいだろう、ちょっと悲しい。
 話は飛んでしまったが、また元に戻ろう。

(註)
1.この鑑別技術は世界中で注目され、日本の技術者が世界中を回って指導し、また外国からも習いに来たという。なお、KT君によると、現在はちょっと変わり、巨大規模の養鶏場では品種間交雑を行っているので、伴性遺伝を利用し、雌と雄の羽毛もしくは羽色を違うようにして大量に鑑別することを可能にする羽毛鑑別法もしくは羽色鑑別法を採用しているとのことである。

2.11年10月19日掲載・本稿第三部「☆食と農の断絶」参照
3.10年12月10日掲載・本稿第一部「☆子牛の売られていく日」(3段落)参照
4.この姿を見ていると生物学で習う「刷り込み」現象もよく理解できるのだが。KT君によるとオーストリアのコンラート・ローレンツという学者はこの現象をガチョウで発見してノーベル医学生理学賞を得たとのことである。
5.11年8月1日掲載・本稿第二部「☆平坦部への施設型畜産の普及」(2段落)参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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