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牛・馬の歌とイメージ



                    家畜の飼育と私たちの暮らし(14)

                      ☆牛・馬の歌とイメージ

 これまで述べてきた牛馬豚鶏は人間が長く付き合ってきたなじみ深い動物であり、私たちの会話にはもちろん小説や歌、ことわざのなかにもよく出てくる。しかしその取り上げ方、回数にはかなりの格差があり、その与えるイメージもかなり異なる。それがちょっと気になったので、ここではそれを歌(私の知っている範囲内でしかないが)で見てみたいと思う。

 四つの動物のなかでもっともよく歌に取り上げられているのは馬でなかろうか。
 私が生まれて一番初めにラジオから私の耳に入った馬を主題とする歌は、そのつくられた年次からして、前に述べた『愛馬進軍歌』(註1)ではなかったかと思う。
 次は『めんこい仔馬』(註2)だったろう。私の国民学校入学(太平洋戦争開戦)直前、この歌が全国的に流行ったからである。
   「ぬれた仔馬の たてがみを
   なでりゃ両手に 朝の露
   呼べばこたえて めんこいぞ オーラ
   駆けていこかよ 丘の道
   ハイドハイドウ 丘の道」(追記)
 明るくて歌いやすい曲、歌詞も仔馬の可愛さをよく表現しており、風景が目の前に浮かんでくるよう、私たち子どもはみんなすぐ覚えて歌ったものだった。
 ただ、この歌を主題歌とした映画『馬』(註3)は結局見なかった。私たちのお姉さんのような可愛い少女と馬の写真を新聞や雑誌で見るだけだった。高峰秀子が扮する岩手県江刺の農家の少女が苦労しながら仔馬を可愛がって育て、軍馬になるほどの立派な馬にする話なのだそうである。だからこれも戦争と関連しており、私たち「少国民」に向けた軍歌だった。それは歌詞の一番最後を見てもわかる。
   「軍馬になって 行く日には オーラ
   みんなでバンザイ してやるぞ」
 そんなことは私たちにはどうでもよかった。ともかくこの歌が好きだった。そして馬と言うものは「めんこい」(山形語では「めんごい」だが)ものであるという印象を強く植え付けられた。馬を飼ってはいないし、直接触ったこともなかったのだが。
 この馬の好印象は国民学校でさらに強く印象付けられた。私の入学する前年(1941年)から使われるようになった一年生の教科書「ウタノホン(上)」で次の歌を音楽の時間に教えられたからである。
  「オウマノオヤコハ ナカヨシコヨシ
   イツデモイッショニ ポックリポックリ アルク」(註4)
 歌いやすく、覚えやすく、歌詞はまだ母親べったりのころだった私たちにはぴったり、さらに馬にいい印象をもつようになった。
 なお、この歌の掲載される前の教科書「尋常小学唱歌」(二年生)には『小馬(こうま)』(註5)という歌があり、これも知っていた。
  「はいしいはいしい あゆめよ小馬
   山でも坂でも ずんずん歩め
   お前が進めば わたしも進む
   歩めよ歩めよ 足音たかく」
 まだ子どもだった叔父たちが幼い私をあやすのに歌ってくれたからではなかろうか。だからあるいは『愛馬進軍歌』よりも前に私の耳に入っていたかもしれない。
 なお、童謡にはこんなのもあった。
  「お嫁に行くときゃ だれと行く……(中略)……
   シャラシャラ シャンシャン 鈴付けた
   お馬に揺られて ぬれて行く」(註6)
 このように馬の歌は子ども向けから大人の歌まで多くあり、しかも歌に出てくる馬はかわいかった、やさしかった、人懐っこかった、強かった。そしてみんないい歌だった。

