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家畜と野生化―野良畜・野畜―



                 家畜と野生動物(1)

              ☆家畜と野生化―野良畜・野畜―

 家畜、今まで何の気なしにこの言葉を使ってきたが、一般に次のように考えられているようであり、それでいいのであろう。
  「人間がその役に立つように改良し、飼育してきた動物」
  「人間によってつくられ、人間社会とつながりをもって生存してきた動物」
 それでも、さらに詳しく定義すれば次のようになろう。
  「人間がその生産と生活に役立てるために、生命現象にかかわる法則を利用して野生動物を選抜・改良し、その成長・繁殖の過程を人間の管理のもとにおいて存続させてきた動物」

 これに対するところの野生動物はこう定義できよう。
  「人間社会と直接的な関わりなしに生成、発展、存続してきた動物」
 また、もう少しだけ詳しく言えば、次のように定義することもできる。
  「人間の手の入らない自然領域に生息し、人間によりその種が変化させられておらず、飼育もされてもいない動物」(註1)

 さて、このように家畜は人間によってつくられた動物であり、成長・繁殖が人間の管理のもとにおかれることによって生きているとなれば、家畜は自然界で生きていくのはきわめて難しいことになる。
 たとえば人間の飼育しやすいようにあまり走れないようにあるいは飛べないように改良されてきた家畜などは野に放てば野生動物などに捕食されたり、餌が探せなかったりして死んでしまう危険性がある。さらに繁殖できずに絶滅してしまう場合もある。
 畜産研究者のKT君に聞いたら、最近の採卵鶏がその典型例だと言う。卵をたくさん産むように選抜・改良しているうちに今の雌鶏は卵を抱くことができなくなってしまったのだそうである。何かを得れば何かを失うものなのだと彼は笑っていたが、卵は人間が孵化器に入れて孵化させない限り、雛は孵(かえ)らなくなっているのである。そうなると野に放たれた鶏は有精卵は産めてもそれを抱いて温めないのだから雛を孵すことはできず、つまり子孫を残せず、絶滅してしまうことになる。
 まさに彼らは本来の意味での家畜だということができよう。

 これに対してさきほど述べたドバト、野良犬、野良猫などは人間が飼育を放棄したのに生きており、繁殖もしている。でも彼らは野生動物ではない。そもそも人間によってつくりだされ、野良になってからもとくに変異もしていない動物であるから、遺伝的には家畜である。
 しかも彼らは、人間の出したゴミなどに依存したり、人間のつくった建物にこっそりとではあるが忍び込んで住まいにしたりして、食住ともに人間社会と密接な関連をもって生きている。こういう意味でもやはり家畜と言うべきだろう。
 しかし、彼らは人間に飼育されていない。自ら餌を探し、住まいを見つけて生きている、こういう点では野生動物に近い。
 こうした家畜を何と総称するかであるが、野生動物と家畜のうちどちらかといえば家畜に近いことと、野良犬とか野良猫とか呼んでいることからしてそこから野良という言葉をいただき、『野良家畜』もしくは『野良畜(ノラチク)』と呼ぶことができるのではなかろうか。なお、さきほど述べたドバトは野良バトとは呼ばれていないが、これも野良畜に分類すべきだということになろう。

 こうした野良畜が何らかの事情で人間社会から離れ、山野で自活しなければならないようになると、自分で狩りや採集をして食糧を得るしかなくなる。つまり山野にいる野生の鳥類や小型哺乳類などの小動物を捕まえて、また自然の山野草を採って食べることになる。また住まいも自然のなかに探し、営巣することになる。
 もちろんそれができない動物もいる。アヒルやイエウサギなどがその典型で大中型の動物に捕食されてしまい、自然の山野では生存も繁殖もできない。
 しかし、人間によって遺伝的性質がそれほど変化させられていない、より野生種に近い家畜は、自然に放されても生き延び、雌雄がいれば繁殖もする。犬や猫などがそうだ。
 そしてこのように人間社会とかかわりなく生きている犬や猫は、野犬(ノイヌ)、野猫(ノネコ)と呼ばれている。また野ヤギ、野豚(ノブタ)もいる。さきに述べたドバト、本来これは人間社会との関わりなしに生きていけないのであるが、その一部に自然の山野に定着するものが現れているとのこと、これは野バトと呼ばれてしかるべきであろう。
 さて、こうした人間社会から離れ、山野で自活している野犬、野猫等は少なくとも今のところは遺伝的には家畜、人間によってつくられた動物である。しかし人間に飼育されておらず、人間とかかわりなく自然のなかで生存、繁殖しているという点では、野生動物と同じである。
 それではこれらを何と呼ぶか。遺伝的に家畜であり、ほぼ完全に野生化しているということからすると『野生化家畜』とすべきであろう。もしももっと簡単に言うとすれば、また野犬、野猫、野ヤギなどという言葉が使われていることを踏まえるとすれば、『野畜(ノチク)』と言うことができよう。

 問題となるのはこうした「野畜」が自然生態系に悪影響を及ぼす場合があることである(註2)。
 「野良畜」は人間の居住地域の近くにのみ住み、つまり野生動植物の生息域には住まないので、自然生態系をこわすことはそれほどないと思われるのだが、「野畜」となると当然自然生態系に影響を及ぼす。ましてやその先祖が外来種となるとなおのことだ。
 たとえば野犬、野猫がそうだ。そもそも犬や猫の先祖は外来種で日本の山野に生息していたものではなく、つまり山野の生態系の不可欠の一部をなしていたものではないので天敵がいない可能性もあるのである。そうなると生態系のバランスを崩す危険性があるということになる。
 この問題で有名なのは、野猫により沖縄の在来種のイリオモテヤマネコやヤンバルクイナなどの希少動物などの個体数が激減させられていることである(註3)。
 犬猫等の愛玩畜の飼育放棄によってばかりでなく、用畜の飼育放棄でも問題が引き起こされている。 小笠原諸島や南西諸島における野ヤギがその典型例だ。そもそも山羊が存在していなかった島々に食用として導入、飼育されてきた山羊が過疎化等によって無人化した孤島に取り残されて野生化し、つまり野ヤギとなり、自然の草木等を食べてその数を増やし、植生の破壊や表土流出などを引き起こしているのである。山羊はおとなしい動物、野生化などしたらひとたまりもなくやられてしまうだろうなどと私は思っていたのだが、固い植物でもよく食べるなど粗食に耐え、険しい地形も苦にせず、しかも繁殖力が強いのだそうで、その上その島々にとって山羊は帰化動物、したがって人間が管理していない限りこうした問題が引き起こされることになるのである。

(註)
1.この定義による家畜や野生動物には水生動物や昆虫まで含まれることになるが、ここでは陸上の高等動物のみを扱う。
2.それ以前に、野犬が群れをなして人間を襲うなど、人間と野畜の間に敵対関係を生じていることが問題となるが、それはここでは省略する。
3.ハブ退治のためにと放した外来種のマングースもその原因となっているらしいが。


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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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