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アヒルの肉、羽毛



                   家畜の飼育と私たちの暮らし(20)

                     ☆アヒルの肉、羽毛

 前回ちょっと触れたアヒルについてもう少し述べてみたい。
 子どものころの私はアヒルをあまり見たことがなかった。少なくとも生家の周囲の農家で飼っている農家はいなかった。川や沼、自噴水などが少ない地域だったからだろうか。戦中・戦後の食糧難の時期、水田でのアヒルの放し飼いが奨励されたとのことなのだが、はたして山形ではどうだったのだろうか。
 印象に残っているのは、戦後山形城のお堀の南東部ですいすい泳いでいた3~4羽のアヒルである。お堀端の家の一軒が飼育していたのだが、中学への通学路にあたったので行き帰りにその泳ぎや歩きから鳴き声まで毎日見聞きしたのである。友だちがそれを見ながら教えてくれた、卵は鶏よりも大きいそうだ、肉はまずいそうだと。大人になってからもアヒルの肉や卵は泥臭くてまずいと誰かから聞いたことがある。
 しかし、中華料理の前菜などで出されるピータン、あれはアヒルの卵だったはず、あれはけっこううまい。とは言ってもピータンは卵の漬け物、だからうまいのであって、生卵や卵焼きで食べたら泥臭いのではなかろうか。まだ食べたことのない肉もそうなのだろう。
 そう思って先日畜産学者のKT君にそのことを聞いてみた。たしかに泥臭いという。しかしそれは田んぼや川、沼で飼うからで、飼い方によっては、たとえば鶏などに与える飼料を与えれば、おいしくなるのだそうである。
 そう言われて思い出した、かの有名な北京ダックがあるではないか。そもそもアヒルの肉はうまいもののようである。卵もそうなのだろう。
 しかし、私は生卵は食べたことがない。また肉も食べたことがない。北京ダックなどはましてやだ。どうも私はアヒルを誤解していたらしい。そんなにうまいものならいつかアヒルの肉をまともに食べてみたい。
 そう言ったらKT君は笑いながら言う、もう食べてるはずだ、そば屋で食べる鴨せいろ、鴨なんばんで使う肉はアヒルの肉なのだからと。
 驚いた、信じられない。たしかに野生の鴨の肉が使われているわけはないとは思っていた。そんなに狩猟ができるわけはないからだ。だから私はあれは合鴨だろうと考えていた。90年代の始めころ米沢のそば屋さんで鴨せいろを初めてごちそうになり、そのうまさに驚いたのだが、合鴨農法などで飼育が増え始めたころだったのでそれは合鴨の肉だろうとずっとそう思ってきたのである。しかし、KT君に言わせると、合鴨農法はそんなに普及はしていないし、手間がかかるので一戸当たりの飼育羽数も増やせず、何とか増やして販売するとなると衛生検査等が厳しくなって処理施設が必要となり、さらに最近では鳥インフルエンザとの関連も問題となっているので、合鴨ではそば屋さんの需要などには対応できないのだそうである。
 だからそば屋さんを始めそもそもいま鴨肉として使っているものの大半がアヒルの肉なのだと言うのである。
 これまた驚き(私の常識のなさを驚くべきなのだろうが)、だけど日本でアヒルをそんなに飼育しているところを見たことも聞いたこともない。こういうと、あれはすべて中国やマレーシアなどからの輸入のアヒル肉だとのことである。
 それはインチキではないか、アヒルの肉を鴨の肉として出すなどというのは。そもそも合鴨も鴨として食わせるのは問題なのだが、ただ合鴨は野生の鴨とアヒルをかけあわせたものだから鴨肉といってもまだ許せる、しかしアヒルを鴨というのはこれはまさに詐欺ではないか。
 そういうと彼は言う、必ずしもインチキではない、そもそもあひるはマガモを原種としており、生物学的にはマガモと同種だからだと。
 そういえばそうなのである、アヒルは人間が飼いならして改良したマガモの一品種でしかなく、名前が違うだけなのである。たとえばキウリに白いぼ系と黒いぼ系の品種があるが、ともに同じキウリの仲間、そして私たちはそれをともにキウリと呼んでいる。これと同じことでマガモもアヒルもともに同じ仲間、キウリのように総称しないで違った名前で呼んでいるだけなのである。したがってあひるを鴨と呼ぼうと鴨をあひると呼ぼうと生物学的には問題はない。そう言われてみれば、そもそもアヒルは漢字で「家鴨」と書くのである。合鴨もそうだ。野生のマガモとそれを改良したアヒルの二つの品種を交雑交配しただけ、祖先は同じなのだからともに同じ仲間でしかない。だからインチキとは言えない。
 これも理屈であり、納得せざるを得ない。しかしやはり何か釈然としない。
 だからといって「アヒルせいろ」、「アヒル南蛮」と名前を変えて正直にメニューに書いたらきっと注文は大幅に減るだろう。アヒルは鴨と同じなのだとそば屋さんが客に一々説明するわけにもいかない。インチキではないのだから今のままでいくしかない。
 しかし私は事実を知ってしまった。どうするか。家内にこの話を教えたらもう食べたくないという。私も抵抗がある。ましてや輸入ものだからだ。国産アヒルなら今まで通り食べただろうが。きっとこれからそば屋さんに入ると注文するかどうか迷うことになり、食べる回数は減ることになるのではなかろうか。

