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自家製味噌、味噌汁とご飯



                マメ・思いつくまま(10)(11)

                  ☆自家製の味噌

 納豆=貧乏食だったということから「おから」そして豆腐へと話が進んでしまったが、納豆=発酵食品ということからすれば、納豆の次に味噌・醤油へと話を進めるべきだったかもしれない。そういうことからすると話はちょっと飛んでしまったが、改めて味噌・醤油について思いつくまま述べてみよう。

 まず味噌であるが、蒸した大豆を潰して塩と麹(米、麦、豆の三種類あるがそのいずれか)を混ぜ、樽のなかに保存して発酵、熟成させて作ったもの、醤油と並ぶ日本の基本的な調味料の一つとして、日本の味として位置付けられている。
 しかし、私の子どものころは味噌は家庭の味だった。生家でつくっていたからである。私の家だけではなかった。周辺の農家はすべて自分の家でとれた大豆で自分の家で食べる分だけの味噌をつくっていた。そのことについては前に書いた(註1)ので省略するが、同じ東北でもその作り方はかなり違ったようである。
 たとえば前々回の記事でご登場いただいた北上山地の葛巻町のNさんの集落では次のようにしてつくったという。
 まず大豆を茹でて大きなフネ(細長い木箱)に入れ、わらで作った沓(くつ)を履いて人力で踏み潰す。それを手でこねて四角い団子を作る。しばらくおくと固まる。これを味噌玉というが、それをわらで縛って、土間に吊るしておく。2〜3ヶ月経つと味噌玉にヒビが入ってきて、そこからカビが生えてくる。この状態を「麹が入った」と言ったが、それを木槌で砕いて味噌樽に入れ、水と塩を加え蓋をして1〜3年かけて熟成させる、これで自家製味噌、本来の意味での手前味噌の完成である。
 基本的なところは私の生家の場合と同じだが、大きく違うところは麹を自然発生させているところである。当時は米をつくれない地帯だったので米麹などつくれないし、前に述べたような旦那様(地頭と呼ばれた大山林地主)による収奪(註2)のもとでは麹など高くて旦那以外買えなかったのである。そこで味噌玉にして吊るしておいて自然のうちにカビを生じさせ、そのカビ(きっと豆麹菌なのだろう)と塩と水でもって発酵、熟成させて味噌にしたのであろう。
 こうした豆麹を使う豆味噌の地帯の他に麦麹を使う麦味噌地帯、米麹を使う米味噌地帯等々、作り方は地域によりさまざま、味噌の味もさまざまであり、さらに同じ地域、製法でも個々の農家により微妙につくり方が異なったが、まさに手前味噌、やはり自分の家の味噌が一番うまかった。手前味噌が自画自賛・自慢という意味に転じるということはよく理解できたものだった。

 生家の味噌は米麴を使った米味噌であり、したがって白味噌、甘味噌だった。しかし、今の味噌と比べると辛味噌といえるほどかなり塩辛かったのではなかろうか。しょっぱくすることで少ない味噌で味がつけられるように、またおかずが少なくともすむようにし、さらに重労働に対応できるように塩分を多く供給するようにしたと思われるからである。
 そのときの味が身に沁みついているのだろう、私はしょっぱい味噌汁が好きである。しかし最近の家内はもう齢なのだから減塩が必要だとして薄味にする。それがちょっと不満だが、どんな味でも我慢するより他ない。私は根っからのご飯派、したがって味噌汁は欠かせず、とくに二日酔いの日の朝がそうだからだ。けれども何かの事情で私が味噌汁をつくるときにはもちろん本来の塩分濃度の高いうまい汁になる。家内は塩っ辛いというが、でもうまいともいう。とくに病み上がりの時など食欲のないときがそうだ。ともかく味噌汁でご飯はすすむ。
 味噌の塩分・うま味のたっぷり入った汁と、淡白な味の米を主体とするご飯、この味の相性がぴったりだからだろう。
 味の面からだけではない、ご飯と味噌汁は栄養の面からも相性がいいらしい。


