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子どもの遊び(5)


               ☆子どもの社会

 どこの家でも兄弟が多かった。だから地域には子どもがあふれていた。坊主頭の男の子、おかっぱ頭の女の子、年の上から下まで、群らがってみんなで遊んでいた。
 この子どもの地域社会は長幼の序列にしたがった民主的な社会であった。たとえば遊びはみんなで決めた。どうしてもその遊びが気にくわなければうちに帰ればいいので、強制力はない。でも人数が少なければ遊びにならないからみんなの意見を大事にして決める。
 小さいうちは遊び方がわからないので、年上の子どもが教えてやり、助けてやる。まだ一人前に遊べない小さな子どもは、仲間に入れて遊んではやるけれども、「あぶらしこ」と呼んで、まともにつかまえたり鬼にしたりはしない。
 もちろん、いじめやけんか、腕力沙汰はある。しかしそのときは年上が止める。たとえけんか別れをしても次の日には忘れてしまう。
 このように、子ども同士のふれあい、遊びを通じてやっていいこと悪いことを学び合い、教え合う。何か起これば家にいる大人が出てきて注意し、助けてくれる。まさに、地域社会は子どもにとっての教育の社会でもあった。

 子どもにはこの地域社会の他に学校社会があった。
 私が育った都市部では両者は完全には一致せず、学校社会はずっと大きく、いろいろな地域の子どもが集まってクラスが構成されていた。
 学校社会では力の序列が支配していた。当時の半封建的な社会と軍隊の社会を反映してか上級生から下級生までのピラミッド型社会が形成され、暴力が支配していたのである。
 学校社会のうちのクラスの社会は、授業時間以外は、腕力の強いものが暴力でもって支配した。いじめっ子が大将となり、それに次いで腕力のある子、おべっかを使う子どもから順に、もっとも弱い子どもまでクラスでの序列は明確だった。
 その序列がはっきりわかるのは、授業が始まる前や昼休みとかにする鬼ごっこ(しぇめっこら)のときである。この遊びは、鬼がつかまえたものもいっしょに鬼となり、鬼になったものは全員手をつないでまた捕まえ、徐々に鬼を増やしていき、全員鬼になるまでつかまえっこをするというものだが、その一番最初の一人の鬼を決めるために、誰かが先頭になってその後ろにみんなが一列にずっとつながる。そして前から順序にじゃんけんしていき、最後に負けたのを鬼とする。当然後ろになればなるほど鬼になる確率が高くなるので、子どもたちは争って前に並ぼうとする。その先頭になるのは必ずガキ大将であり、さっきいった序列の順で並び、後はその他大勢が争うということになる。このような序列のもとですさまじいいじめがあった。
 次に、授業等の直接的な教育の社会では、教師は絶対的な権力をもち、生徒はすべてそれに服従しなければならなかった。服従しないものには体罰が加えられた。この暴力は当然のこととして許されていた。だからどんないじめっ子も教師には刃向かわなかった。この教師のもとに、級長を中心とする学校の成績による序列があった。しかし、この勉強社会の序列はさっきのいじめの序列社会とは一切関係なかった。それどころか、成績がよくて腕力のない子は徹底したいじめの対象となった。
 私も小学三年の一学期、徹底したいじめにあった。二年のときに上級の兄貴をバックにしていばっていた同級生が転校したので、その仲の良い友だちだった私が代わりに、ふたたび息を吹き返したかつてのいじめっ子に報復されたのである。それで十何人のいじめっ子を相手に私一人でなぐりあいのけんかをしたこともある。このときの毎日のようないじめは強烈に覚えている。しかし、自分が誰かをいじめたこともあったはずなのに、おかしなことにそれはあまり覚えていない。人間というものは他人から傷つけられたことは覚えていても他人を傷つけたことは忘れてしまうもののようである。それはそれとして、子ども時代はともかくいじめられたりいじめたりだった(身体の弱かった私は前者が多かったのだが)。

 なお、戦前の農村部の子どもを描いた映画や小説の中に、地主の息子が学校や地域で一番いばっているというようなものがある。しかし、こうした地主とかの資産の有無、家格の相違、地位等による大人社会の序列が子ども社会に反映していることは私の地域や学校ではほとんどなかった。その点では平等で、学校ではやはり腕力が序列をつくっていた。たとえば私のクラスと隣のクラスでは、貧民窟と言われるところに住む子どもが一番威張っていた。全校で一番威張っていた六年生は、私の家の六軒隣りの家を借りている労働者の子どもだった。金を持っている家の子とそうでない家の子との相違は衣服や持ち物に差があるだけで、金持ちの子は威張るどころか力のある子にその持ち物が取り上げられたり、差し上げて機嫌をとったりしなければならなかった。
 また、地域の子ども社会も親の地位・資産等による序列の影響はまったくなく、年長、年少によるゆるい序列以外、まったく平等であった。
 なぜなのだろうか。映画や小説はうそなのだろうか。うそではないと思う。ただ私の住んでいるところは都市近郊で生徒の人数が多く、親の職業は農家ばかりではなく商人、職人、役人、日雇いからやくざまできわめて多様であり、いわゆる混住社会であるために、大人社会の序列も多様でそれが混然としている。だからある職種の序列、たとえば農家の土地所有や勤務先の職階の序列などがそのまま子ども社会に反映されるということがなかったのではなかろうか。もしかすると学校では軍国主義的な暴力が支配していて力が許容されていたことも親の序列が学校における子ども社会のあり方にそのまま影響させなかった一因になったのかもしれない。

 今、学校でのいじめが大きな問題となっている。しかしいじめは今に始まったことではない。戦前の序列社会、支配のための暴力の黙認社会のもとで、また軍隊社会も反映して、今よりもっとあった気がする。ただしかつては、地域社会が救いとなったのではなかろうか。学校で同級生にいじめられても、地域に帰れば年上年下みんないっしょに遊んでくれ、気持ちがいやされたのである。
 つまり学校といういわゆるゲゼルシャフトの社会(一定の目的のもとに人格の一部を結合している集合社会)がだめであっても、地域というゲマインシャフトの社会(地縁・血縁を基礎として人格的に融合している共同社会)で救われた。人為的に形成された社会のもつ欠点を自然のうちに形成された社会が補っていたのである。
 しかし今はその救いがなくなった。少子化、テレビ、ゲーム、塾、けいこ事、車の氾濫などが子どもの地域社会をなくしたからである。もちろん、学校社会における教師の暴力による抑えつけはなくなったし、かつてのようなピラミッド型の序列社会はなくなった。しかし、学校社会における成績中心の序列はさらに強まり、それがいじめにもつながる。しかもそれを緩和する子どもの地域社会はない。それが子どもたちに今さまざまな問題を引き起こしているのではなかろうか。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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