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報道規制、「一億」、TPP



 
               この頃気になること(2)

              ☆報道規制、「一億」、TPP

 定年前、私の勤務先のあった仙台からまた網走から、さまざまな用事で東京に何度も通った。東京駅もしくは羽田から電車に乗り換えて用務先まで行く。混雑する電車の中では窓から外の景色をまともに見ることもできない。本を出して読むには時間が短かすぎる。退屈まぎれに中吊りなどのポスターを見る。とくに週刊誌の宣伝ポスターがいい。芸能ニュースなど新聞にあまり載らないことで今何が話題になっているのかが非常によくわかり、おもしろくまた勉強になる。
 定年後、出張の機会はなくなり、そうした楽しみはなくなってきた。その代わりに新聞をゆっくり読むことができるようになった。そうすると広告もよく目に入るようになる。それで気か付いた、ほとんどの週刊誌の広告が週一回必ず掲載されることである。時間などに縛られないからゆっくりそれを見ることができる。そのうちこの週刊誌広告を見るのが楽しみになってきた。買って中身を見なくとも、新聞記事があまり取り上げないこと、みんなが関心をもっているだろうことが、今の世の中の傾向が、その見出しである程度わかるからである。もちろん、見ていていやになることもある。たとえば3~4年前ころから一部の週刊誌がヘイトスピーチ的・差別的な反中嫌韓の見出しをでかでかとかかげ、それと異なる意見をもつものには売国奴とか国賊とか戦前よく使われた言葉でののしる見出しが見られるようになった(なぜかこの半年くらい控えているようだが)。こうしたことはあっても世の動きを知るためやむを得ないのでがまんして見ている。

 今月の初めのことである。私の家でとっている新聞『河北新報』の広告欄に『週刊現代』(11月14日号)の広告が載っていた。そこに驚くべき見出しが書いてあった、「NHK人気番組『クローズアップ現代』3月で打ち切り決定」と。
 ご存知のように『クローズアップ現代』はNHK総合テレビで毎週月~木曜の午後7時30分から30分間、1993年から20年以上続いている番組である。私も放送開始初年度の93年に復田問題と冷害凶作問題とで2回出演を依頼されたことがある(当時は21時30分からの放送であり、キャスターの国谷裕子さんは若かった)が、さまざまな社会問題を幅広く取り上げて掘り下げようとしてきたまじめな番組として、いろいろ問題もあったとしても、高く評価できると私は考えている。だからこそ長く続いてきたのだろう。
 しかしこうした内容が政府・与党や右翼団体などには気に食わなかったらしく何度か攻撃されてきた。さらに、NHKの番組への介入で有名な安倍首相のオトモダチがNHK会長や経営委員になり、職員の上層部のなかにはそれに迎合しようとするものもいる。そういうなかでいつかは番組への介入が起きてくるかもしれないとは思っていたのだが、実際に介入し、ついには放送中止まで追い込まれようとしているのである。暗然たる思いである。
 「NHKは反知性主義に乗っ取られたのか」、『週刊現代』の広告はこう嘆いていたが、このままではNHKは戦前のような国営放送になり(すでにアベチャンネル化しつつあるという批判もある、これは当たっていよう)、やがて国民を戦争への道に総動員させる道具となってしまうのではないかと憂鬱になる。
 戦中を思わせる「一億」などという言葉を政府が使うようになったからなおのことだ。

 「一億総活躍社会」、聞いたときぞっとした。
 「進め一億 火の玉だ」、「一億一心」、「一億総玉砕」、「一億総特攻」、こうした戦時中に使われた言葉が一瞬にして私の頭の中に浮かび、戦中戦後のあの暗く辛い時代を思い出させたからだ。
 一億のつまりすべての国民は、天皇陛下の御為に、お国のために、戦争遂行のために身も心も捧げ尽くせ、もちろん「お国」と違った考えを持ったり行動をしたりしてはならない、一億すべて同じ気持ちになってお国のために命を差し出せ、こう命令されてどれだけの人間が犠牲になっただろうか。
 私ばかりではないだろう、戦争を体験した世代の人々にとってこの「一億」はもう二度と聞きたくない言葉である。
 しかし亡国の暴首相(「某国の某首相」と書こうとボウコクノ ボウ シュショウとキーボードを打ったらパソコンはたまたまこう変換してくれた)はよほどこの戦中の言葉が好きらしい。戦中にいい思いをした先祖の血が騒ぐのだろう。戦中のように一億人に、国民に命令し、自分の思うように動かしたいのだろう。
 そのためにはまず報道機関に政府の考えだけを報道させ、国民に真実を伝えないようにさせなければならない。まずNHKを実質国営放送局化し、また気に食わない新聞やテレビには広告料を出さないなどの圧力を財界にかけさせる。こうして真実がわからない国民にし、つまり「一億総白痴化」(註1)させ、国民すべてが何も考えずに喜んでお国のために、アメリカの戦争のために、大企業のために、身も心も捧げるようにさせる。
 しかし、残念なことに、身も心も捧げられる若者、成年男子は少子化のなかで今減りつつある。これではやがて兵力を確保できなくなり、自衛隊が困る。また大企業やブラック企業も労力不足になったり、賃金が上昇したりしたら困る。
 それを解決するためには女性はもちろん高齢者も国民すべて働いてもらわなければならない。つまり一億総活躍=「一億総ハタラク」社会にしなければならない。
 もちろんそれだけでは足りない。やはり戦力としても労働力としても若者がもっと欲しい。そこで出てくるのが官房長官の「子どもを産んで国家に貢献を」という発言だ。
 これでまた戦前戦中を思い出した。これは当時の「産めよ殖やせよ」と同じではないか。兵士の補充のために、労働力の補充のためにもっと子どもを産め、人口を増やせ、この言葉がまた出てくるとは考えもしなかった。戦中は子どもを10人産むと表彰されたものだが、それを復活させるのだろうか。
 戦後は国土に比して人口が多すぎる、人口過剰だ、お国のために産むな殖やすなと政府は言ってきた。さらに近年になっては結婚しにくい社会、子どもを安心して産んで育てることのできない社会にしてきた。こうして人口を減らさせておいて、今度はお国のために子どもを産め殖やせという。そして企業のために粉骨砕身で働く労働者=企業戦士を補充し、お国のため(実質は米軍を補完するため)に命を捧げる兵士を供給せよというのである。
 国の支配者にとっては結婚や出産はお国と大企業に尽くすためにあるらしい。