               ☆味噌汁とご飯

 家内の中学の時、担任の女の先生が授業中にこんな話をしてくれたと言う。
 東京の学校に入った時に自炊をした。ところが一ヶ月くらいしてから身体の調子が悪くなってきた。医者に行っても原因がわからない。そんなことで落ち込んでいたある日のこと、東京に来てから初めて味噌汁をつくって食べてみた。うまかったのでそれから毎日朝晩食べるようになった。そしたら何と一ヶ月もしないうちに体調は回復した。味噌汁が体調不良を解決してくれたのだ。味噌汁は健康のもと、これからみんなは必ず味噌汁を食べるように。
 なぜかしらないがその話がいまだに忘れられない、家内はこういうのだが、そうかもしれない、味噌は単なる調味料ではなく、重要な栄養源だったのだ。とくにまともに動物タンパク質などとれなかった戦中戦後などは、また貧乏人にとっては、主要な蛋白源であり、健康維持には不可欠だったのである。
 栄養学者のOK君にかつてそれを確かめたとき、それはその通りだとのことだった。味噌には植物タンパク質が豊富に含まれているのだそうである。また、味噌には米に不足しているリジンというアミノ酸があり、逆に味噌に不足しているメチオニンが米には含まれているという。つまり相補っているわけだ。たんぱく質だけではない、味噌にはさまざまな栄養素が含まれている。
 そうなると、味噌汁とご飯は、味の面からばかりでなく、栄養の面からも、きわめて相性がいいということになる。
 しかも味噌汁の場合には、味噌だけでなく、具(私の生家の地域では「実」といったものだが)が入り、出しも入っている。季節ごとに変わる野菜や海藻、魚介類、肉等の具は、そのうま味はもちろん各種の栄養分、カロリーを供給してくれる。また出しじゃこ、かつお節などの出しはうま味はもちろん、動物蛋白質も供給してくれる。まさに栄養たっぷりだ。

 おかずが足りないなどと私たち子どもが不満を言うと、祖母がこんなことを言って怒ったものだった。
 「ご飯と『おづけ』さえあれば 何にも えらねなだ(いらないのだ)」
 私の生家の地域では味噌汁のことを「おづけ(おつけ)」あるいは「おみおづげ(おみおつけ)」と呼んでいた(註3)のだが、ご飯と味噌汁だけあれば生きていけるのだ、贅沢を言うなというのである。実際に貧乏人のなかにはそうやって生きてきたものもいるのだが、いうまでもなくそれだけでは十分な栄養がとれない。それで最低限の目標とされたのが「一汁一菜」だった。「汁」一品と「菜(=惣菜)」一品をご飯のおかずにしよう(註4)と言うわけだ。
 たしかにこれは「ご飯と『おづけ』」だけよりいいが、これだけで栄養が十分にとれるわけはない。それでも、昔は多くの人々がそれでともかく生きてきたのだから、いかに味噌汁が重要な位置を占めてきたかがわかろう。最近は食生活が乱れているとして一汁一菜の見直し、和食の勧めもなされているとのことだが、味噌汁をもう一度きちんと位置付けてもらいたいものだ。

 ところで、これだけご飯と味噌汁の相性がいいのだから、ご飯に味噌汁をかけて食べてもうまいはずである。実際にこれはこれでうまい。ご飯と味噌汁の相性のよさが本当によくわかる。するするとお腹に入り、食欲がないときなどきわめていい。また、これだと他におかずがなくともご飯を食べることもできる。きらいなおかずなど食べなくともすむ。
 ところがそうすると「行儀が悪いことをするな」と叱られたものだった。とくに朝飯のときがそうだった。赤飯のときはさらにきつく怒られた。「お赤飯に味噌汁をかけて食べると、むがさり(結婚式)の日に雨が降る」とも言われた。
 どうしてなのかわからない。でも何か理由があるはずである。そこで考えたのが、お汁かけご飯にすると、他のおかずを食べなくなり栄養分が偏る、よく噛まないで飲みこんでしまうので食べるご飯の量が増え、大事なコメがそれだけ減る上に身体によくない、こういうことからだろうということだった。
 また、こういうことも考えた。自分の家で客にごちそうするとき、客がご飯に味噌汁などかけて食べたらどうだろうか。おかずがまずかったから、あるいは足りなかったからではないかと考えてしまう。とすると、自分も客になったとき、そんなことをすべきではない。ごちそうする人に対する失礼になるからだ。そこで、そんな行儀の悪いことをしないようにと、子どものころからきつくしつけ、習慣づけさせようとしたのではなかろうか。
 とくにお赤飯が出されるのは多くは冠婚、祭り等の祝い事のときであり、とりわけ一生懸命おいしい料理を出しているのに、お赤飯にお汁などかけて食べるのはさらに失礼である。そんな失礼をしないように、結婚式に雨が降るぞなどと常日頃から脅していましめたのではなかろうか。
 そう考えるとつじつまがあう。
 しかし、それなら残った味噌汁に残りご飯などを入れて煮て食べる雑炊はどうして禁じられないのか、それどころかそれを食卓に出すのか、今度はそれが疑問になる。
 そもそも雑炊は、前にも述べたように(註5)、ご飯に水分を吸いこませてふやかし、さらに野菜など余り物を加えて増量し、味噌や塩などで味付けして満腹感を得るためにつくるもの、つまり家計のためのもの、だから食べても当然怒られない。ただしそうした料理だから決してうまいとは言えない。しかし、まずいなどといって食べないと怒られることになる。それより何よりそれしか食べ物がないのだから、食べないわけにはいかなかった。
 もう一つ、雑炊は、余った汁ものを利用してご飯をおいしく食べられるようにするためのものでもあった。これは節約のためのもの、おいしく食べるためのもの、当然推奨される料理となる。だからこれも当然怒られない。
 こういうことなのだろう。
 この後者の味噌汁の雑炊、嫌いではなかったが、ご飯に味噌汁が浸透して柔らかくなりすぎ、味噌の味が強くなるのが欠陥、これに対してご飯に味噌汁をかける方がご飯の甘味、食感が残る、それで私はやはり汁かけご飯の方が好きだった。