 戦後はどうだろうか。さすがに『愛馬進軍歌』は唄われなくなったが、『めんこい仔馬』は戦争にかかわる歌詞の部分を変えて戦後も生き延び、ラジオ等でも歌われ、その後も歌の絵本などでとりあげられている。曲も歌詞もそれだけよかったからだろう。ごぞんじの方もかなりおられるのではなかろうか。また『おうま』は教科書に載ったかどうかわからないが、これもけっこう歌われたはずである。
 しかし、軍馬の需要がなくなり、農耕・運搬用としても重視されなくなり、馬の頭数が減るなかであまり歌われなくなった。それに対応してかどうか馬に関する新しい童謡はできていない (私が知らないだけなのかもしれないが)。
 それでも流行歌では歌われた。たとえば『りんどう峠』(註7)がある。
  「りんりんりんどうの 花咲くころサ
   姉サは馬コで お嫁に行った……(後略)……」
 歌手の島倉千代子の下手さが嫌いであまり好きではなかったので忘れていたのだが、最近別の歌手が歌っているのを聞いて、曲と詞の良さを見直し、馬のことも思い出したのである。この歌では馬は嫁入りの付属物だったが、三橋美智也の歌った『達者でナ』(註8)では馬が主人公だった。
  「わらにまみれてヨー 育てた栗毛
   今日は買われてヨー 町へ行く
   オーラ オーラ 達者でな……(後略)……」
 この歌の流行ったころはちょうど馬から機械、車への切り替えの時期、同時に集団就職や出稼ぎが盛んになり始めた時期、農村部から大都会に出てきた人たちが懐かしくて歌ったのではなかろうか。牛を飼っていた地帯の人たちも牛との別れを思い出して、遠く離れた故郷を懐かしく思い出したのかもしれない。それがヒット曲になった背景にあるのではなかろうか。

 それから10年、役馬をほとんど見かけなくなった頃、馬が主役の歌が突然大流行した。ただしその馬は軽種馬=競走馬だった。
  「走れ走れ コウタロー
   本命穴馬 かきわけて
   追いつけ追いこせ 引っこ抜け……(後略)……」(註9)
 今も運動会のBGMなどで使われているようなので多くの方がご存じだろうと思うが、ちょうど時代はまさに「追いつき追い越せ」の高度成長期、この明るいコミックソング、パロディーソングがぴったりみんなに受けたのだろう。
 それから3年後の1973年、ハイセイコーが中央競馬に進出して大ブームを巻き起こした(註10)のだが、これも高度成長期にぴったりの出来事だった。
 なお、このコウタローとハイセイコーは競馬のイメージを大きく変える役割を果たし、また馬に明るいイメージを与えたということができるのではなかろうか。
 この後は馬を主題にして流行った歌を聞いてはいない。しかしともかく馬を扱った歌は多い。しかも馬にいい印象を与える歌だけだ。最近はどうなのか、音楽の教科書などに載っているのかよくわからないが。

