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外来種の飼育と野生化



              家畜と野生動物(2)

          ☆外来種の飼育と野生化―ミンクを例に―

 今から15年ばかり前、網走に勤めはじめたころの話だが、網走から能取湖、常呂に向かう道路の脇の林のなかに壊れかけた古い木造の細長い建物を見つけた。その廃屋の壁にミンク飼育場と書いたペンキ剥げかけの看板がかけてある。同行してくれていた同僚に聞くと、一時期盛んにミンクの飼育をやっていたが、かなり前に廃業したらしい、そのころ逃げ出したミンクが山野を荒らして困っている、とのことだった。
 その話を聞いてふと思い出した、60年代後半ではなかったろうか、宮城県北の低い丘陵の麓でミンクを大規模に飼育している建物を見たことがあったと。調査したわけでもなく、遠くから見ただけ、場所がどこだったかも覚えていない。完全に忘れていたが、この話を聞いて、しかも網走で本当にしばらくぶりで思い出した。
 同時に、「ミンクのコート」という言葉を思い出した。続いてマリリンモンローの名前が、また成り上がりの金持ちの中年女性という言葉が頭に浮かんだ。そうなのである、ミンクのコートは貴族や金持ち、大女優の着る高級なものというイメージだった。つまり60年代ころはミンクは日本人が着るというより輸出品だった。やがて高度経済成長でミンクのコートを着られるあるいは着たがる人たちも生まれ、さらに飼育が拡大したものと思われる。

 それを思い出したら、二つの疑問が生まれた。
 一つは、網走で見た廃屋となったミンク飼育舎、これはどういう経緯ででき、なぜ廃業し、今どうなっているだろうかということである。
 もう一つは、宮城県の飼育舎、間違いなく県北にあったのか、今はどうなっているかである。

 まず前者だが、早速網走在住の元同僚WMさんに聞いてみた。そしたら何と彼女の家の近く(といっても北海道でいう「近く」、距離はけっこうあるのだが)、網走湖の脇にあるという。そして真冬であるにもかかわらず早速ご主人といっしょに見に行ってくれ、写真を撮ってメールで送ってくれた。そこにはKミンク飼育場と大きな字が書かれているトンネル型の倉庫のようなものが、高く降り積もった雪の中に、ひっそりと写っていた。とすると、ここに飼育舎があったのかもしれない。それにしてもこの倉庫はかなり立派な建物である。私のイメージとはかなり異なる。
 そこで考えた、もしかするとWMさんの教えてくれた飼育場とは別に私の見た飼育舎があったのではないかと。それでネットで検索してみた。あった、N漁業という捕鯨を中心としたかつての大手水産会社のミンク飼育場が網走にあったのである。しかもこのN漁業以外にも大手水産会社が北海道各地でミンク飼育をかなりやっていた。何で水産会社がミンクなのか、何で北海道かと思って調べて見たら、ミンクの餌となるクジラの肉やその廃棄物、家畜の処理のさいの廃棄物、それに魚が入手しやすかったからではないかという。なるほどである。もちろん水産会社系列だけではない、公営の飼育場もあったことからもわかるように、さまざまな主体による飼育場があった。それで北海道は日本のミンク生産の9割を占めていたという。
 それにしても私の見た木造の廃屋の飼育舎、あんなものがあの当時の意気盛んだったN漁業株式会社の飼育場だったわけはない、やはり別にあったのではないか。
 そのようにWMさんにメールしたら、ご主人とこんな話になったという、そう言われてみれば写真のKミンクの倉庫と公道との間に天井の低い潰れかけた木造の小屋があった、今は雪の下に埋もれているだけなのではないかと。
 同時に、WMさんも思い出した、そういえば学生たちといっしょに網走湖の近くにドライブしたとき、その飼育小屋を見て私にミンクの話をしたことがあったと。そうだった、さきほど同僚と書いたが、それがだれでどこで教えてもらったのか忘れていたのだが、あれはWMさんで、網走湖畔の道路だったのである。
 それはそれとして、あれほど盛んだったミンク飼育も、80年代後半の毛皮の輸入自由化、中国などからの輸入増による毛皮価格の暴落、それに商業捕鯨停止による餌の入手難が追い打ちをかけ、廃業が続いた。その過程で逃げたり放されたりしたミンクが山野に定着、WMさんも脱走ミンクを見たことがあるとのこと、小型哺乳類や魚を襲ったりしてさまざまな被害を与えるようになったとのことである。最近は世界遺産の知床でもかなりのミンクが見られるようになったというが、数は増えているようだ。

