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採卵鶏と肉鶏の分離



                  家畜の飼育と私たちの暮らし(6)

                    ☆採卵鶏と肉鶏の分離

 生家の近く(幼いころは遠いと思ったものだが)にある分家の向かいの家(非農家だった)でシャモを雌雄それぞれ一羽ずつ飼っていた。雄は大きかった。私の幼いころは自分の背より高く見えるほどで、目つきは鋭く、羽根の色は普通の鶏のように白ではなくて茶色を主体とした何とも猛々しい色、見ただけでこわかった。
 友だちからこんな注意を受けていた、あれは鶏同士で闘わせるための鶏だ、だから気性が荒く、人間にも飛びかかってきて目をつぶされる、だから近づくなと。同時に彼らから聞いたのはシャモの肉はすごくうまく、戦えなくなったら肉として高く売るらしいということだった。これを難しくいえば、シャモは漢字で軍鶏と書くように闘鶏用の鶏だが、肉用としても珍重されたということになろう。なお、卵も食べられたとのことなので採卵用としても役に立っていたようである(もちろんそれは雌だけだが)。
 それから、生家から500㍍くらい東の集落に友だちと遊びに行ったときだったような気がするが、ある家の庭先でチャボという茶色の小さな鶏を買っていたのを見た記憶もある。これも友だち情報だが、卵は小さいがかなりうまいそうだ、肉もそうらしいということだったが、チャボを飼育しているのは卵や肉を手にいれるためよりも可愛いかららしい。いくらうまいといっても普通の鶏つまり当時飼われていた白色レグホン種よりは産卵量や肉の量などでは劣り、経済的には白レグの方がずっといいからである。したがってチャボの飼育は愛玩が主目的で、採卵、食肉は飼育の副次的な目的だったということになる。
 同じく茶色だが、大きさは白色レグホン並みの鶏の名古屋コーチン種もたまに見かけた。この名前はかなり後で知ったのだが、これはおいしい肉ができるというので食肉用として珍重されたとのことである。また卵を採って売りあるいは食べるということも飼育の目的だったらしい。そういう点からいうと卵肉兼用種と言っていいのだろう。
 これに対して、普通に飼われている白色レグホンは採卵が目的、つまり採卵鶏である。ただしそれは食肉としても利用された。卵を産まなくなってお役御免となった鶏は廃鶏として処分され、そのさいに出る肉が幸か不幸か(人間にとっては幸だが鶏にとってはどうだろうか)人間の食用になったのである。飼育した家で絞めて家族のお腹に入れる場合もあれば、買いに来た仲買人に生体を売り、それを処理したものが肉屋さんの手を経て消費者のお腹のなかに入る場合もあった。したがって鶏は採卵用、食肉用として飼育され、同じ鶏が採卵鶏・食肉鶏として私たちの貴重な栄養源として大きな役割を果たしてきたのである。
 しかし、だからといって白色レグホン種は卵肉兼用種であるとはいえないであろう。そもそもいかにうまい肉をつくるかではなくていかに多くの卵を産ませるかという視点から改良された品種だからである。しかも飼育者は肉として売ることを目的として飼育しているわけではない。肉は産卵にたまたま付随した余得であり、副産物・廃棄物の利用でしかないので厳密にはこれは肉用鶏とは言えないと考えられるのである(畜産の専門家でないのにこんなことを言うのはおこがましいが)。
 ただし白レグの雄の一部は肉用鶏となった。一定の大きさまで飼育して若鶏肉として売る業者もあった。これは肉鶏の飼育ということもできる。しかし、そもそも雄雛は食肉生産を目的にして産ませたわけではなく、採卵鶏の雛生産のさいの副産物の利用でしかないので厳密にはこれは肉用鶏とは言えない。とは言っても、やはり肉用の鶏の生産、肉鶏の飼育も若干ではあるが日本にあったということもできよう。でもこれはきわめて少数、日本人の食べる鶏肉は基本的には採卵鶏の廃鶏が原料だった。