 これに対して牛はどうだろうか。
 戦前に関して言うと、私の知っている範囲内では、牛の出てくる歌が小学校の教科書に載っていたという記憶はない。牛のつくものと言えば『牛若丸』の歌だけ、牛は完全に無視されていた。流行歌や童謡にあった記憶もない。馬と比較するとこれは格段の差だ。18年も牛といっしょに過ごした私としてはきわめて不満である。馬がかつて軍馬として特別視されていたせいもあるのだろうが、牛は差別されているとしか言いようがない。
 戦後、教科書に牛に関する歌が載ったかどうかわからない。調べればいいかもしれないが、国定教科書ではなくなり、数多く出版されるようになったので、調べようがない。私の子どもの音楽の教科書にはなかったような気がする。
 覚えているのは、私の子どもが小さいころテレビ等でいっしょに覚えた『べこの子うしの子』(註11)だ。
   「べこの子 うしの子 まだらの子
   かあさん牛に よくにた子
   大きくなったら お乳をだして……(後略)……」
 これはうれしかった。「べこ」、東北の言葉が表に出されているということもあったからなおのことだ。ただ不満と言えばこれは乳牛で和牛は無視されていることだが、軍馬・役牛の時代ではなくなったこと、平和・食料増産の時代の反映、やはり喜ばしかった。
 もう一つ、60年代後半から流行った歌がある。
   「ある晴れた昼下がり 市場へ続く道……(中略)……
   可愛い子牛 売られてゆくよ
   悲しそうな瞳で 見ているよ
   ドナ・ドナ・ドナ・ドーナ……(後略)……」(註12)
 NHKテレビの「みんなのうた」で紹介されたのだが、後には小学校の音楽の教科書にも載ったとのこと、外国の歌ではあるが、とってもうれしい。
 それにしても馬に比べて牛の歌は少ない。牛を取り上げた流行歌は聞いたことがない(岩手の民謡『南部牛追い歌』の一部が入っている歌はあるが)。
 子馬も可愛いが、子牛だって可愛いのである。とくに子牛は子馬以上、すぐに人間になつく(そもそも子どものころは何でもかわいいのだが、蝶々の子どもは別にして)。牛の目などは本当に優しい。歌には十分になる。
 ところが人間の抱く牛のイメージは馬に比べてあまりよくない。
 馬は俊敏、牛は鈍重・のろま、しかもいつも口を動かしてよだれも流すなどというイメージがつくられている。しかし馬よりいいところはたくさんある。まずおとなしい、人間の言うこともよく聞く。馬のように暴れたりしない。じゃじゃ馬 野次馬、こんなイメージは馬だから出て来るものである。馬車馬(ばしやうま)のように働くという言葉もあるが、牛だって力が強く、しかもじっくりとしたていねいな仕事をする。よだれを流すのは反芻動物だからしかたのないこと、そのために餌は草やわらですみ、つまり粗食に耐え、馬のように金がかからない、しかも肉はおいしく、牛乳もたくさん出す。にもかかわらず、人間は自らつくりあげたイメージで差別待遇をする。
 役牛=和牛はさらに差別される。乳牛は牧場などとともによく映画やテレビドラマに出るが、和牛は主役級としてはもちろん脇役としてもなかなか出されない。
 乳牛はもちろんのこと役牛・和牛の歌、童謡をぜひともたくさんつくってもらいたい。牛を重要な役で映画やテレビに出演させてもらいたい。そして日陰の身から陽の当たる場所に出し、牛の評価を高めてもらいたいものである

  『牛』という高村光太郎の詩がある。国語の教科書に掲載されたことがあるとのことだが、今はどうなのだろうか。もう時代遅れ、牛もろくに知らない子どもたちには理解してもらえないと削除されてしまったのではなかろうか。ぜひとも子どもたちに読んでもらいたいのだが。

(註)
1.15年1月19日掲載・本稿第七部「☆馬飼育の衰退と馬肉、馬乳」(3段落)参照
2.作詞:サトウ・ハチロー 作曲:仁木他喜雄、1941(昭16)年
3.主演:高峰秀子 監督:山本嘉次郎 助監督:黒澤明 制作:東宝 1941(昭16)年
4.『おうま』作詞:林柳波 作曲:松島彜 文部省「ウタノホン(上)」 1941(昭16)年
5.作詞作曲者不詳 文部省『尋常小学唱歌(二年)』 1910(明43)年
6.『雨降りお月さん』 作詞:野口雨情 作曲:中山晋平 1925(大14)年
  この歌については下記の本稿記事でも述べているので参照されたい。
  10年12月20日掲載・本稿第一部「☆花嫁の涙」
7.作詞:西条八十 作曲:古賀政男 1955年
8.『達者でナ』 唄:三橋美智也 作詞:横井弘 作曲:中野忠晴 1960年
9.『走れコウタロー』 作詞:池田謙吉 作曲:前田伸夫・池田謙吉 1970年
10.15年1月26日掲載・本稿第七部「☆競馬―思い出すこと、思うこと―」(12段落)参照
11.作詞:サトウハチロー 作曲:中田喜直 1954(昭29)年
12.『ドナ・ドナ』 作詞:アーロン・ゼイトリン 作曲:ショロム・セクンダ 1938年、訳:安井かずみ 1966年

追記(15.02.11)
 網走で私の同僚だったWMさんから次のようなメールをもらった、お母さんがこの歌が好きでよく歌っていたが、歌詞の最初は「ぬれた仔馬の たてがみを」だったと。そうだった、「めんこい仔馬の たてがみを」と掲載日当初に書いてしまったが、歌の題名をなぜかそのまま歌詞の冒頭に書いてしまっただけ、完全な誤りなので「ぬれた仔馬の」に訂正させていただいた。記憶力、思考力とみに落ちているのでこんな誤りがときどきあるかもしれないが、そのときにはよろしくご指摘いただきたい。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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