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糞畜軽視・多頭化と糞尿公害



                家畜の飼育と私たちの暮らし(18)

                ☆糞畜軽視・多頭化と糞尿公害

 前に述べたように、農作物の生産を続けていると、つまり土地を耕作し続けていると、土地に含まれている栄養分が消耗し、さらに土地が膨軟さを失って植物の根の張り具合が悪くなり、十分に栄養分が吸えなくなるなどして収量が激減し、最悪の場合は収穫皆無になってしまう(註1)。
 この解決策の一つとして考え出されたのが施肥だった。家畜や人間の糞尿、林野から採集した生草、落ち葉等を腐熟させて土地に投入し、人間が収奪した土地の肥沃性、土壌構造を回復するのである。とくに家畜の糞尿はそれにきわめて大きな役割を果たすものだった。それで家畜は「糞畜」として重視されてきた。
 ところが60年代ころから、家畜の糞尿は化学肥料や土壌改良資材等で代替しようと思えばできるとしてあまり使わなくなってきた。つまり糞畜としての家畜の役割が軽視もしくは無視されるようになったのである。もちろん家畜を飼育して糞尿を堆厩肥として利用してもかまわない。しかし今までと違って少頭羽数の家畜の飼育では赤字となり、糞尿が手に入ったとしても引き合わない。それならやめた方がいい。かくして無畜農家が大半となった。
 もう一方で、家畜を飼育したいと思う農家は、価格低迷に対応すべく施設化機械化を進めて飼育規模を拡大した。政府はそれを推奨した。畜産物の需要の拡大に対応して、また外国からの安い輸入飼料を用いて、飼育規模を拡大するようにと勧めたのである。こうしたなかで乳牛、肉牛、肉豚、肉鶏、採卵鶏の従来とは比較にならない大規模飼育経営が成立した(註2)。同時に、巨大な商社や食品会社が巨大な畜産経営をいとなむようになった。
 そこで問題となったのが糞尿処理だった。少頭羽数飼育ではあまり問題にならなかった悪臭、ハエ等の害虫の発生、水質汚濁、騒音等々のいわゆる畜産公害、糞尿公害が深刻な問題となったのである。もう一方で、無畜農家は連作障害、地力問題を抱えるようになった。
 それを解決するには、糞尿を乾燥・処理・貯蔵して有機質肥料にし、それを田畑とりわけ飼料畑に散布する等、土に返せばよい。現に酪農や繁殖牛飼育経営ではそれに必要不可欠の草地や飼料畑に糞尿を堆肥にして返しており、みんなそのようにすればよい。しかしそれが難しい経営がある。養豚・養鶏・肥育牛経営の場合そもそも飼料を自分の田畑で栽培していないので、糞尿を処理して散布する土地がないのである。だから現在のわが国の養豚、養鶏、肥育牛経営にとって糞尿は不要物、厄介者でしかなくなり、その処理に困ることになる。そして畜産公害が酪農や繁殖牛経営よりもさらに深刻な問題として引き起こされることになった。

 1999年、第二の職場の東京農大網走キャンパスに赴任して2~3ヶ月くらいしてからでなかろうか。ある日の午後すさまじい臭いが研究室の窓から入り込んできた。何かわからない、でも家畜の糞尿の臭いであろうことは推測できる。北海道は乳牛など大家畜の飼育地帯、牛の糞尿の臭いだろうかと最初は考えた。それならがまんするより他ない。それにしても臭い。やむをえず窓を閉めたが、一度入った臭いはなかなか消えない。2~3時間したころ、ようやく臭いがなくなった。風向きが変わったらしい。
 それから何ヶ月かして、またすさまじい臭いがし始めた。同じ臭いである。同じく南からの弱い風が吹く日である。でもいくら考えても牛の臭い、その糞尿の臭いではない。牛の糞尿はもっといい臭いだ。
 こうしたことが年に3~4回あったろうか。そのころもしかしてこれは鶏糞の臭いではないかと考えるようになった。生家で飼育していた時の鶏舎の臭い、大規模飼育養鶏経営の臭いと似ているからである。といってもそれ以上にきつい。ともかく不思議に思って同僚に聞いてみた。そしたら網走の郊外、南に10㌔くらいのところに大手食肉加工資本の経営する巨大な養鶏場がある、ブロイラーを何十万羽か飼育しており(もちろん輸入飼料で)、かなり金をかけて畜産公害対策をやっているらしい、しかし中を見せてくれないのでよくわからない、ともかくなぜかわからないがときたま風向きによってそこの臭いが流れて来るのだ、こう教えてくれた。
 なるほどそういうことかとそのときは納得したのだが、これまで何回かご登場いただいた網走在住のWMさんに改めてこの施設の中を見たことがあるか聞いてみた。するとこう言う、一度そばまで行ったことがあるが、いかにも入ってはいけないという雰囲気を醸し出していて、もちろん病気を持ち込まないようにということなのだろうけど、イメージはオーム真理教のサティアンみたいな印象があり、中を見てはならぬという感じで、ちょっと怖くさえなったものだと。

