Entries

自然交雑とアイガモ・イノブタ




                家畜と野生動物(4)

             ☆自然交雑とアイガモ・イノブタ

 さて、前々回の記事で触れた自然交雑の問題に話を戻すが、まずそもそも「交雑」とは何かをこれまで言われてきたことを踏まえて定義してみれば次のようになろう。
 「遺伝的組成の異なる関係(『種と亜種の関係』の方がいいのかもしれない)にある雌雄を人為的に組み合わせて授粉あるいは授精させ、繁殖させて人間に有用な遺伝的組成をもつ新たな種(『雑種』としてもよいと思われる)を形成すること」
 そうすると「自然交雑」は次のようになる。
 「自然に放置された状態で、遺伝的組成の異なる関係にある雌雄が受粉あるいは受精し、繁殖して新たな種が形成されること」
 この自然交雑と対比していえば、先に定義した交雑は「人為交雑」ということになる。
 いうまでもなく、この交雑はすべての種の間で可能なわけではなく、近縁関係にある種の間でのみ起きるものである。つまり世代距離(共通祖先までの世代数)が近くて遺伝的組成が比較的類似している種、つまり血縁度の高い種=近縁種の間でのみ可能なのである。

 この法則性を人間は利用して、さまざまな有用な新種を形成てきた。家畜に関していえば、その交配と同時に交雑をさせ、また家畜と近縁関係にある野生動物の有用な遺伝子を家畜に組み込むべく家畜と野生動物の交雑をさせたりもして新種を形成(品種改良)してきた。さらに野生動物の種内の交配、種間での交雑をさせて家畜となり得る新たな種をつくりだしてきた。そしてそれらを飼育してきた。
 他方、自然は自然で、自然交配、自然交雑を進め、自然によりよく対応し得る多様な雑種=新種を生成し、豊かな自然をつくり出してきた。この自然交雑、これは生物がこの世に姿を現して以来なされてきたものであり、これからもなされるものである。

 問題となるのはこの自然交雑に、意図するしないは別として、人間が関わり合いをもつ場合である。さきにもちょっと触れたことだが、野に放たれた外来種の家畜が野生動物と自然交雑したりする場合などはその典型例だ。したがって家畜や外来野生動物は人間がきちんと管理することが必要となる。
 それがうまくいっている例としてあげられるのはアイガモ(合鴨)だろう。

 前に述べたように、アイガモは野生のマガモとそれを家禽化したアヒルとの交雑種である(註1)。ただしこの交雑は人為交雑であり、しかもかなり昔からやられていたらしい。
 「カモネギ」、こんな言葉があるくらいだから鴨は肉としてうまい、しかし飛ぶ鳥だから捕まえるのは難しい、それで飛べないアヒルと交雑し、肉はうまくてしかも飛んで逃げないアイガモをつくったのだろう、最初はこう思っていた。ところが、実際のアイガモは身体が小さくて肉は少なく、繁殖力も弱いので、食用としての交雑・飼育はなく、狩猟用のおとりとか愛玩用として交雑され、細々と飼育されていたとのことである
 それが変わったのは1990年代ごろからである。私もその頃にアイガモというものの存在を知ったのであるが、いわゆる有機農法の担い手として注目され始め、アイガモの飼育が急に増えてきたのである。
 そのさい問題となるのは、アイガモは人間によって作られたものであり、自然には存在しない雑種であることである。それが野に放たれ、さらにはマガモと自然交雑したりして、野生動植物など自然に変化をもたらしたりしたら困る。
 それで放鳥などは固く禁じられており、生育中は逃げ出したりしないようにその住処の田んぼを網で覆い、アイガモ農法のシーズン終了後は食用とされている。
 つまり、人為的交雑による雑種が近縁の野生動物と自然交雑してこれまでなかった雑種を生み出し、それが既存の近縁野生動物を衰滅させるなど影響を与えたり、その他動植物の生態に悪影響を及ぼしたりするなど、思いもかけない変化を生態系に与えないようにしているのである。
 そのかわりに、網を掛けたり外したり等々アイガモの管理が大変であり、それも一因となってアイガモ農法の面積が増やせない。ここに問題があるが、ともかくこのようにきちんと管理されていれば、人間の関与する交雑は当然のことながらあっていい。
 しかし今わが国ではこの交雑で大変なことが起きつつある。野生動物であるイノシシと家畜の豚の交雑種のイノブタが自然の山野で繁殖しているらしいことだ。

