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道端の草むら、山羊の「黒豆」



                  家畜の飼育と私たちの暮らし(16)

                  ☆道端の草むら、山羊の「黒豆」

 前回述べた山羊、羊、ウサギは私の子どものころ生家で飼っており、私もその飼育の世話をしたのだが、この三者に共通点があることをふと思い出した。それは糞の形状である。そっくりなのである。それにかかわるいろいろな思い出もある。
 そこで家畜の糞尿についてここでちょっと述べさせてもらう。

 かの有名な『アルプスの少女ハイジ』、いつごろ読んだのか記憶がない。いずれにせよ読んだのはまともな翻訳本ではなく、絵本か抄訳本だったろうと思う。特に感銘を受けたという記憶はないのだが、それでもけわしいアルプスの山の中で山羊や羊を飼う祖父と孫娘の物語であることは覚えていた。それで若いころ、その物語を例にして、あんな草もろくに生えないようなけわしいアルプスで家畜を飼育している、それを考えると緑あふれる山野に恵まれている日本で飼料の自給ができないのはおかしいなどと学生にしゃべっていた。その程度の知識しかなかったのだが、まともにそのストーリーを知ったのは子どもといっしょに見たテレビアニメ(註1)によってだった。
 本当にいいアニメだった。孫の小さいころちょうどそのビデオが発売されたので家内は早速買って見せていた。孫は夢中になって見ていた。

 いうまでもなく、このアニメで重要な役割を果たすのが山羊である。各家の飼育する山羊は毎朝山羊飼いの少年に引き連れて行かれて山中に放牧され、夕方はまた各家の畜舎に帰される。つまり日中は放牧、夜は舎飼いである。ただしこの放牧は夏の期間中だけ、冬は舎飼いで夏の間に刈り取った草を食べさせる。この点ではわが国の牛馬飼育の夏山冬里方式と似ている(註2)。
 しかしわが国で一般の農家が山羊を放牧していたという話を聞いたことがない。夏冬問わず舎飼いで、草は刈り取って与えていた。一頭飼いが普通だったし、その程度なら草を刈り取って与えることができるし、餌にする山野草はアルプスの高山などと違って豊富にあったからである。
 でもたまに外に出して野草を食わせることもあった。畜舎の糞出しのときや少し運動させたいとかちょっと餌が足りないというようなときに近くの草むらに連れて行って繋牧(けいぼく)するのである。私の生家の場合は家の近くの道路わきの草むらで繋牧をしたものだった。

 道端の草むら、と言っても舗装道路が普通になった時代に生まれた人にはわからないかもしれない。また繋牧といってもわからない人もいるかもしれない。そこでちょっと説明しておきたい。
 土と石が踏み固められた道路つまり舗装されていない道路、こうした未舗装道路が私の子どものころは普通で、大都市の国道など主要道路のほんの一部が舗装されているだけだった。
 こうした未舗装道路のなかで、人通りが少なく日当たりもいい田畑のなかの道路=野道の両脇には草丈の高い雑草が生えていた。野道の真ん中は人や牛馬車が通るので草は生えないが、あまり通らない両側に草が生えるのである。当然それは家畜の餌になるし、また放置しておくと田畑に雑草の種子をばらまくことになるので、ある程度伸びたら野道のわきの田畑を耕作する農家が刈り取り、家に持って帰って家畜の餌にする。私の生家ではその草刈りは祖父の担当、朝仕事に田畑に出たとき何日かおきに農作業のついでに刈り取り、背中に山のように背負って家に持ち帰ってきたものだった。しかしまた伸びてくる。そのころを見はからってまた刈り取る。山羊や羊、ウサギなどの餌はこういう草が主だった。
 なお、野道の場合はその真ん中にも草が生えた。牛馬車やリヤカーのわだちの残るところには草は生えないが、そうでない真ん中にはわずかであるが草が生えるのである。もちろん真ん中も人や車で踏まれるので、そこには踏まれても強い背の低いオオバコやヌカボが生える。これは刈り取るのが難しいので放置される。それで野道や交通量の激しくない道路には両脇の二本と真ん中の細い一本、計三本の草むらが続くことになる。