 さて、今まで食べ物としてのアヒル、その肉や卵の話だけしてきたが、よくよく考えて見ればアヒルといえばその羽毛がある。といっても若い頃まではほとんどそれを認識しないできた。羽毛の布団とか枕とかの出てくる本や映像を見てもそれは外国の話とばかり考えていた。
 それでも、1970年代ころからではなかろうか、羽毛布団などの宣伝がテレビ等で流されるようになった(註1)。しかしまったく関心をもたなかった。私にとって布団といえば綿であり、枕といえばそば枕であり、それで十分、羽毛になどお世話になる必要はない、そう思っていたからである。
 しかし、実は羽毛にお世話になっていた。家族で登山するときに必要となって80年ころ買った寝袋(シュラーフ)、考えて見たらこれは羽毛を保温材として使っていたのである。その昔は毛布を背負って山に行ったものだったが、寝袋の軽さ、暖かさ、便利さには驚いたもの、本当に楽で便利だった。といっても、それが羽毛のせいだという認識はあまりなく、アヒルへの感謝の気持ちはあまりもたなかった
 さらにダウンジャケットでもお世話になっていた。前にも述べたが、私は自転車通勤、当然のことながら真冬はオーバー、下着などを着込んでもきわめて寒い。それを気の毒がったのか家内が買ってくれたのである。網走に勤めるようになったときは当然ダウンジャケットだった。しかし、私の一般常識のなさ、「ダウン」とは羽毛のことを言うとは知らずに着ていた。ここでもアヒルの世話になっていたのである。
 ただし、その前に羽毛の布団にお世話になっていたので、もう羽毛に対する感謝の念はあった。80年ころだったと思う、家内の妹が羽毛の会社から掛け布団をきわめて安く手に入れ、それを私たちに分けてくれたのである。軽かった、薄かった、こんなので寒くないだろうかと最初は心配したほどだった。今まではその逆だったからだ。これまでは寒くなると毛布をかけ、布団を2枚かけるなどして温かくしてきた。さらに厳寒となるとこたつや行火にお世話になった。戦後20年もすると電気毛布などが普及し、簡単に温まれるようになったが、やはり布団は重かった。重いと暖かいような気がしていた。だから羽毛布団はあまりにも軽過ぎ、温まれないのではないかと思ったのである。しかしそうではなかった。それからはずっと羽毛布団にお世話になっている。ただし敷布団はやはり綿布団である。その方が腰など身体によさそうである。

 こうして衣の面では本当にアヒルにはお世話になっている、と思ったのだが、考えて見ればダウンにはグースダウンとダックダウン、つまりガチョウの羽毛とアヒルの羽毛の二種類あるとのこと、わが家はどちらにお世話になっているのだろうか。衣類に関してはすべて家内に任せっ放し、とくにそれで不自由もしていないのでわからないが、ガチョウの方が高価のようなのでわが家のはきっとアヒルなのだろう。