 私がイノブタを初めて見たのは大学3年(1956年)、東北大学川渡(かわたび)農場(註2)での実習のときである。畜産学科のある研究室が豚とイノシシを飼育してその交雑つまりイノブタの作成の実験をしていたのである。最初聞いたときびっくりした。猪突猛進の野生動物イノシシと肥ってのろまに見える家畜の豚と交配できる近縁種だとは思っていなかったからである。でもよくよく見ると姿形は基本的に似ており、またイノシシの肉は昔から食べられると聞いており、なるほど同じ種かもしれないと納得したものだった。
 ところで交配したイノブタは黒い毛が生えていてどちらかというとイノシシに似ていた。肉質はどうなのか聞いたかどうか覚えていない。でも粗食に耐え、丈夫なイノシシの性質と気がやさしく、肉質がよく、産仔数も多い豚の性質がうまく組み合わされれば安くてうまい豚肉がたくさん供給されるようになるかもしれない。うまいことを考えたものだと思ったものだが、数年後川渡に行ったらもうイノブタはいなくなっていた。実験が終わったらしい。その成果がどうだったのか聞いていなかったので、後に畜産学科の別の研究室の職員となった後輩のKT君(これまで何度も本稿に登場してもらった)なら知っているかもしれないと思って先日聞いてみた。そしたらイノブタのことは聞いているが、彼が入学したころはすでにその研究は終わっており、どういう成果が出たのか聞いていない、そもそも研究目的は異種間の交配=交雑それ自体にあったらしい、つまり当時は豚の純粋種指向が強く品種間交配について否定的な意見が多かったのでそれを打破することにあったようだとのことだった。今は交配を基礎にしているのだが当時の畜産の研究はそんな状況にあったらしい。
 こうして東北大での研究は終わったようだが、その後他の研究機関でのイノブタの開発研究が進み、現在はその飼育と肉の販売も行われるようになっているとのことである。イノブタは雑食性が強く、野草等も食べ、暑さ寒さには豚より強いのでコストは低く、脂肪交雑もいいのでステーキや焼き肉にいいとのことである。

 このように、私がイノシシを初めて見たのは野生の姿ではなく、囚われの身となっているものだった。そしてその後も私は野生のイノシシを見たことはない。また東北で見かけたという人の話も聞いたことがない。これもやむを得ないと思う、イノシシの分布域は宮城県南部が北限と言われていることからわかるように東北にはイノシシが少ないからだ。
 私がイノシシ関連で見たものといえば中四国で見た延々とめぐらされたイノシシ除けの柵ぐらいのものだった。そして耳に入るのは過疎地でのイノシシの増加と農作物被害の拡大だった。それでもいまだに野生のイノシシの実物は見ていない。でもそのうち見ることになるのではなかろうか。それどころかイノブタも見ることになるのではなかろうか。福島の原発被災地で生成繁殖している危険性があるからだ。