 いうまでもないが、人通りの多い住宅街・商店街の未舗装道路には草は生えない。人通りが多く、牛馬車も通るので草が生えるひまがなく、生えても住人がみっともないと引っこ抜いてしまうからである。
 しかし、町のなかでも郊外となると4~5㍍幅の道路の両側には約30㌢くらいの幅で背丈の低い草がびっしりと生えていた。私の生家の周囲の道路もそうだった。人通りや牛馬車の交通量もあまりないのでみんな道路の真ん中を通り、道路の端っこなど通る必要がないので、そこに草が生えてくるのである。
 何しろわが国は湿潤温暖地帯、どこかからか飛んできたあるいは誰かが運んできた草の種はすぐに人の通らない道路の両脇の土に根をおろし、さらにそれが種をつけて下の土に落ちてまた芽を出し、草むらを形成するのである。もちろん道路の両脇といってもさすがに町の中、やはり人や車に踏まれるので背丈の高い草は生えない。固く踏みつけられた土でも平気で芽を出すスズメノカタビラなど地面を這う5~6㌢の背の低い草が中心に生える。また同じように背の低いオオバコやヌカボなどもその間に生える。こうした草は踏まれても踏まれてもまた刈られても生える。まさに彼らは最強の雑草軍団といえる。もちろん、いくら最強とはいっても芽を出す暇がないほど人や車がしょっちゅう通って固く踏みしめられている道の真ん中にはさすがに生えない。しかし人や車があまり通らない道の両側にはこうした草がびっしりと生える。ところがこうした草は背が低いので刈り取るのが大変、だから放置するより他ない。それで草むらが形成されることになる。
 一方、山羊はどんな背の低い丈夫な草でも歯で食いちぎって食べる。人間は刈り取れないが、山羊は自分で採食できるのである(ここでは山羊を例にして述べたが、羊やウサギもそうだ)。
 そこで、草が伸び過ぎて困るようになった場合、刈ってきた草が足りない場合、畜舎の掃除をするために外に出す必要がある場合、外に出して少し運動をさせた方がいい場合など山羊を家の前や近くの道路の草むらに連れて行って繋牧(けいぼく)して草を食べさせる。つまり、草むらに木や鉄の杭を打ちこみ、そこに2~3㍍の縄の綱をつけ、それに山羊の首を繋(つな)いでその周囲の草を自由に食べさせるのである。杭の周りの草を食べ尽くしたら、また草の生えているところに杭を移動させる。
 当然のことながら山羊は喜ぶ。いつも屋内に閉じ込められているのに広い屋外に出ることができる、繋がれた綱の範囲内だが自由に外を歩くこともできるし、さらに新鮮な草を思いっきり食えるからだ。ただし、夏などは長時間外においておくわけにはいかない。病気になるからだと言う。また、監視しないでいると杭を倒してあるいは綱を外してどこかに逃げて行ってしまったり、畑の中に入って農作物を食べてしまったりもする。さらに、綱が山羊の脚などにからんで動けなくなったり、倒れてしまったりする場合もある。そうならないように監視するのが子どもの役目だ。付近で遊びながらときどき山羊を見張る。
 ところで、草むらに連れて行く途中や草を食べているときに山羊が道路や草むらに糞をすることがある。道路であればわかるが、草むらではわからない。山羊の糞はコロコロとした小さなものだし、臭いもあまりしないし、しかも乾燥していて固い(もちろん水分を含んでおり、潰せば簡単に潰れるが)ので、糞は草むらのなかに落ち、草に糞が付着しない。だから上からちょっと見てもわからない。それで糞を踏んづけてしまう場合がある。もちろん、そうなる危険性があることをみんな知っており、気をつけるのでめったにないが。
 問題は繋牧が終わった後だ。そこに繋牧していたことを知らない人たちがその草むらのなかを歩いたりすると山羊の糞を踏んづけてしまい、下駄や草履、靴の底にくっつくことになる。しかしこれは不運とあきらめるより他ない。しかも糞はちょうど『黒豆』のような(本当にそっくりなのである)粒々の糞、乾燥していて臭くもない。それで草や土で下駄や靴の底を拭いてまた歩き始め、あるいは遊び始めることになる。

