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ヒヨドリの巣作り・子育て観察記



                 家畜と野生動物(9)

              ☆ヒヨドリの巣作り・子育て観察記

 ついでといっては何だが、野生動物についてもう一回だけ、本章の趣旨とは若干異なるけれども、季節の話題として語らせていただきたい。

 前々回の記事でわが家の庭によく野鳥が来るという話をしたが、そのなかにヒヨドリもいる。よく番いでやってくるのだが、灰色であまり見栄えのいい鳥ではなく、声も甲高くていい声とはいえない。ただ、滑空してくるときの恰好はいい。
 そのヒヨドリが、今年はいつもよりも庭に来る回数が多い。5月の連休が過ぎるころだったろうか、さらに激しくわが家の庭と外を往復するようになった。雄雌お互いに呼び合う声もうるさい。とくに私たちが庭仕事をしていると、お互いに注意しあうような声で鳴きあい、家の前の電線に留まったり、物置の屋根に留まったりして私たちを見ている。そしてまた飛び立つ。こんなことを繰り返しているうち、2羽ともに庭の同じ場所に外から行ったり来たりしているように思えてきた。
 あるときふと気が付いた。庭の物置のわきに植えてあるレッドロビンの木の生け垣のなかに、かわるがわるもぐり込んではまた飛び去るという行為を繰り返しているようなのである。そのうち家内が生け垣の中から白いビニールの紐が長く垂れ下がっていることに気が付いた、そして言う、巣作りしているのではないかと。ちょっとのぞいてみると、ビニールひもといっしょに枯れた細い枝や蔦、枯草のようなものが、外から見えないように、枝と枝の間の一ヶ所においてある。巣作りの途中のようである。そんなことを話しながらそこを見ていると、ヒヨドリが庭木に留まって怒ったように激しく鳴く。ごめんごめんと私たちが笑いながらそこから離れると、2羽がまた代わる代わる生け垣と外を往復し始めた。
 やがて垂れ下がっていたビニールの白い紐が見えなくなった。こっそりのぞいてみるとそのビニールひもをうまく丸くまいて他の木や草を包み込み、お椀のような形の巣を完成させていた。見事なものだと感心するのと同時に、心配にもなった。前にも庭のモミジの木に巣をつくり、ネコに襲われてこわされたことがあったからである(註1)。しかしどうしようもない。年中監視しているわけにもいかない。猫を見つけたら巣に近づかないように脅かして退散させるしかない。そんなことを考えているうちに、あまりヒヨドリは来なくなった。たまに来て、私たちが庭にいるとキーッ、キーッと大きな声で騒ぐ。家内が二階のベランダで洗濯物を干していると、近くの電線に留まって首をかしげながら警戒しているようにジーッと家内を見ている。家内は声をかける、「大丈夫だよ、何もしないよ」と。そんなことを言ってもわかるわけはないのだが。

 そのうち、私たちが庭仕事をしていても騒がなくなった。5月の末頃である。たまに1羽が来て道路わきの庭木に留まって鳴いていることがあるが、巣を放棄してしまったのだろうか、それとも卵を産み、抱きはじめたので外敵に見つからないように静かにしているだけなのだろうか。心配になってこっそりと巣をのぞいてみた。何と1羽がくちばしを斜め上にあげて巣の中に座っているではないか。やはり抱卵が始まったのである。
 それからよく注意してみると、30分に一度くらい、雄だと思うのだが、1羽がくちばしに虫のようなものをぶら下げて来て庭の沙羅(さら)の木(ナツツバキともよばれている)に止まる。そして一声か二声鳴く。すると巣の中から1羽(雌なのだろう)音もなしに低空飛行で沙羅の木に向かう。そこで餌をもらう。そしてまたスーッと音もなしにもとの巣に戻る。
 ちょうどその時刻に私たちが巣の近くにいたら大変だ。雄が大きな声で鳴き騒ぐ。私たちがいるので、雌が巣から出て来られないからのようである。雌が飛び立つことで巣の在り場所がわかっては困るということからなのだろう。とっくにこっちはわかっているのだが、やむを得ない、すぐに遠くに離れるより他ない。
 でも普通の時はおとなしい。すぐ近くで庭仕事をしていても、ちょっとのぞいても雌は騒がず、巣の中でジーッとしている。私たちが無害だとわかっているからなのか、騒ぐと見つかると思ってのことなのかわからない。いずれにせよ、なるべく驚かさないようにした。
 とはいっても、本当に卵が入っているのかどうか、見てみたい。でも、巣が私の目の高さで、中がのぞけない。それで雌が餌をもらいに行っているすきに踏み台を持ってきてちょっとのぞいてみた。あった、灰白色の地に茶の斑点の小さな卵が二つあった。
 これは何としても猫からまもってやらなければならない。猫のいつもの通り道から巣がちょっと離れているのでまだ気が付いていないようだが、猫が庭に入ってくるのを見つけるとすぐに思いっきり怒って追いだしてやる。