 ここまで書いてきてふと思いついた。もしかしたら年に何回か流れて来るあのすさまじい悪臭はオールインオールアウト方式と関係があるのではなかろうかと。
 前にも述べたように、ブロイラーは密閉された大規模な鶏舎の中で平飼いされている。つまり自由に地面の上を動き回れるようにして飼育されている(といってもあまり動き回ってエネルギーを使うと太らないので過密飼いしているが)。そのさい、同じ鶏舎には同じ日に生まれた雛だけを入れ(このことをオールインという)、40〜50日飼育してすべて同じ日に出荷する(オールアウトという)方式、つまりオールインオールアウト方式をとっている。
 さて、このブロイラーの糞(註3)であるが、平飼いだから当然鶏舎の床にすることになる。その床にはおが屑、かんな屑、切りわらなどを敷料として敷いて糞の水分を吸収させ、経営によっては床下にお湯を通して温めるなどして糞を乾燥させておく。そしてオールアウトの後、つまり鶏がまったくいなくなった後に鶏舎に残った糞を除去し、水洗、消毒をし、きれいになった鶏舎に購入した雛をまた入れる、つまりオールインする。
 これが普通の飼育のしかたなのであるが、平常は鶏舎を密閉しており、糞を動かしたりもしないので臭いはあまりしない。問題はオールアウトの日、つまり除糞の日である。鶏糞を鶏舎から外に出し、その処理・貯蔵施設に運ぶことになるわけだが、そのときに当然臭いを発生する。何万羽の糞の臭いだからすさまじい臭いのはずだ。
 たまたまその日に南風が吹く。何しろさえぎるものといえば防雪林程度という真っ平らな土地なのでそれが農大にまた市内にまっすぐに届く。これなのではなかろうか。つまりオールインオールアウト方式が、たまのしかも短時間の悪臭の原因なのではなかろうか。もちろんこれは推測、憶測でしかない。間違いかもしれず、原因は別にあるのかもしれない。だけどついついこんなことを考えてしまう。
 それでもここでの悪臭は本当にたまにしかないし、糞出し後の処理もきちんとしているようだからまだいい。
 山の中にひっそりと作られている大規模養鶏場や養豚場のなかには、金のかかる堆肥化をせずに林野の中に糞尿を山積みしたり、焼却したりしているところがある、山の上だから集落に臭いはほとんど来ないし、地元の人もめったに行かないところにあるのでみんなあまり関心をもっていない、でも一部の川の水が汚れてきているようだ、などという話を岩手の山村の農家の方から聞いたことがある。
 70年代から都市近郊や平場農村で騒がれた糞尿公害は山村や北海道などの過疎地に移行し、したがって表面に出ることもなく、深く静かに進行しているようだ。

 ともかくあのすさまじい臭気は、たまにではあっても、網走には、北海道には似合わない。広大な土地の真ん中にあり、公害問題で騒ぐ人も少ないからいいのかもしれないが、数は少なくとも人間は住んでいるのである。また、さわやかな空気を期待してきた観光客を幻滅させる。あれだけの広大な畑地があるのに輸入飼料に依存している畜産経営があるというのも北海道には似合わない。何とかしてもらいたいたいものだ。とは言ってもやはり国産、ましてや道産、ここで生産される鶏肉は「マックのチキンよりは安全なのだろうし、メキシコ産の安価な真空パック詰めの鶏肉よりかは大丈夫な気もするし、何とも複雑です」とWMさんは口説く。

 もちろん、養鶏や養豚ばかりではない、酪農や繁殖牛の経営も糞尿公害問題をかかえている。多頭飼育にともない排出される糞尿が大量となり、かつての少頭数飼育の場合と同じように処理するわけにはいかなくなるからである。たとえば昔のように敷き藁が何日間かして糞尿で汚れたら畜舎外にそれを出して堆肥化するなどとのんびりやっているわけにはいかない。毎日糞尿を舎外に出さなかったら畜舎はすさまじい臭いとなり、汚れはひどくなる。それを解決するためには多頭化に対応した新たな糞尿処理機械・施設の開発・導入とこれまで以上の労力投入が必要となる。それで酪農家はそのために努力してきた。しかしいまだに問題を完全に解決できないでいる。