 この山羊の糞と似ているのが羊、ウサギの糞だ。区別がつかないくらい似ている。なぜなのだろうか。そういうものだと思ってとくに気にしないできたが、考えてみたら不思議である。
 素人考えでいうなら山羊、羊、ウサギともに草食動物(こう呼ぶのは年寄りだけ、今は植物食動物と言うのだそうだ)、そうした仲間の動物が黒豆のような糞をするのだろうか。
 そうすると不思議なのが牛馬だ。牛馬も草食動物、ところがその糞は豆状ではない。しかも水分を多く含んでおり、臭いもする。とくに牛がそうだ。どうしてそうなるのか、いつか私の無料の家庭教師、畜産研究者のST君に聞いてみようと思っている(註3)。

 山羊だけでなく、羊もときどき繋牧した。
 ウサギは首に縄をまきつけるわけにはいかないし、走るのが遅いので逃げて追いかけるのが大変ということもないから、そのまま草むらに放した。ただし、目を放していたらどこにいくかわからない。だから短時間でウサギ小屋に連れ帰ったものだった。

 いうまでもなく普段は舎飼いなので、糞尿は畜舎のなかでする。だから路上で山羊等の糞を見つけることはそれほど多くない。それでもたまに山羊や羊の糞を見つけることがある。友だち同士で歩いているときなどはそれを見てお互いにこんなことを言いあい、笑いあったものだった。
 「ほら、甘納豆が落っでだぞ、もったいないからみんなで食うべ」
 「んだな(そうだな) ほうすっか(そうするか)」

 高度経済成長期以降、道路の舗装が進んだ。田畑のなかの道路も舗装されるようになった。道端の草むらはなくなって道路は広く使えるようになり、おかげで歩くのも車で走るのも便利になった。かわりに道路に緑はなくなり、すべて灰色になってしまった。そして道端の草むらで草摘みをしたりして子どもたちが遊ぶ姿は見られなくなった。
 当然のことながら山羊を繋牧するなどという姿も見られなくなった。舗装でできなくなったばかりでなく、そもそも山羊や羊、兎を飼う家がなくなったのである。
 山羊の糞が黒豆と似ていることを知っている人も少なくなった。道路や草むらに家畜の糞が落ちていた、牛や馬の糞などは町の大通りの真ん中にも落ちていたなどと話をすると、汚いといやな顔をする若者もいる。しかしその昔はそれが当たり前のことだったので、だれも変に思わなかった。それほど嫌がりもしなかった。

(註)
1.『アルプスの少女ハイジ』 原作:ヨハンナ・スピリ 制作:ズイヨー映像 放送:フジテレビ系、1974年1〜12月
2.わが国の夏山冬里方式では、夏は夜も放牧される。この夏山冬里方式については下記掲載記事で述べているが、現在もかなりの地域で形を変えて継続されている。
  11年1月6日掲載・本稿第一部「☆入会林野」(4段落)

3.先日ST君に会ったとき聞いてみた。山羊など小さい動物は肉食獣に襲われやすいのでゆっくり糞などしている暇がない、それで途中で簡単にやめられるように、また少しずつ簡単に排泄できるように、腸が水分を吸収して糞を豆状にする仕組みになっている。これに対して大きな牛は相対的に襲われにくくゆっくり糞尿ができるのでそういう胃腸の仕組みになっていない、そう考えていいだろうとのことだった。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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