 ご存じのように、大震災による原発事故のさい福島の畜産農家は家畜を放置して避難せざるを得なかった。そのときの農家の思いはちょっとおいて、放置された牛などの家畜のなかに何とか生き延びたものがおり、彼らが餌を求めて人っ子一人いない被災地を放浪して歩く姿がテレビで放映され、何とも言えない気持ちにさせられたものだが、同時にイノシシなどの野生動物が無人の街の中を堂々と歩き、走り回り、これまた私たちの気持ちを冷え込ませた。それを見たときふと心配になった、野生のイノシシと人間の飼育を離れた豚とが街や田野で出会い、イノブタが生まれているのではないかと。
 そこでさきほど登場してもらった畜産研究者KT君に聞いてみたら、最初のころは生成しないだろうと考えていたという。豚は牛などと違って畜舎から逃げることができず、また長期間生きていられず、死んでしまったのではないか、だから生まれている可能性は少ないが、危険性には十分に注意していく必要があるだろうと。
 ところが、と続けて彼は言う、現実には原発周辺地域で大量発生しているようだと。
 つまり、一方では逃げることのできた豚がおり、最初は人々のいなくなった畜舎や家々に入って餌となるものを食べて生き延び、それがなくなると山野に入って自ら餌を探して生き延びているようなのである。まさに豚は野生化してつまり「野豚」になって生き延びているらしい。
 もう一方で、イノシシの数が増えている。放射能の関係でイノシシの肉が食べられなくなったので、狩猟等の屠殺をしていないからだ。
 そうなると心配になるのが野豚とイノシシの自然交雑だ。もしそれがなされているなら重大事態である。イノシシは粗食に耐えて丈夫、山野で生きていける能力、強い生命力がある。これに対して豚は繁殖力は旺盛、食欲も旺盛、人は恐れない。この両方の資質を交雑で得たイノブタが生まれ、繁殖して行ったら、山野の植生をはじめとする生態系に大きな影響を及ぼし、農作物に被害を及ぼし、人家にも人間にも危害を及ぼすことになりかねないからである。さらに、将来帰郷するであろう福島の被災地の人々の生活にさまざまな障害となり、住めなくさえしてしまう危険性がある。

 つい最近、仙台の南西部のある学校の裏庭で数頭の子を連れたイノシシが歩いているのを見たという人の話を聞いた。とうとうこんなところまできたかとKT君に話したら仙台よりさらに北の地域に到達しているようだという。
 さきほど述べた東北大川渡農場、宮城県北の鳴子温泉の近くにあるのだが、ここの肉牛牛舎に親子連れで現れているのだそうである。牛舎には夜間人がいないし、常にエサがあり、冬場も充分生きていけるからだろう。さらに岩手県から秋田の県境にもイノシシが進出してるらしい。地球温暖化で北国でも暮らせるようになったこともその一因かもしれないが、原発事故による放射能のせいでイノシシが東北では狩猟の対象から外れているために増えてどんどん北進しているのだろう、こう彼はいう。
 きっとそうなのだろう。しかし、その発見されたイノシシのなかにイノブタもいたのではなかろうか、それが心配になる。
 野豚、つまり野生化した豚は、全身に剛毛が生え、牙が伸びるなど先祖返りしてイノシシに似てくるのだそうだが、イノブタとなるとますますイノシシと似てくるはず、イノシシと見えたのは実はイノブタではなかったろうか。
 いややはりイノシシかもしれない。イノブタに生存競争で負けたイノシシが東北北部まで疎開してきたのかもしれない。
 狩猟対象から外れて増加したために、しかも野豚も新規参入したために、過剰人口いや過剰猪豚口になり、その解決のために新天地を求めて開拓者、パイオニアとして東北北部に移住しているのかもしれない。ちょうどいい具合に温暖化で住みやすくもなっており、しめたというものである。こんなことになっているのだろうか。いずれにせよ困ったものだ。
 こうしたイノシシ・野豚・イノブタ問題ばかりでなく、原発被災地における家畜(犬や猫も含む)の野生化問題もあり、こうした問題をひきおこした東電と政府はそれに知らん顔をしているが、何とか早く解決してもらいたいものである。

 ところで、原発被災地・阿武隈山地に棲むキツネやタヌキ、クマやシカなどの野生動物はどうなっているのだろうか。さっぱり聞かないのだが。

(註)
1.15年3月23日掲載・本稿第七部「☆アヒルの肉、羽毛」(1段落)参照
2.11年6月20日掲載・本稿第二部「☆稲作機械化一貫体系の確立」(1段落)参照
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

訪問者

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

QRコード

QR