 酪農家におじゃまする。畜舎を見せていただくと大体はストールバーン=繋ぎ牛舎(1頭1頭の牛をつないで飼うようにしてある牛舎)方式をとっている(註4)。そもそもこのストールバーンは個々の牛の管理をしやすくするため、省力化を図るために導入しているのだが、糞尿処理に関しても省力化を可能にしていることに感心する。
 つまり、これまでの牛舎は一つの囲いに何頭かの牛を放し飼いにするものが一般的だった。しかし、こうすると糞尿を掻き出すさいに牛を一々舎外に出し、終わったらまた入れるという作業が必要となる。また糞尿が囲い全体に散らばっているのでそのすべての掻き出しと舎外への運搬が必要となる。さらに牛の身体が糞尿で汚れるということもある。
 これに対してストールバーン牛舎はすべての牛を同じ方向に向かせてつなぎ、自由に動けないようにしているので、牛のお尻はみんな同じ方向(つまり頭と逆方向)を向くようになっている。そこでこのお尻のちょうど真下のところに溝を一直線につくる。すると糞尿はすべてその溝に落ちる。その溝にゆるやかな傾斜をつけてそこに溜まった糞尿を自然にあるいは水で流下させて、あるいは人間がシャベル等で掻き集めて、舎外の糞尿溜めに出す(註5)。こうすると、牛を動かす手間はまったくいらないし、糞尿を溜める場所は限られているし、牛が糞尿で汚れることも少ない。それでかなり省力化できる。
 その後、舎外に掻き出した糞尿を堆肥舎で腐熟させて堆肥にし、放牧地や飼料作物畑に散布したり、稲作農家の稲わらと交換したりする。牛の糞尿は鶏糞や豚糞と比べて肥料成分は少ないけれども土壌改良剤としては最高なのだとのこと、それでこうして活用されている。
 しかし、問題もある。このストールバーンの牛舎に行ったとき気をつけなければならないことがある。牛のお尻の側に立っているとき、突然牛がおしっこをしたり、糞をしたりすることがあることだ。知らない人が来るとびっくりしてやる場合もあるらしい。たまにズボンに引っかかってしまったりして困ることがあり、これはまさしく糞尿公害である。
 こう言って笑うと、私の後輩研究者で酪農家生まれのNK君は、事態はもっと深刻だ、実は堆肥化している農家は多くないのだと言う。これはこういうことだ。
 堆肥化のためには糞尿溜めに溜まった糞と尿つまり固体と液体を分離することが必要となるが、そのためにはかなりの労力と資金が必要となる。たとえば、固液分離機、液処理施設、堆肥舎を整備し、堆肥舎で糞尿とオガ屑やバーク(樹皮)、籾殻を混ぜて吸水、脱臭を図り、さらにトラクターでその切り返しを何度かしながら数週間発酵を繰り返させ、良質の堆肥に仕上げるというやり方がある。しかし、現在の乳価水準ではその作業に回すだけの労賃部分と施設整備等の資金は出てこない。労力面でも資金面でもぎりぎりいっぱいだからだ。低乳価のもとで何とか生活できる所得を得ようとあるかぎりのお金と労力を使って規模拡大をしているからである。しかも最近の資材価格高騰で農協にその購入費を支払えなくなって牛を担保に農協から運転資金を借りている状況すら出てきており、施設整備どころではない。
 そこでそんなことをせずに液状の糞尿(スラリー=泥漿と呼ばれている)をそのままポンプタンカーで畑や草地に散布することになってしまう。いうまでもなくこのスラリーは腐熟していない、つまり乾燥していないので雑菌が繁殖している。それでどうしても悪臭を発生する。こうした公害問題があるのだとNK君はいう。そういえば北海道でも大きな問題となっていた。
 酪農は粗飼料をかなり自給しており、糞尿は土地に返している、そして豚や鶏の糞尿公害よりはひどくない、といっても、こうした問題が引き起こされているのである。そうなると、今酪農家の多くを苦しめている低乳価を解決し、新たな処理施設の整備と労力の投入を可能にし、糞尿処理と堆肥化がきちんとできるような政策に転換させていくことが必要となる。
 また府県の酪農家の場合は輸入飼料への依存割合は高く、豚や鶏、肥育牛経営ほどではないが、やはりそれと同じ問題を抱えており、この解決も課題となっている。

 いずれの畜種にせよ、新たな段階での耕種との結合=糞畜の復活、飼料自給率の向上を図り、糞尿公害をはじめとする地球環境問題を解決していくこと、そうしたことに消費者も関心をもってもらうこと、これがいま緊急の課題となっているといえよう。

(註)
1.13年4月1日掲載・本稿第五部「☆農業と土地、地力」参照
2.11年5月20日掲載・本稿第二部「☆選択的赤字拡大」、
 11年7月4日掲載・ 同 上 「☆大家畜生産の発展」、
 11年8月1日掲載・ 同 上 「☆平坦部への施設型畜産の普及」、
 11年9月5日掲載・ 同 上 「☆経営の専門化単一化のもたらした諸問題」(5段落)参照

3.糞と今書いたが、鶏の糞と尿は一体化しており、糞の中の白い部分が尿(尿酸)である。KT君に聞いたら、鳥はみんなそうで、空を飛ぶために水をできるだけとらないような仕組みになっており、わずかな水を有効に使うので尿の形で排出しないのだそうである。
4.なお、牛をつなぐさいにスタンチョン(牛の首を挟んでつなぎ止める道具)を使っている場合が多い。
5.後に登場するNK君に指摘されて思い出したのだが、糞尿処理をさらに省力化するためモーターで糞尿を尿溜めに送り出すバーンクリーナーを導入している経営もある。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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