 これで網走、北海道のミンクに関する疑問は解けたが(N漁業株式会社網走飼育場のあった場所はわからないが)、もう一つ、宮城県にミンク飼育があったとの私の記憶に間違いはなかったかという疑問は残る。
 そこで、何度か本稿に登場していただいた仙台在住の畜産研究者KT君と居酒屋の亭主Aさんに飲み会のとき聞いてみた。するとこういう、宮城県北にあったかどうかはわからないが、県南の蔵王山麓には間違いなくミンクの飼育場がかつてあった(私は県北と思っていたのだが間違って記憶していたのかもしれない)、しかしもうとっくに廃業していると。やはり野生化したミンクがかなりおり、養魚施設を襲ってマスを捕ったり、山野に自生するテンやイタチを捕食したりして問題になっているという。

 いうまでもなくミンクは外来種、そこで今は外来生物法で「特定外来生物」に指定されて輸入や飼育、移動などの規制対象となっているとのことだが、前に放たれたミンクは帰化動物として定着し、問題を引き起こしているのである。
 ところで、ミンクはそもそもは野生動物、19世紀半ばから飼育し始めた比較的新しい飼育動物だが、KT君に聞くと今飼育しているものはアメリカミンクを中軸にさまざまな改良を加えて現在に至っているものだとのことである。つまり今の飼育ミンクは人間の作り出した家畜、交配種なのである。となると、野に放たれたミンクは野犬や野猫などと同じ「野畜(ノチク)」ということになる。ただ、改良・飼育が開始されてから日が浅いためにまだ野生種に近く、したがって山野に放たれると容易に野生化し、定着しやすいことが問題となる。
 それどころか、そもそもミンクの自生している国々では野生種との競合や自然交雑による生態系のかく乱も心配されているとのことである。日本の場合は野生のミンクがいないのでその心配はないが、もしも増えて完全に国内の林野に定着することになるとまたいろいろな問題を引き起こすことになろう。

 最近問題になっている帰化動物といえば愛玩動物として飼育されるようになったアライグマである。繁殖力旺盛な上に帰化動物のために天敵がいないとくるものだから、逃げ出したり、飼育を放棄されたりしたアライグマが定着、増殖し、農作物を食べたり家屋に浸入するなどして人間に被害を与えると同時に野生動植物に被害を与えて大きな問題となっている。
 これがもっと増えて行ったらさらに深刻な問題となるが、まだ救われるのはアライグマの近縁種が日本にいないことである。交雑して生態系破壊をさらに進めるということがないからだ。この点ではミンクと同じだ。

 しかし、近縁種がいたら大変なことになる。たとえば野良ネコや野猫つまりイエネコ種が野生動物のヤマネコと交雑して雑種をつくり、それが純粋のヤマネコ種を絶滅させてしまうなどということにならないか心配になる。今まで考えて見たこともなかったので、早速ネットで調べて見た。
 そしたら、わが国にはそもそもヤマネコは対馬と西表島にしかいない(ツシマヤマネコとイリオモテヤマネコ)し、それもイエネコと属が違うので交雑はしないとのことである。安心した。しかし、餌を奪い合ったり、感染症などを伝染させたりしてヤマネコを絶滅させてしまう危険性があり、それで西表島ではイエネコの管理に気を配っているとのことである。

 ところで、本州などにはヤマネコがいないと今言ったが、だとすれば宮沢賢治の『どんぐりと山猫』、『注文の多い料理店』に出てくる山猫は一体何者なのか、それが疑問になる。あれは野猫のなれのはてだとも思われるが、もしかすると未発見のトウホクヤマネコ種が東北の奥深い山中でひっそり生きており、賢治はそれを見て書いたのかもしれない(などと考えるのも楽しい)。それをまもるためにも家畜や愛玩動物の管理はきちんとしてもらいたいものだ。

 それでは野兎(ノウサギ)はどうなのだろうか。
 これは野犬(ノイヌ)や野猫(ノネコ)、野ヤギのような「野畜(ノチク)」ではない、つまりイエウサギが野生化したものではない。ニホンノウサギという野生動物しかも日本の在来種であり、外来種を改良してつくられたイエウサギとはまったく違った種であり、しかもかなり遠縁である。それで自然交雑はしないそうである。
 ここで名前が出たついでにちょっと脱線して、次回は日本のノウサギについて雑談をさせてもらおう。

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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