 でも困ることがある。生け垣のレッドロビンの新芽が伸びて剪定しなければならないのに、またその近くにある花の終わったツツジの新芽の剪定も必要なのに、巣があるものだからできないでおり、伸び放題になって恰好が悪くなっていることだ。これもまあ仕方がない、雛が巣立つまで待つより他ないだろう。
 もう一つ困るのは、ヒヨドリの糞が庭のあちこちに落ちているようになったことだ。これももう少しの間、我慢するより他ない。
 その生け垣を眺めているとき、ふと加賀の千代女の句「朝顔に 釣瓶取られて もらい水」が頭に浮かんだ。それと今の私たちが似ているではないか。
 そこで一句、「鳥の巣に 生け垣取られて 枝葉伸び」、でもこれでは季語が不明確だし、意味もわからないかな、それならこれはどうだろう、「鳥の巣に 垣根の剪定 邪魔をされ」、いずれにしても何とまあセンスのない、句ともいえない句、家内に披露するわけにもいかず、一人で笑ってしまった。

 抱卵してから一週間くらい経ったころ、私たちが家の中にいると、いつもはおとなしく巣の中にいる雌がときどき外に出ていつもとは違う大きな声で鳴き騒きながら庭の木々の間を飛び回り、また木々に止まり、やがてまた巣に帰る。また少し経つと同じことを繰り返す。どうしたのだろうと家内と心配していたが、やがて家の前の電線で雄の声らしきものが聞こえる。すると雌が巣から飛び立つ。餌をもらいに行ったようである。ということはさきほどの雌の騒ぎ方は、お腹が空いたのに雄がなかなか餌を持ってこないことに腹を立てて外に出て鳴き騒いでいたのではなかろうか。
 稼ぎを持ってこない亭主を奥さんがいらいらして待つ、そして怒る、というのはヒヨドリの世界にもあるらしい、そういって家内と二人、大笑いをしてしまった。
 馬鹿に静かになることがある。どうしたのかと思って巣をこっそりのぞいてみると、たまにだが巣にいないことがある。雄から餌をもらいに行ったのだろうか。それにしても帰りが遅い。周りを見回してもいつものところにいない。雄が餌を持ってこないので、お腹が空いて自分で餌を捕りにでかけたのだろうか。もしかしてカラスなど他の鳥に卵が食べられてしまったのではないか。あるいは人間のまねをして育児(抱卵)放棄してしまったのではなかろうか。こんな心配をしているとようやく帰ってくる。ほっとするが、今度はこんなに長い時間留守にして卵は大丈夫だったのかと心配になる。

 ネットで検索してみたら、ヒヨドリは抱卵してから10日から12日くらいで孵化するとのこと、雛が無事孵ってくれること、巣立ちができるまで育ってくれることを祈るだけ、そしてなるべく邪魔しないように静かに巣から遠くの庭の仕事をし、餌を捕ってきた雄が私たちに気がついて騒ぎ始めたらしかたなく庭から離れ、静かになってからまた庭に戻る。なぜ同居人にこんなに気をつかって遠慮をしなければならないのか、居候のくせに威張るななどと二人で苦笑いをしながら。
 逆にあまりにも静かになり、のぞいてみて雌がいなかったりすると何事か起きたのかと心配になる。
 それより何より、雛が孵って鳴き声などたてたら猫やカラスに気付かれて食われてしまうのではないか、それがまた心配になってくる。
 こんな心配ともいえないことを心配しながら、庭の木々、花々、そして小鳥たちをのんびり楽しめるようになった定年後、本来なら幸せいっぱいのはずなのだが、自分たちが動けなくなったりボケだしたりしたらどうするか、年金や物価のこと、TPPと農業・医療のこと、戦争好き・アメリカべったりの現政権のこと等々を考えると、ついつい暗い気持ちになってしまう。何とか気持ち安らかに老後を過ごさせてもらいたいものである。

 どうも様子がおかしい、巣にヒヨドリがいない。ときどき来るが、すぐにいなくなってしまう。もしかすると雛が孵って抱く必要がなくなったからではないか。ときどき巣に帰ってくるのは雛に餌をやるためではなかろうか。卵を産んだのではないかと気が付いてからちょうど12日ぐらい経っている。
 そこでまた親のいないときに踏み台を持ってきて巣をのぞいてみた。何と雛がいるではないか。しかも3羽、卵は2個と思っていたのだが私が見落としただけで3個だったのだ。雛は、物音を聞いて親が来たと思ったのだろうか、黄色いくちばしを大きく開け、声も出さずに、餌をねだっている。
 すぐに家内に知らせた。ともかくめでたい、とりあえず一安心である。それにしても親鳥はうるさい。私たちが庭にいるとやはり巣に入らず、キーヨ、キーヨと大きな声を出しながら家の前の電線や庭の木々に停まっている。私たちが無害だと言うことがまだわからないのか、わが家の庭なのになぜ居候に遠慮して外に出たり、家の中に入ったりしなければならないのか、大家に対して失礼ではないかと怒りたくなるが、しかたがない、姿をかくす。すると突然静かになり、生け垣に近づき、巣に音もなく入る。そしてまた飛び去る。
 不思議なことは雛の鳴き声がしないことだ。ツバメの雛は親がくるとピーピーと餌をねだってうるさいのだが、本当に静かである。だからときどき心配になる、元気でいるのだろうかと。でも親が通っているのだから、大丈夫なのだろう。もしかすると外敵に気づかれないように用心のために雛のうちは鳴けないようになっているのではなかろうか。