 こうした鶏の飼育形態、利用形態は1960年代後半からの飼料の低価格輸入とブロイラーを含む青い目の鶏の輸入によって大きく変化することになった。
 前にも述べたように、農家の零細養鶏、都市近郊の商業的養鶏が駆逐され、採卵鶏の大規模飼育経営が成立し、さらには大企業のインテグレーションなど巨大規模の採卵養鶏経営が成立、支配するようになったのである(註1)。
 もう一方で、アメリカからのブロイラーの導入はこれまでイコールだった採卵鶏と肉用鶏との分離を進展させた。
 ブロイラーとは短期間で急速に成長させることを目的に育種された食肉専用の品種で、卵を産む前に肉にして食べるというものであるが、こんな肉用の鶏がいるなどとはまったく知らなかった。鶏の飼育は採卵を主目的とし、肉を食用にするのは副次的な目的だと思っていたのだが、ブロイラーは食用を目的とし、採卵は一切しないのである。そしてこのブロイラーは採卵鶏のようなケージ飼育ではなく、密閉した大きな鶏舎のなかでぶつからないと歩けないほどの高い密度で平飼いされ、4~50日で成鶏として出荷される。普通の鶏は成鶏になるのに120~150日かかるが、その三分の一の日数でしかも安い輸入飼料で生産するのだから当然低価格、しかも若鶏で運動も余りしないので肉質はやわらかい。
 これに対して採卵鶏=白レグの廃鶏はどうしても固く、脂身も少なく、肉鶏に比べたらうまくない(若鶏はうまいのだそうだが)。そうなると廃鶏は肉として売れなくなる。しかし採卵鶏を飼育すれば必ず廃鶏は出る。がんばってそれを解体して肉にしても経済的に引き合わない。どうしようもないので、肉にせずにそのまま産業廃棄物、ゴミとして処理するようになった。
 食べられるのに、あれだけ餌を与えて雛から大きくして肉を維持してきたのに、昔は貴重なものだったのに本当にもったいないし、鶏にも申し訳ない。何とか廃鶏の活用ができないのたろうか。
 こんなことを考えて憤慨していたのだが、KT君によると最近は廃鶏をすべて活用しているとのことである。規模拡大で大量に廃鶏が出るものだがら、大量生産の原理で処理して肉等にするコストが低くなり、安くしか売れなくとも引き合うようになったのだそうである。それで今廃鶏の肉はミンチにされて肉団子やハンバーグ、ソーセージなどの混ぜ物に、骨等は肉骨粉として家畜やペットの餌に、羽はタンパク質を多く含むのでフェザーミールとして飼料や有機肥料に使われているという。KT君は笑う、「大量に集まれば何でも資源になるようだ」と。
 産業廃棄物にならずに有効利用されていること、これは喜ばしいのだが、できればまともな肉として食べられるようになればそれにこしたことはない。同じ鶏が卵も肉も生産する、つまり卵肉兼用であると飼料の効率は大いに高まるからだ。70年代以降進んだ肉鶏と産卵鶏との分離、この再結合を図る、たとえば卵肉兼用種の開発を図るなどということはできないだろうか。

 ところで肉屋に並ぶブロイラーの肉、何とも食いごたえがない。昔の鶏肉は、固いが噛めば噛むほど味が出てきてうまかった。それがなつかしい。といっても、まともに肉が食べられなかったころだからどんな肉でもうまく感じたのかもしれず、単なる年寄りの懐古趣味なのかもしれないが。
 そう思っていたら、それに近い味の噛みごたえのある鶏肉が最近口に入るようになった。いわゆる地鶏=日本在来種の復活である。