 こんなことで頭に来ていたある時、茶の間のテレビから「一億総カツアゲ」という言葉が聞こえてきた。何のことだろうと思って改めて聞き直したら何のことはない、「一億総カツヤク」のことだつた。やはり齢だな、耳が悪くなったものだとがっくりしたが、同時に笑ってしまった、「一億総カツアゲ」、これは案外本質をついているかもしれないと。
「喝上げ」とは恐喝して金品を巻き上げることをいうのだそうだが、これまで政府はまさにそういうことをしてきた。
 まず、財政赤字で日本は破産するぞ、社会保障費はそのうちなくなるぞと脅して消費税を引き上げ、国民からお金をまきあげてきた。
 また、非正規労働や長時間・低賃金労働でないと企業は競争に負けてしまう、そうすると労働者の働き口はなくなって生活はなりたたなくなると脅して、労働者の生活と権利を侵害してきた。
 さらに、中国が攻めてくるぞ、石油が来なくなったら大変だぞ、アメリカといっしょにやらなければ日本は生きていけないぞと脅して、軍事費を増やし、戦争法を国会通過させたりしてきた。
 こうしたカツアゲによって、国民がお国のために金も命も喜んで差し出す社会に、アメリカや外資支配下におかれつつある日本の大企業のために尽くす社会にする、これが「一億総活躍」のねらい、本質なのかもしれない。

 しかし、こうした現政権の政治がおかしいなどとマスコミが批判をしては「一億総活躍」社会化が、政府の政策展開がうまくいかなくなる。そうなると何としてもマスコミが政府批判をしないようにしなければならない。さらにはマスコミが政府の提灯持ちになって政府の宣伝をし、国民をたぶらかすようにしていかなければならない。
 そこで最近強まって来たのが政府与党によるマスコミへの圧力である。民放などには許認可権を振り回して、NHKの場合には国の予算承認権や人事権をふりかざして、新聞等には財界による広告料締め上げを示唆して報道に内政干渉をしてきた。さらには政府与党の中には政府に対する異論を報道するものは懲らしめろ、つまり「言論の自由」を規制せよとまで言うものもいる。民主主義の何たるかをわきまえない人たち、ただただ政治屋になりたいだけのあるいは世襲であるというだけの人たちが権力を握る、本当にこわい。
 今回の『クローズアップ現代』の打ち切り問題はそうしたこわい世の中になりつつあることの一つの現れなのだろう。
 『週刊現代』には申訳ないが、私としてはこのスクープが誤報であってほしい。あるいはNHKが姿勢を正し、圧力に屈せずに『クローズアップ現代』を継続してほしい。そしてNHKが、もちろん報道機関みんながそうだが、国民の立場に立った自由な放送・報道ができるようにしてもらいたいものだ。