 今年の5、6月は異常気象と思われるほど暑く、雨も本当に少なかった。それでもさすがに6月半ば近くなってくると、ときどき雨が降る。その雨の中をせっせと親は餌を運ぶ。どこまで行って捕まえて来るのだろうか、雨の中捕まえられるのか、心配になるが、くちばしに大小長短さまざまの虫(草木の実などもあるような感じもするが)をくわえているのを見るとほっとする。同時に、虫をくわえたままでよく鳴けるものだと感心する。
 雨が強くなってきたときふと巣を見てみたら雌が巣の中に入っている。きっと雨から雛をまもっているのだろう。
 家内は言う、鳥でさえ子育てにこんなに一所懸命なのに、最近の人間の親は、児童福祉はどうなっているのと。

 あるとき、親鳥2羽がともにキー、キーッ、ツピツピツビとうるさく鳴いて家の前の電線や隣の屋根に止まったり飛んだりして騒いでいる。ふと気が付いた、近くの家の前の電信柱にカラスが留まって私の家の庭をのぞこうとしている。そこにヒヨドリが飛んで行って脅す。カラスはうるさそうにして隣の家の屋根に留まった。これでは巣が見つかってしまう危険性がある。それでますます激しく鳴き、カラスのまわりを飛び回る。これでは雛に餌もやれないし、巣が見つかってしまう恐れもある。ちょっとかわいそうになったので縁側に出て手を大きくポンと叩いてコラッと大声て怒鳴ったらカラスは逃げて行った。それをヒヨドリが追いかけて行ったが、すぐに戻ってきてあたりを見回しながら沙羅やモミジの木に留まり、すきを見てかわるがわる巣に飛んで行った。やはり雛の声は聞こえない。

 ヒヨドリとのこんな日々がもう6週間も続いている。いろいろ不便を感じたり、心配をしてみたり(ヒヨドリに言わせると余計なお世話なのかもしれないが)の日々がこれから後どれだけ続くのだろうか、巣立ちはいつなのだろうか、合計5羽でわが家の庭を飛び回るようになったらまたうるさかったり、糞で庭が汚れたりするだろう等々、考えるとちょっと憂鬱なこともあるが、楽しみでもある日々である。
 とはいうものの、ヒヨドリは果樹や果菜を集団で食い荒らす害鳥であり、狩猟鳥にも指定されているとのこと(肉はうまいのだろうか)、きわめて複雑な心境の日々でもある。

 先週半ばの昼過ぎ、家内がいう、午前中行ったり来たりしていたヒヨドリがさっぱり来ない、鳴き声もしない、どうなったのだろうと。そういえば静かである。心配になって巣をのぞいてみた。雛がいない。巣はちょっと傾いていたがこわれてはいない。ネコやカラスにやられたのではなさそうだ。そうすると巣立ちしたのだろうか。雛に気が付いてから約10日、ちょっと早すぎるのではないか。でも私たちが気が付いたのがそのころで、もっと早く孵っており、もう巣立ちの日になっていたのかもしれない。そしてすぐ近くの山にでも引っ越して、雛に一人前になる訓練をさせているのかもしれない。そうであればいいのだが。
 それにしてもと家内は笑いながら言う、あれだけわが家に迷惑をかけておいて挨拶もなしに立ち去るとは何事かと。そういえばそうである。最近の鳥は義理人情を忘れているようだ(義理鳥情と言うべきか)、けしからんと言いたくなる。でもまあ、こちらも楽しませてもらった、五分五分だろう。ちょっとさびしくなるが、ヒヨドリの巣のためにできなくさせられていた生け垣やツツジの剪定などの庭仕事に早速とりかかろう。

 今わが家の庭は網走から持ってきたラベンダーの花が満開である。しかし、あれほどうるさかったミツバチやハナアブのラベンダー詣で(註2)はこの2~3年なぜか激減している。そしてヒヨドリも来なくなった。ちょっとうるさいのは朝必ず来る数羽のスズメくらい、庭は今本当に静かである。
 そんなことを考えていた一昨日の夕方のこと、1羽のヒヨドリが家の前の電線に止まり、ジッと庭を見ていた。もしかして挨拶に来たのだろうか。いつか元気に一家で庭に遊びにきてもらいたいものだ。

 さて、これまで家畜、野生動物について延々と述べてきたが、今回で終わりとして別の話題に移ることにしたい。
 なお、ツバメやスズメをはじめとするその他の野生動物に関しては本稿第五部の「野生動物・雑感」の章(註3)でもいろいろ述べているのでそれを見ていただきたい。

(註)
1.12年8月1日掲載・本稿第四部「☆猫の堕落、糞害、ペットフード」(3段落)参照
2.13年5月27日掲載・本稿第五部「☆『ミツパ』、密吸い、ままごと」(5段落)参照
3.13年5月1、9、13、16、20、23日掲載・本稿第五部「野生動物・雑感(1)~(6)」参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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