 地鶏とは明治時代までに国内で成立しまたは導入されて定着した品種のことを言うのだそうだが、60年代半ばから始まるアメリカからの採卵鶏・肉鶏の新品種の導入、考えられないような低価格での卵と肉の供給で心配したのは、長きにわたり各地で飼育されて卵と肉を供給してきたこうした在来種いわゆる地鶏の飼育が絶滅してしまうのではないかということだった。実際に激減したらしい。絶滅したのもあるようである。
 しかしその見直しの動きが各地で起きた。いつのころからだったろうか、烏骨鶏の卵が店で売られるようになり、また比内鶏の肉がきりたんぽ用として売られるようになってきた。やはり肉は全然違い、毎年冬に秋田出身のKA君が贈ってくれる「きりたんぽセット」を楽しみにしている。それだけではない、生協の店舗でも比内鶏の肉やたんぽを売るようになったのでときどき買って食べている。前は秋田に行ったときに駅の売店などでお土産に買ってきて食べるしかなかったのだが便利になったものである。
 たまたま秋田の合川町(現・北秋田市)の農家の方から比内鶏の肉だけをいただいたときがある。でも私どもはきりたんぽがつくれない。時季でないので店でも売っていない。それでも「だまっこ餅」(註2)ならつくれる。ご飯を半殺しにして丸い団子にし、それをきりたんぽ鍋と同じ汁と具の入った鍋に入れればいいだけだからだ。それでやってみた。うまくできた。うまかった。秋田県人以外の方も秋になったらぜひ試してもらいたいものである。そして地鶏の伝統をまもってもらいたいものだ。

 ところで、今JASで規定されている地鶏とは国内在来種の血液割合が50%以上あり、80日以上平飼いで育てられてた鶏のことを言うのだそうで、すでに絶滅したものもあるとのことだが、まだたくさんの地鶏があり、各地でその保護運動に取り組んでいるとのことである。東北にも比内鶏以外にあるとのことだが、残念ながら食べたことがない。なお、地鶏については肉だけでなく卵も珍重されているとのことだが、見かけるのは烏骨鶏の卵のみである。私どもが食べなくとも地元できちんと保護されているならそれだけでもいいが、何とか生産量を増やし、多くの人に食べてもらって、伝統を維持するだけでなく、発展させてもらいたいものだ。

 さて、これまで牛と鶏についてその飼育の目的が60年ころから変化もしくは新たに分化したことを述べてきた。つまり牛は役用・乳用(肉用)から肉用・乳用へ、鶏は採卵用(肉用)から採卵用・肉用へと変化した。これに対し、豚については肉用だけが飼育目的、しかもそれはまったく変化がなかった。もちろん、飼料の外国からの輸入を契機に、牛や鶏と同様に、飼育の形態は大きく変化したが。
 そのことを次に見てみよう。

 その前にちょっと一言お断りしておきたい。
 前に述べたように牛、豚、鶏は役畜もしくは用畜であると同時に「糞畜」つまり肥料生産の役割をもっていた(註3)。しかしそれはまったく副次的付随的なものであり、今ここで問題にしていることと直接かかわりがない。そこでこれまでは省略してきたのだが、これからもそうしたいと思うのでご了解願いたい。
 それからもう一つ、牛や馬の毛や皮も人間に大きく役に立ってきたのだが、ここでは省略する。

(10月末からこれまでちょっと体調を崩したために本稿の掲載予定日が乱れてしまったが、これからもしばらくの間乱れるかもしれないのでご了解いただきたい)

 (註)
1.11年8月1日掲載・本稿第二部「☆平坦部への施設型畜産の普及」(2段落)、
  11年8月3日掲載・ 同 上 「☆農業分野への資本の進出」(1~2段落)参照
2.11年9月30日掲載・本稿第三部「☆消えていく伝統料理、家庭料理」(2段落)参照
3.11年3月11日掲載・本稿第一部「☆『循環型』だった農業」(1~2段落)参照
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コメント

[C60] お大事になさってください

 軍鶏なんか食べたら元気よくなりそうですね。すくっと立って、いつまでもあんな姿勢でいたら逆に疲れてしまいそうですが。
  • 2014-12-15 19:11
  • Shusaku Ito
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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