 また総活躍の話に戻るが、よくもまあ総活躍などと今の政権が言えるものだとあきれ果ててしまう。総活躍などできる条件がないではないか。それどころか活躍の場をますます狭めているではないか。
 その典型例がTPPだ。秘密裡に進められてきたTPP交渉が妥結したとかで、少しずつその内容が明らかになってきたが、それを見れば農林漁業・農山漁村で国民が活躍できる場がますます狭められることが一目瞭然である。
 いや悪影響は「限定的」なものでしかないと政府・マスコミは小さく見せようとする。しかし限定的であっても農林漁業を危機に追い込むことには変わりはない。
 いや、対策を講じるから、農業に対する対策費を予算に計上するから大丈夫だと言う。ということは守るべきものを守らなかったこと、少なくとも予算計上費分の打撃を農業が受けることを政府が認めていることを示している。つまり農業をピンチに追い込んだことを示している。そして、TPPがなければ出さなくともよかった税金を使わざるを得なくなることを意味している。これで国益をまもったと言えるのだろうか。農業を財政をピンチに追い込むだけではないか。
 そういうと「ピンチをチャンスに」という。ピンチ=TPPはチャンスなのだというのである。この言葉はまず、TPPが農林漁業にとってピンチである、危機をもたらすものだということを認めている。まったくその通りである。ということはこれは公約違反、国会決議違反ということになる。守るべきものを守っていないのである。攻めるべきは攻めるというが、何を攻めたというのか。アメリカの言うことにしたがっただけではないか。
 これまでの農産物の自由化、食料自給政策の放棄のもとで農林漁業・農山漁村は疲弊し、そこで活躍したいと思ってもできなくなってきたのに、こんなTPPのもとでだれががんばろうとするだろうか。これで何が「攻めの農業」か、「責め」の農業ではないか。「もうかる農業」、「農業を成長産業化する」など、できるわけがないではないか。
 いや農林水産物を輸出すればいいと言う。しかしTPPで輸出を伸ばせる国などほとんどないのが実態だ。逆に、TPP参加諸国は日本人の口に合う品種を栽培するなどしてTPPを利用してさらに輸出を増やし、日本の農林水産業をますますピンチに追い込むことになるだろう(註2)。

 しかしこのピンチは内外の巨大資本にとってはチャンスだ。でも邪魔者がいた。その一つが農協と農業委員会だ。そこでやろうとしたのが、農協、農業委員会の実質的解体だった。
 農協中央会を解体して政財界の目指すことに反対できないようにし、また農家が農協に結集できないように、協同組合精神などもたないようにばらばらにし、大企業が農業の生産から流通まで支配していけるようにする。全農を株式会社化、利益追求団体化して資本主義的企業の仲間とし、やがてはその株を買い占めて日米の巨大商社等の支配下におけるようにする。農林中金や農業共済を農協組織から切り離し、日米の巨大金融資本の支配下におけるようにする。さらに農業委員会組織を変えて、農地を資本が自由に手に入れ、利用できるようにする。
 こうしてTPPによる「農家・農業の『ピンチを』日米巨大企業の支配強化の『チャンスに』」し、「農業を内外の巨大資本の成長に役立つ産業」、「内外の巨大資本のもうかる農業、農村地域」にする(註2)。
 「ピンチをチャンスに」はそういうことなのだ。

 農林漁業が危機的状況に陥れられる、非正規労働者が4割を占める、ブラック企業がのさばる、ブラックアルバイトなども出現する、残業手当も出さずに長時間働かせられる労働者を増やす、ろくな食事もできない貧困家庭が増えている、進学もできない子どもが増えている、他方で大企業やその経営者、内外の投資家が巨額の富を蓄積する等々、戦前の格差社会、労働者・農民の貧困・無権利が新たな形で復活しつつある。こうした社会状況を変えずして、何が一億総活躍社会なのだろうか。
 来年もまたこうしたいやなニュースを連日聞くことになるのだろうか。
 そうではないことを祈りながら、戦争法反対で声を上げ始めた若い力に期待しながら、これからまたその昔のことを思いつくまま書いていくことにしたい。

(註)
1.この「一億総白痴化」はテレビが普及してきた時代、1960年前後に流行った言葉である。低俗な番組ばかり流すテレビは国民の想像力や思考力を低下させる、一億総白痴化させるとある評論家が言ってから大流行語になったのだが、その総白痴化が政府による報道規制で進められるのではないかと危惧されるのである。
 ついでと言っては何だが、もう一つ、「一億総懺悔」という敗戦直後に使われた言葉を紹介しておきたい。敗戦直後政府はこういうことを言った、戦争を引き起こしてこんな結果をもたらしたのは政府の責任もあるけれども国民の道徳心が低下していたことにもよる、つまり国民みんなが悪かったのだ、したがって「一億総懺悔」をする必要があると。こうして責任を国民に負わせ、天皇・政府・軍閥・財閥の戦争責任をうやむやにしようとしたのである。歴史は二度繰り返す、何かあれば、たとえば一億総活躍が失敗すれば、権力者はまたこうして一億国民に責任を負わせ、一億総懺悔をさせるのだろうか。

2.TPPに関しては下記の本稿掲載記事で述べているので、参照されたい。
 12年9月19日掲載・本稿第四部「☆TPPとアジアの富裕層のための農業の勧め」、
 12年9月21日掲載・本稿第四部「☆内外の富裕層のための医療の推進と農村」、
 14年4月28日掲載・本稿第六部「☆『世界で一番企業が活動しやすい国』へ」、
 14年5月5日掲載・本稿第六部 「☆『子孫に美田を残さず』の国へ」
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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