 ところで、アヒルは飼っている人がいたのでよく見たものだが(といっても子どもの頃、今はほとんど見ないが)、ガチョウを生産目的で飼育している人を見たことがない。公園とか動物園でしかお目にかかったことがない。それがなぜなのかよくわからない。
 アヒルは鴨を、ガチョウは雁を飼いならして家禽化したものということだが、野生の鴨も雁も日本にはいるので、ガチョウを飼育する人がたくさんいてよかったはずである。しかもガチョウはアヒルよりも肉質が優れ、羽毛も良質だというからなおのことだ。高級フランス料理のフォアグラはガチョウの肝臓である。卵も外国では広く食用とされているとのことだ。しかもガチョウの方がアヒルより首、足が長く、かっこいいようで、ヨーロッパの歌や童話にはガチョウがよく出てくる。
 なのに、欧米崇拝の日本人そして政府ともあろうものが、どうしてガチョウの飼育に目を向けなかったのだろうか。それがよくわからない。
 といってもアヒルの飼育もきわめて少ない。戦後と比べても大きく減少している。そしてアヒルとガチョウの肉、羽毛ともに、ほぼ100%が中国やヨーロッパからの輸入、こうした面でも日本は輸入大国なのである。

 ところで、日本で大量に飼育している鶏、当然大量の羽毛を生産する。いうまでもなくやはりその羽毛は軽量で保温性が高い。したがって衣服などに利用される。しかしアヒルやガチョウなどの水鳥の羽毛に比べると質が劣る。それで安価となり、外国では低価格の衣服などに使用されているとのことだが、前にも述べたように、わが国では羽毛を高圧・高温で蒸したのち乾燥し、フェザーミールとして飼料や有機肥料として活用されているとのことである。一部は産業廃棄物として処理されているようだが、それよりはフェザーミールで利用するのはいいけれども、何となくもったいないような気もする。衣服不足の時代に育ったためだろうか。

 考えてみたら、衣生活でお世話になっているのはアヒル、ガチョウだけではない、前に述べた羊の飼育の主目的(日本の場合だが)は衣類の生産にあった。またウサギは毛皮としてだが昔から用いられてきたようだし、私の子どものころは前に述べたように軍用の防寒具として飼育したものだった(註2)。
 ウサギそして軍用といえばアンゴラの飼育があった。アンゴラはウサギの仲間だが、毛はウサギより長く軽く保温性に富むので、戦時中は飛行士の防寒具としてその飼育を推奨された。ただ私の生家の周りではアンゴラ飼育は少なかった。それでも、どこでだったか覚えていないがアンゴラを見た記憶はある。真っ白で柔らかそうな細い長い毛に包まれ、ウサギよりおとなしそう、人形みたいでかわいかった。その毛を年に何回か刈り取るのだそうだが、当然のことながら戦後は軍による需要の激減で当然ウサギと同様にアンゴラ飼育も衰退した。
 ところがなぜかしらないが60年代の終わりころに飼育のブームがあったらしい。その名残りを80年代に私は見ている。山形県の庄内の農家の青年が200羽(だったと思う)飼っていたのである。ブームは終わりつつあるころだったのだががんばっていた。しかし結局引き合わなくなりそれから数年してやめてしまったとのことである。何とももったいないのだが中国からの輸入に負けてしまったのだろう。
 わが国のアンゴラ飼育羽数は戦時中世界一だったという話を聞いたこともあるが、今はどうなっているのだろうか。

(註)
1.そのころから国内生産(もちろん原料は輸入羽毛だが)が本格化するようになったようである。
2.15年2月16日掲載・本稿第七部「☆競り市、羊・山羊・ウサギ」(10段落)参照
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コメント

[C62]

偶然、Yahoo検索からこちらのブログを拝見いたしました。
どれも非常に興味深いです。
私が10歳の時に亡くなった明治生まれ祖母が話してくれた、その当時のことが、こちらのブログで繋がったり…不思議な気持ちでおります。
じっくり読まさせていただきます。
ありがとうございます!
  • 2015-03-24 22:14
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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