 この汁かけご飯と類似したものに「冷や汁」がある。これは十年くらい前家内が誰かから聞いてきて始めたもので、前日の夕食のおかずとして出したアジやイワシなどの焼き魚が余った時などに、翌日の昼食に出すようになった。まず、すり鉢に味噌とゴマを入れてすりこぎで擦って混ぜ、それに冷たい出し汁を入れる。それに、前夜の残り物のアジなどの身をほぐして、千切りのシソやミョウガ、刻みネギとともに入れる。それをご飯にかけて食べるのである。これは夏の暑いときなど本当においしく、食欲も出るのでときどきやるようになった。
 なお、最近は熱い出し汁を使っても食べるようにもなった。となると冷や汁ではなくなるのだが、冬など寒い日にはこれもおいしい。身体が中から温まってくる。
 調べて見たらこの冷や汁はそもそもは宮崎県の料理とか、こうしたおいしい料理、しかも残り物を利用して味噌でおいしく食べるという知恵は全国に普及させてもらいたいものだ。

 魚の残り物と言えばざっぱ汁があった。この「ざっぱ」は魚の「あら」つまり魚を三枚おろしにした残りの部分のことをいうのであるが、タラ、ブリ、メヌケなどの大きな魚のあらと大根、ニンジン、ジャガイモ、ネギ、豆腐、蒟蒻などを入れた味噌汁のことをざっぱ汁というのである(共通語では「あら汁」というようだが)。
 ざっぱは安かった。しかもうまかった。とくにメヌケのざっぱ汁は脂っこくておいしかった。頭の軟骨、目玉のまわりの柔らかい部分などが私はとくに好きだった。この味噌汁の味がしみ込んだ大根やイモ、豆腐がまたおいしかった。
 しかし、酒粕の入ったざっぱ汁はだめだった。めったになかったからよかったが。ついでに言うと生家では秋から冬にかけてよく粕汁を出した。なぜかしらないがとくにカブの粕汁が多かった。身体が温まるからというのだが、私はどうしても好きになれなかった。大人になってからもである。酒飲みなのになぜだめなのかとよく家内に言われるが、私もよくわからない、ともかく酒粕は苦手である。
 それはそれとして、このざっば汁には魚=動物蛋白に加えて豆腐・味噌=植物蛋白が、さらに各種野菜がたくさん入っていて栄養たっぷり、しかもうまい。前に述べたクジラ汁や納豆汁(註6)と並んでこれは大好きだった。まさにこういう味噌汁なら、祖母の言うように「ご飯と『おづけ』だげ」で何にもいらなかった。だからといって毎日というわけにはいかない。毎日ざっぱやクジラがあるわけではなし、それだけではやはり食は偏り、あきてもしまうからだ。
 そこでかつての家事担当の女性は、どういう味噌汁をつくるか、それにどんなおかずをつけるか、家計と栄養のことを考えながら工夫したものだった。

(註)
1.11年5月23日掲載・本稿第二部「☆自給生産の壊滅」(1段落)参照
2.13年3月4日掲載・本稿第五部「☆地頭・雇い・名子」参照
3.「おする(お汁)」とも言ったが、それは味噌汁と醤油汁、塩汁等の総称だったような気がする。
4.香の物=漬物は惣菜には入れない、つまり一汁一菜の菜とは見ないのだそうである。
5.13年8月1日掲載・本稿第六部「☆お粥・水ご飯・混ぜご飯・雑炊」(7段落)参照
6.11年9月26日掲載・本稿第三部「☆食の地域性」(1段落)参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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